43話 幻覚と化け物
花の妖精の恩恵と言われれば納得出来る程の花の種類とその可愛らしい街並み。夜でも騒がしいのはポロスだけなのかルーチェの中は静かだった。
「…念のため確認するけど、人……だよな?」
「あぁ。人間だな」
人ならば眠っていてもおかしくはない。だがそれは家や宿ならの話であり、勿論外で眠る者が居ても不思議ではないのだが…一人、二人の酔っ払いや裏路地のような浮浪者が居る場所ならば、の話。街の中を進めば外で横たわる人数は数え切れなかった。魔族に襲われたかはぐれ魔物の仕業か…しかし怪我をしている人は居らず全員眠っている。
「ベルゼテは…」
「わふ!」
セレーネが向いた方を見ると大きな建物があった。
「あそこにいるのか?」
「わふ」
人を生きたまま人形に変えてしまう魔物と幻想華による幻覚、戻りが遅いベルゼテ。
「全てが関係すれば良いが」
「怖いこと言うなよ」
「?華の香りや偽りの王が戻らぬ事も魔物の仕業であれば一度で解決するではないか」
「まぁそうだけど…」
街一つ巻き込めるような奴ってベルゼテの居ない俺達だけじゃ無理なんじゃないか?ジェインは未だに眠っているし、もしかしたら街の人が寝ているのと関係するかもしれないけれど…
「リオが言ってた人を人形に変える魔物って眠らせる事も出来るの?」
「知らぬ」
「じゃあ違うじゃん」
「関係すれば、というだけだ。来るぞ」
「なにが ─っ!」
先程見たばかりの化け物が爪を削りながら石畳を走ってくると、そのまま飛び付いて俺をセレーネから落とした。覆い被さる化け物の顔は近く、縫われた口から粘ったヨダレが垂れてくる。
顎を上に押して腹を蹴って退かすが既に囲われており、セレーネはジェインを落とさないように攻撃を躱し俺から離れていってしまった。
「セレーネ!誘導されるなっ」
「わふっ」
ダンタリオンは宙に浮いているため化け物の攻撃は当たらず、諦めが早いのか此方に加わると俺を囲む数が4体から7体に増えた。カタールや銃では簡単に貫通してしまうため寝ている人を巻き込む可能性がある。俺はダンタリオンの時に使った片手剣を取り出して近くの2体を斬った。
「くそ、気持ち悪ぃなっ」
人の形をしているが動きは完全に人ではない。斬れば数は減るが相手の攻撃を躱せない俺は何度も覆い被さるソレにヨダレを垂らされる。しかし拭う暇などなく、一体ずつ斬っていくと残り2体になった所で逃げられてしまった。
セレーネの遠吠えが聞こえて目線を向けると五カ所に雷が落ちた。
「おい、リオ…」
「なんだ?」
「なんだじゃねーよ…なんで何もしねーのよ」
「心外だ…深く傷付いた…」
降りてきたダンタリオンは胸を押さえながらわざとらしく俯いた。セレーネに乗ったまま寝るジェインの頬を叩いて起こそうとするが全く反応がない。
「…移動したな。追うか」
「?」
「何もしていないのはガキ一人だ。我はアレに幻覚を見せ貴様から離してやっただろう」
「……幻覚?」
「目標を失い我等からも離れた玩具は飼い主の元へ戻るだろうな」
残った死骸はダンタリオンが指を鳴らすとまた緑色の炎が焼いた。炎が消えると何も残らず、そこでやっと顔を拭う。
逃した2体を追うため俺とダンタリオンは暗い街中を進み、ジェインが起きないためセレーネは入り口の門付近で待機することになった。街の奥へ入ると甘い匂いが更に濃くなるが、幻覚の悪魔と呼ばれるダンタリオンには効かないらしい。
「俺は?」
「我の傍から離れれば今頃幻覚に喰われているだろうな。試してみるか?」
「お願いしますって言うと思う?」
「好奇心とは人間に与えられた特別な感情だと思ったが」
冗談なのか本気なのか分からないダンタリオンに俺は何も返さずに辺りを見回した。レンガ造りの家。至る所の花。そして何処を見ても寝そべる人々。
異状な光景に慣れ始めてきた頃、足を止めたダンタリオンは一点を見つめた。
「この家か?」
「いや…」
他と特に変わりない家。何故足を止めたのか問う前に足元がぐらつき、咄嗟に後ろへ跳ぶと石畳を突き破って現れたのは……
「花?」
デカい花。ラフレシアのような毒々しい見た目の花が伸びていくと家程の高さで止まり、目はないのに此方を見られているような感覚に頬が引き攣った。
「幻想華だ」
「これが本体って事か?」
「まぁ…そうなのだろうな」
歯切れの悪いダンタリオンに文句を言いたいが幻想華は蔓を伸ばすと鞭のようにして攻撃を仕掛けてきた。手に取った片手剣で蔓を斬るがすぐに伸びるソレは攻撃が止まらない。魔物ならば核を狙えばどうにかなると花に向かって走った。
小回りの利く片手剣からカタールに持ち替え上に向かって振ると太い茎がスパッと斬れて花が落ちる。蔓の攻撃も止み、恐る恐る落ちた花の中心部を覗き込むと細かい牙が生えていた。
「喰われるって、これに喰われるって事か?」
「そうだな。人間は美味いぞ」
「そういうこと言うのマジで止めて」
しかし…幻覚を見せて喰う花とあの化け物に関連性はあるのだろうか……。
ダンタリオンは花びらを踏むと中心部に向かって炎を放ち燃やしていく。幻想華は音もなく燃え尽きると地面の穴を残して消え、赤い魔核を落とした。
「さて、追うか」
「え?」
「先程の2体はこの先だ」
この先、幻想華が作った穴。夜のせいか…暗い穴の中の様子は分からない。本当に入るのか?とダンタリオンを見上げると何も言わずに飛び降りていった。
「嘘だろ…」
どれだけ深いのか何処に繋がっているのか分からない穴に飛び込むなんて…。この先に人を生きたまま人形に変える魔物が居るのであれば勝手に行ったダンタリオンに任せよう。俺はセレーネとジェインの元へ戻りベルゼテを探す事にした…のだが……
『恭介~でっけぇ猪轢いちまったよ』
『じぃちゃん捌いてやっから今日は鍋にするか』
少し離れたレンガ造りの家の前で手招きをする婆ちゃんと爺ちゃん。声はするが口が動いておらず、しかしふわりと足取りも軽くなり二人に向かって行こうとする。
婆ちゃん、死んだはずだけど…そんな事も不思議に思えないくらいに自然と動く俺の体。
「婆ちゃん?」
『恭介、ほれ、はよ来い』
あぁ、ダンタリオンが離れたから幻覚を見ているのか。そう理解しても頭がぼうっとする。幻想華は倒したはずだが、もしかしたらまだ居るのかもしれない…
「爺ちゃん……俺、は…」
そっちに行けないから…だから……
『ぶっわはははははは!!!なんじゃいその頭ぁ!ひぃっふはっはははははっ!!!外人さんかぁおめぇ!』
「え?……うゎ、あ…ちょ、ーーーーーっ!!」
突然腹を抱えて笑った爺ちゃんにハッとすると何度か体験したことのある浮遊感。時々体をあちこちの岩で削りながら俺は滑り落ちていった。突然地面が現れたためつんのめって顔面を打ち付けた俺は鼻を押さえながらゆっくりと起きがった。
「幻覚なのに現実的過ぎるわ…爺ちゃん……」
鼻血が出ていない事を確認した俺は一本道の洞窟を進む他に選択肢を失い、どうせダンタリオンも居るだろうと歩みを進める事にする。所々に光る石はゲームでよく見る魔石の結晶か鉱石の一種か…どちらにせよ何も見えない空間を歩くよりも心強かった。
「お の目的は れ ろう?」
「 だら な」
途切れながら反響する声。壁に背中を付け、洞窟の先にある開けた空間を覗くとダンタリオンの後ろ姿。それに対峙しているのはローブを纏った小柄なおじさ…おばさん?いや、多分おじさん。
「くだらないだと?お前を縛り付けていた者を喚び出せるのはこの私しかおらんというのに?!」
「何が誰を縛り付けるというのか」
平然と会話をしながらも化け物がダンタリオンを襲う。距離のある敵には風の刃を放ち、至近距離から飛び付いてくる化け物は右手で掴むと胴体から首が千切り飛ぶ。ふわ、と跳んで回転しながら長い足で3体を蹴り払うと飛んでいった3体をまとめて炎の渦で燃やしていた。
着地と同時にフードが頭を隠すがダンタリオンは鬱陶しそうにそれを退かす。
「目的を聞いてやろう」
「目的だぁ?そんなもん決まっているだろ!ゼノンダラス国による世界統治!そして最強の軍隊を作るのだ!」
「ほう」
「お前も来るといい!魔族の味も覚えているだろ?ダンとタリは魔族の魂をよく喰らっていたからなぁ!あの方もお前をずっと待っていた!」
老爺と老婆を知っている…?あの方とは……?
両手を広げてダンタリオンを誘う小柄なおっさんのローブの中からまた化け物が飛び出してきた。獣のように走りダンタリオンを襲う中で一体だけが素通りし此方に向かっている事に気が付き咄嗟に銃を構えて撃つ。巨体なレッドボアやハイドラを貫通する弾は小さな化け物等簡単に捻ると真っ直ぐ飛んで壁も破壊した。
「おぉ?生きて動人間がまだ居たのか!」
「…歓迎されてる?」
「歓迎しているよ!さぁ、」
ダンタリオンから俺に視点を変えたおっさんが笑うと金歯が見えた。
「食事の時間だぁ!」
「全然歓迎されてないじゃん!」
「人間で言う食事会は歓迎の極みであろう?」
「お前どっちの味方なの!」
走ってダンタリオンの後ろを陣取った俺は銃から剣に持ち替え、ダンタリオンが取りこぼした化け物を斬りながらどうしたら終わるのか頭を働かせる。
おっさんとダンタリオンは知り合いのようだ。しかもダンタリオンを仲間に引き込もうとしているようにも思えるが…。
「ゼノンダラス国の──っ!、人って事?」
「あぁ、すまない。もう2体もお前を狙っているようだ」
「くっ!のやろ、」
左右から飛び掛かる化け物に対して、左の化け物へ二連撃を浴びせた後、すぐにカタールを取り出して回転しながら剣を振る。
「はぁ……で?世界統治とか言ってる時点で悪役感プンプンしてっけど」
「哀れな人間なのだよ…そう威嚇してやるな」
挑発してるのはお前だけどな。案の定おっさんは笑みを消す事で金歯を隠した。




