18話 レイドの初恋
気付かれないのが一番いい。気付かれたとしても待ち人が俺で無ければ尚良い。
道なりに歩き始めて入り口に近寄ると門番が先に声を掛けてきた。
「御一行はポロスへ?」
「あぁ」
極力ファーと襟で顔を隠しながら自分なりに低い声を絞り出す。もはやゲップのようなその声にジェインが反応しようとしたので頭を押さえ付け、それでも何か言おうとするので抱き上げた。幼子を抱っこしながらあやす母親のように背中を擦るとジェインは何も言わずにしがみつき満足顔だ。
「冒険者の方ならギルドカードのご提示を」
門番に従って俺だけがギルドカードを見せる。
「グラウディアスさんとセレーネさんですね。…そちらのお二人は?」
え、そういう事も聞かれるの?なんの準備もしてなかったため表情を変えずに黙っていると門番は首を傾げた。ベルゼテが前に出たのが分かり、何かを上手い言い訳でもしてくれるのかと期待する。
「私達は「やぁ、グラウディアス君。」」
完全にベルゼテの言葉と被ってレイドが近寄ってきた。声を変えた所で門番に名前を公開されたし、数分でも立ち止まってしまえばセレーネと一緒に居るわけだから見られれば流石にバレるよな。ジェインで顔を隠した所で無意味だったため降ろそうとするが離れない。
「おい」
と声をかけた所でジェインはニヤリと笑って絡める足の力を増しやがった。もはや手を離しても落ちないレベルのホールド。
「増えてるね」
「あー、まぁ…うん」
「しかも三人ともバイコーンでお揃いだ。珍しいのにそんなに揃えられるなんて君は何者なんだろう?」
「それ言わなかったっけ?」
「ドゥーロ領主、ドドゥーの息子…あの後考えたんだけど、ドドゥーの息子って君くらい若かったかな?」
「疑ってんの?」
「いや、ただ気になっただけだよ。それに…」
それに。そう言ってベルゼテを見たレイド。ベルゼテは自分に視線を向けられた事で髪を掻き上げながら上から見下ろすように挑発している。止めとけ斬られるぞ。
「女性をパーティーに迎えたのかな?あんな事を言っていたのに」
「根に持ってんの?俺が言った三つでコイツに当て嵌まる項目はないけど」
そもそもベルゼテはゴキブリみたいなゴリマッチョだった。あれが本来の姿では無かったとしてもコイツはゴキゴリマッチョだ。わざわざこちらから「悪魔です」と教えてやるつもりはないため、右手を見せてみる。
「治癒魔法が使えてさ。ほら、」
ヒラヒラと振ると目を見開いて驚くレイド。その後ろに控えていたシェーンも口元を手で隠し、分かりやすく驚いている。ミヤやイリアは興味がなさそうに腕を組んでこちらを睨んでいるが。
自分の怪我を治してくれた魔術師、なら今後も共に行動するのは変な話じゃ無いだろう。ベルゼテも否定はせずに俺の後ろに控えているから、レイドは怪しむ素振りも見せずに「良かった」と笑った。
「お詫びを考えていてね」
「必要ないから。取り敢えず俺達疲れてるし入ってもいいか?」
「あ、どうぞ」
門番はジェインとベルゼテの確認していた事なんて忘れてしまったのか道を空けてくれた。いざ入ろうと進み始めるとレイドもついてくる。シェーンは御者に声を掛けに行ったようで、ミヤとイリアはやっと動き出したレイドの腕に絡み付いた。
ゾロゾロと入っていく俺達を門番が不思議そうに眺めている。
「いいのかしら?」
「いいんじゃねぇのぉ…?」
「まぁ、夜だし…さっさと宿見付けて部屋に閉じこもろう」
同じ宿を選ばれたとしても同室になることはない。ドゥーロから貰った金があるため仕事をしてなくても泊まれる所はあるだろう。
ミヤとイリアに左右から引っ張られて歩きにくそうだが笑顔を崩さないレイドは何かと声を掛けてくるが、夜でも人通りが多い街であるため聞こえないフリをしておいた。
眠さよりも腹が減ったため宿を見付けたら飯を食いたい。セレーネはどのくらい喰うのだろうか…街に入る前にレッドボアの肉を焼いておくべきだったか…。腹を擦りながら並ぶ看板を見ていく。既に閉まっているのは雑貨屋で、食事処は空いているようだ。
「グラウディアスぅ、あれ、あれ」
「いい加減自分で歩け」
「あれぇ!」
器用に足だけでしがみついて指を差すジェイン。そこには夜店が並んでいた。まさか、と思えば焼きそばや鉄板焼き…日本の祭りを思い出させる出店に「まじか」と呟く。
「ゼノンダラスでも見たことがない店だね。食欲をそそる匂いだ」
レイドの事は無視を続け、減った腹が鳴らないように腹をへこませる。この匂い…今すぐ食いたい…そんな衝動と闘いながら宿屋らしき建物を見付けた。木造の三階建て、看板には狼の絵も書かれており、此処ならどうだろうとセレーネに聞く。
「わふ」
「入ってみましょうか」
ベルゼテが言うのならセレーネも同意してくれたのだろう。宿屋の扉を開けると、ゾロゾロと入ってきた俺達を見た店主は抱えていたノートを開き、それとこちらを交互に見てきた。
「えっと…何名様で…?」
「三人と一頭だ。こっちは連れじゃないから気にしなくていい」
「僕達は四人、部屋は二人部屋を二部屋で…いや、そうだな…大部屋1つと一人部屋を1つにしようか」
言い換えたレイドにミヤが声をあげる。「今日は私と同じ部屋の日じゃない!なんでよっ」と。どうやらレイドと同じ部屋になる順番はあらかじめ決まっていたようだが、俺が居る手前なんの相談もせずに勝手に決めてしまったのだろう。騒ぐミヤの声が高すぎて鬱陶しい。己の順番ではなかったからと嬉しそうな笑みを浮かべるイリアからは性格の悪さを覗える。
こんな奴等がよくBランクパーティーとして活躍出来るな、とある意味感心しながら俺達は大部屋を1つお願いした。
「女性と同じ部屋でいいのかい?」
「お前これが見えないの?」
俺にしがみつくジェインをレイド側に向ける。ジェインは緩く手を振った。
「はろぉー」
「こんなに美しい女性が、男二人と一緒の部屋なんて」
「ククク、無視かぁこらぁ」
「男二人って…どう見ても子供だろ…それにベルゼテはその三人みたいに俺に色目は使わない」
むしろ使われたら聖魔法で退治するわ。イミプロトリンがこの世界にないのなら作り出してやる。
物騒な事を考えているのが分かったのかベルゼテは身震いを一度し、未だに絡んでくるレイドの前に立った。店主は部屋の準備を、と何処かへ居なくなったし…さっさと部屋で休みたい所なのだが…
「さっきからしつこいわねぇ?私とグラウディアスが同じ部屋?当たり前でしょう、私達は夫婦なのよ。ほら、子供だって居るわ」
「ベルゼ「はいはい照れない照れない」ー!」
手で口を塞がれ鳥肌が立った。俺は今、ゴキブリに口を塞がれている…。
「あなた達みたいなお子ちゃまと一緒にしないでほしいわね」
言い切り髪を掻き上げるベルゼテ。斬られるぞ…やばいぞ、とレイドの動きに注目すると…何故だか顔が赤い。高熱が出たのかという程に真っ赤な顔。頭からは湯気も出ていそうだ。
「美しい…」
「「「は?!」」」
俺とミヤとイリアの声が揃う。自分に見とれていると分かったベルゼテは気分が良いようで、レイドに近寄ると耳元で何かを囁く。白目を向いて固まったレイドを正気にさせようとミヤやイリアが声を掛けるが…どうやら手遅れのようで…。
「お部屋のご準備が整いました!こちらに代表者の方はサインを…あの、大丈夫ですか?」
「サイン、あー、うん、サインね。あっちは放って置いていいから」
目的のために今は恋愛などしている暇はないと言っていたレイドが恋を知った瞬間に立ち会った。相手は悪魔でゴキブリだが、大人しくなったのでどうでも良い。…いや、今度はベルゼテを理由に絡まれたら鬱陶しいな…。姿を変えてもらうか考えながら案内された部屋に入る。ちなみに魔獣は外の宿舎を使ってほしいと言われたがセレーネは首を振って部屋に入ってきた。
こういう迷惑客は追い出してもいいんだよ、と他人事のように呟くとセレーネが吠える。
「わふ」
「グラウディアスも一緒なら外でもいいらしいわよ」
店主の人の良さには感謝しよう。苦笑を浮かべる店主の肩をポン、と叩いて「部屋は汚さないから」と告げる。