94話 新たな依頼
セレーネの添い寝ですぐに寝たと思う。特に夢も見ずに話し声が聞こえて一度目を覚ますと窓の外が暗かったため熟睡していたのが分かる。そして珍しくジェインが起きており、ベルゼテやダンタリオンも部屋に集合してあーでもないこーでもないと何やら討議していた。
「どうかしたのか?」
「あら、起きたの」
上体を起こし、ぼうっとする頭のまま問うと視線が集まった。
「ローフォンドからの依頼よ」
「どんな?」
ジェインが一枚の依頼書を持って俺の所へ来ると目の前でチラつかせる。それを手に取って読むと寝惚けていた頭は幾分か冴えてきた。
「……これ」
「どうする?私は断るべきだと思うのだけれど」
「断れねぇだろぉ?断れば今度はグラウディアスとして手配書が出回るぜぇ?」
「我はどちらでも良い。ただし、誓約者が死んでは困る」
ローフォンドからの依頼。グレンツェンに代わってゼノンダラス国へ行くこと。俺が何者か知っているはずのローフォンドがこのような依頼書を出したのは何故か…純粋に俺達ならば無事だと信じているのか、捨て駒としてか、それとも…俺を売る気なのか。
依頼書に皺が寄り、このまま丸めて捨てたくなった。
「どういうつもりか聞きに行く」
「その必要はないよ」
「!!」
いつの間にか開けられていた扉に寄り掛かっていたローフォンド。その後ろにはドミニクも居た。
「グラウディアス。改めて礼を言わせてほしい」
「別れは済んだ?」
「あぁ…ありがとう……ローフォンドからユリウスの意志も聞いた。本来なら私達が応えなければいけないゼノンダラス国からの要請だが、私にはやるべき事がある」
「つまり、グレンツェンの代打として君達を指名したのは他でもないグレンツェンのリーダー、ドミニクだ。僕じゃないよ?」
セトキョウスケである事を秘密にする約束は守った。とでも言いたいのだろうか。
俺が表情を曇らせるとドミニクは部屋に入りベルゼテやダンタリオン、そしてリッチを順番に見てから最後に斜め下へ視線を降す。
「断るつもりであれば……こんな脅しのような事はしたくないが…人間ではない者が居るな?」
「確かにセレーネは人間ではないわね」
「人型でありながら、だ」
「グラウディアスは人間よ?」
「…だとして、この中に悪魔が居るだろう?魔物の統率者であるリッチまで」
「もう統率者ではなくなったがな。私の部下達は全員やられたよ」
「それでも貴様という魔物をこのまま野放しにするとでも?なんなら、今此処で狩ってやっても良いぞ」
剣を抜いたドミニクにリッチは低い声で笑うと背後に魔法陣を浮かばせた。こんな所でやり合えば確実にこちらが悪くなるのだが…やはり馬鹿では考えが及ばないようだ。
「リッチ──」
名を呼んで止めようとすると背後の魔法陣を自ずから消したリッチ。ドミニクは未だに剣を構えたままだ。
「抵抗はしないようだな?」
「ふふふ…それは、どうかな?」
「待った。取り敢えずコイツを討伐したいならどうぞ」
「はぁー?!」
「俺の仲間じゃないし…勝手について来ただけだから」
「同じ部屋で寝た仲じゃない!ひどい!私にした事を皆にバラしてもいいんだぞ!」
そんな目で見るなダンタリオン。俺は何もしてない。
「スヤスヤ気持ち良さそうに眠るグラウディアス。なんかムカついたから鼻を摘まんでやったよ。苦しかっただろう?徐々に歪んでいくあの表情といったら……」
「……で?脅しっていうのは」
「無視?!」
「幻覚の悪魔が居るんだろう?原則として悪魔を放っておくことは出来ない。私は国に認められた冒険者だ。悪魔討伐の依頼書を発行する事も出来る」
「ふふ、」
ベルゼテが笑ってダンタリオンをちらりと見る。ダンタリオンは特に表情を変えずに立っていた。幻覚を解き、グレンツェンが居る前でユリウスは『悪魔の幻覚を解いたか』と言った。あの場に居たのはセレーネとルゥ爺を除く俺達だ。ベルゼテは後から到着し、グレンツェンから事情を聞いたと言っていた。
「ククク、俺も疑われてんのかぁ?」
俺を人として見ているのであればジェインか、ダンタリオン。この世界に悪魔の居場所はない。
「そこで取引だ。悪魔を仲間にしているグラウディアスを咎めない。その代わり、ゼノンダラス国の要請に応えてほしい」
「断ったら?」
「200年前と同じ…あの戦が今世でも火花を散らすだろう」
人類対悪魔の戦争?あれはどっかの偉い奴の髭が左右非対称だから起きたどうしようもない戦争なんだが…。
「それに乗じて我は魔界に帰れる、と」
「あ、おい」
「ジェインも疑われたままでは貴様も面倒だろう。幻覚の悪魔は我だ。好きにするが良い」
悪魔だと名乗りを上げたダンタリオンにドミニクが驚いた顔をした後に剣を構え直した。ベルゼテは様子見をするのか何も言わず、ローフォンドも同じように動かない。
「あぁ、我をこの場で殺してしまえばグラウディアスへの脅しが効かなくなるな?」
「悪魔と共に行動をしていただけで重罪だ」
「その悪魔と悪魔を連れた者に命を救われたのは何処の女共だったか…」
「それは……っ」
「似ているかと思えば本人か?軽く礼を言うだけですぐに罪を問う…人間とは随分と薄情な生き物なのだな」
珍しくよく喋るダンタリオンにドミニクは黙ってしまった。
俺達が行かなければ瘴気が充満していたガナルディに近付くことすら出来なかったのだ。そしてユリウスには勝てなかっただろう。ユリウスに策があったとして、セイクリッドが死ねばユリウスの死に様を目の当たりにする可能性だってあった。
ローフォンドは苦笑しながらドミニクの肩を叩く。
「グレンツェンにはガナルディの調査をしてもらうつもりでね。しかしゼノンダラス国の要請も…どちらも後回しには出来ないんだ」
「俺がCランクって知ってる?」
「もちろん。一度ギルドへ寄って更新してほしい。僕の一存ではSランクにしてあげられないけど、Aランクまでなら認められるよ」
「Aランク…?」
「僕の依頼を達成したんだから当然さ」
小太り貴族を死なせたから云々はなんだったのか。聞けば滞在させるための言い訳に過ぎないと平然と返された。
「僕も、出来れば君を失いたくはない」
「ゼノンダラス国に行ったらどうなるか分かるだろ」
「だが君達なら大丈夫じゃないかな、とも思ってさ?行ってもらうのは国境付近のダクマラート山脈を越えた先にあるジューン砂漠、魔族の国がそこに拠点を作ったそうでね」
背後からそれを解体をしてほしい、という要請が来ている。そう言いながらローフォンドはドミニクに剣を仕舞わせると、それに従ったドミニクはローフォンドの後ろに下がった。
「あちらさんはグレンツェンだけにそんな大仕事を依頼しているのかしら?」
「ゼノンダラス国に所属している冒険者の中でも高ランクパーティーは母国に帰っている。残っているのはセトキョウスケを追っている冒険者達だが……私達を案内してくれるパーティーとは明後日合流する予定だ」
グレンツェンと交流のある凄腕パーティーらしい。セトキョウスケの依頼は受けていないらしく、ゼノンダラス国へ帰還しようとした所でグレンツェンへ要請があったと知ったそのパーティーが案内役を名乗り出てくれた。と、ローフォンドが付け足す。
ゼノンダラス国ではあるが国境付近である事や、共に行動するゼノンダラス国所属のパーティーはセトキョウスケを追っていない事から『大丈夫じゃないかな』という発言に繋がったわけか。
「魔族に勝てなかったら?」
そもそもの問題である。俺達が行ったとして要請通り拠点を解体出来なかったら……グレンツェンを呼んだのに名も知らぬ冒険者を寄越したアウトラ、いや、マキファンズ国が責められる可能性は大きい。
しかしローフォンドとドミニクは俺を真っ直ぐ見据えると「心配は要らない」と声を揃えた。
「黒竜を操り、有能な治癒師やギルバート以上の広範囲魔術師が居るんだ。だから私はグラウディアスを指名させてもらった」
「そこに関しては適任じゃないかと僕も思ってね。君が抱えている問題は理解しているが…要請に応えなければマキファンズ国は魔族の国と同盟を組んだと思われても厄介だし、応えた所で目的を達成出来なければ此方は大事な冒険者を失うばかりかゼノンダラス国からも非難される」
要請に応え、尚かつ要請通りの結果を出すため。
ベルゼテは首を横に振ったが、息を吐き出すように「貴方に従うわ」と言った。
「戻って来たらスフィアへの紹介状を渡そう。あそこは閉鎖的だから、僕の紹介状がないと入れないしね」
「滞在させるためって、元から俺達に行かせるつもりだった?」
「始めはグレンツェンの皆を黒竜で送り届けてもらえたらと思ってたんだけどね。ドミニクが戻ってきて、どうしてもユリウスの後始末をしたいと言うから」
「私の我が儘だ。すまない…」
結局引き受ける以外にないのだろう。俺が頷くとドミニクの表情がパッと明るくなった。ローフォンドも安堵したように肩の力を抜き、ベルゼテは苦笑する。
ゼノンダラス国の冒険者と合流するまではくつろいでくれ、と言い残したローフォンドとドミニクは部屋から出て行った。詳細についてはその冒険者パーティーが到着してからになるのだろう。
「お人好しね」
「貴族殺しの依頼も、悪魔討伐の依頼も困るだろ」
「貴方がそう思うのなら仕方が無いけれど」
「う~ん…あの者達を始末してしまえば、その、依頼?など出ないのではないか?ついでにこの街も消せば…タイミング的にはセイクリッドの仕業にも出来るな!おぉ…私、天才だ!」
さすが元魔物の統率者。考え方が物騒です。




