66話 Aランク+の討伐依頼
ベルゼテが腕を組んで笑うとメイドは顔を顰めた。仕留めたはずの護衛騎士は生きており、破れるはずがない結界は破られ、負傷者は傷などなかったかのように走り去り…失ったはずのケインの腕までもが元に戻っている。ハッとして二階へ向けて首を捻ったメイドは立ち上がるリディアを確認したのか歯ぎしりをした。
「どうなっている…なにが、どうなって…」
「ほら」
落ちていた剣を返すと、やっと自分の腕が戻っていることに気が付いたのかケインは震える手を見つめてから剣を受け取った。
「君は…リディアの護衛騎士…」
「御飾りのな」
皆が居る方へ向かって歩けばジェインが走り寄ってきたので素通りし、まずはセレーネを撫でる。大型犬サイズのセレーネは尻尾を振りながら何度か飛び跳ねて喜んでいるようだ。
「まったく…何してたのよ?」
「お前が見捨てたんだろ…」
「あら、そうだったかしら?」
連れて行かれる俺に手を振ったのはベルゼテだというのに。あれから宿とは違う広い屋敷で朝を迎えるとは思わなかった。
屋敷といえば…と、ベルゼテが投げた執事に視線を向ける。魔物であれば魔核を残して消えるはずなので人か、それかまだ生きているのか。見る限りピクリとも動かないが。
「どうしたのアレ」
「貴方が戻ってこなくて暇だったからギルドの依頼を受けたのよ。依頼主はハイライン•アークライン。公爵家当主の名前でA+の討伐依頼って暇潰しには丁度良いでしょう?」
「お父様のお名前よ!お父様は無事なの?!」
ティファニーの制止を振り切って階段から降りてきたリディアはベルゼテに向かって問うと、再び逆再生の音が聞こえてきた。ケインはリディアの前に立ち辺りを警戒し、メイドは俯いたまま肩を震わせている。
影はメイドの周りに集まった。
「ふ、はは…あははっ!……ふぅ、いいでしょう」
「ティファニー、リディアを連れて外へ行けるか!?」
「えぇ!行くわよ、リディア!」
ティファニーがリディアの手首を掴んで走ると影から現れた魔物が立ち塞がり、ケインは光を纏わせた剣で魔物に斬りかかる。ケインの動きを見たベルゼテは「良い動きするじゃない」と感心した。
「どんな依頼だった?」
「吸血鬼退治よ。この街を狙っているんですって」
そんな依頼があるのにギルドの職員はあんなにだらけていたのか…。ようやく少し離れた所から戻ってきたジェインは後ろから魔物に攻撃をされるが見もせずにひょい、と躱し、そのまま引き連れて来た魔物をダンタリオンが始末する。
「騎士団や魔法師団に送ろうとした依頼が手違いで冒険者ギルドへ届いてしまったそうよ。ギルド職員の彼女達は重要な依頼が届くなんて思ってもなかったのね」
「重要な依頼?」
「ガナルディに潜む悪しき冒険者、ヴァンスを拠点にするため動き出す。ですって」
ガナルディが何処にあるのか知らないが…。恐らくそこにリディアの父が居るのだろう。レプリカの剣もガナルディの名匠が、と言っていた。その父親を人質にしてリディアを脅し、ケインを贄としたい…その先に何があるのか…。
「俺達の中に拘束が得意な奴って居たっけ?」
「両足両腕を爆ぜさせればいいかしら?」
「それくらい我にも出来る」
出来てもグロいのしか残らなそうなんだけど。未だにポツン、と立っているメイドはティファニーとリディアが逃げていくのを見もしない。
「アレが対象かしら?」
「さぁ?どうかな…」
闇落ちしたはぐれ魔物を喚び、影から棘の攻撃をする女の魔物。討伐対象ではあるが黒幕じゃない。
「ユリウスって誰?」
「……」
俺の質問に反応したメイドは振り返った。その隙にケインは近付くと剣を振り上げる。
「お前のような賎しい人間風情が…ユリウス様の名を口にするな!!」
今まで抑揚無く喋っていたメイドは顔に皺を寄せて怒鳴った。後ろから斬りかかったケインは影が巻き付いており身動きが取れなくなったようで、ベルゼテは指を鳴らそうとしてから視線を後ろへ向ける。
外まで逃げてくれれば良かったが、リディアとティファニーが俺達の後ろまで来ると足を止めてしまったのだ。局所を狙えるベルゼテの攻撃ではないと……ダンタリオンの攻撃ではケインを巻き込んでしまうし、国宝武器も同じだ。
「行くぞジェイン!」
「あんな馬鹿ほっとけってぇ」
そう言いながらも俺に付いて来たジェイン。片手剣を取り出してケインに伸びる影を斬り、メイドに刃を向けた。
「お前は来るべきではなかった…」
「俺だって来たくて来たわけじゃない」
「なら何故邪魔するのでしょう?私達には必要な贄である彼さえ差し出せば見逃してやってもいい」
「……見逃す?」
「えぇ!見逃しましょう!」
血走った白目を向き出しにし、力が入りすぎたのか口を大きく開けて喋ったメイドは牙が生えていた。
「多分それは違うと思うけど」
「なっ!」
床を蹴って進みメイドの首を斬る。飛んだ首は黒くなり床に落ちるとメイドの影の元へ戻った。
「見逃して欲しいなら、そう言わないと」
飛んだはずの首が戻っているメイドは笑う。
「ふっ、はは…私を殺める事が出来ないお前に命乞いをしろと?」
「あぁ…違う。俺にじゃなくて」
ケインを連れて横に移動するとダンタリオンが左手を翳していた。
「そいつを始末すれば依頼は終わるのだろう?」
「アンタが命乞いをする相手はあっち」
メイドが振り向く前に炎の渦がメイドを襲った。声もなく炎の中に飲まれたメイドは影を集めて消そうとするが、どんなに足掻いても消えはせず…未だに転がる執事を蹴り飛ばして「役立たずがぁ!」と怒鳴った。
「なんで消えない…!溶ける…、焼ける……っ!」
「色々聞きたい事はあったけど二人も要らないしな」
「なんでっ、こんなはずでは…ユリウス様っ!ユリウス様ぁ!!」
燃えていくメイドの叫びは徐々に消えていき、会場内の至る所にも火が残った。そういえばリディアは水の魔法を使っていた、と思い出して近付き声を掛けると明らかに脅えた表情をされる。
「ひっ…貴方、あの時たしかに死んだはず…なのに!」
「消火しないと学校大変な事になるぞ?」
「あ、…!」
やっと気付いたのか短く詠唱したリディアは水魔法でダンタリオンが燃やしたカーテンや柱を消火していく。焦げてしまった所は…まぁ金持ちならどうにでも出来るだろう。
床に転がる執事、トニングと名乗った爺さんを引きずってダンタリオンに渡すと忌々しそうに顔を顰めて右手で首を持った。
「ちょ、駄目だから!こういうのは情報を聞き出して、それから処分すんだよ」
「処分してから聞き出せば良いだろう」
「どうやって」
このまま握り潰されたら困る、とベルゼテを見遣ると肩を竦めてトニングの腕を引っ張った。
「しょうがないわね。私が引きずってあげるわ」
「危ないっ!!」
「ー!」
ベルゼテの首元に牙を埋めようとしたトニングを押し退けて腹を蹴ったのはリーグだった。背中から床に倒れたトニングは自我を無くしているのか瞳に色は無く、立ち上がると再び襲ってくる。剣を構えたリーグがベルゼテを庇って前に立ち、続けてケインも剣を構える始末。情報を聞き出す…という会話は聞こえていたはずなのだが、ケインが足を斬るとリーグは胸を貫いた。
口から泡を吹きながら崩れ落ちたトニングはそれでも尚、近くに居る者へ向かって手を伸ばす。
「グ、ギギ…ガ、ァ」
「我は喉を潰しておらぬ。そんな目で見るな。傷付くぞ」
「まぁ…諦めるか」
これでは何も聞けないだろう。リーグは這っているトニングに剣先を向けると、無駄な動作なく首を斬り落とした。メイドとは違い絶命したのか体は灰になって舞うと小さな魔核が転がる。
「お怪我はありませんか?レディ」
剣を鞘に戻し片膝をついたリーグはベルゼテの手を取るとその甲に口づけをした。それを目撃してしまったリディアは顔を赤くさせながら両手で顔を隠し、ティファニーとケインは目を合わせると眉を下げて笑みを漏らす。
「リディア…おいで」
「け、ケイン…」
目の前にしゃがんで両手を広げたケイン。リディアは赤い頬をそのままに飛び付くと恥ずかしさなど忘れてしまったのかケインの背中に手を回す。ティファニーは二人の頭をポン、と同時に叩くと立ち上がり、此方に向けて頭を下げた。




