93話 別れと依頼達成報告
ダンタリオンに幻覚を解かせ、更地に戻るとグレンツェンはまだそこに居た。喋らなくなったユリウスの血塗れになった服を握ったドミニクは俯いて震えると掠れた声でユリウスを呼ぶ。
「本人が拒絶したんだからね?僕はちゃんとやったから」
「うん、ポーク…ありがとう」
「何度も呼び戻す事は出来ないからね。もういいかな?もう戻るよ?」
不機嫌そうに言ったポークが消えても誰も何も言わなかった。ただ、ユリウスの身体が元に戻ったのは良かったのかもしれない。セイクリッドと共に焼かれて骨になってしまったままよりはずっと、良かった。
「ドミニク様…」
「ハシヅメ、今は……」
ドミニクを呼んだハシヅメをギルバートが止めた。セイクリッドの意識が混じる中、精神を喰われないためにはグレンツェンと対峙する事は避けられなかったのだろう。俺を此処に呼んだのはグレンツェンを傷付けないためなのか、それともセイクリッドを始末するためなのか、どちらもなのか。
空を飛ぶ黒い影に気付いた俺はグレンツェンに聞こえるか分からない程に小さな声を出した。
「……俺達は行くよ」
誰も反応しないのは気にせず、更地に降りてきたルゥ爺に乗る。
「アイツ等はいいんじゃな?」
「暫く彼等だけの時間があった方がいいと思って」
「この骸骨はお主の仲間か?」
「……後で蹴落とすから大丈夫」
「聞こえてるから!まったく…その、ご、ご飯を一緒に食べるって約束は……守ってもらうからな?」
「我は食事などしなくても良い」
「んな…!約束は!」
「よく食べる犬が居る。その人間も、食事ならするだろう」
さらっと約束を擦り付けたダンタリオン。リッチは無いはずの瞳を輝かせてこちらを見たが今は騒ぐべきでない。此方を振り向きもしないグレンツェンのために、早々にこの場から去る事を決めてアウトラへ飛び立った。
自国に聖女を欲して一つの村を襲った元老会。ユリウスはシェイドを喰われ未来を失い、セイクリッドはケインを手に入れるためにユリウスを使った。元老会を暴くためにアークライン公爵邸を拠点にし、セイクリッドを止めるためにアウトラを巻き込むようバンパイアロードを利用した。
「瘴気を浄化出来るのは聖女だけじゃないって知ったらどうなるんだかな」
「捕らえられて一生人形暮らしになるんじゃないかしら」
「人形?私が操ってやろうか?」
「……あ」
途中でリッチを蹴り落とし忘れた。既にアウトラが見え始め、門の外には人影があるため下手に魔物の統率者であるリッチを降らせるわけにはいかない。
ルゥ爺から降りるとその人影は走り寄り、少し興奮したように喋り出す。
「いやぁ!凄いな、何度見ても…僕も後で乗っていいかい?少しだけでいいんだ。アウトラの周りをぐるっと回るだけでいいから」
「ローフォンド…」
「あ、やっぱり駄目か…あはは……はは…」
苦笑したローフォンドはルゥ爺が姿を消すと分かりやすく落胆した。
「セレーネは?」
「セレーネ君なら用意した屋敷で休んでもらっているよ。何度かガナルディの方角を見て走り出しそうだったけどね…黒竜が向かっているから大丈夫だと思って止めてしまった」
「そっか」
門の内側へ入っていくと同じ鎧を纏った兵士が忙しなく走っている。壊れた家や店舗のチェックをしている者、人が入れるくらいの大きさをした木の箱を運ぶ者、笑みを浮かべる者、涙を浮かべる者。その様子を横目で見たローフォンドは歩みを止めずに口を開いた。
「星の慈雨で怪我人は居ない。…が、命を落とした者が居ないわけじゃない。皆、別れを惜しむ時間が必要なんだよ」
この世界では必ずシェイドが次の自分になる。今亡き者の未来に加護があるように、と祈りながら暇乞いをする人達と同じ時代に生まれ変わるのかは分からない。
「アウトラは冒険者が多く集まる街。それだけこの街を守る事も僕達アウトラ冒険者ギルドは全うしなくてはいけなかった」
「守ったでしょう。あれだけの規模の襲撃を、一夜で討伐できたのだから」
「ビュートピアリー君、だったかな?…ありがとう。君達が南門と東門を守ってくれたからね。こちらもちゃんとケイン君は保護しているから安心して」
万が一を考え、ベルゼテはケインを保護していたそうだ。アウトラ襲撃の報せを聞いたヴァンスの騎士団や魔法師団が援軍としてアウトラへ滞在しているため、手薄なヴァンスに残さない方が良いだろう、と。
「暫くは保護を続けてあげて」
「なんで?セイクリッドはもう居ないだろ」
「魔物の統率者が欲しがっていた人間よ。なんのために、なんて関係なく…興味を持った魔物はきっと現れるはずだから」
「セイクリッド…?」
ローフォンドが足を止めて振り向いたため、説明しようとしてやめた。誰が聞いているかも分からない街中でする話でもないだろう。落ち着ける場所へ行ってから話すと伝えればローフォンドは歩く速度を上げた。
俺達が戻ってきた事で依頼の達成を確信していたローフォンドは、黒竜を見て気を緩ませる程に安堵していたはずだ。ならば何故グレンツェンが一緒に戻ってこなかったのか。きっと、グレンツェンにも依頼書は発行されている。貴族の救出、瘴気の浄化、セイクリッドの死、ユリウスの死…既に依頼は終わったはず。
「さぁ、掛けて」
広い屋敷の中、使用人が何人も頭を下げるのを無視して通された一室のソファーに座ると向かいに座ったローフォンドは誰も部屋に入らないよう命令して使用人を部屋から追い出した。
「何があったのか聞こう」
緩んだ表情は引き締まり、話をしていく内に段々と影が落ちていく。
「つまり…ユリウスには自我があった、と?」
「まぁ、うん」
「そうか…」
ポークによって一度離れた魂を呼び戻した事は伝えず、セイクリッドの目的と死を伝えた。そして何故セイクリッドと融合化してしまったのか…元老会やソル村での出来事、王族が絡んでいた事も話せばローフォンドは組んだ手を額に当てて俯いた。
「ユリウスがしたかった事、グレンツェン…ドミニクに伝えてほしいんだけど」
「それがユリウスの望みなんだね?」
「…俺には分からないけど」
自分の代わりに暴いてほしいのか、成し遂げてほしいのか、押し付けたくないのか、それほどの信頼関係なのか。
「アンタなら分かるんじゃないの?」
ユリウスを、グレンツェンを知っているローフォンドなら。
「ガナルディを覆っていた瘴気は浄化済みだし、街の人は無傷だったし貴族は助けた。依頼達成だろ?後は紹介状を───」
「助けた?」
貰うだけ、のはずなのに。俯いたまま瞳を動かしてこちらを見たローフォンドが低い声を出す。
「助けた、だろ?」
「ロン伯爵は死亡したと報告を受けたけど?」
「…小太り貴族?あれはアイツが勝手に ─」
「君にはまだスフィアへの紹介状は渡せないな」
「は?!」
顔を上げたローフォンドは組んでいた手を降ろして膝に乗せると、外に追い出した使用人を呼んだ。
「まぁまずはゆっくり休みなさい」
「…他の街で休むつもりだから紹介状を貰ったらすぐにアウトラからは出て行く」
「それなら王都の貴族殺しのレッテルを貼ってアウトラから依頼を出そう」
何を言っているのか理解出来ずに固まる俺の視界の端でベルゼテが足を組み直す。ソファーの後ろに立っていたダンタリオンは喉を鳴らして笑い、
「面白くなったじゃないか」
と呟いた。
「何も面白くないだろ!どういう事だよ」
「悪魔殺しと貴族殺しだなんて、私達、良いパートナーになりそうね?」
「いや俺が殺したわけじゃないし」
「ゼノンダラス国から回って来ている情報とは異なるセトキョウスケを探すのと、バイコーン装備を身に付けた今の特徴を捉えたグラウディアス君。どちらの依頼が厄介かな?」
「そんなの……」
どっちもだろ、と答えながら項垂れる。
「決まりだね」
ローフォンドは立ち上がると入ってきた使用人に俺達を別室へ案内するように伝え、窓際に立つとこちらに背を向けた。文句の一つを言う暇も無く連れて行かれた部屋は広く、ベルゼテやダンタリオンにも一部屋ずつ宛がわれる。
「……私は?」
平然と屋敷に入ってきていたリッチについて何も問われなかったが、魔物の統率者であるコイツは討伐対象なんじゃなかろうか…。部屋も割り当てられておらず、取り敢えずダンタリオンと同じ部屋に行けばと言えばリッチは両手と首を勢いよく振った。
「男女を一室にだなんて!無理!無理無理!!」
「おん……え、え?」
「我に性別などないが」
「え?どっちがどっちの話?」
リッチは頬骨辺りを赤く染めるとダンタリオンの肩を人差し指で小突き、勝手に俺が割り当てられた部屋へ入っていった。
「ダンタリオンの事を女として認識してんの?」
続いて部屋に入ると既にソファーで寛いでいるリッチは首を傾げる。
「奴はどう見ても男だ。私は元々女だったからな。乙女である私があのような男と同室なんて……そんな、いや、ふふ、だ、駄目でしょ」
「俺も男なんだけど」
「は?で?」
「……」
「まさか私を襲う気か?困ったな、坊やには興味がないんだよ」
「……………」
無言で銃を取り出した所で使用人によってセレーネが連れて来られ、少しの間しか離れていなかったのに懐かしくも感じるシャンプーの匂いが嗅覚を擽ると力が抜けた。膝をついた俺はセレーネの首に抱き着く。今は全てを忘れて癒されたいのだ。
ちなみに乙女リッチの声は厳ついおっさんである。それを指摘すれば「人間を止めたときに可憐だった声帯を持っていかれてな」と嘘か本当か分からない回答。
「聞かせてやりたいな…私の歌声は評判でね」
「どうでもいいわ」
本音を漏らしながらセレーネを連れてベッドに潜り込む。




