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62話 冒険者の居ない街




 ヴァンス。騎士を目指す貴族が多い街。騎士学校だけではなく魔法に特化した学校も有名なこの街には勿論冒険者ギルドもあった。しかしドゥーロやポロス、ガルダワンよりもその規模は小さく、冒険者はあまり立ち寄らない。というのも、ギルドに属さず騎士や魔法師という職務に就く者を取り纏める騎士団、魔法師団の支部拠点があるからだ。国を跨いだ戦が主な任務ではあるが街の治安や街付近の魔物討伐も熟しているそうで、冒険者達の仕事が少ないらしい。


 何故そんな事を俺が語れるのか……それは…


「今残ってるのはAランク+の討伐依頼もしくはEランク-の採取依頼ですかねぇ~。」


 ヴァンスギルド内が閑古鳥を鳴かせていたためである。


 風が吹けば崩れてしまいそうな程にボロい建物には職員が二人。ギルド長という偉い人は名前だけ残して殆ど顔を見せないそうだ。誰も来ない此処では受付も事務作業も何も発生しないため二人でも多いが一人で何もしないよりはマシだと愚痴っていた。


「はぁ…セトキョウスケの依頼が届いた時は忙しくなるぞーって張り切ったのに」

「あはは、仕方がないわよ。他の街でも同じ依頼が出回ってるんだから」

「ポロスには悪魔狩りのベルゼテっていう冒険者が居るみたいだし、ヴァンスに来てくれればちょっとは盛り上がるかもしれないよね」

「こんな所に来るわけないでしょ~あ、お菓子食べる?」


 セトキョウスケもベルゼテも目の前に居ると知れば彼女達のやる気は出るのだろうか。依頼を聞いておいて受けずに帰ろうとする俺とベルゼテの事など気にも留めない二人の愚痴はエスカレートし、最終的に騎士団や魔法師団の話に移行していった。


 外に出た俺とベルゼテはダンタリオンとセレーネが待つ宿へ向かう。


「体を休めたら出発しようか」

「そうね」


 此処ではランクを上げられないだろうし、Dランクのままアウトラへ行くしかない。


「あ」

「どうかした?」

「あそこ。ローブって売ってんのかな」


 途中で見付けた店。魔法師用の店なのか杖や装飾品が置いてあった。キャッツにローブを新調してやらないとてっぺんハゲが晒されて可哀想だ。魔族にもハゲという概念があるのだから尚更…


「ハゲを狙えーとか言われてたし」

「それは悪いことをしたわね…」


 オレンジ色の猫毛が耳の上から下は生えているのに更にその上の毛根は既に息をしていないキャッツ。あのてっぺんハゲはポークですら何もしてやれないだろう。ベルゼテには先に戻っても良いと告げたが一緒に入る気満々のようで、店の扉を開けると若い女の子達数名で賑わっていた。



「今度の試験の教官、誰だっけ?」

「アントン教官よ。最悪よね」

「あのセクハラハゲかぁ」


 セクハラハゲ…。


「キャッツも喚んで気に入った物にしたらいいんじゃない?」

「いや…」


 アントン教官とキャッツは別の人物だがなんとなく喚ぶのは躊躇った。奥に進むとローブが数着置いてあり、フードが深めなものを選ぶ。


「これは?」

「隣の方が色合いも揃いそうだけど」

「じゃ、それで」


「あの~お客様、そちらは魔法師用の作りになっておりまして…」


 ひょこっと現れた店員はベルゼテを不審そうに見た後、俺へ視線を移すと鼻で笑ってからそう言った。

 宿からはドゥーロで調達した服に着替え、ベルゼテもキャッツから奪ったローブで全身を隠している。インベントリにしまえない大剣も宿に置いてきたため、今の姿は冒険者でも無ければ騎士でもない。勿論貴族にも見えないだろう。


「俺のじゃないから」

「あ~そういう意味ではなく…なんと言いますか」

「ハッキリ言ったらどう?」

「お値段、分かります?買えない物を手に取られても…ましてや貴方が触れてしまえば価値は下がるでしょう?」


 平民が買える品物ではないぞ、という事か。持っていたローブを戻した俺は店から出るために踵を返した。


「他の店に行くか」

「あら、いいの?」


 元の世界のようにBGMが鳴っているわけでもない店での会話は筒抜けだった。魔法学校に通っているらしい女の子達はクスクスと笑いながら此方を見ている。ここで「金ならあるけど」と出せば店員の態度は変わるだろう。失礼な態度を取った店員に言い返し一悶着した所で俺には得など無かった。このまま引き返せば、貧乏人が憧れの店に入ってきた…程度の大して盛り上がりもしない話で終わるのだ。

 わざわざ覚えられてしまうような印象を与える必要はない。


「行くぞ」


 ベルゼテは大人しくついてきたと思えば耳元で「殺しちゃう?」と囁いた。手で払えば避けられたが、笑みを見せているため不快には思っていないようだ。


「待って!あれ、私が買う。早く用意しなさい」

「え、リディアお嬢様…しかし」

「早く!ちょっとそこの二人!待ちなさいって!」


 扉に手をかけた所でリディアお嬢様と呼ばれた女の子に腕を掴まれた。他の女の子と同じ制服を着ているため魔法学校の生徒だろう。お嬢様って事は…貴族、か?


「欲しいんでしょ?私が買ってあげる」

「…俺達は間違えて入ってきたみたいだから、大丈夫だよ。魔法師用のローブがあんなに高いなんて知らなくてさ」

「何よその喋りか ─っ」


 後ろで気味悪そうに言ったベルゼテの腹に肘を捻じ込む。攻撃力はなくとも圧迫すれば息は詰まったのか、リディアは首を傾げるだけでベルゼテの台詞は拾えなかったようだ。

 その間に先程の店員がローブを洒落た箱に入れて持ってくるとリディアは俺の腕を掴んだまま店から出て行った。


「貴方の名前は?」

「…」

「私はリディア。リディア•アークラインよ」


 長いストレートヘアは透き通るような水色で、紫色の瞳をしたリディアは名乗ると少し顎を上げた事でその高慢そうな性格を晒した。俺やベルゼテが反応をしないでいると焦ったように何度も名前を言っているが、特にピンと来ないので宿へ戻ろうと歩き始める。


「アークラインよ!ねぇ、ちょっと!」


 無視を決め込んだが何処までもついてくるリディアは遂に人通りの少ない裏路地にまで入ってきた。


「こんな所までついて来るなんて正気か?」

「私は魔法学校の主席よ。襲えば痛い目を見るのは貴方だから」

「襲うつもりはないけど…」


 リディアはインベントリから剣を取り出すと此方に剣先を向ける。


「魔法だけでなく剣の扱いも得意なの。どう?話を聞く気になった?」

「出来れば解放してほしいかな」

「なんでよ!私はアークライン家の長女、リディア•アークラインなのよ!」

「俺達はこの街に来たばかりなんだ。名前を言われても分からないよ」


 なるべく穏便に済ませよう、と柔い口調で続けたがリディアは一歩踏み出すと俺の首元に剣の先を当てた。一瞬で距離をつめられ、反応すら出来なかった俺にリディアは口元を緩めると剣を下ろす。ベルゼテは凝りを解すように首を回し、更に前へ出ようとした所を止めた俺は溜め息を漏らした。


「話って何?」

「私の護衛騎士になってほしいの」

「…は…、なんて?」

「護衛騎士といっても別に戦ったりするわけじゃなくて、一緒にパーティーに参加してくれればいいだけよ。勿論報酬も支払うわ」


 護衛騎士。パーティー。理解が出来なくて思わず眉間にシワが寄ったがすぐに顔を手で覆って隠す。


「前金としてローブは渡す。無事にパーティーが終えたら金貨100枚でどう?」

「そんな大金を貴女が支払えるのかしら?」

「本当に知らないのね…アークライン家は代々功績を残す偉大なる公爵家よ」


「なんか聞いたことあるけど公爵家って何」


 小声でベルゼテに聞くと教えてくれたがそれでも意味が分からず、要約すると五つある爵位の中で最高位、だそうだ。もっと噛み砕くと偉くて金持ち、と言われて理解できた。


「そんな金持ち…あー、公爵家がなんで俺を?」

「貴方、磨けば輝きそうだもの。ただの御飾りならいい男を連れていくべきでしょ?」

「…残念ながら輝く予定はなくて」

「逃がさないわよ…時間もないし、早く戻らないと。さぁ、こっちよ!」

「いや、だから」

「リーグ!ミザリー!」


 リディアが大きな声を出すと何処からともなく男と女が現れた。その二人は何も言わずに俺の前に立つと両脇を抱え、拒否権などないと言わんばかりに引きずって行こうとする。ベルゼテに助けを求めたが手をヒラヒラと振っており助ける気はなさそうだ。


「なん…え、ちょっ…リディア」

「リディア様と呼べ、下人が」

「リディアお嬢様、この者に罰をお与えください」

「いいのよ。早く行きましょう」

「「はっ」」


 広くなった道に停められた馬車に押し込められ、隙を見て逃げだそうと考えたが馬車内でも両脇を抱えられたままの俺に隙など見付けることは出来なかった。




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