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88話 ユリウスの目覚め2



「ルゥ爺戻れ!!今すぐっ!!!」


 俺の叫びを聞いたルゥ爺は高度を上げてからパッと消えた。また高いところから落ちる事になった貴族の悲鳴を聞き、セレーネが王子殿下をしっかりくわえている事を確認してからキャッツを呼ぶ。


「またこんな時に自分を呼ぶなんてぁああああ──」

「足場!ジェインっ」

「猫野郎ぉ、頼むぜぇ?」

「いやほんと!自分でやれるようにしてくださいよそんな事っ!」


 そう言いながらもユリウスに向かって魔法陣がいくつか浮かび、ジェインによって俺の体が動く。足場が出来てユリウスに近付いていく俺とは別に落下していく貴族達の悲鳴はどんどん遠くなった。


「いいの?人では死んでしまう高さだけど」

「ならお前も落ちろよっ」


 槍を掴んで構え、ユリウスの胸を貫く。そのまま落下を始めたユリウスと共に落ちていく俺はルゥ爺に貴族達をアウトラまで連れて行くように言い、再び姿を現したルゥ爺が飛んでいった。


「くれないの?」

「人の物を欲しがっちゃいけませんって習わなかった?」

「君、死ぬよ?」

「どうかな!」


 ユリウスを下にして地面に追突する。勢いを殺しもせずに到達した地面は国宝武器である槍のせいか抉れ、俺の足と肩は力が入らなくなった。


「ジェイン」

「はいよぉ」


 体を元に戻すとユリウスはゆっくりと上体を起こして空を見上げる。槍は簡単に抜かれ、後ろに数歩下がって構え直すと胸元の穴が徐々に塞がっていったのが見えた。


「凄いね、仲間に腕と足を斬らせて…それなのにもう戻っている…治癒とも違うそれはどういう仕組みだろう?」

「俺も知らない」

「黒竜は人質を連れて行ってしまったか。残念だな…公爵には世話になったから王族の前で公開処刑してやる予定だったんだよ」


 立ち上がったユリウスは何度か服を叩いて埃を払った。闇落ちした魔物は理性を失うはず…それなのにユリウスは冷静で、余裕もあり、会話も出来る。違和感だらけの目の前の男は両手を前に伸ばして掌を合わせると、ユリウスの後ろに魔法陣が浮かんだ。


「くるぞぉ」

「わかってる!」


 魔法陣から光で枠取ったような翼が現れるとユリウスが少し宙に浮いて突進してくる。槍から黒剣に持ち替えユリウスの攻撃を弾き、上に飛んだユリウスはそこから俺を見下ろすと曇りのない笑みを見せた。


「ルゥ爺を追う気か!」

「行かせん!」


 アークライン公爵邸から追ってきたドミニクは跳躍して屋根に登ると更に跳んだ。


「ドミニクか…君もしつこいね」


 ユリウスに向けられた剣は弾かれ、しかしドミニクに続いてキャロルが大槌を振り下ろした。死角からの攻撃を受けて地面に落ちたが、それでも傷無く立ち上がったユリウスはキャロルの大槌に片手で触れると次第に錆びていく。


「キャロルっ捨てろ!」

「─っ!」


 手を離すと身の丈よりもデカい大槌は風化したように軽い音を立てて地面に落ちた。ハシヅメやマナト、ギルバートとゴーンも合流し、グレンツェンのメンバーは狭い街中でも陣形を整えるとドミニクの指示に従いユリウスに向かっていった。


「狭い上にこの人数で…」


 連携の取れた攻撃の数。だがユリウスは簡単に躱すと手を振り上げただけで無数の魔法陣をあちこちに出し、指を鳴らした瞬間に魔法陣から様々な攻撃が繰り出される。赤い魔法陣からは火が、青い魔法陣からは水が、黄色い魔法陣からは雷が、緑の魔法陣からは風が…それぞれ別の形で放たれるとグレンツェンを襲い、しかしグレンツェンもそれを避けたり防いだり。


 俺の後ろに現れた茶色い魔法陣からは尖った岩が槍のようになって俺を串刺しにしたが、前に歩いて引き抜く。


「グラウディアス!テメェはCランクだろうが!さっさと引け!!」

「そうさせてもらうよ」

「傷は大丈夫ですか?!」


 ハシヅメの台詞を有難く頂戴し、ギルバートには大丈夫と短く返してこの場から離れるために進むべき道の確認をする。


「行かせたくないな…あぁ、そうか、」

「ユリウス!貴様の相手は私だ!」

「俺、アレが欲しい」


 アレ、と言って指を差した先にあるのは俺だった。欲しいものは力尽くで奪ってしまうしかない…先程言われたばかりの台詞が頭の中で再生された瞬間、目の前にユリウスが現れると俺の首を掴んでレンガ造りの家に叩きつけられる。


「黒竜が欲しいんじゃないのか?」

「君を手に入れたら黒竜も俺の物になるだろう?」


 日本アニメの某キャラクターのような事を言う…お前の物は俺の物?全てを引き受けてくれるのであれば喜んで差し出すところだが…生憎肩代わりしてもらいたい痛みも借金もないため片手剣を引っ張り出してユリウスの腕を斬った。スパッと綺麗に斬れた腕は落ちたが、体を使って道を塞がれているため抜け出すまでは出来なかった。 


「ん?その剣からバンパイアロードのニオイがする」

「人間辞めて犬にでもなったの?」

「君がやったのかい?」


「私だ」


 ドミニクの台詞と共にユリウスの首が斬られる。


「ひどいな、ドミニク」

「どうせ首を落とした程度では死なないんだ。それくらいの事で喚くな」


 落ちていく頭を蹴って上げるとドミニクが額を剣で貫き壁に縫い付けた。俺の目線と同じ高さにあるユリウスの顔を横目で見ると、彼も此方を見て笑う。


「やぁ」


 ただのホラーである。


「そんな目で見たら傷付くよ」

「そんな状態で喋られてもトラウマ出来るわ」


 残された体の方はゴーンに押さえられているが手足は動いており、ギルバートが魔法の詠唱を始めた所でドミニクはユリウスの頭を浮かんだ魔法陣の中に放り込む。


「此方は私達に任せるんだ、グラウディアス」

「そうさせてもらうよ」


 やっと壁際から離れた俺はグレンツェンに背を向けた。


「君が行ってしまったら…コイツ等を殺してしまうかもよ」


 足を止めて振り向く。ギルバートの詠唱が終わり魔法陣からは風を纏った檻が現れた。そこに捕らえられたユリウスは頭を持ち上げると体にくっつけ、一つになった。

 片手を伸ばして檻に近付ければその腕は千切れて飛ぶ。


「風の刃を纏った檻…これを維持するのは大変じゃないか?ギルバート」

「まだあの頃の私と勘違いしているようですね!」

「大丈夫、おねしょは誰にでも経験のある事さ。皆には秘密にしてあげよう」

「だ、だから!いつの話をっ!!」

「さぁ…グラウディアス、だっけ?君はどうする?彼等を見殺しにしてしまう?」


 闇落ちした魔物は理性を失う…はずなのに。何故、昔話など出来るのか…。首を斬られても死なないし、千切れた腕も元に戻っている事から人ではなさそうだが…兄貴も失った部位を戻していたからこの世界では不思議じゃないのか?そうなると、ユリウスは 人 になってしまう…


「なんでグレンツェンを殺す必要があるんだ?昔馴染みなんだろ?」

「うん。だから俺も手を抜いているじゃないか。でも君が行ってしまったら癇癪を起こしてしまう」

「何ソレ?なんで俺なの」

「コイツ等を生かしたければ俺の下へおいで。一緒に世界を正そう」


 今度は傷を負わずに風の刃を纏う檻から手を出したユリウス。ギルバートは突然胸の辺りを押さえると前屈みになって俯いた。


「く…っ、私の魔力を…なんて、力、ですか…っ」

「ギルバート!耐えろよ!ゴーンの転移陣が完成するまでの辛抱だ!」

「中々の無茶を言います、ね…!ハシヅメのくせにっ」


「ほら、早く」


「甘く見ないでもらいたいな!私達は此処で殺されてしまうような弱者ではない!」


 伸ばされたユリウスの腕を斬ったドミニクが俺に向かって「早く行け!」と叫んだ。ゴーンが地面に両手を当てると魔法陣が現れ、どうやら何処かへ転移するらしい。


「グラウディアス…残念だよ」


 哀愁の漂う台詞を残してグレンツェンのメンバーとユリウスは消えた。街の中で戦を続ければ被害は大きくなるため、違うところへ移動したのだろうか。それとも何か策があるのか…。残されたユリウスの腕をジェインが拾うと粉になって消えてしまった。


「どうするんだぁ?」

「アウトラに行くしかないだろ。足がないけど」

「ククク…セレーネも黒竜も行っちまったからなぁ」


 ユリウスが今している事で世界が正されるのか…。誰かに問うた所で答えの見付からないソレは考えるだけ不快感が湧いた。ガナルディに住む人達が目覚めるのは当分先になるだろうが、それはこの街の人が処理すべき問題だ。俺は静かな街道を歩き、街の外を目指した。


「…グラウディアスぅ」

「あぁ」

「どうするんだぁ?」

「…やるしかないって事だろ。勝てる気がしないけど」

「ククク…」


 先程と同じような会話をした俺は足元に浮かぶ魔法陣を見下ろして頭を搔く。次第に目の前が眩く光り出すと眠気にも似た感覚が襲い、目を開ければ街中ではなく何処かの更地。

 ユリウスは檻から抜け出しており、左右の手はどちらも真っ赤に染まっていた。横たわるハシヅメ、キャロル、ゴーンを守るように立ってるのはマナトとドミニク。ギルバートはジンという精霊を召喚し、ユリウスが近付けないようにしている。


「…生きてる?」

「君がちゃんと来てくれたから、まだ生かしてるよ。来なかったら小さな箱に詰めてアウトラに送ろうとしたけどね」


「何故、グラウディアスが?」

「俺が呼んだからだよ。ドミニクだって死にたくないだろう?生きるために、救うために冒険者になったんだろう?」

「お前もそうだったはずだユリウス!どうして…っ」

「どうしてって…」


「駄目だ、ドミニクっ!ギルバートの範囲、出てはいけないっ」


 マナトの忠告が聞こえなかったドミニクが剣を構えて前に出る。


「俺も、生きるためさ」


 武器を持たないユリウスがどう攻撃を出しているのか…風の精霊であるジンの範囲から出たドミニクは後ろに血飛沫を上げると剣を手放した。


「なん…ユリ、ウス…、」

「邪魔をするのがグレンツェンだなんて、悲しいよ」

「ドミニク!…くそ、ギルバート、アリイエルの召喚!昨日のように、詠唱中は、僕が守る」

「大きくなったね、マナト」

「…っ!」

「アリイエル様を喚べるだけの魔力はもう私には…」

「魔力があった所で俺がそれを許すとでも?」

「なっ、」


 ユリウスが手を挙げて何かを握り潰すような動作をするとジンが小さくなって…消えた。


 グレンツェンではユリウスに勝てない。バンパイアロードにも勝てない俺でも、ユリウスを止めることは出来ない。


「なんで俺も此処に居るんだか…」

「まぁ見ててよ。君が俺の物になるために…少しは恐怖を植え付けた方がいいと思って」


 そう言って笑ったユリウスが体勢を低くするとジンの守りが失せた目の前の獲物に向かって距離を縮めた。




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