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36話 登山初日



 山を越える前にご飯を食べよう、とセレーネが訴えているようで湖の近くに座った。トレントの枝を置くとベルゼテが火を付けてくれ、断末魔を聞きながらその火でレッドボアの肉を焼いていく。ボアも何体か居たが毛皮を剥いだり血抜きをするのが面倒だったので見えなかった事にしよう。


「まず、湖を避けてあちらから山岳のてっぺんを目指すわ」


 湖を正面にして左を指差したベルゼテに頷き、ピュートーンというドラゴンには遭遇しないルートを求めた。こちらの道を知っていたシエルはドラゴンについて何も言わなかったため、既に討伐はされているのだろう。されていないと困る。


「なんだぁ?ドラゴンが怖いのかよぉ?」

「獰猛なんだろ?昨日は悪魔、今日はドラゴン…なんて勘弁してくれよ」

「ククク、エンシェントドラゴンにはもう会ったじゃねぇか」

「エンシェン…?」

「古のドラゴン、ゴブリンのジジィが言ってたアレだぁ」


 横文字にするとエンシェントドラゴン、になるのね…とあの時の事を思い出して苦笑する。助けられたと思ったらはぐれの中に放置されたあの場面…セレーネが居なければオッサン系モンスターにすり潰されていた。

 体を小さくしたセレーネが焼けた肉にかぶりつく姿が愛らしすぎて胸が締め付けられる。俺の命を救いずっと傍に居てくれるセレーネは俺が幸せにしよう……勿論、安全な場所へ辿り着いたら…。


「古竜と知り合いだなんて、初耳だわ」

「言って無かったっけ?俺がこの世界に来て逃げるために塔から飛び降りたらその、エンシェント?古竜?って奴にくわえられてダグマラート山脈に放置されたんだよ」


 貴重な体験ねぇ~と言いながらベルゼテはチョコレートを頬張っている。ポロスで調達したチョコレートが尽きる前に買い物をしたいが…魔族によって制圧された街はどのような状態か想像が出来ない。ゼノンダラス国であれば奴隷や殺戮。しかしマキファンズ国ではそうじゃない。街は破壊される事無く残っており機能もしているなら野宿ではなく宿に泊まりたいとは思う。

 そこまで先のことを考える前に一つ気になることが出来た。


「…この山を越えるのって今日中に可能、かな?」

「いくらセレーネの足でも無理よ」

「我や偽りの王ならば容易だがな。地に足を着けねばならん貴様等では不可能だ」

「その呼び方止めてくれるかしら?ベルゼテでいいじゃない。私だって貴方の事はリオって呼ぶから」

「それは失礼したなベルゼテ王」

「止めてちょうだい」


「王でもゴキブリでも年増でもいいから喧嘩はすんなよ」

「なんで私だけ咎めるのよ?!」

「とにかく、今日中には越えられないんだな?お前等二人の力を使って……こう、ひゅーん、とか」


 他の対象物を浮かす悪魔や転移させる魔法はあるがベルゼテやダンタリオンでは不可能だと首を振られた。移動に関してはセレーネに頼るしかないそうだ。

 此処まで徒歩だったら、と考えればセレーネが居てくれた事はかなり大きいだろう。しっかり休息を取ってもらう間に山の中での野宿を考えたが、そのような心配をしているのは俺だけだった。


「寝てる間にピュートーンとか、他のはぐれとかが襲ってきたらどうするつもりだよ?」

「一日二日くらい寝なくても死なないもの」

「睡眠は必要とか言ってたくせに」

「外敵の居る場所でスヤスヤ眠るのは人間くらいよ」

「安心して眠るが良い。我が安らかなる夜を約束してやろう」


 悪魔二人に笑われて安心できる奴が居るなら紹介してほしい。

 セレーネが食事を終えた所で立ちあがり、湖を迂回するためのルートを確認する。急な斜面を駆け上がる時に俺が落ちれば手間になるから、と遠回りになっても緩やかな斜面を探すことになった。比較的緩やか…といっても足場があるだけで思い描いていた登山コースとは程遠いのだが…


「シエルは人だろ?こんな場所通るか?」

「人間が通る前提の山ではないよなぁ」

「わふ?」


 セレーネは軽々と飛ぶが上から襲われたら…と下を見て頭がクラリとした。平坦な道に出るまではしがみついて目を閉じていようとした瞬間に後ろからギャーギャー鳴く声がし、同時に指を鳴らす音と爆発音。見る気にならないがプテラノドンがベルゼテに撃墜された事はなんとなく分かった。何度か直角に走り時折高く飛んだ後、セレーネの動きが止まったのでゆっくりと目を開ける。

 滝の下り始めよりは低いが地上よりはだいぶ上がった所から見た景色は俺達が通ってきた草原だった。


「あれがシルウェストレ森林ね。精霊や妖精が多く住んでいてマナも豊富だわ」

「広いな…」


 向かって左側は正方形の塀に囲まれたポロス。更にそれを囲う草原と、森。一度は腐敗していた森も此処から見れば緑が濃いが、右側…シルウェストレ森林と言われた森は終わりが見えない程の広大さだった。濃い緑もあれば深い青、他にも黄色に赤に紫まで色鮮やかな木々が生い茂っているようだ。

 その中でも一際目立つ木は葉も幹も白い大木。他の木よりも飛び抜けて空へ伸びるその木の周りにエルフ族の集落があるらしい。


「警戒心が強いって聞いたけどあんな目立つ所に住んでるのか」

「ふふ、此処から見れば目立つわね」

「?」

「マナの実を宿したイグドラシルという大樹だが既に実を落とした今、あれに力などは無い」

「無い、と言われているけれどエルフ族がそこに棲まい続ける理由はありそうよね」


 また複雑そうな物語でもあったのだろう。セレーネが歩き出したため視界は山の方へ移り、やっと道に出ることが出来た。木で作られた看板は古いのか文字が掠れていたが、それでも人の痕跡を見付けた喜びは計り知れない。


「ポロスに向かう冒険者とか、ゼノンダラス国に変える商人とかとばったり会ったりしてな」

「ばったり会うならどんな奴がいいんだぁ?」

「お互いの記憶に残らないくらい印象の薄い奴がいいけど。こう、知り合いでもないのにすれ違い様にぺこっとお辞儀してさ」


 そうそう、こんな風に…


 前から歩いてきた人にぺこっと頭を下げてそのままセレーネ

から降りた俺はベルゼテの後ろへ回り込む。俺が掴んだ事でホウキのバランスを崩したベルゼテは地に足を着けると腰に手を当てて呆れたように溜め息を吐き出した。


「たかがオークじゃない」

「いや魔物じゃん!人だと思ってお辞儀しちゃったよ!」

「馬鹿なりにお辞儀返してくれただろぉ?」


 寧ろなんでそんなに落ち着いてんの?!と言葉にする間もなくオークは頭を掻き首を傾げてこちらをチラチラ見ながら歩いて行った。何が起こったのか理解しきれない俺を放置して先に進もうとする皆を追い掛けて呼び止める。セレーネに乗せてもらい、次からは何があっても降りないという決心をした所でオークを振り返りみるが、その背中は随分と遠くに居た。


「なんで攻撃してこなかったんだ…?」

「オークは雌を見ると見境なく発情するけど、私達の中に雌は居ないでしょう?」

「……ゴキブリって性別あったっけ?」

「 悪魔 には、ないわよ~」


 悪魔を強調したベルゼテ。


「リオは自分の容姿が男か女かで食べる性別も変わるんだろ?」

「我の姿が男だろうと女であろうと我自身の性別はないが」

「じゃ…じゃーセレーネは?いつも女の子のシャンプーの香りがするし……いや、オークに盛られても俺が守るからな…」

「セレーネは女神の眷属よ?神獣の部類に性別なんてないわよ」


 魔獣という認識から神獣へステップアップしていたセレーネさん。ジェインは男だし俺も男。寧ろ性別があるのは俺とジェインだけだった。


「だとしても魔物、だよな?」


 オーク似のオッサン…ではないだろう。はぐれの特殊変異ゴブリンよりは小さかったが、お辞儀を返してしまう程に大人しかった。


「魔物にも種類は居るから…そうね、まずはさっきのオークのようなはぐれ魔物。凶暴性のある魔物も居るけれど、常に何かを襲うような思考回路はしていないわ」


 生活するために家を造る者も居れば仲間を助けるために闘う者も居る。ある条件で理性を失う事はあるがそれでも無差別に襲ってくるわけではない、と。


「ボアとかプテラ…さっきの鳥とかは?」

「下等魔物になると常に脅かされているから見るもの全てを攻撃してしまう者も居るわね。プテラノドンに関しては異常発生しているというから何か理由はありそうだけど…元々気性が荒い魔物も居るから用心はして良いのよ」


 プテラノドンの名前はプテラノドンだったのか。ベルゼテの勉強会は続き、気が付けば日も暮れてきた。青かった空が夕日の色に変わり山の印象もガラリと変わる。せめて道のど真ん中ではなく壁沿いで休みたいと思ったが、誰もそのような事は考えて居らず…寧ろ暗くなってから走り出したセレーネに振り落とされないようにしがみついた。


 はぐれ魔物はその種類によって気性の変化もあるが、闇落ちしたはぐれ魔物に関しては別。ゴブリンの村長が言っていたように影を移動する事が出来るのと、喰うこと壊す事に思考を奪われているため現れたら討伐しなければやられてしまう。


 ダグマラート山脈で聞いた、音を逆再生するようなアレは闇落ちしたはぐれ魔物が現れるサインだったらしい。


「寝てもいいんだぜぇ?グラウディアスぅ」

「こんな状況で寝れるかよ」

「ククク、俺が落ちないようにしてやるよぉ」


 そう言ってジェインは俺の後ろからセレーネにしがみついて…暫くするとすぅ、と安らかな寝息が聞こえ始めたがまさかな、と思っている間にジェインが落ちていった。




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