77話 バンパイアロード
「その二人なら…治癒師に預けたけど無事だってさ」
そう告げてやると物凄い速さで走り去った女とそれを追った連れ達を見送って、服の一部が溶けている事に気が付いた。ハシヅメという男も同じようになっていたため、俺もグールの攻撃に当たったようだ。
「ダッサって言われてたよな…」
「ククク、動きゃ服が靡くんだから仕方ねーだろぉ」
「まぁいいけど」
バイコーン装備に着替えてセレーネに乗る。魔物が居なくなってしまいバットが「クソォオオオオセイクリッドは何処だぁああ」と四つん這いになって地面を殴りながら嘆いていたが、ポークとキャッツに言えばバットは二人と共に消えていった。
勿論、キャッツには新品のローブを投げたが「色が違う…」というぼやきは聞こえなかった事にしようと思う。
「わふっ」
「セレーネお疲れ。お前は本当に良い子だな」
いつも触られるのを嫌がるセレーネは空気を読んで文句も言わずにポークとキャッツを乗せて走ってくれたのだ。後ろから両手で頭をワシャワシャと撫でると背中がズン、と重くなる。
『ふぅ~楽しませてもらったぞい』
「おかえり、ルゥ爺」
ベルゼテやダンタリオンとも合流をした俺はこのままアウトラから離れジェインが言う街へ向かうことにしたが…
「そういえば忘れてた」
通信機…ギルド職員の声は聞こえないため音声は切れているはずだが、ボタンを何度か押すと『西門からの報告がないが……無事だろうか…聞こえているなら返事をしてくれ!』と聞こえたためもう一度ボタンを押した。
「埋めるべき?」
「持ってればスパイになれるがなぁ?」
「そういう不必要な行動はしたくないし…ジェイン、街の中に落としてきてよ。ルノドフガンズの時みたいに」
「…だるぅ」
そう言いながらも通信機を受け取って消えたジェインは街の中に落として来てくれたようだ。
「あの女ぁ、西門に向かってたぜぇ」
「グレンツェンのドミニクか?早く移動した方がいいな」
俺達はアウトラから南東に向かって進むためのルートを確認する。西門側からアウトラを通らずに行くならば川を渡る必要があるが…ベルゼテによれば流れの緩い川らしい。
「南東の街ってどんな?何泊が出来るといいけど」
「……その前に、片付けなければならないみたいよ」
ベルゼテの言葉に仕方がなく振り向けば襟を立てた男が一人だけ立っていた。人の見た目をしているが人ではないと俺でも分かる程の異様な空気を纏う男は悲しそうに眉を下げる。
「終わったかと思い来てみれば何もかもが無かったかのようですねぇ。不思議ですねぇ?下級共は仕方が無いとして…ノーブルまで……グールの放つ瘴気は何処へ消えてしまったのでしょう?」
今まで相手をしたバンパイアとは違う。セレーネから降りて銃を取り出した瞬間、目の前の男と俺の右腕が消えた。
「っ!」
「見たことのない武器ですねぇ。興味深いですねぇ」
「ベルゼテ!」
──パチン、
指が鳴ると男の頭が爆ぜる。しかし首から血液が溢れると零れることなく頭の形を作り、続いて皮膚も再生されていく…
「絶魔法は見飽きたので興味はないんですねぇ」
男は何事も無かったかのように笑った。
「あら、残念」
「なにコイツ…ヤバイ奴?」
「バンパイアロード、久しいな」
「リッチの飼い犬ですねぇ。勿論、興味はありませんがねぇ」
腕を戻した所で銃は無くなり、武器を失うわけにはいかないため慎重に選ぶ。距離はそこまでないが、武器を取り出した瞬間に攻撃が出来るものが良い。カタールを握りインベントリから出すと同時にバンパイアロードへ向かって振る。だが既にそこには何も居らず、俺の攻撃は遠くの地面に当たって衝突音を出しただけだった。
「これも見たことがないですねぇ」
「後ろかっ」
振り向き様に振ったが右肩から下がまたない。バンパイアロードは少し離れた所で銃とカタールを持ち上げて観察を始めた。
セレーネが走り寄っても空を飛び、ダンタリオンが炎の渦で狙っても気が付けばまた後ろに居る。
「この銃は…化け物ですねぇ、ほら」
ゴリ、と頭に銃口が当たった。この距離で当たれば頭は跡形も無く吹き飛ぶだろう。銃を払うようにして腕を上げたが空振り、振り向けばまた居ない。
「死が怖くないのですかぁ?全然震えてくれませんねぇ」
「生憎…頭を吹っ飛ばされても死なないんで」
多分…高いところから落ちても死なないとジェインが言っていたのだから…死なないはず。するとバンパイアロードは何故か銃とカタールをこちらに投げて返してきた。
「私では使えないので要らないですねぇ。そんな化け物を使える人間は居ないですよねぇ?使ってみます?さぁ、ほら…ほらぁ?」
受け取ると同時に銃を撃った。避けた方向を読んだダンタリオンがバンパイアロードの首を掴むがするりと細くなって抜け出し、元の大きさに戻る前にセレーネが踏むとベルゼテが指を鳴らした。あらゆる部位が粉々になって宙を舞うがそれらは集まると元の形に戻ってしまう。爪の傷を残しているようでセレーネは遠吠えをし、太い雷が落ちようとしたがバンパイアロードが手を振っただけで雷は散った。
「撃てるんですねぇ!素晴らしい…のに……んん、」
不死身、か…。そして圧倒的な戦闘力の差。バンパイアロードを知っているダンタリオンと背中合わせになりどうすれば良いのか問うが、答えは返ってこなかった。
「リッチとは別の魔物の統率者だ。奴に幻覚は効かぬ。今の我ではどうにも出来ん」
「絶魔法も飽きてしまっているようだし、無駄撃ちした所でどうしようもないわね」
「……ルゥ爺、」
「黒竜ですよねぇ?怖いですねぇ、ゾクゾクしますねぇ」
『なんじゃ?ワシが出るか?』
ルゥ爺なら、そう思ったがバンパイアロードの反応を見て止める。黒竜だと分かっても焦らず、寧ろ笑みを深めたのだ。単純に強い者を好むのか、それとも勝算があるのか…
バンパイアロードは出てくる気配のない黒竜に首を傾げると一気に間合いを詰めて来た。ダンタリオンと俺が構えた瞬間、鼻先がくっつく程の距離に身を引くと後ろから黒い棘が何本も俺を突き刺した。貫通して血を垂らす棘の先を見て、穴は塞がらないんだよな、と溜め息を漏らす。
「君、死なないですけど…弱いですね?」
低い声が耳元で囁かれた。バンパイアロードの足が棘を砕きながら俺の腹を蹴るとまるでゴルフボールのように吹っ飛ぶ。高く生えた太い木に打つかってズル、と落ち、ケツが地面につくと遠くでセレーネの悲痛な鳴き声がした。
すぐに戻らないと…しかし立ち上がろうとした俺はそのまま前に倒れてしまう。
「ククク、骨がくだけてるぜぇ」
痛みはないのに動けない。それなのに遠くで戦う音はちゃんと聞こえる。
「セレーネが噛まれたみたいだぁ…面倒な奴に当たっちまったなぁ…」
「……ってくれ…」
「なんてぇ?」
「切ってくれ、首。」
そうすれば元に戻るんだろ?バンパイアに噛まれたらどうなるんだ?セレーネが噛まれたら、どうなるんだ…?
剣に反射した自分と目が合った。ジェインは躊躇いもなく剣を振り下ろすと、視界が回って止まる。引き抜くように体を動かせば立ち上がる事が出来、バイコーン装備は汚れ一つ付いていない。
悪魔の攻撃は通用せず、セレーネは噛まれ、俺は死なないだけで弱いと確信を持たれた。だが唯一バンパイアロードが興味を持ったものがある。
「ジェイン…国宝武器って何」
「影の国で大事に保管されてる武器だろぉ?」
「バンパイアロードの殺し方って未来では確立してんの?」
「さぁ?影の国にバンパイアなんて居ないからなぁ」
「……そうか」
片手剣を持って走り先程の場所に再び戻る。バンパイアロードを視界に捉えてから跳躍して剣を振るうと案の定空振りしたが、後ろに移動してくれたおかげでそのまま真っ直ぐセレーネの元へ駆けた。
首元の銀色の毛が黒く染まり、牙を剥き出しにしたまま喉を唸らすセレーネの足は痙攣を起こしている。
「セレーネ…っ」
「近寄らない方がいいですよぉ?私の血を分けたのですが…恐らく自我を保てる程の犬種でもないですしねぇ」
ポークを喚ぶために杖を取り出そうとしたが腕が外へ出る前になくなる。ダンタリオンとベルゼテは四方から黒い棘に刺され、身動きが取れなくなっているようだ。
「悪魔は所詮悪魔ですねぇ。雑種にも興味はありませんねぇ。あぁ……ただ、君には興味がありますよぉ?」
「俺もあるよ」
「おぉ、喜ばしいですねぇ」
「お前、此処で滅ぶんだろ?」
「んん?」
失った腕を戻しながら杖を握って一度振るとまた腕が消えた。
「1回振れれば充分!ポーク、セレーネを!」
「……バンパイアロードだね!か、か噛まれたなんてバカなんじゃないのかな?!まぁ、僕ならこんな傷、なんて事ないんだけどね?だって僕は」
「分かったから早く!頼む!」
ポークがセレーネに触れると痙攣が止まった。唸っていた声も止み、す、とセレーネが目を閉じたのを確認してバンパイアロードを見据えると姿を消した。どうせポークを始末するつもりだろうと俺はポークの後ろに回って大剣を構えると何かが当たった。
「おや、また知らない武器ですねぇ。私の攻撃を防げるなんて…不思議ですねぇ?」
目では追えないのだから悪意に反応する武器で応戦するしかない…だが大剣では此方の動きが遅くなるため防戦になるだろう。案の定、俺の思考とジェインの思考にプラスして大剣による悪意察知能力でバンパイアロードの攻撃は防げるようになってきた。
すぐに姿を消し、直接爪の攻撃や蹴りを繰り出すときもあれば距離を取って黒い棘を無数に出す事もある。他には遠距離魔法…属性は……
「風だぁ、目で追えない程のスピードは魔法だなぁ」
「俺にも使えたら、な!」
予測した方向に大剣を振るとバンパイアロードはさっと避けてから寄り、俺を蹴り上げると黒い棘が宙に向かって伸びる。空中で串刺しはまずいな…カタールに持ち替えて棘をまとめて壊せば更に後ろに飛んでいたバンパイアロードに背中をトン、と押された…瞬間、物凄い重力に体が勢いよく落ちていく。
「んん、やはり弱いですねぇ。それなのに私が此処で滅びる、ですかぁ?不思議ですねぇ~?」
「…何も、不思議じゃない、だろ……」
顔に付いた土を払い、大剣を持ち直す。
「此処で、お前が出てきたって事はさ。バンパイアってやつは此処で、滅びるんだろ?」
『此処で、』それを強調して言うとバンパイアロードは「興味がありますねぇ」と顎を擦りながら近付いてきた。大剣が反応せず、攻撃をされる事も無く、バンパイアロードは俺の目の前に立つと白い牙を見せて笑う。
「教えてもらいましょうかぁ?我等バンパイアが滅びる理由を~…君のような人間の中でも最弱な者の戯れ言がどれ程の興になるかは分かりきってますけどねぇ?」
「……実際に体験すればいいじゃん」
「んん?」
「一閃っ!!!」
女の声がした瞬間、バンパイアロードは後ろを振り向くと咄嗟に俺の腕を掴んで盾にした。縦に飛ぶ剣技は見事に俺の右上半身をすぱっと斬り、女……ドミニクは目標が逃げた事に舌打ちをしてから謝罪を述べた。
「すまない!人が居たように見えなかった!街に治癒師が居るからすぐに……君は、騎士服の?!良かった、やはり逃げてなど居なかったのだな!あ、いや、それよりも傷を…」
逃げようとしていたらバンパイアロードとかち合っただけだが何も言わず…取り敢えず大丈夫だと告げて道を譲る。目の前で体を戻すのは気が引けたのでポークを見ると不満そうに豚鼻をピクリと動かしながら手招きされた。
「…ほう……これは…これは……興味がありますねぇ!」
「バンパイアロードか。貴様が今回の首謀者で良いな?」
「どうですかねぇ?私に勝てたなら教えてあげてもいいんですけどねぇ!」
「私が勝つ時、お前が喋れると思うか?手加減は疲れてしまうのでな……一気に終わらせる!」




