68話 二人組と行商人
前に並んでいるのは二人組の男冒険者。後ろに並んだのは馬車に荷物を積んだ商人だった。
「いやぁ今日は一段と凄い列だなぁ…」
「グレンツェンと被ったようだぜ」
「なんだグレンツェンか!良かった」
ぼやいた商人に向かって前の冒険者が声を掛けると、商人は安心したように帽子を取って握った。
「有名なのか?」
生憎こっちに知る者が居ないため冒険者に聞くと、冒険者の一人が俺の口を塞ぎ、もう一人の冒険者は辺りをキョロキョロと見回して冷や汗を垂らす。口を塞いだ冒険者にセレーネが威嚇すると慌てて離れたが、今度は商人が慌てた素振りで「そんな事を言ったら駄目だろう」と言う。
「なんか悪いこと言った…?」
「悪いも何も、あのグレンツェンを知らないなんて…お前ゼノンダラスの…それも田舎出身か?昨日産まれたばかりか?命が惜しけりゃ下手な事は言うな」
「グレンツェンはSランク冒険者が三人、Aランク冒険者も三人の最強パーティーだぞ。所属が認められたメンバーの数は100を超えるし、ファンクラブだってあるんだ」
冒険者二人の有難い説明を受けた俺は頷き、絶対に関わらないようにしようと決める。やはり前を歩いていた6人が主軸メンバーのようだ。それぞれ単体でも目立つため避けることは容易だろう。100人を超えるその他大勢のメンバーについては支給されたローブを見れば分かるそうだ。
「八芒星の刺繍はグレンツェンのメンバーの証さ。彼等はあの人数で一つのパーティーだからこの列もすぐに無くなるよ。ほら、良かったら食べて」
商人は二人の冒険者も含めて人数分の焼き菓子を配ると、ニコニコと笑う。冒険者は快く受け取ると早速食べ、ベルゼテやダンタリオンまで口に運んでいる。
「あら、美味しいわね」
「そうだろう?タルタ村に不思議な少女が居てね。これを店に置いてくれないかってさ。俺は店舗を持っていないから知り合いに掛け合ってやるためにアウトラまで来たんだよ」
行商人というやつだろうか。受け取った焼き菓子を一口食べるとふわっとバターの香りがした。
「おばちゃんがよく買ってくるんだよなぁ。マドレーヌ」
懐かしさのあまり呟く。自分で買った事は一度もないが、学校から帰るとたまにテーブルの上に置いてあるのだ。母の友人が遊びに来る時はいつもマドレーヌを持ってきていた。
「…それがマドレーヌ、と、俺は言ったかい?」
「いやどう見てもマドレーヌでしょ」
「グラウディアス…ちょっと」
ベルゼテが耳打ちする。「この世界に まどれえぬ というお菓子はないわよ」と。
チョコレートがあってクレープもあるのにマドレーヌがないなんて誰が予想出来るのか。商人がこちらに手を伸ばしてきたのが見えて身構えると、案の定両肩を掴まれた。
「君はあの子を知っているかもしれない!会ってやってくれ!」
「知らないと思うけど」
「あの子はそれをマドレーヌと言ったんだ。何処で生まれ、どうしてタルタ村に来たのかも誰も知らない…唯一覚えているのがお菓子の作り方だけで…」
「だから俺だって知らないって」
「マドレーヌを知っているなら出身が同じかもしれないだろう?」
同じだったとすれば本編に関わる人物の可能性もある。それとも他の物語が同時進行で存在するのか…記憶喪失の少女…。どちらにせよ、知り合いである可能性は限りなくゼロに近いため謝ろうとしたが、商人は中々諦めようとしない。
「紹介がないと取引をしないエスメ商会なんてどうかな?俺はこう見えても顔が広いんだよ」
「そうしましょう。いいでしょ、グラウディアス」
「おい…」
「ただ此方にもやるべき事があるから、会いに行くタイミングは此方で決めさせてもらうわ」
「あぁ!もちろんさっ!エスメ商会には事前に言っておくから頼んだよ。えぇと、名前はグラウディアス君?」
勝手に引き受けたベルゼテをじろりと見れば考えはあるようで…
「タルタ村へ行ってからでもいいのよ。今すぐエスメ商会に寄るつもりはないから」
「えぇ?!あのエスメ商会だぞっ」
「通称異次元の何でも屋!アンタ等、こんなチャンスを今すぐ貰わないなんておかしいんじゃないか?!」
また冒険者が有難い説明をしてくださる。そんな凄いエスメ商会に口利きが出来る目の前の商人も相当なのだろうが、これ以上話を膨らませたくない俺は口を閉じておいた。
ちょっとずつ進む列が突然無くなり、グレンツェン御一行様が門を抜けた事を知る。
「あ、俺はレニー」
「俺はブラウンだ。また会うことがあればよろしくな!商人のおっさんもマドレーヌ?美味かったよ!ありがとう」
「行商人トパーズだ。ギルド内で広めてくれると助かるよ。商店通りのアンビカという女性の店に持っていくつもりだからよろしくね」
もうすぐ門番による審査が始まるというのにレニーとブラウン、トパーズまで俺達を見て止まってしまった。俺の名前はベルゼテによって晒されたが、ベルゼテの名前は伏せるべきだろう。
「…俺はグラウディアス。こっちはセレーネとジェイン…リオと」
「ビュートピアリーよ。また会えたらよろしくね」
空気を読んだベルゼテに安堵するとレニーとブラウンは丁寧にお辞儀した。その行動の意味が分からないまま門番は二人の審査を行うがギルドカードを確認するだけですぐに終わり、二人は振り返ると「護衛依頼ならいつでも歓迎するから」と言ってから門の中へ進んでいく。
「どういう意味?」
「どうって、彼女は貴族様だろう?グラウディアス君だって騎士の格好をしているじゃないか」
「…あぁ、そういう…」
全員でバイコーン装備は目立つだろうと俺は着替えず、ベルゼテはローブを羽織ったままだった。どっかの貴族とその騎士、金持ちであればバイコーン装備を二人分用意するくらい不思議には思われないようだ。
「どんな目的でアウトラへ?」
門番の声に、トパーズは荷物の整理をするために荷台の方へ移動したためギルドカードを見せる。俺とセレーネの身分証明は出来たが、ギルドカードを持たないリオとジェインに対しては詳しい審査が必要と言って他の門番の元へ連れて行かれた。
「そちらの方は、」
「これでいいかしら?」
「!どうぞ、アウトラをご満喫ください」
俺との扱いが全然違うのは表示されているランクが影響しているのだろう。審査が終わるまで待機するために案内されたのは門よりも外側。
「ギルドカードがないだけでこんな面倒な審査を毎回受けなきゃいけないのか?」
「人間はそれ程に用心深いって事でしょう。冒険者ギルドや商人ギルドの証の他にも貴族や騎士団、魔法師団に所属している者とか…あとは傭兵団もそうね。一般人なら所属国と出身が分かるカードがあれば審査も簡単になると想うわ」
「基本的には持ってるって事か」
俺がドゥーロに入れたのはジャンという門番がチョロかったからか…医者によってすぐに連行されたが、ヤマモトタカシのおかげで早々に身分証を手に入れている。
「ドドゥーに感謝しないとな」
「ドゥーロの領主だったわよね?御世話になったなら落ち着いてからでも感謝とお返しはしないとね」
「あぁ」
ただドゥーロは要塞街と言われている。自分でいうのもなんだが、ゼノンダラス側から来た得体の知れない人物を簡単に招いてしまったジャンには説教の一つがあった方がいいかもしれない。
「あいつ大丈夫かぁ?」
ジェインは審査が終わり戻ってきたが、ダンタリオンは揉めているようで様子を見に行く事になった。
「リオ?」
「我のこれを街に持ち込むなと言うのだ」
「身分証のない者が測定不能の魔法具を持ち込むのは…」
これ、とはピアスの事で。
「それは私のよ」
「…!貴様…──」
「あー、そういえば渡してたよな」
ダンタリオンが何か言う前にベルゼテに合わせると門番は怪しむようにベルゼテに寄ってくる。だがギルドカードを見せればコロッと態度を変え、ダンタリオンはピアスを外す事もなく門の中へ入ることが出来るようになった。
身分証を持っていなくても、共に行動する人物が保証するのならば大丈夫らしい。だが問題を起こせば連帯責任。つまり、ジェインやダンタリオンが何かしでかせば俺やベルゼテも罪に問われるという事。
「さっさと宿に行こうぜぇ」
俺とベルゼテは顔を見合わせ、肩の力を抜く。
「どうせ宿に引きこもるだけだしな」
「ふふ、そうね」
特に心配にもならずに俺達はアウトラの門をくぐった。




