49話 たったの五文字
どういう事?とダリンズが俺を見たけど無言でそういう訴えをするのは止めて欲しい。取り敢えず「恐怖で現実を直視出来なかったんだろうなぁ」と呟きながらステラをジッと見つめて訴える。
いいからお前少し黙っとけ。と。何かを感じ取ってくれたステラは力強く頷いた。
「倒しちゃったんだから~」
「なんだって?!」
「嘘、普通に無理だから!一人は気絶して、ステラの剣は折れてたしっ」
「そう!Eランク冒険者の…あ、名前聞いてなかった」
「…きょ、グラウディアス……」
「グラウディアスがパパパーって倒しちゃって、それで傷もパァーって!夢見てるみたいだったの…生きた心地がしなかった…早くナナを連れて逃げてって、思ったのにね」
思い出して震えたステラの背中をダリンズが撫でる。湯気の消えたマグカップを傾けて飲むと想像以上に甘くて余計に喉が渇いた気がして、俺はそろそろ帰ると言って立ち上がった。
「倒したのなら、魔核は?」
「残らなかった」
「なら頭は残っただろう?見せてくれないか」
インベントリから取り出して床に落とす。立てれば頭だけのアズライトリザードの方がステラよりも遙かに大きく、足ではなく全身が口の中に入っていたら今頃どうなっていたのだろうか。想像するべきではない、と思考は打ち止めて…素材とか換金とかに使えるならどうぞ、とアズライトリザードの頭は譲った。
「グラウディアス君が討伐したなら持ち帰るんだ!ギルドへ報告すればそれに見合った報酬も」
「…あまり騒がれるのは好きじゃないんだ。後、受けた依頼も残ってるしそろそろ行ってもいいか?」
「そんな…いや、そういえばバイコーン装備……君、もしかしてあの悪魔殺し…Aランク冒険者の!」
ポロスの話が此処まで届いているとは。まぁ、有名になったのはベルゼテであり、俺は弟子扱いだ。此処では荷物持ちという事にして、さっさと残りのダイアウルフを討伐しに行きたい。それにはまたあの坂道を登るのか、と項垂れたくなったがなんとか堪える。
「お師匠様は鉱山の先にある何かを採掘しに行ったから、もしかしたらデマントイド?ドラゴン?も討伐してくるかもよ」
だから俺は大した事してないよ、という意味を込めて。するとダリンズは渇いた声で笑った。
「デマントイドドラゴンはSランク+…国が認めた冒険者を複数人呼ばないと討伐なんて無理だ」
「そっか。じゃ、無理だな。俺は行くから……お大事に?」
階段を上がると目を覚ましたナナが上体を起こしコートを見つめていた。起きているなら、と開いているドアをコン、とノックする。此方を見たナナは何故俺が居るのか理解できないようで…
「きゃー!不審者ぁあー!ダリンズさぁーん!ステラぁあー!!」
「まじか…」
バタバタと駆け上がってくる足音を聞いて頭を抱える。不審者の正体が俺だと知っている二人はナナに駆け寄ると俺を疑うように見てきた。
「ま、まさか寝込みを──」
「してねぇーわ!」
コートを取りに来ただけ、と言って返して貰う。部屋から出る際に「ありがとう!」とステラが言った事でナナも「ありが、とう…」と続けた。足を止めて聞き終えた俺は何も言わずに家から出る。どうせベルゼテ達が戻るのは数日後だ。また鉱山へ向かって歩いた俺はダイアウルフ三体を狩りに行った。
討伐を終えてギルドへ寄り、簡単にDランクに上がった俺は続いてCランク-の依頼を確認する。近場の護衛任務は鉱山の採掘に同行するだけだが、やはり単独で行動出来る討伐系の方が良い。トレント五体の依頼があったためそれを受注してから宿に戻った。
「おかえり。依頼は順調かい?」
宿主にテキトーな返事を返して、飯を頼もうとしたが止めておく。ここの飯は…まぁ、硬いから。
洞窟に入ったせいか皮膚の汚れやアズライトリザードの返り血を浴びている事を知ったのは部屋に入って鏡に映る自分を見てからだった。こんな有様で倒してません、は難しかっただろう…。しかしバイコーン様は相変わらず綺麗なため、ナナのベッドは汚れていないだろうと決め付けて風呂に入る。
「飯どうしようかなぁ…」
ドゥーロで買った軽食はもうないし、やはりこの街で調達するしかないか…。トレントはコボルト達よりも奥の湖の近くに棲息していると書いてあったため、先に買い物をする事にした。
風呂から出てインベントリに入っているテキトーな服を着た俺は街の中を歩いてみる。地面は硬い土が殆どで舗装はされておらず、ドゥーロやポロスのような露店は少ないようだ。人だけでなく背の低いドワーフも見掛けるが殆どが鎚を持っていた。
「聞いたか?セトキョウスケを捕まえると白金貨10枚と大白金貨5枚も貰えるらしいぞ」
「ゼノンダラスのマナの塔から逃げた罪人だろう?あんな所から此処まで来れるわけもないし、俺達には関係ねぇよ」
「そう思わせておいて近くに居たりしてな!」
「ワァ、オ肉オイシー」
串焼きを一本買い食いしていた俺は思わず独り言を漏らし、少しの後悔を胸に人通りの多い道を避けた。
ベルゼテの言うとおり此処まで依頼は来ている。調査隊も結成されているため、事実なのは分かっていたが…まさかただの高校生だった俺が知らない人にまで追われる身になるとは想像もしていなかったわけで。
テレビがあれば連日ニュースで取り上げられて嫌でも情報が入ってくるのであろうが、此処にはない。こうして人の会話が耳に入ってやっと実感するしか方法がなかった。
「そこのアンタ、見ない顔だな」
「……あー、昨日来たばっかなので」
此処の連中は新顔に厳しいようだ。幸い人は少ないため視線を集める事はないが、俺に声を掛けた男は格好からして冒険者だろう。後ろに控えた三人の女は暇そうに髪の毛を弄ったり、俺と同じく肉の串焼きと格闘していた。残りの一人は更に後ろに下がった所で不安そうに此方の様子を覗っているが男とパーティーを組んでいると思って間違いなさそうだ。
「と言うことは…冒険者?」
「まぁ、一応」
「……その格好でか?」
馬鹿にするというよりは信じられないモノを見るような目つき。確かに村人Cくらいの地味な服装だが、此処は街の中である。わざわざ重そうな鎧や引き摺りそうなマントを靡かせている方が気になるんだけど…
男は俺が背負っている大剣を見ているようだった。
「大剣使い…か。ランクは?」
「さっきDランクに上がったばっかの新参者だから。同行者が高ランクで荷物持ちしてるんだ」
「あー…なるほど。そうか、呼び止めて悪かったな」
「気にしてないよ」
レイドのように突然斬りかかってくるタイプではなくて良かった。男はそのまま俺の横を通り過ぎていくと女もついていった。振り返って四人の姿を軽く見送るとズキ、と頭に痛みが走る。
「……?」
続いて違和感を感じて鼻の下を拭うと真っ赤な血が手の甲に付いている。突然の鼻血と頭痛に困惑しながら、ふと疑問が過った。
痛み?痛覚のない俺が?
嫌な予感がして来た道を戻ると先程のパーティーが街の人と談笑していた。気にする素振りを見せずに走ったが男は俺に気が付いたのか腕を掴み引っ張った。しかも俺の顔を見て焦ったように「大丈夫か?!」と聞いてくる。足を止めた事で鼻から流れ落ちる血がボタボタと土を汚し、再び脳を弾くような痛みに思わず頭を抱え…
「おい?」
「…っ、だ、いじょうぶ」
「そ、そんなはずありません!マクウェルさん、離れてくださいっ」
不安そうに様子を覗っていた女がマクウェルと呼んだ男を俺から引き離した。なんだなんだと人が集まるのを感じながら血の付いた地面に膝から崩れ落ちると、女は怯えた表情を晒しながら俺を見下ろしている。
「マリン?どういう事だ…?」
「そ、その人、いえ、人ではありません!」
「なんだと!」
辺りがザワつくとマクウェルは剣に手を掛けて警戒する態勢を取った。マリンと呼ばれた女を背に隠し、他のパーティーメンバーである二人もそれぞれ武器を構えると街の人は遠くに離れて様子を見ている。
未だに無くならない頭痛に止まらない鼻血。俺が人ではないという発言。仲間は居ないこの状況で、俺に今出来ることは…
「魔族か…?それとも、」
「わ、わかりません…でも…シェ、シェイドが居ないんです!」
「!み、えるのか…?」
振り絞って出した声は掠れていた。マリンは肩を跳ねさせマクウェルの後ろに隠れ、喉元に冷たく鋭い剣の先が当たる。
「何者だ?冒険者を語り、この街で何をしようとしている?」
「だか、ら…新人冒険…者、だ、…ぐ、」
「首を跳ねれば分かる。悪く思うなよ」
振り上げられた剣と風を切る音がぼんやりと聞こえた。首を斬られた事は無かったが俺は死なないだろう。そうする事でより人ではないと証明してしまうが、俺は…
「─!!誰だ?!……なんで邪魔を…」
目の前に現れた影に顔を上げるとダンタリオンが振り下ろされた剣を掴んでいた。涼しい顔で此方を振り返り見下ろしたダンタリオンに、気が付けば止めていた呼吸を取り戻す。
「巻き込まずに処理してやったぞ?我を褒めろ」
「…あ、りがと…う」
巻き込まないでくれて。助けてくれて。どちらもまとめてたったの五文字で返せばそれだけで満足したのか剣をパキ、っと折ってしまった。インベントリから他の剣を取り出したマクウェルと詠唱を終えたパーティーメンバーはダンタリオンを攻撃しようとするが、手を払う動作一つで魔法陣が消え、マクウェルの剣は再び折れる。
地に膝を付けた俺の腕を掴んで歩き出したダンタリオンは思い出したように振り返った。
「此処は鍛冶の街。丁度良いではないか。新調するといい」
「待て!そのまま行かせるわけにはいかない!!」
「なんの騒ぎだ!」
人の壁を掻き分けて現れたのはダリンズだった。




