82話 王都•ガナルディへ
西門から出るとワイバーンが三体降りてきた。未だに来ないハシヅメをどうするのか聞けば深く息を吸ったドミニクがハシヅメの名を叫ぶと遠くから雄叫びをあげながら茶髪の男が走ってくる。
「ぉおおおおお!ドミニク様ぁ!お呼びでしょうかーっ!」
「黙れ、時間を考えろ。街の者はやっと安堵し休もうとしている最中…お前は馬鹿か?」
「馬鹿です!すみません!!」
ドミニクも割と大きい声だったが。
三体のワイバーンはルノドフガンズと共に居たワイバーンよりも少し体が小さく、それぞれが威嚇するように唸っていたが、3のユーリにはギルバートとハシヅメ、8のキースにはキャロル、9のマールにはマナトとゴーンがそれぞれ近付くと大人しくなった。
ドミニクはキースに乗る前に俺の前に立つ。
「ローフォンドは言わなかったがユリウスは彼のお気に入りだったんだ。アウトラの冒険者として有名だったろ?」
「あー、うん。まぁ…」
「いや…元、と言うべきか。人も闇落ちする事がある。欲してはならないその力に手を伸ばしてしまったユリウスは人には戻れない」
ガナルディに潜む悪しき冒険者。その正体が人であろうが無かろうが、討伐対象になってしまったのであればやることは一つ。しかしユリウスの正体を俺に告げなかったローフォンドの気持ちはなんとなく分かった。
「俺が受けた依頼は瘴気の浄化と負傷者の治癒。背負うのはグレンツェンだろ」
「…そうだったな。では、ガナルディで会おう」
そう言って飛び立った三体のワイバーンとグレンツェン達。
「人、か…」
「闇落ちしたんだぁ。もう人じゃねーなぁ」
「それでも、新人冒険者に人殺しの経験をさせないようにっていう配慮だったんじゃないか?」
それもドミニクがぶち壊したわけだが。しかしユリウスの名を告げればローフォンドはすぐに納得していた。その存在を知っているようだった。
「ギルド長のお気に入り冒険者、か」
人であれば上司に気に入られ、人でなくなっても部下に慕われるユリウス。どんな人だったのかは俺が知らなくてもいい事だろう。
「じゃ、まずは」
ルゥ爺を呼ぶ前にセレーネに食事の用意をしよう、と暫く歩いてから肉を取り出した。ジェインが解体してくれたおかげで焼くだけ簡単だ。
「これ食べたらルゥ爺を呼んで…そんでガナルディに向かう道中…俺は寝る」
「あんまり眠れなかったものね」
「落とされないように誰か押さえてて…」
「任せろぉ」
「ジェイン以外で」
「ククク、ひでぇ」
セレーネが食べているのを確認してから軽く目を閉じた。眠るつもりはなかったのに、どうしてか頭が重い。
「グラウディアス、」
寝るのはルゥ爺を呼んでからだ。まだ寝るつもりはない、と名を呼ぶベルゼテに向かって手を払う動作をする。その手を叩かれ、更には髪の毛を掴まれて後ろに引っ張られたかと思えば頬を殴られたのか首が曲がった。
「何、起きてるから…」
「寝惚けてないで目を開けなさい」
重い瞼を薄く開けるとどんよりとした暗い霧が辺りを覆っている。そこで自分がうつ伏せになっていた事を知り、背中に座っているダンタリオンを退かそうとすると一瞬体が浮いた。
「?!」
「この霧から抜けられるまで上昇するからのぉ、しっかり掴まっておけ?」
「ルゥ爺!な、んで…っ」
鱗に指を突っ込んで上からの風圧に耐える。いつの間に寝落ちたのか、既にルゥ爺によってガナルディ付近まで来ていたらしい。
「気持ち悪い瘴気ね…魔の者が好むそれとは違うわよ」
「悪魔の我ですら頭が重い。人間では耐えられまい」
「状況教えて…」
物凄い高い位置まで上がり瘴気の霧から抜け、ルゥ爺はゆっくりと飛行する。ジェインが俺の首にしがみついて出てくると「よく眠れたかぁ?」と小馬鹿にしてきた。
「王都、ガナルディ。此処からでも唯一見えるのは城の一部だけね。瘴気に覆われていて、グレンツェンも近付けないでしょう」
「このままではワイバーンが狂うぞ」
何処からが王都の入り口か分からない程に下は瘴気が濃く、城の先の方が薄らと見えるくらいだった。ルゥ爺の大きさを考えると王都内に降りることは出来ず、しかし瘴気の範囲外からでは遠すぎる。まぁ…そんな面倒な事をせずとも…
「キャッツ、ポーク」
上空から浄化出来れば問題などないわけで。
杖を振って魔法陣が二つ現れるとローブを纏った二人が姿を見せ、そのまま飛んでいった。
「いや、そん、あぁぁぁぁぁあああああああ───」
「僕になんの恨みがあるっていうのぉおおおお──」
後ろに飛んで…というよりはルゥ爺に置いていかれて足場を失い落ちていく二人を振り返り見ながら、視線を前に戻す。
「どうする?悪魔のお前等でもこの瘴気はヤバイんだろ?」
「そうね…グラウディアスはなんともない?」
「俺は特に…ジェインは?」
「さぁ?なんも変わらないけどなぁ。気持ちが良い朝日だぜぇ?」
空は明るく、しかし大地は暗い。セレーネも耳を下げてしまっているため、この先は俺とジェインだけで行くか…。誰もキャッツとポークについて触れないため俺も見なかった事にしよう。
地上へ降りればキャッツとポークも魔法を使えるし、それならばベルゼテとダンタリオンは範囲外で待機していた方が良い。
「ドミニク達は…」
「グラウディアスが寝てる間に置いてけぼりにしてたなぁ」
「あそこよ。ワイバーンではあれ以上近付けないわ」
先に行ってもらいたかったがワイバーンではルゥ爺程の高さまで飛べず、特殊な瘴気を浴び続ければ狂ってしまう。人であるグレンツェンのメンバーも無事ではないだろう。
「ルゥ爺、ガナルディの上空を飛んでくれ。俺とジェインで降りる」
「私達は聖魔法陣の範囲外へ行っているわね」
「…我は用事を思い出した」
「え、今?!どんな用事…あ、おい!」
ルゥ爺から降りたダンタリオンは落ちながらガナルディとは別の方向を見ていた。瘴気が薄まっているそこにあるのは森のようで、他に何があるのかまでは分からない。ベルゼテはホウキを取り出すとそのまま乗って飛んだ。
「リオは放って置いても平気よ。私はグレンツェンの方まで戻って様子を見てくるわ」
「怪しまれんなよ?」
「私がヘマをした事なんてあったかしら?」
得意気に笑ったベルゼテは俺が何か言う前に行ってしまった。
「セレーネを頼んだぞ、ルゥ爺」
「わふっ、」
「安心せい。瘴気が消えたらすぐにお主の元へ届けよう」
城が近くなり、下を覗き込む。暗い霧に覆われているため王都内の様子は何も分からないが、ジェインが頷いたため俺はルゥ爺から飛び降りた。慣れたはずの浮遊感は、しかしどんな所に着地出来るか分からない不安感に恐怖が滲む。
「ジェインっ」
「ククク、安心してくれぇ」
「任せ───」
思ったよりも早くに来た足元の衝撃に感覚が無くなり、滑ったのか仰向けになって転んだ。見上げた先には口角を上げたジェインが居り、その手には片手剣が握られている。
「任せなぁ」
「…………ふぅ、」
アニメの世界のようにもっと華麗に着地出来ると思っていた俺はゆっくりと目を閉じて文句を飲み込んだ後、溜め息を吐き出した。
体を元に戻した俺は自分が屋根の上に降りたことを知り、そこから様子を覗うと外を歩く人は多かった。買い物をする者、立ち話をする者、走り回る子ども達、時には笑い声も聞こえる。
「瘴気が見えないのか…?こんなに濃いのに」
日の光も通さぬ程に濃い霧はガナルディを暗くし、悪魔ですら嫌がる瘴気……普通の人が長時間触れていて問題ないはずがない。
「あれぇ、見てみろぉ」
ジェインが指差す先を見ると王都の中心部なのか、大きな広場があった。設置された噴水の周りには怪しげな影が立っており、噴水からは紫色の靄が湧いているように見えた。
「あそこからこの瘴気が出てるなぁ」
「周りに立っているのは人…じゃないよな」
「ノーブルバンパイアだぁ。噛まれたら吸血鬼化するぅ…ククク、餌があんなに彷徨いてるっていうのに噴水囲んで楽しそうだなぁ」
瘴気を消すためにキャッツとポークを喚ぶか、先にノーブルバンパイアを片付けるか…。瘴気を消せば視界が開けるため人に見られる可能性は高まるが、瘴気があっても平然と外を出歩く人々を考えると不気味だった。
「近付いてみるか…どちらにせよ、瘴気は浄化するしノーブルバンパイアは始末する」
「だなぁ」
屋根の上を移動して広場へ近付くことにした。




