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極道な少女達  作者: enforcer
8/28

図りし者

  

 日も暮れ、宵の口といった頃。

 普通で在れば、来客は帰る頃と言えるが、ソレは来客に帰る気が在ればの話であった。


 つまり、真希にその気が無ければ、帰らないという事になる。

 こうなると、有華に取っては面白くもない。


 折角の時間がガリガリと削られて行ってしまう。

 無論の事、真希はそのつもりで居座っていた。


 そんな裏を知らない青年が、チラリと壁掛け時計へと目をやる。


「あー、もうこんな時間か……」


 そう言いながら、青年は幼なじみへと顔を向ける。


「なぁ真希、きょ」

「今日は、泊まっちゃおうかなぁ」


 青年が何かを言い終える前に、真希はそれを遮っていた。

 もし【帰るなら送るよ】などと先に云われては真希も断り辛い。


 然も、自分が帰った後に妹の皮を被ったモンスターが何を仕出かすかを考えれば、真希はハイそうですかと帰る訳には行かないのだ。


「ん? あぁ、そうか……じゃあ、どうするかな」


 てっきり大人しく帰ると思っていた幼なじみは泊まると言い出す。

 真希の魂胆を知らない青年は、来客の扱いに困っていた。

 

 人を泊める。 言葉にすれば簡単かも知れない。

 

 男友達ならば、或いは気にもせずとも良い。

 寝床なと適当に用意すれば、とりあえずは何とか成る。


 が、真希は男ではない。

 

 そうなると、青年にしてみれば扱いに困ってしまう。

 幼なじみも年頃の女性である以上、無碍に扱う事はしたくない。

 だがしかし、来客用の寝室などは無かった。


 流石に年頃ともなれば、昔の如く青年と真希が同室という事は憚られる。

 幼い頃ならば、或いは二人で雑魚寝も微笑ましいとも言えるが、ある程度の年齢となると倫理観が先に立った。


「大丈夫だよ、有華ちゃんの部屋泊めて貰うから……」


 さも当然といった声に、有華が飲んでいたモノを盛大に吹き出した。 


「うぉ!? お、おい、大丈夫かよ」


 突如として妹が粗相を仕出かし、青年は焦る。

 そんな兄を、有華が手で制した。


「…だ、だいじょぶ…」


 少し咽せながら、自分の問題は無いという有華だが、身体は別にしても大問題だった。

 

『何を急に言い出すんじゃこのボケナスが!? 頭おかしなったんか!?』


 表向きがどうであれ、有華が自分の部屋に真希を泊める事など許せる筈がない。

 兄が部屋にやってくるなら【掛かって来いや】だが、それはあくまでも青年に限られた話であった。


 何とも言えない顔で睨む有華に対して、真希はスッと両手を挙げて掌を合わせる。


「お願い、偶には良いじゃない……ね? ほら、色々話したいし」


 如何にも年上のお姉さんを装う真希。

 そんなお邪魔虫の態度に、有華の手は微かに震えていた。


 どうせなら、この場にて抗争を勃発させて無理矢理に叩き出したくなる。 

 が、青年の前でその様な蛮行が出来る訳もない。


 怒りに頭が真っ白になる有華に気付かない青年がうーんと鼻を唸らせた。


「まぁ、それなら良いかぁ……有華、大丈夫だよな?」


 下された裁定。

 まさか女の子同士であれば特に問題など無いだろうと高を括る青年である。


「え、ぁ……」


 彼がそんな判断を下すのは、二人の裏を知らないからに他ならない。 

 愕然とする有華に対して、真希はほくそ笑んでいた。


   *


 少し後、お客様の為にと、青年は浴槽の掃除へ。

 ではその間に有華と真希はどうしているのかと言えば、居間のテーブルを挟み互いに相手の目を見ていた。


 厳めしい空気だが、当たり前である。


 有華からすれば、真希を自分の泊めるのはしたくない。

 が、では仕方ないので青年の部屋に泊めるかと云えばそんな事が許せる筈も無い。

 

 まかり間違う所の話ではなく、ほぼ確実にこの自称幼なじみは青年に何をやらかすかを考えるとはらわたが煮えくり返る想いである。


 対して真希にしても、憎らしい小娘の部屋に泊まるとは口でこ言ったものの、その気はこれっぽっちも無かった。

 隙を見つけ出して超適当な理由を付けて、青年の部屋に潜り込む算段である。 

 

 つまり、お互いがお互いに牽制し合い、在る意味膠着状態を生んでいた。


 そんな修羅の場へと青年が戻ってくる。 それだけで、場の空気が緩んだ。


「おーい、風呂入れるぞ?」


 青年にしてみれば、一番風呂は妹なり幼なじみに譲ってやりたい。

 とは言っても、実のところ有華が青年より先に入る事はまれである。


 どうしても入らねばならない状況である以外、妹が兄より先に風呂に入る事は今まで無かった。


 先ずはと青年の声に反応したのは、真希。


「あ、先に入っちゃっていいよー」

「え? いや、でもなぁ」

 

 何故真希が青年に一番風呂を譲るかと云えば、対面に座る小娘に理由が在る。

 果たして、自分が呑気に湯を楽しんでいようモノなら何をするのか。


「うん、先に入っちゃってー」

 

 その事に関しては、有華も同意であった。

 風呂の湯に兄の出汁が出ることには何の問題も無い。

 寧ろ、真希が入った後の湯に自らの身を晒す事の方がおぞましい。


 二人に同じことを云われてしまった青年は、少し困った様に頭を掻いた。

 自分は゛ん後でも良かったのだが【先に入れ】と云われてしまうと断り辛い。


「……そっかぁ、じゃあ、まぁ、失礼して」


 気まずいという青年に、有華と真希が顔を向ける。


「いーのいーの、色々して貰っちゃったし」

「そうだよ、遠慮しないで」

 

 この場に限り、有華と真希の意見は一致を見ていた。


  *


 場を風呂場のドアの前へと移し、有華と真希の睨み合いは続く。


 青年が風呂に入って居るのは誰の目にも明白だろう。

 問題なのは、二人に在る。

 

 普段であれば、有華は兄が入る風呂へと乱入してしまうという偶発的痴情ラッキースケベを画策しているが、今はそうも行かない。

 ましてや、ほぼ同じ事を考えている相手が居れば尚更だろう。


 有華と対峙する真希もまた、実のところ有華と同じ事を何度かやらかしている。

 あくまでも事故として、青年の風呂場への乱入。

 年頃な少女がその様な真似をするのは問題かも知れないが、そんな事は始めからわかっている。


 流石に年を経てからは偶然を装うのは難しいと此処最近は控えては居た。


 だが、膠着状態もまた長くは続かない。

 

 先ずはとばかりに、衣服に手を掛けたのは、有華だった。


 スッと手を挙げ、衣服の肩辺りを掴む。

 勢いよくバッとそれを引けば、なんとバスタオルを巻いた肢体が現れた。


 ニヤリと笑う有華に、真希もまた、自分の衣服へと手を掛ける。

 鏡移しが如く、真希か手を引けば、なんとやはり同じくバスタオル姿へと成った。


 果たして、如何なる原理にてその様な事が可能なのかは定かではない。


 広い世界置いては、キッチリと固めた衣服を一瞬にて脱衣せしめる技を持つ豪傑達も居るというが、この二人もまた、在る意味その域に達して居た。


 もはや一触即発である。 後はこのまま青年の元へと雪崩れ込むだけ。


 ただ、二人は失念していた。

 当たり前だが、時というモノは彼女達だけのモノではない。

 ガチャンと風呂場から、青年がのっそりと出て来てしまう。


「ふぃー、サッパリした……って、なんだ二人共、まさかその格好で待ってたのか?」


 青年からすれば、いきなりバスタオル一枚の妹と幼なじみを目撃してしまう。

 実に目のやり場に困るが、同時に待たせてしまったのかという想いも在った。

 

 かの青年の想いはともかくも、有華と真希はしまったという顔を隠さない。

 

 互いに牽制のし合いが過ぎて、機を逃していた。


「あー、ほら、風邪引く前にさ、暖まったら?」


 バスタオル一枚の二人を放置する趣味は青年には無い。

 そして、気が高まっていたのも相まって、青年の声を合図に有華と真希が我先にと風呂場へと駆け込んでいく。


 何とも慌ただしい二人に、青年はうーん鼻を鳴らした。


「……なんだよ、そんなに入りたいなら先に入れば良かったのにな」


 朴念仁という訳ではない。

 単に青年にすれば、有華も真希も妹の様な者であった。

 

 フゥと二人の女性に気を使い、風呂場から離れる訳だが、浴室からは「あー!?」というどちらのモノが判断し辛い声が轟いていた。


   *


 一番出汁を独占すべく譲らない二人が、結局は互いの失態にてそれを無駄にするという珍事が在ったが、それは青年の知るところではない。


 湯上がりの水分補給にと、青年は飲み物を用意していた。

 

 そうこうする内に、風呂場から有華と真希が戻ってくる。

 風呂上がり故に、艶を増して魅力的に見えなくもないが、二人の顔には何とも言えない顔が張り付いて居た。


 如何にも笑っていますといった顔だが、あくまでも顔の筋肉にてそう見せかけているだけだ。


「あー、良いお風呂だったなー」「うーん、今度は温泉なんか良いかもー」


 物凄い棒読みである。 互いに怒鳴りたいのを、無理をして抑えていた。

 

 多分に不自然ではあるが、それを追求する青年でもない。


「あ、ほら、飲み物用意しといたから」

「ありが……」


 気の利く青年に、有華が礼を述べようとした時。 

 有華に僅かに電流にも似た感覚が走った。


 気を張って居た所で、生理現象は避けられない。

 飲み食いをすれば、当然の如くソレはやってくる。

 

「ち、ちょっとゴメン!」


 流石に我慢にも限界というモノは在り、仕方なしに有華は場を離れる。

 そんな妹に、青年はフゥと息を吐いていた。


「まったく、そそっかしい奴だなぁ」


 そう言う青年の目線は、妹の後を追っていた。

 つまりは、今この場に置いては誰も真希を見ていないという事になる。


「……そうだね」


 返事として少し素っ気ないモノだが、それもその筈。

 青年の隙を突いて、真希は持参のバッグから素早く何かを取り出していた。

 

 何度となく訓練をしていたのか、真希の動きに淀みも迷いも無い。


 サッと手の中の包みを開くと、中身を有華の分のコップへと混入する。

 この間、僅か二秒ほど。


 青年が顔を戻す頃には、真希の手は既に仕事を終えていた。 


 程なく、用を足した有華が戻ってくる。

 やはりと云うべきか、居間では青年と真希が歓談しているではないか。


「あら、有華ちゃん、どうかした?」


 戻って来た有華に、真希は敢えて抑え目な笑みを送る。

 別に友好的な態度を見せたい訳ではない。


 相手の意識を、逸らす為である。


「……別に、何でもないよ」

 

 有華からすれば、兄と真希が愉しげに会話するのは愉しくない。

 とは言え、二人を放置して部屋に帰る訳にも行かない。

 

 先ずは自分を落ち着け様と、コップへと手を伸ばす。

 この時点で、有華は安心しきっていた。

  

 コップも中身も、用意したのは兄である。 

 つまりは、あの青年が変な事をする筈も無い。


 ソッと持ち上げ、口を付けた。

 

 単純に見るならば、有華が飲み物を口にするだけ。

 だが、この時の真希は嗤うのを堪えていた。

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