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極道な少女達  作者: enforcer
9/28

一触即発


 極限の集中力は時間を遅く見せるという。

 真希は、疑いもせずに有華がコップを傾けるのを瞬きもせずに見ていた。

 

 もう少し、もう少し、そう思う真希の脳内では、この後の事が想像されていた。

 

 小生意気な小娘は昏倒。

 とりあえず適当に部屋へと放り込み、邪魔者が居なくなったのであらば、青年との仲を一気に深める。


 万が一、青年が何らかの理由を付けて拒む可能性も在るが、その際は予備を用いて多少強引にでも既成事実を造ってしまう。


 そんな勝利への方程式が、真希の脳裏を駆け巡った。


 後数ミリ、コップが傾けば勝利が確定する。


 だが、その時、ガチャンという戸が開く音が家に響いた。


「あーい、ただいまぁ」青年の声にも似ているが、少し低い。

 

 丁度有華が飲み物を飲みかけた時、兄妹の父が帰宅をしたのだった。

 

「あー、おかえりー」


 飲みかけたコップを、思わずテーブルへと戻す有華。

 そんな光景に、真希は思わず奥歯をギシリと軋ませる。


 後少しで、全てが上手く行く筈だった。

 ソレが、ほんの僅かな事で御破算に成ってしまう。

 小さなグヌヌという真希の呻きに気付けた者は居ない。


 そんな中、青年がフゥと息を吐いた。


「あの親父め……またしこたま呑んだのかよ」


 我が父ながらと、青年は苦言を漏らす。 何せ今は家に来客が居るのだ。

 家族の恥を晒さないかと、青年はヒヤヒヤする。


 其処へ、丁度飲み物を目にし、スッと手を伸ばした。


 有華は父親の声に意識が向き、真希は計画の失敗に目の事に集中出来ていない。

 其処へ加えて、偶々有華が青年のコップと近くに自分のコップが紛れる如く置いてしまってた。


 青年からすれば、特に気にする事もなくコップを選んでしまう。

 そして、ソレは、よくよく見れば有華の分であった。


 ヒョイと取り上げ、ゴクンと一口。


「……あ」


 やっと正気に戻った真希は、見てしまう。

 本来ならば、小娘に盛る筈のソレを青年が飲んでしまう様を。


「ん? あれ? なんか……」


 僅か味の違いに、青年を敏感に感じ取る。

 とは言え、慌てて吐き出す程に異質という訳でもない。

 

「ま、良いかぁ」


 元々が大らかな性格故か、青年はグッとコップを呷ってしまった。

 フゥと一息付く青年だが、ふと自分を見る目に気付く。


「お? 真希、どうかしたか?」

「え? あ、うん、いいえ」


 ヤケにしどろもどろな幼なじみの声に、青年が首を傾げる。

 よくよく見れば、真希の目はそっぽを向いており、口はかなり無理な笑いに形へ。


 怪しい事この上ないが、青年はその微細な変化に気付けない。

 それどころか、自身の変化に気が向いていた。


「おー、あれ……なんだろ」


 何かがおかしい、という事はわかるのだが、具体的な何かが解らない。

 強いて言えば、妙に眠気が強まるという事だ。

 

「どうしたの?」


 そんな兄の変化には、有華も気付くが、その場へと父が顔を覗かせる。


「ただいまぁ、あ、真希ちゃんこんばんはぁ」


 酔っているからか、普段よりも父の声が緩い。

 本来ならば、来客が居る様な時間帯ではないが、父も幼なじみならばと別に咎めるつもりも無かった。


 寧ろ、別の考えが頭に浮かぶ。


「いよいよアレかぁ? 嫁さんに決心付いたか?」


 酔っている勢い任せに、父がそう言ってしまうが、有華にとっては聞き捨て成らぬ台詞である。


「何ゆっとんじゃ親父っさん!?」


 ついつい地が出てしまう有華だったが、当たり前である。

 まさか親公認などという事が許せる筈も無い。


「ほぉれ! 真希…さんが困ってるだしょ!」


 焦りの為に、若干呂律が怪しい。

 それでも、有華は小柄に似合わぬ膂力にて父親を寝室へと引っ張った。


「お、お、お、ちょちょちょ、有華さぁん、そんな手荒なぁ……」


 グイグイと父親を引っ立てる妹の姿に、青年がスッと立ち上がる。


「と、おいおい……手伝う……」


 妹に全部任せるのもどうかと焦る青年だが、身体が云うことを聞かない。

 まるで酩酊したかの如くフラつく。


「あ、危ないってば」


 流石に青年が転倒でもして怪我をされては真希も困る。

 慌てて駆け寄り、思わず彼を支えていた。


 寄り添えば、当然の如く二人の顔は近付く。

 後数センチ互いが顔を動かせば、触れる程に近い。


「すまん、真希……」


 詫びの音を呟くと、なんと青年の顔が近付いてくる。


「……あ」


 思わず、真希は目を閉じかけた。

 紆余曲折は在ったが、終わり良ければ全て良しと云う。


 が、待てど暮らせど唇に在るべき感触が来ない。

 仕方なしに目を開けば、青年の頭はグッタリと落ちていた。


「あー、もう……」


 どうやら、先に青年意識が切れてしまったのだと悟った真希。

 だがこうなれば、もはや青年はまな板の上の魚と変わらない事に気付く。

 

 スッと手で青年の顔を持ち上げると、自ら踵を浮かせた。


「何やっとんじゃコラァアアアア!?」


 真希が摘まみ食いをしようと画策していたが、それが決行される前に有華が部屋へと帰還を果たしていた。


   *


 ほぼ酩酊状態の青年に付いては、真希と有華が渋々協力し合い部屋へと送った。

 其処までは良いとしても、問題は何も解決していない。


 再び場を居間へと移した二人は、今度は椅子に座る事無く対峙していた。


 低い地鳴りでも引き起こしそうな空気を放つ有華が、拳をギシリと握る。


「……なぁんか変だと思ったんだけど……テメェ、兄貴に一服盛りやがったな!?」

 

 バッと片手を挙げ、来客成らぬ怨敵を指差す有華。

 対して、真希は、ゆるりと腕を組んでフフンと妖しげに嗤う。


「あらん? 勝手な事を云うじゃなぁい? 盛るって何を?」


 実際には確かに怪しい何かを用いた真希だが、それを堂々と公言するほどに間抜けでもなかった。

 真希からすれば、有華という小娘に録音機やらを用いるだけの知能が在るかと云われれば甚だしい疑問だが、万が一という事もある。


 それならば【ハイ、私がやりました】などと自白するのは愚かである。


「……このアマ、よくもまぁ……」


 いけしゃあしゃあ潔白であるという真希に、有華は肩を震わせた。


 大事な兄との時間を潰された事も勿論ながら、加えて許せないのは、青年に向かって何かをしたという事である。


 もはや、有華の中では堪忍袋の緒が切れる寸前であった。


 本来ならば、如何に怨敵とは言え手を出す事は厳禁と定めている。

 だが、それも無限に我慢が出来るという保証も無い。

 

 ジリジリと、有華の爪先が動く。


 間合いを計る為だが、更には相手が急に動いた際の反撃カウンターを取る為でも在った。


 真希にしても、この際有華と決着を着けるべきかを考えて居た。

 年下相手に大人気ない事はしたくない。


 だが、考えて見れば今は絶好の好機チャンスである。


 青年の父親は部屋で爆睡、青年も部屋で昏倒中。

 つまりは、この場にて有華さえ何とかしてしまえば、真希は自由であった。


 生意気な小娘だったとしても、拘束してしまえば問題は無くなる。  

 その後は、如何にしようとも真希に縛りは無い。


 ジリッと、真希も動いた。 互いの制空権が、少しずつ近付く。


 そんな時、偶々台所の蛇口に溜まっていた雫が、落ちる。

 静けさが支配するからこそ、ピチャンという水滴が水面を叩く音は強く響いた。


 もう少しで、互いに組み付く寸前であった二人だが、ハッとなる。

 

 二人の脳裏には、似ているものの別の光景が浮かんでいた。


 有華の脳裏に浮かぶのは、まだ来て間もない頃の事。

 

 まだまだ家族というよりも、他人である自分に、青年と義父は随分と良くしてくれた。

 それこそ、無碍に扱うどころか必要以上に大切にしてくれた事を思い出す。


 対して、真希もまた別の事を思い出していた。


 まだ、青年の母親が存命な頃、折を見て家にやってくる真希に、彼女は優しく接してくれた。

 来客に過ぎぬ自分を、まるで娘の如く可愛がってくれた頃。


 美しい思い出は、黄金に劣らぬ輝きを放つ。

 そしてソレは、人が記憶し続ける限り決して色褪せない。


 二人にとって、この家は聖域とも言える場である。

 そんな大切な場所を血で汚すなどは赦される筈がない。


 同じだからこそ、有華と真希はほぼ同時に構えを解いていた。


「……ホントなら、ボコボコにしたいけど」


 先ずはとばかりに、有華がそう言う。

 ソレを受けて、真希がフゥと長く息を吐く。


「そら、コッチも同じだわ」


 よくよく思い返して見れば、真希の本来の目的は和解の提案である。

 場の空気やら勢いに流される内に、何時しか目的を失念していた。


 ついつい、秘蔵のブツまで使用してまった程である。


 この場にての決着を着けるのは無理と判断した二人。

 先程までの緊張状態は解かれていた。


「とりあえずぅ、今日だけはお互いに我慢しない?」


 先に事をやらかしたのは真希だからこそ、そう言う。

 弁明には一ミリも成っていないが、要は云った者勝ちという時があった。


「我慢? ソレは喧嘩の? ソレとも……」

 

 何かを思い付いてしまったらしい有華。 その意は、真希にも伝わっていた。

 何せ二人は、ほぼ同じなのだから。 


「皆まで云うなや……野暮ってモンやでぇ」


 先程とは違い、この時の真希は何とも言い難い顔を覗かせた。


   *


 果たして、どれくらいの間気を失ったか。 ふと青年は目を覚ます。


「あれ? 俺……リビングで……」


 記憶に在るのは、酔っている父を有華が強引に介抱してるのを見ていた時までだった。

 その後の事が、まるでハサミで斬られたが如く欠落してしまっている。


 果たして、自分はどうやって自室へ来たのか。 いつから寝て居たのか。


 考えても答えが出ない。


「あ、そういや……」


 思い返して見れば、来客が居た筈である。

 折角幼なじみが家に訪問してくれたのに、いつの間にか自分は寝落ちでは格好が付かない。


 ふと、何の気なしに青年は身を起こそうと試みるのだが、動けない。


「うぉ、金縛りか」


 何故動けないのか、何とか動く首を起こすと答えが見えた。

 なんと、青年を真ん中に有華と真希という二人にサンドイッチにされていた。


「へ? 何? え? どういう事?」


 事態が飲み込めない青年は、困惑するばかりであった。

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