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42話 異変と化け物



「恭介、必ずまた会おう!」


 そう言って兄貴は指笛を吹くと何処からともなく馬が走ってきた。華麗に飛び乗り颯爽と駆けていく後ろ姿を見送るとジェインがつまらなそうにセレーネを撫でる。


「やっちまっても良かっただろぉ」

「聞いてなかったの?あの人間がこの世界の主役なら此処で殺すわけにはいかないじゃない」

「ククク、200年前の歴史悪魔は今が終わった所でどうにもならねぇじゃねーかぁ」

「……私はね」


 閉じ込められていたベルゼテは自身の時代を終えた後もヤマモトタカシ、そして暗黒騎士と聖なる光の時代も生きている。既に魔界へ帰ろうと思えば帰れるようだし問題はないのだろう。ただ俺が名前を呼んでしまい再び誓約の楔が巻き付いたダンタリオンや、存在するはずがない俺…そしてジェインもどうなるか分からない。

 俺は消えてしまうのか、それとも何事もなくこの世界で生き続けるのか…あの放課後に戻れるのか……。


「ま、少しは気が晴れたよ」


 暗黒騎士と聖なる光。魔族の国に属する暗黒騎士団と人の国に喚ばれた聖女の話。物語の本編に俺は必要ない。

 まさか異世界で死んだ兄に会う事になるとは思わなかったがそれはあちらも同じだっただろう。しかも主役なのであれば兄貴の周りには何かとイベントが多くあったに違いない。


「行くか」


 イルダに背を向けてセレーネの背に乗った俺はルーチェを目指した。


「少しはお子ちゃまを叱ったらどうなの?」

「はぁ~?なんで俺が叱られるんだよぉ」

「グラウディアスの言うことを聞かなすぎでしょう。さっきだって私が居なかったら頭ぶち抜いてたわよ」

「ククク、いいじゃねぇかぁ。なぁ?グラウディアスぅ」


 背中にしがみつくジェインの腕を掴んでぱっと離すとセレーネのスピードに置いていかれたジェインは地面を転がった。ゆっくりと立ち上がり土埃を払う姿を確認し、また前へと向き直す。


「ありがとうベルゼテ」

「そうじゃなくて」

「いいんだ」


 多分、あのまま引き金を引いて兄貴が死んだとしてもポークを喚んでいた。嫌いだから殺してしまいたいという感情なんて戦争も無い時代を生きていた俺にはないし、一度レイドの死を見て震えた記憶もシェーンが二つになった記憶だって真新しい。

 俺が高校生になった時、兄貴は大学生だった。目の前で刃物を握って震える自分よりも小柄な女の子相手に体が動かなかったあの時を思い出す。


「…もういいよ。ジェインの咎めはさっきので充分だ」


 ジェインが居なければこの世界では生きていけない事実がある。あの世界にもジェインが居たら兄貴は死んでいなかったかもしれない、とどうでも良い事を考えてすぐに頭を振った。


「貴方がそう言うならいいけれど…でも、フレイが持つ物語の主役が異世界から喚ばれた二人のラブストーリーだなんて」

「だとして、俺も喚ばれたっていうのは笑えるよな」


 兄貴が拗れたのは俺が原因みたいなものだ。その俺がこの世界で死ぬことで兄貴は救われたのかもしれない。弟の初恋相手は自分も幼い頃から好いてた女の子。真莉愛は兄貴が死んだ時に家族よりも泣いていた。


「どんな結末なのかしら」

「二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、じゃなきゃ困る。まぁ、俺には俺の結末があるから楽しみにしててよ」

「ふふ、そうね」


「グラウディアスぅ~ひでぇじゃねーかよぉ」


 いつの間にか戻ってきたジェインは膝の擦り傷を見せながら笑っている。


「一応聞くけど、なんで銃なんて取り出したんだ?」

「ククク、…さぁ?ただ」


 言いかけて止めたジェインは口元に手を当てると俺の背中に頭をくっつけた。


「眠ぃ…」

「お前…寝過ぎ」


 と言った時には寝息が聞こえ…ずり落ちていくジェインの腕を掴んでセレーネにスピードを緩めてもらう。ベルゼテに手伝ってもらいジェインを俺の前に座らせた状態で眠らせ、ルーチェへ向かって走る。ポロスの周辺とは違い整備された道なのにすれ違う人は誰も居なかった。




「ルーチェよ」


 街灯のない暗い道を進むと遠くに灯りがポツポツと見え始める。風に乗って花の香りがすると、ダンタリオンはセレーネと並行して飛び顰めた顔を晒した。


「幻想華の香りだ。あの街、何かあるぞ」

「げんそうか?」

「幻覚を見せる華よ。香りだけで効いてしまう者もいるけれど、花粉を食してしまえば深い幻覚に囚われて抜け出せなくなるの」

「…魔族はマキファンズ国に危害は加えないんだろ?」

「私が先に行って様子を見に行くわ。あそこで待っていてくれるかしら」


 ルーチェから少し離れた大木を指差したベルゼテは一人で街へ向かって行った。言われた通りに大木まで走り止まったセレーネから降りると、ダンタリオンが俺達を囲うようにススキ草原の幻覚を見せる。夜なのに夕日で染まるオレンジ色の風景に変わり、あったはずの大木も無くなった。


「これは?」

「この空間は周りから遮断される。…目眩ましだ」

「その必要があるのか?」

「嫌な音がするのでな。……来るぞ」


 耳を澄ますと馬車の音が近付いてきている。


「害が無ければ此方には気付かず通り過ぎるが…」

「………」

「敵意がある者ならばこの空間に入り込める」


 普通は逆なんじゃないのか?と聞く前に馬車が現れ、黒い燕尾服に黒いハット帽を被った年配の男がキョロキョロと見回すと此方に気付きペコリと頭を下げた。

 害が無ければ気付かず通り過ぎるが、敵意があるなら空間に入り込める。ダンタリオンの幻覚の中へ入ってきた年配の男は俺達を認識して更には頭を下げたのだ。


「おい、リオ」

「中に乗っているのは…人間だな」

「どうして次から次へと」


「どうも、お恥ずかしながら道に迷ったようでして」


 御者は馬を操り地に足を着けるとススキが風に揺れてサワサワと音を出した。ダンタリオンが言うように人なのだろうか…だとしたら何故敵意を持っているのか。カチャ、と馬車の扉が開くと細い足首が覗き出る。


「旅人ですか?お食事は?どうぞこちらへ」

「……どうすんの」

「我に聞かれても困る」

「旅人ですか?お食事は?どうぞこちらへ」


 同じ台詞を繰り返す女の声。セレーネは元の大きさのまま俺の前に立ち姿勢を低くして威嚇のポーズをすると、御者は慌てたように扉を閉めた。閉めた際に足を挟んでいたように見えたが謝罪もせずに此方を向くと帽子を胸に当てて苦笑する。


「申し訳ありません、その、患い者でありまして」

「道に迷ったって言ってたけど何処へ向かうつもりなんだ?」

「さぁ?それも分からなく…」

「なら俺達じゃ力になれないよ。悪いな」

「いえいえ、そんな事はありませんよ」


 御者は帽子の内側を此方に見せると中から人のような手がズルリと出てきた。痣まみれの腕は紫色に変色しており、所々は切れている。ソレが全身を現した時には馬車を引いていた馬は消え、御者はニヤリと笑った。


「食事の時間ですよ」

「やるか?」

「やるしかないだろっ」


 ジェインが寝ている今、俺に出来ることは距離を詰められない事。

 銃を取り出して帽子から出てきた全身痣だらけで四つん這いの人に向けた。人の形はしているが目は無く、鼻は欠け、口は縫われているようだ。


「化け物、かよ?」

「アレはそうだが…」


 生まれたての子鹿のように時折関節から崩れ落ちるソレは震えながらケツを持ち上げると突然獣のように走り出した。頭に一発撃つと簡単に吹っ飛び倒れたが、御者は狼狽える事無く帽子の中から同じような化け物を引きずり出している。

 外に現れた瞬間にぎこちなく動いた後、やはり走り出す。


「リオ!」

「我を褒めるがいい」


 奥のススキが上半分を失い、馬車を巻き込んで風の刃が通り過ぎた。俺やセレーネの前で刃はただの風になり運ばれてきたススキが舞っている。姿勢が低い化け物は免れたようだが、続いて低いラインから風の刃が通ると目の前のススキが消えた。切断された化け物はビクン、と何度か波打つと紫色の血を流して動かなくなり、御者も足と首を失い横たわっていた。


「はぐれ以外にもこういうの居るんだな」

「…褒めろ」

「あー、はいはい、すげぇわ、まじで」

「人間は生かしてやったというのに。そんな棒読みでは手が滑ってしまいそうだ」

「は…人間?」


 そういえば馬車の中に人間が居ると言っていた。思い出した俺は化け物の死骸を避けてセレーネと共に馬車に近寄る。


 屋根を失った馬車は扉を開けずに中を確認出来た。先程見た細い足首や女の声で中に乗る人物が女性である事は分かっていたが……


「なんだよ、これ…」


 馬車の中はあの化け物だらけだった。ダンタリオンの攻撃で死んだわけではなく既に事切れていたようで腐敗した臭いが解放された馬車から溢れ出ていく。そこにちょん、と座った女性は首だけ動かして俺を見た。


「旅人ですか?お食事は?どうぞこちらへ」

「ヴゥウウウウウ」

「人間、なのか…?」

「旅人ですか?お食事は?どうぞこちらへ」

「変な化け物を出してきた御者はもう居ないけど…」

「旅人ですか?お食事は?どうぞこちらへ」


 話しにならなかった。声を掛けても、声を掛けなくても同じ台詞を延々と繰り返す女はそういえばまばたきをしていない。人形のようにぎこちなく首や手足を動かし、口を開けばやはり同じ事を言う。

 ダンタリオンは腕を組んで馬車の中を見遣ると、納得したように幻覚を解いた。

 辺りが暗くなった事でホラー感が増してセレーネにしがみついておく。


「旅人ですか?お食事は?どうぞこちらへ」

「我は旅人ではない。食事も済ませた。お前はもう行ってよい」


 平然と答えたダンタリオンに、女は立ち上がると壊れた馬車から降りた。


「そうですか。それでは失礼します」


 舗装された道を一人で歩いて行くその後ろ姿を見送り、見えなくなるとダンタリオンは指を鳴らした。その瞬間化け物達が緑色の炎に包まれ、炎と一緒に姿を消してしまう。残ったのは御者の死体と壊れた馬車だけだ。


「今のって人間、なんだよな?」

「どうやら手遅れだったようだ。そろそろ壊れるだろう」

「どういう─」


 暗闇の奥で悲鳴が聞こえ、振り返る。シン、と静まり返った向こう側を見つめたダンタリオンは目を細めると御者の死体を馬車に積んだ。


「人間を生きたまま人形に変えてしまう魔物が居るんだが」


 なんて悪趣味な魔物だろう。既に御者は人形にされ操られていたが馬車に乗っていた女はまだ生きていたそうだ。しかし、もう……


「グラウディアス。遅いと思わぬか?」

「え?」

「さて…偽りの王が操り人形になれば我は還れなくなってしまうな……」

「ベルゼテ…っ!」


 セレーネに乗ると、大木の下で眠るジェインをくわえてから猛スピードで駆けた。遠くに見えていた灯りが近くなると同時に甘い香りが濃くなっていく。この速さを並行して飛ぶダンタリオンは門を見付けてセレーネを止めた。


「寝ているようだな」

「入ろう」


 門番であるにも関わらず居眠りをしているそこを音を立てないようにして通ると、街の中には数え切れない程の花が咲いていた。




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