65話 脇役はひっそりと
見ず知らずの庶民の男を護衛騎士に選んだ理由がこれならば納得も出来た気がした。知り合いをこんな目に遭わせたくはないだろう。俺が名前を教えなくても気にせず、二度の食事でも親交を深めようとはせず…それもそうだ。死ぬと分かっているのにわざわざ仲良くなる必要はない。
「ーっ!キャァアアアアアアアアッ!!!」
暗闇に目が慣れ始めたのか、近くに居た女が甲高い声で悲鳴を上げた。続いて外の明るさで会場内が照らされると皆が俺を中心に四方へ逃げていく。途中で腰を抜かした女生徒を支える護衛騎士や、そのまま置いて逃げる者も居るから後が大変だろうなぁとぼんやり考えているとリディアと目が合った。脅えるように震え、小さな声で何度も謝り続けている。
「……あぁ、そっか、」
これ、死んだフリでもしていた方がいいか。黒い棘は俺の影から斜めに伸びているようだ。貫通した黒い棘を両手で握って首をガクッと下げた。
「ごめんなさい…ごめんなさい……でもこうするしかなかったの…皆を助けるには…ごめんなさい……っ」
「リディア様!早く此方へ!」
「リーグ卿!結界が張られており外へは出られないようだ!」
リディアについて来た騎士達以外にも会場内に閉じ込められた人達は入り口の扉や全ての窓に向かって体を打つけてみたり魔法を放ったりと手を尽くしている。にも関わらずビクともしない結界に、何処からか泣き声が聞こえ始め…それは次第に連鎖を生む。
「リディア!怪我はない?!」
「ティファニー嬢……何故来たの」
「貴女を守るためよ。ケイン、結界は壊せそう?」
「無理だな。術者を探すしかない」
緊急事態なのは分かるが俺の事を完全に無視してリディアとティファニーとケインは共に走って行った。皆が外側を向いているため俺を見ている者は居ないだろう。脇役らしい死に様と扱いに溜め息を吐きそうになって堪える。
ケインのいう通り術者をどうにかすれば結界が消えるなら、優先すべきは術者との対峙。しかし見ず知らずの俺一人が死んで、リディアがいう皆を救えるとは思わない。
「皆!聞いてくれ!此処に集まるのは魔法学校の優秀な生徒達であり、その護衛騎士は己の剣に忠誠を誓っているはずだ!勿論、生徒ではない令嬢達は安全のため騎士の後ろへ集まって欲しい!」
いつの間にか二階部分に上がったケインが声高らかに言うと、騎士や魔法師見習い達が見上げて頷き合う。男子生徒のパートナーとして連れて来られただけの令嬢は各家門の騎士に守られるように一カ所に移動を始めた。
術者は何処に居るのか。死んだフリをしているため大々的に見回すことが出来ず、しかし影から攻撃をされているのだから影の中に居る可能性もある。
リーグは気を付けろ、と言ったが…ドリルヘアメイドは逃げろ、と言った。他に黒幕が居るとしても俺の知識では因果関係など分かるわけもなく…いっその事、全て見なかった事にして生徒達が解決出来た隙に消えようか……はたまた黒幕が暴れ始めたら逃げようか……。
ケインの演説を聞き流しながらそういえば貴族の立食パーティーってどんな食べ物があるんだろ、と思考が逸れていった。
「可哀想な護衛騎士。何も知らずに貫かれてしまうなんて」
抑揚のない声が後ろから聞こえ、するりと細い腕が俺に巻き付いた。背中に頭を預けられた感覚に、心臓が動いていれば音を聞かれるんじゃないか、と内心焦る。
「贄は用意したわ!お父様達を解放して!」
「だが求めていた贄とは違う。ほら、丁度お前の近くに居るじゃないか。その男を此方に差し出せば考えてやろう」
離れたソイツ…濃いピンク色のドリルヘアメイドは俺の前に立つと上を見上げて手を伸ばした。その先に居るのはケインだ。魔法を使える者や腕に自信のある者が武器を構えると、メイドは振り向きもせずに指を鳴らす。
「う、」
「ひぁっ」
「ぐっ…こ、の……」
ベルゼテのように爆発音があったわけでもないのに後ろから呻き声が聞こえ、更には悲鳴も響く。
「お前が…リディアが言っていた魔物だな!」
「内密にと言ったのに…口の軽いお嬢様にはお仕置きが必要ですか」
「ティファニー!リディアを連れて下がれ!」
「ケインっ」
ケインは二階から飛び降りると鞘から剣を抜いてメイドに斬りかかった。簡単に避けられてしまったがケインは体勢を立て直すのが早く、一振りから次の攻撃へ繋げるのも上手い。二階からティファニーが魔法で援護を始めたが、メイドは指を鳴らすと俺のと同じように下から黒い棘が伸びティファニーを襲う。影から一直線上に突き刺す攻撃、だろうか。
「ティファニー嬢!」
「ありがとうリディア!」
リディアがティファニーを横に引き寄せて攻撃は躱せたようで、今度は二人で詠唱を始めた。リディアが水魔法でメイドの足元を狙うと、続いてティファニーが氷魔法で捕らえる。一瞬の隙を見せたメイドにケインは素早く剣を横に振った。
「小賢しい…」
「ぐっ、」
斬られたにも関わらず倒れないメイドは両腕を交差させると勢いよく広げ、再び暗闇に覆われた。
これはチャンスか、とこっそり出した片手剣で棘の半分を斬り、二歩分前に出て棘を抜く。一応胸に手を当ててみたが服のせいで鼓動があるのかないのかは分からなかった。出入り口の方は人が多いため、会場内の奥へ行って楽器が放置されている舞台へ上がる。分厚いカーテンがあったのでそこの裏に隠れて様子を覗う事にした。
「光よっ!我が剣に宿り給へ!」
ケインの言葉に反応するように剣が光り、上から下へ振ると暗闇を追いやるように光りが撒布する。
出入り口の方で倒れている人数は数え切れない。剣を構えた騎士も戦う術のない令嬢を守るため動けず、上からはリディアとティファニーによる魔法が降ってくる。
お父様達を解放して、という事はこの街以外でも魔物による被害があるのだろう。それを脅し文句にし、あのメイドは贄を欲している。贄と言っても誰でも良いわけではなく、ケインを名指しした。
メイドを倒すか…そうした事でリディアの父親の安全は確保されないが。
俺が消えている事など誰も気付かないまま戦いは繰り広げられていく。
「大人しく贄になればこの場に居る者も捕らえている者も解放しよう」
「先に解放しろ!結界を解き、リディアも外へ出すんだ!」
「駄目よ!ケインも一緒じゃないと嫌っ」
「リディア…俺は大丈夫だ」
まるでヒーローとヒロインだな…。ティファニーとリディアの仲は良さそうだが、せめてティファニーには違う想い人が居てくれると心のモヤが晴れるのだが。
「一緒がいいなら、いいんですよ。リディアお嬢様」
メイドは器用に口角だけを上げた。目が笑っていないため不気味に見えるその表情。上から降ってきた温かい雨を拭うと鉄のニオイがして、見れば指の腹を赤く汚した。たったの数秒で赤褐色に変わったそれは血、なのだろう。見上げると黒い影が動いており、そこからポタポタと垂れてくる。
「……リディアァアアア!!!」
「あ、あぁ……いや…いやぁああああああっ」
ケインの叫び声と、ティファニーの掠れた声。メイドは口角を元に戻すと自身の周りに黒い魔法陣を浮かび上がらせ、上から見下ろすようにケインの方を向く。
「闇の力を授かりし愚かな贄共よ。這い出ろ、のた打て、苦しみからの解放を求め、全てを喰らえ」
「……!」
逆再生のような音…床を動く影……闇落ちしたはぐれを喚べるのか?!
「許さない…俺はお前を許さない…っ!」
「大いに結構。私はユリウス様の命に従うまで」
「狙いは俺だろう?!なんで…関係のない皆を……リディアまで…っ」
「元々処分する予定だった、と言えば満足でしょうか」
「うぉおおおおおおおおおーーっ!!」
闇落ちはぐれ魔物を斬り捨てながらメイドに突っ込んでいくケインの剣先はメイドに届く前に消えた。はぐれ魔物か、それともメイドの攻撃なのか…見えなかったがこちらに吹っ飛んできたケインの腕は剣を握ったまま滑ると壁にぶつかって止まる。数体の魔物が走り寄ってケインの腕を取り合いした所で俺は銃を取り出した。
「全貌は分かんないけどこれ以上は胸糞だな…」
誰にも聞かれない銃声と呟き。舞台に上がった魔物を処理し、キャッツとポークを喚ぶと会場の中は一際眩しい光を放ち、結界も解かれた。
「キャッツのローブ、次の街で新調するでもいい?」
「自分の好みはですね、こう…こういう形で、色は…」
「僕にもご褒美はあるよね?え、分かってる?何人生き返らしたと思ってるのか分かってるよね?こんなにポンポン死人を生き返らせたらせっかく赤子に近付いたシェイド達が老けていって僕を睨んでくるんだから…ま、僕ほどの魔術師なら何をしても許されるんだろうけど」
「あ、あの…いやほんと、自分の好みの色は─」
「取り敢えず後で聞くわ」
「!!!そうですか、いいですよ!いや、ほんと!」
消えた二人。俺もカーテンの裏から出ていないため見られてはいないが、明らかにこちらに向かって「誰だ…?誰か居るのか?!」とケインの声が聞こえたので銃と杖をインベントリに戻してから姿を晒した。
「結界は解い──」
「やっと開いたわね!」
「わふっ!ヴゥウウウウ!!」
「よぉ~俺のグラウティアスぅ会いたかったぜぇ」
「我が見つけてやった。どうだ?褒めろ」
扉を開けて入ってきたベルゼテ達にシーン、と会場内が静まり、続いて皆が一斉に走り出した。
恐怖に震える者は騎士や友人に引っ張られ、怪我をした者や…恐らく絶命していた者も、自身の体を何度も擦りながら走って行く。それを追い掛けた魔物はセレーネに引っ掻かれても尚生徒達を狙うようだ。しかし…
「ワォーーーンッ」
セレーネが遠吠えすると晴れた空から雷が落ちた。
メイドはその光景を見送った後、ゆっくり此方を振り向くと俺を見て目を見開いている。
「…………お前、どうして…」
「逃げろって言ってくれただろ?あれ、今も有効?」
「~、トニング!!アークライン家にしら─っ」
─ドサ、
やっと声を荒げたメイドの前に執事が降ってきた。
「そんな大きな声を出さなくても聞こえるように近くに置いてあげたわよ?ふふ…さぁ、続きをどうぞ」




