27話 ハズレ悪魔
突然現れた人ではないソレがハズレ悪魔、なのだと理解した頃には吹っ飛んでいた。スタイル抜群どころか細すぎて気持ちの悪い体から放たれる攻撃は視認すら出来ない。バイコーンは回避に優れているはずじゃ、とぼんやり考えれるのは痛みを感じない事で余裕があるからなのか、それとも理解が追い付かない現実逃避なのか…
「ん…?…犬、か…丸々と太って…食べ応えのありそうな…」
「俺様を喰うだと?人間ばっか喰って知能が衰えたようだなハズレ悪魔が」
「キャンキャン鳴いて…愛らしい…」
「!俺様の愛らしさが分かるとはお前も中々」
「馬鹿、何してんだ!」
俺からぴょんと飛び降りてハズレ悪魔の前でお座りをしたケルベロスは簡単に首根っこを掴まれると、何処からか出てきた筒状のケースの中に入れられてしまった。それでも焦る素振りを見せないケルベロスに、何か策があるのかと期待をしたが…
「クッションくらい用意しとけよ愚図が」
さっさと見捨てることにしよう。
「ここら一帯を腐敗させてる悪魔ってお前とは違う悪魔か?」
「私も辞めるように言っているのだ…彼は哀れである…」
「何が目的で此処に…!」
「お喋りが…好きか?私は、好まない」
鞭のようにしなる腕が俺の腕を切り飛ばした。これであの傷も含めて治る、とインベントリに腕を突っ込む。引き抜くと同時に聖魔法に馴染みがあるという国宝武器の杖を取り出すと、ハズレ悪魔は一瞬怯んだようにも見えた。
あのベルゼテですら恐れた杖だ。これがあれば…と思考はそこで打ち切られる。杖を持っていた腕が再び切り落とされたのだ。
「痛みに…歪まぬ顔…失っても戻る腕…なんという馳走だろうか」
「それ…褒め言葉か?」
「喰っても死なない、喰っても復活するのなら…食料の調達も不要、であろう?」
「あ、そういう……」
「さぁ…食事の時間にしよう…おいで」
おいで、と言って両手を広げた悪魔。何処からともなく現れた無数の蜘蛛は悪魔の周りをウロウロした後…俺を見付けると一斉に近寄ってきた。
正方形である室内、扉は何処にもなく壁や天井を這うことが出来る蜘蛛の集団。痛みは感じないし体力の数字が無く死なないとはいえ、この状況は流石に逃げ回る他にない。失った腕を戻し銃を手に取り撃つが、蜘蛛の数は減らなかった。
「ケルベロス!いつまでそんな所に入ってるつもりだ!」
「一生寝てて良いなら俺様はずっと此処に居たい」
「駄犬め!」
「なんとでも言え」
ならばレイドを起こすか…というかあれ、寝てるだけ、だよな?近付いたらグロい事になってるとかはない、よな?
一瞬の不安よりも現状の打破にかけた俺は正方形の室内の先にあるテーブルまで走る。後ろから付いてくる蜘蛛の動く音に恐怖しながらレイドに近付いた。
「おい!レイド!」
仰向けのまま目を閉じて胸の辺りで指を交差させているレイドの姿はまるで白雪姫だ。そういえば白雪姫ってどうやって目を覚ますのだったか…小人がパーティーを開いたら起きたっけ?いや、魔女が…
「何故逃げる?死なない、のだろう?」
「デメリットの方が勝る意外にないから…な」
「そうか…では…」
動かなかった悪魔が動き出した事によって蜘蛛の群れは止まり、悪魔の後ろへ移動していく。
「レイド、起きろ…やべぇって…他のメンバーはどうしたんだよ?!」
「動けなく…しよう…」
ゆったりと静かに喋る悪魔。アタリとハズレはどういう意味だったのか…森を腐敗させる悪魔ならばアタリというのは討伐依頼だからか。それとも強さの事を言っているのか。後者の場合、俺にとってハズレの悪魔は…
「っ!」
がくん、と視界が下がった。テーブルよりも下がった目線。下を見れば足がない。
「幻覚魔法か…ほら、解いて…やろう」
真後ろにまできた悪魔の細い腕が俺の頭に触れると鬱陶しかった横髪が消える。アンナにかけられた魔法が解かれたようだが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。どこの空間でも現れたインベントリを足元に来るようにイメージする。唯一残った腿を上げると足は元に戻り、悪魔から距離を取るためにテーブルへ飛び乗る。
コツン、とレイドの頭を蹴ってバランスを崩した俺はそのまま後ろに転けた。
「…レイド、」
「それは…起きぬ、よ」
「何をした?」
「食事中、と…告げたはずだが…」
しかし外傷はとくにない。それなのに声を掛けても揺さぶっても目を覚まさない。
「あぁ…興が冷めるのでな…本来の姿は、これだ」
悪魔がそう言って腕を振り上げるとただ眠っているように見えたレイドの腹にはレイドが持っていた剣が突き刺さっていた。閉じていたはずの目は見開かれ、辺りに飛び散る血はレイドのもので間違いなさそうで…
「う、…」
目の前の光景に口元を抑えて目線を逸らす。葬式で見た死体は綺麗だった。だけどこれは…こんな姿の人は…
「気分が優れないようだ…可哀想に、」
「お前…何者だ…」
「ん?私か…知ってどうする?」
どうもしない。どうも出来ない。戦闘経験のないステータスオール1の俺に何が出来る?国宝武器を手にしても腕を斬られてしまえば再びステータスは1に戻る。死なない、痛覚もない…これでは恐怖を抱きながら嬲られるだけだ。
聖魔法をどう使うのかも分からない。ベルゼテを銃で撃ってもすぐに再生したのだから目の前の悪魔も同じはすだ。聖魔法を使わないと…どうやって?知力が上がる杖は遠く、悪魔の後ろに転がっている。
「あの時…俺の中に魂を入れていた…」
「?」
「国宝武器がなくても出来るはず」
「そろそろ…良いか?」
テーブルを挟んで睨み合いをする。気分は最悪、油断すればすぐにも吐きそうだ。此処で俺が死ねばフレイの糧になるのだろうか?シナリオとは違う場所の死でも…
考えてみたら笑えた。
「そうだわ、俺、死なないじゃん」
窒息死や餓死ならするかもしれないが。
インベントリからカタールを取り出し横に振る。剣先が届かなくても遠くまで斬擊が届くそれは悪魔の胸元を通って遠くの壁に傷を作った。胸から上が落ちた悪魔は暫くすると元の形に戻ってしまったが。
「中々…面白い、武器だ」
「ほんとにな!」
もう一度振り、悪魔の上半身が斬れた所でテーブルを越える。後ろから足元に向かってもう一度カタールを振り、そのまま走った。
「逃げ道は…見えない、だろう?」
「っ!」
前のめりに倒れていくと同時にインベントリに足を突っ込んで斬られた足を元に戻す。蜘蛛の群れは悪魔と違い再生する事はないようで斬り払い、食い千切られても悪魔に斬り落とされても体を元に戻しながら走り…目的である杖を足で蹴り上げて手に取る。
「それで…どうする?」
「……」
どうするんだろ、俺。
「忌まわしき術が…使われた経籍はあれど……使えるのなら、それが無くても使えよう」
「…………」
悪魔は明らかに狼狽えていた。聖魔法が使えるなら杖を失っても使ったはず。だが俺は使わない。ならば、杖を持った所で使えるわけがない。そう言い聞かせているように思えた。実際に使った事がないのだから正解なわけだが、俺が杖を持った理由は一つしかない。
「魔法に必要なもんも、当てるために必要なもんも……これがないと俺は1だからな」
「どういう、意味だ?」
「お喋りは好きか?」
「…っ!……………よい、飲み込めば、意味など無くなる」
悪魔がこちらに手を翳す。今までのような 斬られる とは違う感覚に足元を見ればブクブクと泡だった沼が現れた。徐々に沈んでいくそれから抜け出そうと足踏みすれば、今度は沼から大量の手が伸びてくる。
カタールを振っても斬れない腕は足で払っても感触がない。それなのに腕は俺の足を掴めた。
「私の…意のままに、」
「っ!なん、」
「此処は私の空間である」
「ぅわっ、きもっ!」
沼から出てきた無数の腕の正体は人の形をしたナニかだった。目や鼻や口はなく色々な所から腕が生えている。引きずり込まれるわけにはいかない、と腕を斬ろうとするがまるでそこには何もないかのようにすり抜けて…だが掴まれたままの足は簡単に引っ張られた。
斬れない。銃で撃ってもすり抜ける。魔法…聖魔法なら…
こういう時って詠唱の文がふ、と舞い降りてくるものだと思った。杖を構えても何も起こらず、何も浮かばず……
「何が聖魔法治癒師として最高峰の人材だ!聖魔法広範囲魔術師?聖魔法退魔師!俺の中に入れられてさぞ惨めだろうよ…っ!」
「おや、おや…やはり何も出来ない、か」
「レイドを治してみろよ…広範囲なら全部吹っ飛ばせ!退魔師なら打って付けの悪魔が居るぞ?!」
何も出来ない。魔法はどうやったら放たれる?どうやったら使えるんだ…?
俺が沈んでいくと傷一つない悪魔は裂けた口で笑みを作りながら近付いてきた。失っていないからインベントリも使えず、しかし絡まる腕のせいで動けなくなっている。
自暴自棄にもなる状況だろう。まだ自由の利く左腕をがむしゃらに振ると、シャランと安い玩具の音がした。今まで何も反応しなかった杖の変化に驚き、杖の先を見れば魔法陣が形成されていくではないか。
「…まじ、か!!」
聖魔法なら悪魔に勝てる…!!
魔法陣が出来上がると眩い光が発生し、俺に絡む腕や沼が消えていく。そして悪魔と俺の間にローブを着ている太った男がこちらを向いて立っていた。
「全く…死んだ人間を生き返すなんて神への冒涜でもあるよ?まぁ僕なら出来なくはないけど?他のへっぽこ魔導師じゃ邪悪な魂を呼び寄せてしまうかもしれないんだから」
デブがなんか言ってる…。
「デブって言うのは褒め言葉だからね?それだけ裕福な暮らしをしてきたという一種の勲章でもあるんだから」
「…誰」
「僕じゃ悪魔は倒せぐぼああああ!せ、背を向けた美男子へ攻撃を出すとは何事かぁああ!!」
「不味そう、な…肉の塊だ…お前は、要らぬ」
悪魔はローブの男を斬り、長く細い足で横に蹴り飛ばした。
壁にぶち当たっても文句を言うほどの元気はあるようだが、あの男はハッキリと言ったのだ。『僕じゃ悪魔は倒せない』と。
「ほう…?今の攻撃でも、叫ぶ、余裕があるか」
「僕の相手は君みたいな悪魔じゃないんだよね。はぁ…いつ見ても気持ちが悪いったらないよ。ほら、早く残りの二人も出しな」
残りの二人。杖を振った。シャラン、シャラン、安い玩具の音が2回…杖の先には二つの魔法陣が形成されていく。それを確認したローブの男は立ち上がるとレイドが居るテーブルの方へ歩き出し、悪魔はこちらを先に片付けるかローブの男を片付けるか悩むように三度程振り返った。その間に魔法陣が完成すると、またローブを羽織った男が二人現れる。
「いやぁ、自分は止めたんですよ?女神様を封印するなんて畏れ多いでしょう。いや、ほんとに」
「悪魔が居る。悪魔の気配が…何処だ…何処に居る…」
現れたのは猫背の男と小柄な男だった。悪魔なら後ろに居るぞ、と指を差すが小柄な男はずっと辺りを見回すだけだ。
「まぁ、じゃあこうしましょう。いや、不本意ではあるんですが…」
猫背の男がその場で回ると、足元から光が円を描くように広がっていく。部屋の床ほぼ全体に一瞬で魔法陣を浮かび上がらせると、太った男は歩みを止めこちらを見てニコリと笑い、小柄な男は俺の後ろ斜め上を見上げるとニヤリと笑う。
「歩くのしんどかったから。これなら届くね」
「そこか!」
太った男はその場でレイドの方へ手を翳し、小柄な男は見上げた方向へ向かって飛び上がった。
何が起きているのか分からない。
近くに居たはずの悪魔は黒い霧のようにぼやけ始め、剣に貫かれたレイドがゆっくりと起き上がっているのだから。後ろで衝突音が響いて振り返れば小柄な男が俺の前に居たはずの悪魔の頭を掴んで床に叩きつけた所だった。




