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64話 御飾り護衛騎士の役目




 朝になり目が覚めるとミザリーはソファーに座って目の下を黒くしていた。何度も落ちそうになる瞼を持ち上げては頭を揺らしている。


「寝れば?」

「…おは…ょう、ござ…ぃ…ます」


 ずれ落ちていた膝掛けを戻してポン、と頭に手を置くとミザリーはそのまま眠ってしまった。扉の方を見て、次に窓を開ける。


「マナの塔に比べればこれくらい」


 三階ほどの高さならばあの不快な浮遊感も一瞬で終わるはず。問題は切断ではなく骨が折れた場合はインベントリで治るのか…自分で自分を斬るのは気が引ける。


「何をしている」


 振り向くとリーグは真後ろに立っていた。


「良い朝だなって思って」

「…この高さから飛び降りようとしたのか?」

「死ねってこと?」


 また窓の外を見て聞けばリーグは離れていき、座ったまま眠るミザリーを軽々とお姫様抱っこして部屋から出た。


「お前も来い」


 当然一人になれるわけもなく。別の部屋にミザリーを寝かせたリーグは使用人に様子を見ているように告げるとまた部屋を移動し、昨日昼食を摂った部屋の前で止まった。内側から勝手に開けられると初めて見る燕尾服姿の爺さんと他の使用人とは違うメイド服を着た女が居る。


「おはよう、よく眠れた?」

「あぁ…お陰様で」


 先に朝食を摂っているリディアに返事をして女が引いた椅子に座る。


「リディアお嬢様の護衛騎士に選ばれたとお聞きしました。さぞお強いのでしょう」

「?」

「ケイン様よりもずっと強いわよ。そうでしょ?」


 此方を見るリディアの瞳が揺れる。俺は軽く頷いて目の前に用意されたスープにスプーンを突っ込んだ。


「それは楽しみですなぁ」


 和やかに笑う爺さんとは裏腹にリディアの表情は硬く、スープを口に運びながら爺さんとメイド服の女を様子見する。そして熱くもないスープを口に当ててからスプーンを横に投げた。音を立てて床を滑ったスプーンに皆の視線が向かう。


「あっつ…」


 口を押さえて顔を顰めるとリディアは驚いた表情をそのままに「大丈夫?」と声を出すのに対して、穏やかな表情を崩さない爺さんは何も言わずにニコニコと笑い、メイドの女に至っては動きもせず…俺は立ち上がってスプーンを拾ってから部屋の外で待機しているリーグに声を掛けた。


「スプーン落としちゃったんだけど……─── 」

「お前、……っ!」

「…シ、」


 声には出さず『あのふたりか?』と口を動かせばリーグが険しい表情を浮かべたため短く息を吐いて牽制する。


「そんな怒るなよ。どうせ良いとこの坊ちゃんでもないし。新しいスプーンってどうやったら貰えんの?」

「……持ってこさせよう」


 リーグが戻るまで開けた扉に寄り掛かって待つ。すぐに戻ってきたリーグの手にはスプーン。そしてその上には『メイド』と何かで書かれている。受け取ってすぐにくわえるとチョコレートの味がした。


「どうも」

「…気を付けろよ」


 メイド服の女に、ね。席に戻って柔らかいパンを千切って食べるとリディアは顔色を悪くしながら俺を見ていた。落ちたスプーンを拾いもしない、新しい物を用意しない、声も掛けない…この二人はこの屋敷の使用人ではない。俺を歓迎していないからそういう対応だとしても何かしらの言動はあるだろう。


「執事ってやつ?」

「…えぇ、そうよ。紹介がまだだったわね」

「これはこれは失礼致しました。私はアークライン家に仕えておりますトニングと申します。事情があり本家からこちらに来ておりましてな。一時的なものですが」

「あー、そう。パーティーっていつから?これ食べたら準備した方がいい?」

「私が案内します」


 メイドの女が動いた。濃いピンク色の髪はキツく巻かれて高い位置で結んだツインテール。これがドリルヘアか、と感心する。造られたように可愛らしい顔をしたメイドの女は名乗ることなく、俺が食べ終わるとさっさと部屋の扉を開けて待機する。

 トニングは笑みを絶やさず「いってらっしゃいませ」とお辞儀するとリディアもぎこちなく笑った。


「リディアお嬢様の護衛騎士を任されたのは昨日と伺いましたが」

「まぁ、成り行きで」

「本日の会場で何が行われるかご存知なのですか」

「魔法学校の創立記念パーティーだろ?」

「はい。そうです」


 抑揚なく喋るメイドの女について行くと採寸をした部屋に入った。中にはリーグと目を覚ましたミザリーがおり、メイドの女は二人に対して目を細めると俺の腕を掴んでパーテーションの裏へ連れて行く。


「着替えましょう」

「…」


 勝手にボタンを外していくメイドを見下ろすと続々と部屋の中に使用人達が入ってきた。一気に賑やかになった一室で、シャツを脱がされた俺にピタリとくっついたメイドは背伸びをすると顔を近付け呟く。


「逃げた方がいい」

「…な、」

「此処はお前が来る場所ではない」


「着替えが終わったら髪型を整えますよー!」


 ハッとしてメイドの肩を掴んで引き離すと、パーテーションを覗きに来た使用人は顔を赤くさせながらも目線を外そうとはしない。もはやパーテーションなど必要ないんじゃなかろうかという程に続々と入ってくる使用人は時折人の肌に指を這わせると満足そうに笑った。


「ちょ、擽ったいんだけど!」

「いいじゃなーい!若い男の裸なんて見る機会ないんだし」

「うちも娘ばっかだからねぇ」

「大丈夫よ、未婚の子はあっちで待機させてるからっ」


 何が良くて何が大丈夫なのか。着替えを終えると背中を押されて一人掛けのソファーに座らされ、休む暇なく髪の毛を弄られた。メイドはパーテーションの裏側に隠れたまま此方を見つめており、リーグとミザリーはパーテーションを睨んでいる。

 リディアの味方であるリーグとミザリー、そしてメイドでありながら危険視されている女。アークライン家から一時的にヴァンスへ来た執事と、メイドのあの発言…


「ほら!更に男前になったじゃない!」

「ぉわ、」


 肉付きの良い使用人が俺の背中を叩くと前のめりに吹っ飛びそうになった。鏡を見ろと言われて立ち上がれば、サイズ感ピッタリの黒い礼服。襟元と袖口の金糸の刺繍に合わせたチョッキのデザイン。ロングコートの左肩から垂れるマントを繋ぐ装身具は金色の金具に赤い石がはめ込まれていた。


 準備は整ったというのに使用人達はバタバタと慌ただしく部屋を出て行き、残されたミザリーから剣を渡される。鞘から抜いてみると本物のようだ。


「アークライン家に伝わる家宝のレプリカではありますがガナルディの名匠に打たせた剣です。リディアお嬢様の護衛騎士として、恥じぬようお願いします」


 受け取った剣をホルダーに差し込むとミザリーはお辞儀をした。奥から出てきたメイドはミザリーを通り過ぎるとリーグの後ろに控え、此方をじっと見ている。


「時間だ」


 そう言って部屋から出て行くリーグに続き、俺とメイドはミザリーを置いて屋敷の外へ出る。馬車の中には煌びやかなドレス姿のリディアがおり、乗ったのはリーグではなくメイドだった。ゆっくりと動き出した馬車の窓から外を見るとリーグは他の騎士姿をした男達と馬に乗ってついて来る。

 後ろから三人、前には五人。


「パーティーって何時まで?」

「夜まで続くわ。貴方は私の隣に居るだけでいいし、何も喋らなくていい」

「そのつもり」


 馬車の中での会話はそれだけで、居心地が悪そうなリディアと表情を変えずに動かないメイドと慣れない服に息苦しさを覚えた俺。首元まで留められたボタンを二つ外すとリディアが鼻をピクリと動かした以外はなんの動きもない。




「エスコートして」


 御者が馬車の扉を開けるとリディアは俺に手を差し出した。降りてから手の平を上にして出すと小さな手が重ねられる。


「魔法学校?」

「そうよ。イベント用のホールがあるからこのまま向かうわ」


 俺の肘に手を差し込んだリディアと歩く。後ろにはメイドとリーグを含めた騎士姿の男達。同じ方向へ向かって歩く他の人々は皆リディアを見付けると挨拶し、続いて俺を見ると「誰あれ」という至極真っ当な反応を見せていた。

 イベント用のホールは煌びやかな内装で、立食形式になっているのか食べ物も用意されている。音もなく近付いてきた男は飲み物を手渡すとまた他の生徒の元へ向かって行った。


「リディアくらいじゃないか?こんなにゾロゾロ引き連れてるの」

「……リーグ。待機してて」

「ですが…」

「命令よ」

「はっ」


 納得はしていない表情で下がったリーグに続き騎士も下がる。メイドはキョロ、と会場を見回すと此方にお辞儀をして何処かへ行ってしまった。


「で?」

「なに?」

「このパーティーで何があるのか教えてくれてもいいんじゃないか?」

「…何もないわよ?磨けば輝く男を連れて皆に見せびらかしたいだけ」


 俺の犠牲は無駄にしないとか言われたからには何かはあるだろ。しかし言う気はないのか、リディアは知り合いを見付けると俺の腕を引っ張った。


 挨拶、世間話、時には学生らしい会話。途中、一人の女の子が会場に現れると皆の視線が向かったようで俺も横目で確認する。


「ティファニー…嬢、」

「あぁ、あれが。隣の男が騎士学校の主席?」

「あれ程言ったのに…離れるわよ」

「?」


 二人組はすぐに人に囲まれたため未だに入り口付近に居る。充分に距離があるというのにリディアは人を掻き分けながら隠れるように奥へ進んだ。


「おいっ」

「だめよ。どうしよう…これでいいの……でも、」

「リディア?大丈夫か?」

「……っ…ぁ……」


 腕を掴んで引き止めると此方を振り向いたリディアが小さな声を漏らす。と、同時に…会場内はパッと暗くなった。まだ昼前だというのに…カーテンを閉めてもいないのに暗くなったのだ。当然会場内はザワついたが、リディアは落ち着いた声色で「ごめんなさい」と吐いた。それは近くに居る俺にしか聞こえなかっただろう。そして、恐らく俺に向けられた言葉でもある。


「…なるほど?」


 俺の胸を後ろから貫く黒い棘は、付着した血を先端から滴らせると会場内を汚した。



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