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26話 ケルベロスちゃん





 場所は変わって南門の先。朝一討伐したスライムがぴょんぴょん跳ねる森を進むと段々辺りの緑が腐敗していった。草も生えない土の道、禿げた木はスカスカで心なしか空も淀んでいるようだ。


「あんなに青かったのに」

「クゥン…」


 足を止めてこちらを振り向いたセレーネは苦しそうに舌を出して息をしていた。慌てて降りるとまだ草が生きている所まで戻り座ってしまう。


「ここから先はセレーネにはキツいわね」

「何かあるのか?」

「瘴気が濃いのよ。悪魔の私やシェイドであるジェイン、体力がないグラウディアスには効かないけれどセレーネは違うわ」

「この場に居るだけで体力が削られてくからなぁ」


 セレーネは一歩踏み出したが体が重くなったように姿勢を低くしてしまう。


「大丈夫だセレーネ。安全な所に戻って待っていよう」

「わふ、」

「あらぁ?グラウディアス~貴方は行くのよ?」

「セレーネが心配だから俺も待ってるよ」

「わぉん」

「セレーネは一人でも大丈夫ですって。ほら、行くわよ」


 此処まで来たのは何故だと思う?行きたくないと連呼した俺はセレーネに乗せられ無理矢理連れて来られたんだ。セレーネが進めない今、ベルゼテが俺を連れて行く術などない。

 口角を上げて鼻で笑いながらベルゼテを見遣る。俺の思考が分かったのか肩を竦め、諦めたのか先に進んでいく。


「よし、セレーネ。スライムが居る所まで戻るか」

「わふ?!」

「大丈夫大丈夫。ベルゼテが勝手に引き受けたんだからベルゼテが勝手に終わらせるだろ」

「わふ、わふっ!」

「後ろ見てみろってぇ」

「…あ?」


「ダイエットの時間よ、ケルベロスちゃん!」

「!?」


 俺とベルゼテの間はかなりの距離が出来ていた。その間の空に大きな魔法陣。淀んだ空によく似合う禍々しいそれは赤と黒の雷を伴いながら更に大きくなっていく。冷気を含んだ風が渦をまき、魔法陣の中心から犬の頭が現れて…次第にその全身を晒していった。


「こ、これは…」

「ククク…魔界の地獄門番、ケルベロスかぁ」


 空から振ってくるとドシン、と着地して土埃を巻き上げた。魔法陣が消え去ると風も止み、俺とベルゼテの間に現れた一匹の…毛並みが短い黒い…犬…?


「ケルベロスちゃん、お外の空気はどうかしら?」

「悪くはねぇが腐敗したニオイがプンプンするぜ」

「喋れんの?!」

「なんだ?人間か?こっち見てんじゃねーよ!」


 めっちゃ可愛い声してるけど口が悪い。そして何より太っている。フォルムが完全に丸いのだ。あんなに大きな魔法陣から出てきたというのに…


「小型犬じゃん」

「!お前、俺様を小型犬と言ったか…?」

「いや、言ってない。言ってません」


 一応魔界に住んでいた犬だった。どんなに危険な犬なのか…トテトテと近寄ってくると前足二本を持ち上げて俺の足に置くと短い尻尾を振り出した。その姿は完全に太った小型犬だ。尻の肉が尻尾の付け根を覆ってしまっている程に太っている。


「俺様はこんなに可愛い。それはまるで愛玩犬、お前もそう思うんだろ?撫で撫でしたいんだろ?あ?」


 徐にしゃがんで両脇に手を差し込んだ。ズッシリと重たいケルベロスを抱っこするとまん丸の瞳で見上げられ、尻尾はちぎれそうな程に振られている。


「ベルゼテ…何、こいつ…」

「ケルベロスちゃんは自分を可愛がってくれる奴を見極めるのが上手なのよ」

「人間!俺様を抱っこしたまま歩きな!」

「そうやって動く事をサボり続けて太っちゃったの。も~ほらケルベロスちゃん、悪魔王に怒られちゃうわよ?」

「悪魔王がどうしたって?あんなへなちょこ俺様の足元にも及ばねぇわ!」

「おいおい、そんな事言って大丈夫なのかよ」


 ベルゼテに向かって牙を剥き出しにしたケルベロスの頭を撫でるとウルウルとした瞳で見上げられる。


「わふっ」

「セレーネ…」


 そうだ、俺にはセレーネが居るんだ…。


「おぉ、マーレじゃねぇーか!久し振りだな!」

「わぉんっ」

「コイツを連れてけって?俺様が?」


 セレーネをマーレと呼んだのはアルテミス。その名を知っているという事はケルベロスもその時代に登場するキャラクターだったのだろうか?しかもセレーネは俺を連れて行けと言っているようだ。

 ベルゼテに反抗的な態度を取っていたためこのまま素知らぬ振りして街まで戻ってしまおうか考えていたが、セレーネまで俺を悪魔対悪魔の戦に巻き込もうとしているなんて…


「悲しいよ…」


 そんな俺を慰めてくれるのは決まってジェインだった。しかしジェインもベルゼテを咎めようとはしないため、このまま駄々をこねても状況は変わらない。


「分かったよ…行けばいいんだろ」


 ベルゼテは何当然の事を言っているの?と言いたげな顔で首を傾げてきたが無駄な体力を使うのはやめておいた。

 セレーネを置いて腐敗した森の中を進んでいくのはベルゼテとジェイン、そして俺と俺に抱っこされたケルベロス。


「そろそろ降ろしてもいいか?」

「駄目に決まってんだろうが。俺様の肉球をこんな汚ぇ地面で腐らせようってか?!」


 こんな面倒な奴を呼ぶ必要あったのか、とベルゼテへ目で訴える。


「ケルベロスちゃんはカロリーを消費すると凶暴化するから、出来れば歩いてほしいのだけれど…」

「さらっと物騒な事言わないでくれる?凶暴化って、どうなんの」

「本来の姿に戻れるのよ」

「俺様はあんな可愛くない姿になりたくねぇからな!絶対に歩かねぇ!!」


 困ったわねぇ、と溜め息を吐いたベルゼテ。本来の姿…ケルベロスは今でこそ太った小型犬だが、魔界の地獄門番という異名を持つ犬なのだ。俺はひっそり抱っこを続ける事にした。

 途中、魔物は出てくるが…


「アンデッドね」


 人は兵士のように防具を身につけたまま、獣は肉が剥がれ落ち骨が剥き出しのまま…操られたようにカクカクと不気味な動きで襲ってきた。それをベルゼテは手を一振りするだけで消し去ってしまうのだから俺には出番なんてない。

 動きも鈍いし、聖魔法の特訓には打ってつけじゃないかと聞いてみたが「悪魔が居るんだからそっちでいいじゃない」と返された。


「お前、弱者のニオイがするのに聖魔法が使えんのか?」

「成り行きでな」

「そっちの腐敗したニオイがする少年は何者だ?」

「ハロォわんちゃん~」

「臭ぇからこっち見て喋んなよ解体すんぞ」

「ククク、ひでぇなぁ」


「ジェインはシェイドなんだ。ジェインのお陰で俺は生きてる。あんまり邪険にしないでくれるか?」

「シェイドだと?肉体を持ったシェイドなんて聞いた事ねぇけどな」

「それも、まぁ…成り行きで」


「見えてきたわよ」


 ベルゼテの声に前を見ると蔦が這う遺跡のような建物があった。そこまで大きくはないが、此処に悪魔が居るらしい。外に出て悪さをしないのであれば放っておいてやればいいのに、とも思うが…


「此処に居る悪魔をどうにかしないと森の腐敗は進んで街も飲み込んでしまうでしょうね」


 という事らしい。


 腐敗が進めば悪魔の行動範囲も広がるそうだ。


 入り口に扉はなくそのまま入ると、すぐに広間のような場所に出た。正方形のそこには何もなく魔物や悪魔の姿すらない。湿った空気、灯りは特になく入り口から入り込む光も微々たるモノ。


「本当に居るのか?なんにもないけど」

「……これは…まずいわね」

「何がまずいって?」

「私が見誤ったみたい」


 だから何が。聞く前に息を飲み込む。急に足場がなくなり塔から飛び降りたときと同じような臓器が迫り上がってくる不快感と浮遊感に口を閉じて声にならない声を喉の奥から絞り出した。


「グラウディアス!どちらに連れて行かれるかわからないけれど!」

「んんんんーーーっ!!?」

「クサイ方なら当たりよ!」

「はぁ?!っ!!ウワァアアアアアア─── 」


 臭くて当たりってどういう意味なのか。思わず閉じていた口を開けてしまうと悲鳴が漏れ、光も届かないような暗闇の中を長い時間落ちていった。

 喉がからからになった所で地面に衝突したが、案の定痛みはない。尖った何かが腕に刺さっており触ってみると…


「骨?!」


 俺の骨が突き抜けた…?!


「お前、よく俺様を離さなかったな」

「そんな事より俺の骨が」

「違う人間の骨が刺さっただけじゃねぇか!」

「ひぇ、」


 それはそれで怖いわ。引き抜くと血がドロリと出た。触れても痛くはないが皮膚が裂けている。試しにインベントリに傷が出来ている所まで腕を突っ込んで引き抜くが状態は変わらず、失えば戻るが傷は治らないという不思議な仕組みに謎が増えた気がして。しかもジェインの姿もなく、骨が山積みになっている空間には俺とケルベロスしか居なかった。

 落ちてきたはずなのに上には天井があり、青白い石造りの壁。灯りはないというのに視界は良好。骨は殆どが人骨のようだ。


「ベルゼテが言ってた当たりってどういう意味かわかる?」

「腐敗の悪魔が当たりって話だろうが。俺様も此処に来て意味が分かったけどな!」 

「それハズレじゃね…?」

「あぁ、ハズレだ!俺様まで巻き込みやがって!」


 クサイ方が当たり、というが悪魔が居るならハズレだろ?今は特にニオイがしない。それなのにケルベロスはハズレを引いて怒っている。サボるのが好きな太った犬のくせに、やはり魔界の地獄門番というだけあって戦闘狂なのだろうか。


「さて、弱者の人間はハズレ悪魔とどう闘うか見物だな!」

「は?悪魔って…」


「また来たか…まだ食事中だと言うのに…人間とはなんて失礼な生き物か…」


 コツ、とヒールの音が響き、女の声がした。辺りを見回した所で骨以外には何もなく、しかし近付いてくる足音に緊張感が走る。



「まぁ、よい、か…いつ人間が滅びてしまうかも分からぬ…蜜に付けて保存してやろう…」

「!」


 足元にあった骨が無くなり再び地面に落ちると、青白かった景色が切り替わった。赤い絨毯、煌びやかな装飾…アルテミスが居た空間にも似ているそこは奥に長いテーブルが置いてある。その上に寝ているのは…


「レイド?!」

「ん?なんだ…私の飯と…知り合い…か?」

「っ!!」


 突然目の前に現れた目と鼻がない人型。口は裂けたように大きく、歯がギザギザとしていて…血のニオイがした。 






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