57話 帰りは最短ルートで
ルノドフガンズの体が消え、赤い魔核を落とすと魔族達は逃げるように去っていった。ジェインは魔核と残された首をインベトリに突っ込むと、未だに動かない俺の背中をポン、と叩く。
「悪魔を待たずともやれるじゃねぇのぉ」
「…ステラとナナを街に帰そう」
皆がいる方を振り向いてキャッツとポークが居ない事に気が付いたが、敵の仕業ではないようだ。セレーネは走り寄ると体を擦り付けたが大きいままなのでその拍子に尻餅をついてしまった。
「わふっ!わふ、わぉんっ」
「腹が減ったのかぁ?」
「ヴゥウウウウ!」
「ククク、違うってよぉ」
気の抜けるやり取りにやっと息を吐いた。ルノドフガンズから放たれていたらしい瘴気はポークによって消えているらしく、ステラやナナはピンピンしている。
出来れば俺がセレーネに乗りたいが…そうも言っていられない。
「行くか」
もう隠れながら進まなくても良い。ガルダワンまでは最短ルートを進もう。ステラとナナの元まで歩くと目元が赤くなったステラが俺に抱き付いた。ナナは興奮したように飛び跳ね、「すごいよ、すごいよっ!」と何度も騒ぐ。
「ほんと…あんなのに勝てちゃうなんて…」
「巻き込むつもりは無かったんだけど…ごめん」
「何の役にも立てなかった…こんな足手纏いで戦えるなんて言って…何にも出来なかった!ナナは上位精霊を操って…セレーネも雷を降らせたり!キャッツさんも、ポークさんも…あんなに凄い魔術師を喚んだグラウディアスも…ううん、グラウディアスが……っ」
恐怖を思い出してか、役に立てずに悔しくてか、それとも安堵によるものか…。胸元で啜り泣く声が聞こえたため頭に手を乗せてみる。
「ステラも戦っただろ?」
「…う、ひっく、…うぅ、」
「今回は腕も足も失わずにさ」
「~っ!バカグラウディアス~!!」
なんで。
「ワシの事…忘れてない?」
「あ」
渋さの中にどこか哀愁を含んだ声がして思い出した。座って持ち上げた前足をモジモジさせている黒竜の存在。
何がどうなって黒竜が現れたのか問い質そうとしたが未だに離れないステラのせいで振り返りきれず…まるでジェインのホールドのようだ、と溜め息を吐く。
「えっと…黒竜?」
「おぉ、ワシの事はルゥ爺と呼ぶが良い。して、お主はどうやってワシを喚んだのじゃ?」
「それは俺も聞きたいんだけど…取り敢えず離れてくれ」
「いや~」
「あはは!ステラったら恥ずかしげもなくっ」
ナナはステラの顔を覗き込むとフフ、と笑って頬を突いた。
「分かるよ!なんか、こう…ダリンズさんみたいだよね!」
「え…」
「ち、違うわよ~!ダリンズさんはお父さんでしょう…?その、」
「お父さん…」
俺、まだ高校生なんだけど…。首を傾げたナナと、違うから、と否定するステラ。お父さんでもそうじゃなくてもどっちでもいいから離れろ…
「ククク、しょうがねぇ」
背中に飛び乗ったジェインがステラの顔を足でグイ、と押した。流石にそれはマズイだろ、と足を掴んだが時既に遅く…俺を挟んでジェインとステラの攻防が始まり、ナナは大きな口を開けて笑った。
「わふ…」
「呆れないでセレーネ…」
「ねぇねぇ…ワシの事……」
「あーもう…」
ステラを引き剥がしてナナに渡し、ジェインは振り払って踏む。ようやく黒竜ことルゥ爺と向き合うと見上げるほどの大きさで息を呑んだ。
黒く刺々しい鱗、頭から横に生えた角は湾曲して後ろを向き、尻尾は刃のような棘が生えている。喋りやすいようにと頭を下げてくれているが口を開ければ洞窟の入り口のような大きさなのだが…
「ずっと退屈しててのぉ?いやぁー久し振りに外の空気を吸い、翼を広げて自由に飛べる……クァーったまらん!」
威厳さはゼロに近い…。
「手を貸してくれた事に感謝するよ、ありがとうルゥ爺」
「よきかなよきかな!次は何処と戦をする?まだワシのブレスを見せておらんだろ?ワクワクするだろう?」
「俺達を乗せて悪魔を探せるか?」
「悪魔か!良いなぁ。悪魔かぁ…うーん…どんな悪魔だ?」
戦凶のニオイがしたが好意的であり、セレーネに三人で乗って移動するよりも空を飛べればベルゼテ達を見付けやすいと思った。ルゥ爺は快く引き受けてくれたが、悪魔の説明については言葉を濁す。
「なんだそれじゃ分からんぞ?」
「あー…いや、まずはガルダワンっていう街にこの二人を置くのが先だったな、って」
悪魔と聞いて表情を強張らせ俺の袖を握ったステラにより己の失態を知る。ステラもナナもベルゼテ達の正体を知らないのだ。
「グラウディアスは…何と戦ってるの?悪魔って…」
「悪魔だなんて!魔族よりも危険だよっ」
「戦うわけじゃなくて…あー、ほら…ソル村…ソル村の事件が悪魔の……仕業かもしれないとか、なんとか」
言いながらシエルに申し訳ない気持ちが湧いたが今は仕方が無いとして…。ある冒険者からソル村の事を聞いて此処まで来た、という話で納得してもらった。
「俺はランク上げるために依頼受けて、師匠は調査してたって事」
「すごいね~!ずっと未解決で、ダリンズさんも困ってたし」
「うん!ソル村が解決したらセトキョウスケの任務に集中出来るねっ」
集中されては困るのだが何も言うまい。
ルゥ爺は伏せて俺達を背中に乗せる事に同意してくれた。セレーネに乗ったナナとステラは軽々と背中に到達し、俺はセレーネを待ったが中々降りてこない。
「お主もオスなら自力であがれるだろ?で、どっちじゃ?お主はどっちのメスと出来ておる?」
目の前にある鼻の穴に拳を突っ込むとルゥ爺はくしゃみをし、背中に引っ付いていたジェインが飛ばされた。
「どっちとも出来てないから。つーかオスメス言うな」
「退屈だったんだもん」
「もん とか言うな」
「厳しいのぉ。ほれ、特等席じゃ」
頭を更に下げたルゥ爺。鼻の穴に足を掛けて登ると「怒ってる?お主、ワシの事キライになった?」と寄り目をして聞いてきたので「そんなことないよ」とだけ返しておいた。戻ってきたジェインが俺の体を動かして黒竜の頭の上に立つ。翼が広げられ、宙に浮くと遠くの方に逃げていく魔族の群れを見付けた。
「座っておれ。風に飛ばされるやもしれぬよ?」
「……あぁ」
鱗を掴むようにして風に耐える。森や山を見下ろしながら飛ぶと、ガルダワンもすぐに見えた。巨体であるドラゴンが街中に降りれる訳もなく、鉱山まで行くように伝えるとルゥ爺は従う。
降り立った所はベルゼテがデマントイドドラゴンを倒した所だったようで、ジェインは不機嫌そうに舌打ちをした。
「ルゥ爺は待っててくれ。また此処に戻ってくるから」
「なんでじゃー!ワシも良いだろう?大人しくしとるから!」
「セレーネみたいに小さくなれるのか?いや…なれた所でドラゴンだしな…」
「小さくはなれるぞ?」
「え?……は?」
黒い巨体が消えた。先程まで目の前に居たはずの、会話までしていたはずのドラゴンが小さくなる処か消えてしまった。
「グラウディアス…?どうしたの~?」
「ちゃちゃっと戻ろ!ダリンズさんに報告しなきゃ!」
ステラとナナはルゥ爺が消えた事を気にした様子もなく帰ろうと言う。
「魔族の大軍をさ~」
「上位精霊のイフリートに命令しちゃった!」
「ナナ格好よかったよ~!」
「ステラが一番格好いいって思ってるのは─」
「ばか、やめてよっ」
「あはは!」
その会話にルゥ爺は現れずなんとも不思議な登山を体験し、門が見えた。
既に星が散らばる夜中でも鉄を打つ音が響くガルダワンは、未だに動きを見せない魔族に備えて至る所に冒険者や警備隊が配置されておりピリピリとした緊張感が走っていた。




