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60話 ソル村



 ガルダワン付近の瘴気をポークが浄化し、俺が対峙した魔族が逃げた方角の先…遠回りをする必要は無くなったが、再び群をなして出直される可能性を考えれば始末した方が良いとベルゼテが言ったためソル村へ向かう事になった。


「我もそう思う」


 まさかのダンタリオンも同意見で驚いた…。


「よく知らない、特に思い入れがあるわけでもない人や街のためにそんな事言うなんて意外だな」

「ふふ、貴方だってそうじゃない。目立ちたくないとか言ってわざわざ迂回してまでルノドフガンズを倒しに行こうとしたんだから」


 結果、悪魔不在の中対峙する事になったのだが。


「別に…居る時に現れたから。たまたまだよ」

「そのたまたまでいくつの命が救われたのかしらね?」


 あのまま進軍されていたらガルダワンはどうなっていたのか。ダリンズやマクウェルの強さを知らない俺では憶測でしかない結末を過らせたがすぐに頭を振って捨てる。


「ソル村の事も気になるのは本音だけど…まぁ、確かめたい事もあるから丁度良いか」


 廃村であれば人は寄りつかないだろう。小さくなれると言って姿を消した黒竜•ルゥ爺。どうしたら再び呼べるのか考えたが、あの時に俺がやった事を思い返せば木の枝を振った事くらいだろうか。あんなんでも影の国の王から盗んだ国宝武器である。


『吉と出るか凶と出るかは知らねーけどなぁ』


 ジェインはそう言っていた。


「セレーネ、念のため気を付けて行くぞ」

「わぉんっ!」



 再び通った岩場の開けた道はそこで魔族が集結していた等とは思えない程に何もなくなっていた。倒した魔族の魔核や残った死骸はジェインが回収したそうでジェインこそ抜け目がない気もするが、いつかお金に困った時は小出しに売れば良いだろう。


「嫌な風ね」

「……未だに消えぬか」


 悪魔二体が目を細める。


「何かあるのか?」

「モレクを呼び出す儀式をしたからでしょうね。数ヶ月前と言っていたけれど…此処までニオイがするわ」

「なんもしないけど…」

「わふ?」

「悪魔にしか分からぬよ…憎悪や恐怖という人の感情は我等悪魔が好むニオイをしている」


 好む、というがダンタリオンの表情は楽しげではなかった。ベルゼテも『嫌な風』と表現している事から、少なくともこの二体にとっては好ましくないのだろう。

 風に乗って流れてくる負の感情のニオイ。

 ソル村に辿り着くと、なんとなく俺も感じた気がした。


「……酷いな…まともな家なんて、」


 簡単な柵に囲われた村。家があったであろう場所には瓦礫が散らばっており、所々敷かれた石のタイルは黒く汚れている。瘴気がないため魔族は此処を避けたようだ。この数ヶ月間で雨は降らなかったのか…何処も彼処も赤黒い血が飛び散って乾いていた。



「いくら魔族でもこの場所を避けて通りたくなる気持ち、頷けるわね」

「儀式って事はモレクの仕業じゃないわけだよな…」

「人間が人間を大量虐殺し、モレク召喚の儀を行ったのであろう。あそこにモレクの気が残っている」


 ダンタリオンが指を差したのは村の中心部分だった。こんな道のど真ん中に血に塗れた祭壇があるなど不自然だが、今の雰囲気には妙にマッチしている。近付くのを躊躇っているとジェインが走って行き、祭壇の上によじ登るとその場でぐるりと回って辺りを見回す。続いてゆっくりと近付いていった悪魔二体に、セレーネは鼻先でちょん、と俺の背中を押した。


「犯人を見付けるのは難しいよな」


 人の仕業なのであれば……何を目的にモレクを召喚したかったのか…。巻き込まれてしまった村人を悔やむように恐る恐る祭壇に触れる。


「ククク…あぁ、見付けられねぇなぁ」

「そろそろ降りろよ」

「この村の人間を殺した奴等は皆死んでるぜぇ」

「…!!」


 ぴょん、と飛び降りたジェインは何事も無かったかのように歩き出した。瓦礫や木々に隠れていた唯一形が残る小さな小屋を見付けると振り向いて手招きし、俺達が歩き始めたのを確認するとジェインは小屋の中に入っていた。

 木の板で作られた小さな小屋の中。テーブルやベッドが同じ一室に置かれたそこは二人暮らしだったのだろうか…木で出来た器やフォークが二つ、二つの椅子は向き合って置かれており、一つのベッドに枕も二つ。


「過去だけ持ってかれたシェイドだぁ」

「!まさか、居るのね…?」

「どういう事?」


 ジェインは向き合う椅子をどちらも引くとベッドに座った。狭い一室に埃が舞って顔を背けると、ダンタリオンが左手をさっと払うのが見え、背けた顔を戻せば椅子に向き合って座りお互いの手を握る顔のない男女の姿が現れる。


「…幻覚か?」

「幻覚によって一時的に視覚の調整をした。そこに見えている者は現実では存在しないが、そこには居る」

「つまり、シェイドが見えるようになった、という事よ」


 ベルゼテの補足で理解した俺は顔のない二人に視線を向ける。二人は時々頷き合い、励ますように握る手を擦った。


「こっちの事は見えてるのか?」

「俺達には気付いてねぇ。これはただの思念の残留だぁ…もう消えちまうだろうなぁ」


 ジェインの言葉通り二人の姿が透けていく。最後まで残ったのは握り合った二人の手で、それは消えるその瞬間まで離れることがなかった。

 ベッドから立ち上がったジェインはさっさと小屋から出るとポツリ、と先程のシェイドについて話し始める。


「過去を失ったシェイドに未来はねぇ」


 老衰、病死、事故死、魔物との戦いの末に落とした命ですら未来を生きるシェイドからすれば真っ当な過去の寿命であるが、悪魔に喰われてしまえば魂が消失してしまうため未来であるシェイドも消失する。

 そうして彷徨うことになった過去の魂と未来の器をティモテハーンはキメラとして生み出していた事を思い出す。


「リッチが関係してる…?」

「奴の…いや、ティモテハーンの目的はキメラを作り出して軍を作る事だ。モレクに捧げられてしまえば弔われる」

「さっきのシェイドはモレクに弔われ損ねた寝坊助だなぁ…肉体だけモレクに持ってかれたぁ」


 数ヶ月間…あのシェイドはこの村を共に彷徨い、来ることのない来世を誓っていたそうだ。生まれ変わったらまた一緒になろう、その次も、そのまた次も…僕達は何度生まれ変わっても出会い、結ばれ、共に歩もう。ジェインには声も聞こえていたそうだ。あのシェイド達が生まれ変われない事は教えずに、最期の瞬間を見届けた。


「…犯人は死んでるんだろ…?」

「あぁ。モレクを召喚してそのまま喰われたようだなぁ。悪魔に喰われれば魂は消滅、二度と生まれ変われねぇ。けど他の村人は惨殺された後にモレクの贄になったからなぁ…次は憑いてたシェイド達がこの世に産まれるぜぇ」


「組織的な犯行なら…まだ生きている人間が居るかもしれないわね」

「ククク、あのシェイドの記憶だと黒いローブ…背中に鷹と狼の刺繍だぁ」

「…それって」


 マキファンズ国のギルドカードの…。


「冒険者ギルドが関係している…なんて、私達が知った事を知られたら忙しくなりそうね?」

「…見なかった事にはしない」


 だがこれ以上首を突っ込めない気もした。ギルドが絡んでいるならば、せめて信用できるギルド職員が味方になってくれなければ下手に動けない。思い当たるのはドドゥーだけだがドゥーロから此処までは遠いため頼れないだろう。


「アウトラのギルド長だなぁ」


 珍しく他の話題に移らないジェインは瓦礫を退かすと薄汚れたぬいぐるみを取り出した。まるでそこにソレがあったと初めから知っているように…ウサギのぬいぐるみを持って先程の小屋へ戻っていくジェインを見て、呟く。


「アウトラの…、」


 シエルはアウトラの冒険者であり、呼び戻されて村の惨状を知った。ガルダワンから目撃された赤い光の柱の調査後、ガルダワンから協力を求められたのもアウトラ。そして、ドドゥーが紹介状を書いてくれた相手は…


「アウトラのギルド長…ローフォンド」


 ジェインと同じシェイドの、あるべきでない末路。戻ってきたジェインの手にウサギのぬいぐるみは無くなっており、いつものように嫌味の含まれた笑みを貼り付けたジェインの頭を撫でる。


「離れないんだろ?勝手に行くなよ」

「ククク…さっさと行こうぜぇ」


 ベルゼテとダンタリオンは何も言わず、俺達を通り過ぎる際に俺の肩を叩いていった。





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