20話 女神が持つ本
宿屋の部屋に戻るとセレーネが尻尾を振って出迎えてくれた。インベントリに入れていた焼きそばとクラーケン焼きは出来たてのように熱く、更にジェインから肉を渡されたセレーネは完全に犬になっていた。
ベルゼテはソファーに座ってクラーケン焼きを食べると「懐かしいわぁ」とウットリしている。
「昔よく海で一緒に泳いだのよ」
一緒に泳いでた奴が焼かれて食う気分はどうですか、とは聞かないが。バイコーンといいクラーケンといい…馴染みある魔物なのは分かったがベルゼテには愛着という感情はないのだろうか。
「グラウディアスぅ!これ、焼きそばうめぇぞぉ!」
「食べながら喋るなよ」
美味いのは否定しない。焼きそばは焼きそばだった。紅ショウガがないのが少し寂しいくらいか。
悪魔は食事を必要としないと言っていたベルゼテも美味しそうに食べている。
腹が満たされた所で今後について話をしたい、と、セレーネ、ジェイン、ベルゼテを順番に見た。
「まず状況の整理をしたくて…俺はこの世界に召喚された異世界人ってやつだ。序盤で死ぬと決まっていた。それが生きてる。さっき聞いたけどジェインが居てくれたおかげなんだ」
「アルテミスの話だと…グラウディアスの運命はこの世界に来た瞬間に殺されて、女神•フレイに献上される、というやつよね」
ベルゼテに対して頷くと、ベルゼテはジェインへ視線を向けた。
「ジェインのおかげ、という事は…」
「おそらくな…」
「なんだぁ?」
「貴方の存在がグラウディアスの運命を変えたという事よ。そもそも決められた運命、だなんて私にはよく分からないけれど」
誰かのせいで200年もあんな所に閉じ込められていたなんて面白くないわね。と言いながら腕を組んで頬を膨らます。見た目は美女だがゴキブリゴリマッチョの姿がチラついて視線を逸らしておいた。
「俺もよく分かんねぇけどぉ?」
「つまり、ジェインもこの世界では異端って事だよ」
「おぉー!いたん!なんか格好いいぜぇ!」
「シェイドは人に憑いたら魂の繋がりで離れられないと言うし、結局、ジェインの事がフレイに知られた所で変わりないでしょうね」
「俺が死んでフレイの糧になれば物語に出来たタンコブは消えるからな。それに…」
俺が死ねばジェインも死ぬ。シェイドは憑いた人が死ねばこの世に生まれる事が出来る未来の魂なのに…。この世界で魂を見付けられなかった理由や、腐敗していた理由は知っておきたい。
だがジェインは「知らねぇ」と言ってベッドに寝転がった。
「俺は他と違うからなぁ。老人の姿も赤ん坊の姿にもなった事はない。影の国で気が付いたら立っててよぉ。フラフラして、目は何度か落としたなぁ」
「悪魔王なら何か知ってるかしら…魔界と影の国は昔友好的だったと聞いたけれど」
「そんな昔知るはずもねぇなぁ」
というかベルゼテは何歳だ…。
暗黒騎士と聖なる光。の舞台でシェイドの存在が認識されていても、そうでなくても、俺を助けたジェインの存在は想定外だろう。俺が生きている事でセレーネに出会い、力を失った元女神、アルテミスが力を取り戻そうとしている。更にはベルゼテの存在。悪魔王対人類の戦に参加し、200年も閉じ込められていた悪魔。
「俺達は今の舞台では存在しなかったはずだったりしてな」
「その舞台って、なんなの?アルテミスは知っているようだったけど」
「わふっ」
「え……」
「わふ、わふ……クゥン、」
「セレーネはなんて言ってるんだ?」
ベルゼテは考えた素振りを見せた後、小さく首を横に振ると「言葉を変えずに伝えるわ」と言った。
女神は誕生する時、一冊の本を持って産まれる。その本に書かれている通りに起こる世界の事件、女神は決められた台詞を信託として決められた人々に伝えなければならない。
アルテミスが持っていた本は悪魔王と人類が戦争をする話だった。悪魔王のくだらない戦争理由も、高位聖職者達による女神封印も全て決められていた事。
「わふ、わふ…わふっ」
「本の最後一ページが燃えた瞬間、その世界は…歴史となる」
「ヤマモトタカシの本もあるのか?」
「ヤマモトタカシ?」
「ベルゼテはアルテミスが持っていた本の物語。ヤマモトタカシの方が新しいんじゃないか?」
「わふっ」
「異世界人が勇者になって魔王を倒す本、だそうよ」
そしてその本も最後のページが燃え、持ち主であった女神は今尚存在している。新たな歴史の始まりには干渉出来ずに、女神達の世界で見ている、と。そこに戻れなかったアルテミスは本の中で封印されるシーンがあったからだろう。
だとして、その事を知っているフレイは今どんな気持ちだろうか?
本の通りであれば、ヤマモトタカシの女神のように女神達の世界へ戻れるはず。だが序盤から崩された。物語が変わってしまった…
「女神フレイは焦っているでしょうね」
「女神擬きが復活すれば解決だろぉ。簡単じゃねぇかぁ」
「それまでに俺が死ななければな」
「お前がどうやって死ぬんだぁ?影の国は人も女神も居ねぇ。お前の体力と魔力と痛覚は俺が持ってるんだぜぇ」
それを悟られればジェインが狙われる。俺が死ねばジェインが死んでしまうように、ジェインが死ねば俺も死んでしまう気がした。
立ち上がったベルゼテは髪の毛を掻き上げ、薄く笑う。
「いいじゃない。お役御免でこの物語には存在していないはずのグラウディアスと私、女神も干渉出来ない国で更には異端の存在、ジェイン。既に役目を終えている元女神アルテミスとその眷属セレーネ。決められた物語だなんてつまらないわ」
「はは…まさかゴキブリに元気付けられるとは思わなかったよ」
「雨がチョコレートの物語なら私だって逆らわないわよ?けど、用は済んだからといって200年もあんな所に放置されて、腹だって立つわよ」
そして歩き出したベルゼテは、扉に手をかけてから振り返った。
「貴方を、この物語が終わるまで存在させようじゃない。そして終わった後も、お役御免だなんて言わせないわ。世界を闊歩してやろうじゃない」
お風呂は先に頂くわね。
そういって扉の奥に消えていく。ソファーの背もたれにダラン、と座った俺は思わず笑った。そしてハッとして、ベルゼテが入っていった扉へ向かうと勢いよく開ける。
服を脱いでいたベルゼテは隠すこともなく「なによ~?」と言うが、お前はゴキブリだ。一番風呂なんて入れさせてやるわけがない。
「俺が先!」
「グラウディアスが入るなら俺もぉ」
「なぁに?皆で入るの?」
「ちが、っていうか隠せよ!」
「あら?あらあら恥ずかしがっちゃって。チェリーボーイだったのね」
「人としての羞恥心くらい持って欲しいだけだからっ」
「私、悪魔だし」
ごもっともですけども。
これなら文句ないでしょ、といって美人から触覚はないが黒光りしたゴリマッチョに変身したベルゼテ。そのデカくぶら下がった逸物をジェインがすげぇーといいながら叩いている。
さっきまであんなに真面目に話していたのに。というか少し感動してしまう流れでもあったのに…。
結局風呂は三人で入ったが大部屋の風呂はデカく、特に窮屈さは感じなかった。もうゴキブリ云々は気にするのやめよう、とジェインの頭を洗ってやる。それが気持ち良いのかジェインは満足そうに目を瞑って鼻歌を漏らした。
既に体を洗い終えて湯船に浸かっていたベルゼテがバシャッと突然立ち上がり、セレーネも誘おう!と出て行く。念のため湯船を確認したが湯は綺麗なままでホッとした。俺とジェインも湯船で寛ぎ始めた頃、部屋の中で野太い悲鳴とうなり声が聞こえてきて…
「ククク、アイツ噛まれたなぁ」
「はぁ~」
他の客から苦情が来ない事を祈るばかりだ。
電気を消すと窓から入ってくる薄暗い光が部屋の中を照らした。シェイドや悪魔も寝るのか不思議だったが、ジェインは丸くなってすやすや眠っている。蹴り飛ばされた布団をかけ直すと、ベルゼテはベッドに腰をかけて腕を組むと小さく笑った。
「まるで兄弟だな」
「お前いつまで全裸でいるつもり?」
「こっちの方がお好みかしら?」
ゴリマッチョハゲから赤髪の美女に変わる。左右非対称のロングコートを脱いでソファーに投げると、足を組んでジ、と寝ているジェインを見ていた。
「この子、大丈夫かしら」
「普通のシェイドとは違うみたいだからな」
老人にも赤子にもなった事がなく腐敗していたシェイド…。
繋がる魂がこの世にはなく…いや、そもそも俺だと決まっていたとして…
「グラウディアス、貴方が今生きているのはこの子のおかげだということを忘れないように」
「…わかってる」
「もちろん、私がこうして地上に出られたのは貴方のおかげよ。私も忘れないわ」
この世界に月があったなら。外から照らすこの光を月明かり、と表現出来たのだろう。その光を浴びて薄く笑ったベルゼテは綺麗、という表現が合っている。
ふい、と目線を外した俺は当たり障りのない質問を投げた。
「悪魔も寝れんの?」
「えぇ、睡眠はどの種族でも共通する生命維持コントロールには必要不可欠なものだから」
「面倒くさい言い回しだな」
「ふふ、おやすみなさい、グラウディアス」
「おやすみ」
自分のベッドに潜り込む瞬間に、チラリとベルゼテの方を見る。横になる雰囲気はないまま、ベルゼテは何もない空間をぼんやりと眺めていた。




