31話 幻覚の悪魔を相手に
風の刃の範囲は大部分のススキが真っ直ぐ刈り取られている所を見れば分かるだろう。俺とレイドでは届かなかったシェーンの場所は赤く染まり、上と下で二つに分かれている。
さわさわと揺れるススキの音と共に香る血液のニオイは幻覚などではなかった。
「…く、そぉおおおおおおお!!お前!僕が狙いじゃなかったのかぁあ!!!」
『ダンタリオンが女の姿をしていたなら、雌は食さない』
今の姿は男だ。女の姿で男を食すなら男の姿をしている今、狙いは女に変わる。
荒れるレイドは、止めようとするミヤを振り払い男に向かって剣を構え走り出した。
「ククク、バフの女は死んだなぁ」
「黙っとけ。…ポーク」
杖を取り出して振ればポークが現れる。
「キャッツも呼んでくれると助かるんだけどね?僕歩くの嫌だからね。痩せちゃったら困るよ」
続いてキャッツとバットも呼ぶ。キャッツはもう喚んだのかと文句を言いながら広範囲展開の魔法陣を浮かび上がらせ、バットは悪魔を認識すると驚喜しながら飛んでいく。己よりも先に男の元へ飛び付いたバットに、レイドは一瞬戸惑うように歩幅を狭めた。
「レイド!」
呼べば動きを止められる程に冷静さを取り戻せたようだ。その場まで行き肩を叩いてミヤとイリアをポークの近くに連れるように告げた。
「グラウディアス君…きみ、は…」
何者なんだ。
その問いは俺をこんな所に喚んだ奴に聞いて欲しい。
「雄ばかりが増えたか。だが、まずは一人」
男の声に反応するようにシェーンの体が二つ浮くと男の元へ移動していく。上半身をレイドが掴んで止め、下半身は俺が掴んでレイドに渡す。瞳が上を向いたままのシェーンを抱き締めたレイドを一瞥して、俺は男に向き直った。
「ダンタリオンってアンタの事?」
「我の名を知るか。望みはなんだ?」
「は?」
「悪魔の名を呼んだんだ。望みは叶えてやらねばなるまい」
「じゃあ魔界に還ってよ」
「いいだろう」
そんなにすんなりと。拍子抜けを喰らう俺を笑ったダンタリオンは左手を前に翳した。
「食事を終えたら還ってやろう。まぁ、還る方法などないのだが…貴様等を殺してしまえば問題あるまい?」
「全然望み叶えてくれないじゃん!」
魔法陣の形成もなく炎の渦が飛んでくる。杖から黒い大剣に持ち替えて振れば炎は消えたが、バットを相手にしながらこちらにまで攻撃を出せるとは…女の姿の時よりも強くなっているようだ。しかも攻撃パターンが違う。
レイドはシェーンを連れてミヤとイリアに合流している。シェーンはポークがなんとかするだろう。
「退魔師も大した事ねぇなぁ」
「ベルゼテはまだかよ…」
「幻覚の悪魔だぜぇ?此処まで戻ってこれるかねぇ」
まじか。レイド達では何も出来ないだろうし、かと言ってバットの攻撃を容易に躱すダンタリオンを俺が相手に出来るわけがない。
この状況に対してどうすんの?と聞いた所でジェインは笑うだけだ。
「ーっ!くそ、あちこちから魔法が飛んでくる!」
「ククク、」
「お前笑いすぎっ」
前から炎の渦、後ろから風の刃、横からは蔓の鞭。大剣からカタールに持ち替えてなぎ払うがカタールでは相殺出来ず、ジェインによって紙一重で避けるしか出来ない。
「黒い大剣の方がいいのか?」
「あれば敵意が好きな黒剣だからなぁ」
再度持ち替えるが両手が塞がり、刀身も長いため避けるというよりは防ぐスタイルになる。完全にジェイン頼りではあるがそんなもの今に始まった事ではない。後ろでポークの治癒魔法が発動したのか、ミヤやイリアがシェーンの名前を呼ぶ声色が変わった。
「距離を詰めるぞぉ」
「…あぁ!」
走れば横からは蔓の鞭がうねる。1本目は体を前に傾けて避け、2本目は大剣を振り上げて斬る。前から飛んできた炎の渦を上から振り下げて防いだ。足を止めずにダンタリオンの攻撃パターンを頭に叩き込む。
左手を翳せば炎。渦を巻いたそれは前に飛ぶが多少の軌道修正はしてくる…が、勢いは殺せないのか小回りは利かない。右耳にぶら下がるピアスが光ると後ろから風の刃が広範囲で襲う。高さは二段階…首を狙うか胴を狙うか。
「はろぉ~悪魔さぁ~ん」
「くぉっの…!」
大剣を横に振るがダンタリオンは体勢を低くしてそれを躱し、後ろに回り込んだバットの拳に当たらないように手首を掴むと遠心力を使って川へ投げた。バットは吹っ飛びながら体勢を整え足場のない空間に魔法陣を作り出すとそれに着地し、再び飛んで戻ってくる。
「退魔師とはよく遊ばせてもらってな」
「悪魔がぁ!八つ裂きにして祓ってやるぁあ!」
「誰だったか…なんせ200年以上も前だ。たしか…名を」
大きく振りかぶり上から切り下ろす勢いをそのままに銃を取り出した。
「ゼロ距離っ」
銃口がダンタリオンの頭に当たり、その瞬間に引き金を引く。反動で頭が吹っ飛びはしたがベルゼテのように飛び散らず、撃たれた頭を押さえこちらを見ながら攻撃を仕掛け続けるバットの首を掴んだダンタリオン。
「そうだ、サイモン…という爺さんだった。あれは中々優秀だったぞ?ダンとタリが消滅してしまうくらいには、な」
「ぐ…はは!悪魔が!悪魔如きが!」
「さて?時代は進化するというが退魔師は劣化してしまうようだ。なんと、嘆かわしいのだろう」
バットを掴む腕を撃てばその衝撃に腕は動くが手は離れず、カタールを振ったが切り落とせない。大剣を構えてもダンタリオンには届かず…
「まぁ、サイモンも我の前では散ったのだが」
バットの首が飛ぶ。その瞬間、バットの姿は跡形もなく消えてしまった。己を攻撃対象としていたモノが減れば自然とこちらを向くわけで…赤い瞳が俺を捉えた。
「キャッツ!他に何か出来ないのか?!」
「そうやって命令ばかり…自分は自分の意思でやり遂げてみたい事もあるんですよ?いや、ほんとに。え、疑ってます?皆さんの言うことに振り回されてどんなに大変な目にあったか!」
「どんだけ呑気なの?!状況考えろよっ」
これだけ近ければ炎の渦は避けきれない気がして、だが距離を取るわけにもいかない。
「小回り利いて火力もあるやつ!」
「注文が多いねぇ」
インベントリに手を突っ込んで触れた何を引き抜くと真っ直ぐ伸びた片手剣。カタールのように剣先が届かなくても切れるわけではなく、だが軽い。一振りの動作も大剣とは比べものにならないため、扱い方はジェインに任せてダンタリオンに突っ込んだ。
魔法を使う悪魔。身のこなしは軽やか…右手に掴まれば簡単に握り潰されてしまうような握力。
「我の名を口にした者よ」
「なん、だよ!」
「何故我に立ち向かう?勝てぬだろう」
「知らねぇよ…っ!くそ、当たらねぇじゃんジェイン!」
「遊びたいのであれば出直してほしいのだが…だが、先程の退魔師…お前の中に居るな?」
「!!」
今まで躱すだけだったダンタリオンは俺が振った剣を右腕で受けると鼻がくっつきそうな程に顔を寄せてきた。女の時とは違う、人間のような姿…端整な顔立ち…赤い瞳は常に燃えているようにゆらゆら色を変える。
この至近距離で左手が翳されたのを見逃さなかった俺を褒めてくれ。左手の平に剣を突き出せば弾かれる事なく貫通した。
「リオンを屠ってくれた礼をせねばな」
「誰それ」
「女の姿をした我、だよ。もう忘れたか?ほら、そこに居る」
──ひゅん、
空を切る音に反応したのは俺の左腕。咄嗟に庇うように挙げた左腕は肘から下がない。
「…ふふ、ふ…ほら、腕の一本や二本…生やせる、だろう?」
「なんでお前が…」
「思い出したか?もう一人の我だ」
目と鼻のない悪魔。最後にバットが踏み付けて終わったかのように見えた。ベルゼテによれば本体ではなかったとして、今目の前に居る男が本体ならば、あれは?細長い手足を動かして近付いてくるそれに向かって男は「リオン」と呼んだ。
「いつ見ても…美しい、景色」
「そうだろう。腐敗のクソガキに無駄な時間を使い消滅までしてしまうリオンには勿体ない」
「別の悪魔…?」
「グラウディアスぅ…こいつは幻覚の悪魔だぜぇ?」
「あぁ、幻覚だ。ダンは老爺の姿を、タリは老婆の姿を、リオンは女の姿を…皆、消滅したが紹介はしてやろう」
老爺と老婆の姿をした二人はダンタリオンの後ろから現れる。リオンは切断系の攻撃を、ダンタリオンは魔法…そこに老爺のダンは近接武器を持ち、老婆のタリはダンタリオンとは違う魔法を扱う。
長柄の斧を軽々振り回すダンの攻撃を剣で受ければ横からリオンの攻撃で何処かの部位を失う。元に戻して俺とリオンの間にダンが来るように移動すればタリの魔法で振ってくる岩に脳が揺れた。
手も足も出ない。意識を保てている理由も分からない。そんな俺を哀れむような顔で見たダンタリオンはすれ違い様に俺の頭を撫でると歩いて行った。その先にはレイド達が居る。心臓が早く動くのを感じながらダンタリオンの方を振り向いて…だが体は勝手にダンの相手をしてしまう。
「ジェインっ!」
「しょうがねぇだろぉ?」
「なんとかできっ、ーっ!」
肩から斜めに斧が入っていくのを感じて、痛みは無いがその感覚と恐怖に目の前がぼやけた。
「死なねぇってぇ」
「……勝てなきゃ意味ないだろ、」
「勝ちてぇのかぁ?ただ生き延びれればいいんじゃねぇのぉ?」
そんなわけあるか…俺だって異世界に召喚されたらちょっとは期待もするし一瞬でも夢見た。現実はこんなだけど…結果死なないからって…
「このままやられっぱなしでなんとか生き延びたって安心出来るかよ」
「ククク…ふは、ははははっ!」
笑い出したジェインが俺の後ろから手を伸ばした。
「幻覚と闘うなら、要らねぇもんは外しちまうかぁ」
そう言って俺の目を隠す。
視界を奪っただけで、三体の悪魔からの攻撃は止んだ。
「…は?」
「目で見て認識するから喰らっちまうみてぇだなぁ。本体は男だけだぁ。わざわざ幻覚の相手なんざする必要もねぇ」
「それ先に言って!」
「ククク、勇ましかったぜぇ?グラウディアスぅ」
ジェインは俺の味方なんじゃないの?!
ただ視界を遮られてしまうと本体が何処に居るのかも分からない。このままではレイド達は…女三人は確実に喰われるだろう。ポークやキャッツがバットのように消されてしまい、その後喰われた場合…生き返らす事が出来るのかは不明だ…。
「後は任せようぜぇ?」
「どう考えたって無理だろ…アイツ等、死ぬぞ…」
「ヴゥウウウウウ!ヴァンッ!」
「全く…やっと入れたわぁ~。あら、まだ無事のようね?」
左右からの声に何かが胸から込み上げてきた。ゆっくりとジェインの手が離れていくと、タリには雷が落ち、ダンとリオンはベルゼテによって消滅していく瞬間で…
「さぁ、少し本気を出しましょうか」
ダンタリオンを見据えるベルゼテは口元に微かな笑みを浮かべて言った。




