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61話 ベルゼテとルゥ爺




「この木の枝、結局なんなの?」


 セレーネに乗って移動しながらジェインに問えば「鍵」と答えられた。どっからどう見てもただの木の枝であり、たとえ鍵だったとしてなんの鍵なのか。


「封印を解くための鍵だぁ」

「あの場面でよく出してきたな!」

「言ったろぉ?吉と出るか凶と出るかは知らねーけどってよぉ」

「そうだけど…」


 黒竜が現れたから吉と出たわけで。だがその黒竜も何処かへ消えてしまった。


「思い当たる節ねぇのぉ?」

「思い当たる節?」

「黒竜が現れたって事はグラウディアスが封印を持ってたって事だろぉ?」


「黒竜ですって?!」


 そういえばベルゼテにはまだ言っていなかった。丁度視界も開けており夜という事もあったのでセレーネに止まるよう伝えて降りる。


「あー、あったわ。思い当たる節」


 ずっと背中に背負っている大剣。それを持ってからギルドカードにセレーネ以外の欄が増えていたのだから、正直これしかないだろう。念のためギルドカードを確認すると


  グラウディアス•ドゥーベン

  D ---

  ⇨セレーネ

  ⇨ルゥ


 ???から名前に変わっていた。


 早速木の枝を振ってみたがあの時のようにルゥ爺は現れず首を傾げてジェインを見遣る。このままでは木の枝を振り回す無邪気で痛々しい高校生になってしまう。


「封印は解いたんだから鍵なんて必要ないんじゃねぇ?」

「…え、じゃあ何処行ったんだよ……」

『おぉ?なんじゃもう出てきて良いのか?』

「うわっ!」


 真後ろから聞こえた声に振り向くがあの巨体は何処にもなく、そしてベルゼテやダンタリオンが首を傾げてこちらを見ている。


「どうかしたの?」

「何に驚いている?」


 悪魔には聞こえなかったのだろうか。それとも幻聴か…。俺は背負っていた大剣を手に取り色んな角度から確認した。国宝武器の大剣よりも少し細く、長さは同じくらい。形は似ているが国宝武器は鍔の窪みに緑色の宝石のような石がはめ込まれていた気がする。こちらには紫色の石だ。


「ルゥ爺?居るのか?」

『おぉうっ、ふ、振るでない!』

「聞こえた?」


 やはり何も聞こえないようで悪魔達は首を横に振ったが、この剣の中に居るのは確かなようだ。出てきていい、と言えば剣が少し軽くなった気がして、何かが勢いよく空へ飛んで行くとドンッ、と音が鳴って地面が揺れるとやっと現れた黒い壁を見上げる。


「この剣に封印されてたのか?ルゥ爺」

「まぁ…なんだ、眠っておったのだよ」


 少しそっぽを向いて答えたルゥ爺をベルゼテとダンタリオンに紹介しようとしたが二体の悪魔は驚いた表情を晒して固まった。それ程に黒竜という存在は珍しいのだろうか。

 ルゥ爺は翼を畳むと姿勢を低くし、そこでベルゼテとダンタリオンを視界に入れた。


「…ほう…お主が言っていた悪魔とはこやつ等の事かな?」

「そうだけど…悪魔って分かるのか?」

「見た目は人間と変わらんがのぉ~…隠せておらぬよ?のぉ?偽りの王」


 何度かダンタリオンが呼んでいたためルゥ爺がベルゼテに向かって吐いた言葉だとは理解した。だがその声色は地を這うように低く、好意的なものではない。

 ベルゼテが左足を半歩程下げて身構えると細かい砂を引き摺って音を出した。瞬間──


「ーがっ…は、」


 くの字に曲がったベルゼテが吹っ飛ぶ。


 ルゥ爺の尻尾はベルゼテの腹を払った後、何度か揺れて止まった。


「おいっ!」

「軽いのぉ。見たか?よく吹っ飛んだぞい」

「待て!ベルゼテは仲間だ!」

「仲間?悪魔が仲間だと言うのか?そっちの悪魔は誓約の楔を付けているが偽りの王とは結んでおらぬだろう?」

「それは…そうだけど」

「魔界に住む悪魔•ベルゼビュート…姿を変えてもクソのニオイがプンプンするわい」


 ベルゼビュート…悪魔王に作らせたギルドカードの名前はベルゼテ•ビュートピアリーだった。真名を捩ったのだろう。


「まったく、酷いじゃない…」


 怪我も無く戻ってきたベルゼテは髪を掻き上げると金色の瞳でルゥ爺を睨み付けた。このままでは悪魔とドラゴンの戦いが始まってしまう。ジェインはセレーネの上で胡座をかいて見物するだけだし、ダンタリオンは腕を組んで静観している。お前も悪魔だろ、と見遣ると目が合ったが首を傾げられた。


「グラウディアス。とんでもない奴を目覚めさせたわね」

「ドワーフから預かった大剣にドラゴンが封印されてるなんて思わないだろっ」

「なんじゃい、ワシだって好きで封印されたわけじゃないんじゃぞ!」

「だとして!いきなり攻撃しかけるなよ!あー、ちょ、ベルゼテも構えるなっ!」


 しかもルゥ爺の口に禍々しいオーラが集まってない?それどうする気?お前のブレスを見るのは今じゃない。


「鬱憤、此処に晴らしたり!!!」

「リオっ!!!!!」


 ───パチ、ン


 指の音が鳴り、景色が切り替わる。前にも見た夕日に染まるススキ草原。

 目の前のドラゴンはベルゼテが居た方向にブレスを放つと、ススキどころか地面まで抉っていった。物凄い風圧と、物凄い破壊音。ブレスの最終地点など目では見ることが出来ない。


「んん?何じゃ、此処は」

「我の空間だ。我を認識しておらぬ貴様では攻撃など通用せぬ」

「ほう!認識した今なら効くという事か!」


 ダンタリオンのお陰であのブレス攻撃は無効化された、という事なのか?しかしベルゼテの姿が見えない。いや、それよりもまた何かしようとしているルゥ爺を止める方が先だ。


「ルゥ爺!聞いてくれ、話を…」

「ふぅ…なんじゃ?」


 案外あっさりとこっちを向いたルゥ爺に拍子抜けを喰らったが、どうやらダンタリオンによってベルゼテはこの幻覚空間の外…つまり現実空間に置いてきぼりにされているそうだ。ルゥ爺は「小賢しい真似をしおって…」とぼやいたがダンタリオンは鼻で笑うと俺に向かって「我を褒めるがいい」とお決まりの台詞を吐いた。


「ベルゼテは仲間なんだ。悪魔だって事は出会った時から知ってる」

「お主は破壊をお望みかな」

「俺はこの世界で生きるために安全な地を目指してるんだ」

「ならば偽りの王と共に居るのはおかしいじゃろ」


 何度か聞いた事はある。偽りの王…悪魔王に従順そうだが、そんな呼び名を付けられる程の何かがあるのは…気付かなかったわけではない。


「悪魔王ルシファーすらも屠る力を持つ偽りの王…ベルゼビュート。お主が飼い慣らせるわけもなかろう?誓約の楔を結ぶならば…いや、奴の真名を呼んだ所でお主の魂は悲鳴を上げるだろうな」

「別に飼い慣らすつもりはないから」


 勝手についてきたゴキブリ。けれど知識と火力に助けられたのも事実である。


「お主の何を狙われているのかは知らんが…全て奪われてしまうぞ?」


 それなら…兄貴はあの時に死んでいる。ベルゼテは躊躇った。そして俺の叫びを聞いて止めてくれた。


「ベルゼテは仲間だ。それをルゥ爺が受け入れないというなら大剣は破棄しよう」

「…お主、正気か…?」

「封印は解かれたんだろ?自由に飛び回ればいいよ。その代わり、俺は死なない。ドラゴンが相手でも、俺は…」


「お主は…ワシを捨てると申すか…?それはあんまりではないかのぉ…、」


「…は」


 鋭い双眸が波打つように潤い、鼻を啜ったドラゴンは顔を伏せると前足で頭を隠すようにしてイジけ始めた。先程までの張り詰めた空気はどこへ行ってしまったのやら…渋い声で泣くドラゴンはなんとも言い表せない程に頼りなさげで。


「ルゥ爺?」

「ワシはお主の心配をしてやったというのに!悪魔がどれ程に狡猾であり凶悪であるか…ワシが助けてやらねばと思ってぇええうぉおおおお」

「泣き方がえぐい…」

「破棄するなんてお主こそ悪魔じゃぁあああうぉおおおお」

「わ、悪かったよ。ただこれから一緒に行動するなら敵対しない方がいいだろ?」


 ルゥ爺が戦力になってくれればかなり心強い。だからと言ってベルゼテの意思と関係なく此処でお別れだ、とは言えない。勿論…ベルゼテが魔界へ帰ると言えば止めるつもりはないのだが。

 グズグズと泣き始めたルゥ爺の鼻先を撫でてやりながら、あやすように声をかける。


「心配してくれたんだよな。けど、ベルゼテは俺達に危害を加えた事はないから」

「最後に全部持って行かれるやもしれんよ」

「そうなったら見誤った俺の責任だろ。リオは同じ悪魔だし、セレーネはベルゼテを黙らせる事も出来るし、ジェインは…まぁ俺のとばっちりになるけど」


「わふっ」

「ククク、ひでぇ」


「ルゥ爺は何か持っていかれるか?」

「ワシは偉大なる黒竜である。悪魔如きにやられはせんよ」

「なら今は休戦しててくれよ」


 俺が生きている間は。仲良くしてくれとは言わないが、敵対はしないと約束して欲しい。


「そうすればワシを捨てない?」

「背負っとくよ」


 どうせインベントリには入らないし。


 ルゥ爺は泣くのを止めると頷いた。よっぽど破棄されるのが嫌だったのだろう。事の成り行きを見届けたダンタリオンは小さく息を吐くと空が暗くなり、辺り一面に揺れていたススキは破片になると風に乗って消えた。ベルゼテは困ったように笑うと風に流された髪の毛を耳にかける。


「ベルゼビュートよ…その、なんだ…」

「いいのよ。分からなくもないわ」

「ふん、偉そうに…」

「黒竜…リュゼ=ノワール。貴方が私を嫌うのは無理もないわよ」


 同族嫌悪でしょう?そう言って口角を上げたベルゼテはルゥ爺を煽っているようにも見えた。


「ワシをその名で呼ぶな!偽りの王め」

「私もそう呼ばれるのは嫌いなの」


「…大丈夫かよ」

「ククク、捨てちまうかぁ?」


 ジェインの声が届いたのかルゥ爺は牙を剥き出しにすると堪えるように喉の奥から低い声を出す。暫くして溜め息を吐き捨てると前足をベルゼテの前に下ろし、指を一本持ち上げた。


「小僧が信頼しているのであれば、ワシも一度は様子を見てやろう」

「あら、偉大なる黒竜様は心が広いのね?」

「ぐぬぬぬぬぬ…」

「…冗談よ。ベルゼテと呼んでちょうだい。ルゥ、貴方の事は悪魔王から聞いているわ」

「ふん。ルシファーなどを王と呼ぶ神経が分からんわい」


 ベルゼテは少し膝を曲げてルゥ爺の指を握った。まるで握手を交わすように…。これで一件落着、と思って良いのだろうか。まだ俺には目指さなければいけない道があるため、こんな所で立ち止まりたくはない。

 気を取り直して次の街の名前を聞くと、アウトラの近くで発展するヴァンスという街だとベルゼテが言った。そこはマキファンズ国では有名な騎士学校があり、冒険者にはならず国に仕える若い貴族達が多く居るそうだ。学校を卒業すれば殆どが王都へ移り住み、実力を認められた者達だけが国王の守護を任命される。


「騎士か…」

「ワシのブレスで街ごと吹き飛ばしてやるのはどうじゃ?驚くぞぅ?」

「ブレスは禁止な」

「なんでじゃ?!」


 一直線上の無差別テロだから当然だろ。


「それと悪魔の名を気安く呼ばない事ね」

「ぬぅ…生意気な……」

「そもそもその巨体で共に行動を?我等をまとめて討伐対象にする気か?」

「……仕方あるまい」


 ダンタリオンの言葉を素直に聞き入れたルゥ爺は大剣の中に戻った。せっかく外に出ることが出来、あんなに喜んでいたルゥ爺を見ていた俺は少し申し訳ない気持ちになる。セレーネのように体を小さく出来たり、ベルゼテのように人の形になれればいいのだが。


 それか、この旅の何処かでルゥ爺が気に入った場所が見付かれば……


「考えようか、一緒に」

『…そうしてくれ』


 そういえば何故ステラとナナは帰り道で黒竜について何もの語らなかったのか。ルゥ爺に聞けば『騒ぎにはしたくないからのぅ』と答えた。人の記憶を操る術があるのだろうか。

 聞き分けよく大剣の中に戻った理由も少し分かった気がした所でセレーネが走り出し、月のない夜空を見上げてアルテミスを想う。

 力を取り戻せば女神フレイを説得出来る唯一のツテである。



 俺達は魔族に侵された地からマキファンズ国へ戻った。




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