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極道な少女達  作者: enforcer
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相容れぬ者


 閉じたドアを睨み付ける有華。

 その先は見えない筈だが、何が居るのか少女には見えている。


 少女が忌々しげに睨むのは幾つか理由が在った。


 まず一つとして、兄と自分だけ、という至高の時を無駄にさせられるからだ。

 例え一秒であっても、そんな掛け替えの無い時間をドブに捨てさせるのは有華に取っては我慢成らない。


 そして、もう一つの理由は、聞こえた声に在った。


 内心では【親父っさん】と敬愛している養父に付いては何も云うべき事はない。

 問題なのは、耳に届いたもう一つの声にある。


 男性と女性の声には違いがあるが、ソレは女性のモノ。

 ただし、聞こえた声を有華は知らない訳ではない。


 寧ろ良く知っているからこそ、聴きたくないモノである。

 

 だが、そんな有華の想いを斬り捨てるが如く、ドアの留めがガチャリと鳴った。


「失礼しま~す」朗らかな声である。


 その来客は、入った途端に玄関にてその場に立つ有華と目を合わす。

 

 片や般若の様だが、来客の顔は違った。

 

 客のソレだが、例えるならば【この世で最もつまらないモノを見せつけられた】とでも云うべき冷たい顔である。


「あ、有華ちゃん? こんにちは~」

「あら真希さん、いらっしゃ~い」


 声のみを聴けば、朗らかな有華と来客。

 だが、実際に見ていればこの両者が友好的でないのは分かるだろう。


「ところで、お兄さん、居るよね?」

「さぁ? どうだったかなぁ?」


 何気なしに会話ですら、在る意味では音だけは軽いと言える。

 ただし、もしこの場に別の者が居たならば、急に温度が下がった様に感じるだろう。


 それほどに、二人の間に在る空気は冷たかった。

 声色が軽いのは、あくまでも擬態カモフラージュに過ぎないのだ。


「……っ」


 露骨とまでに、舌打ちを漏らす来客に、有華は動じない。

 寧ろ、声にしてないだけで必死に念を送り出していた。


【帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!!】と。

  

 最も、有華は別に超能力者エスパーではないし、仮にそうだとしても来客が帰るのかどうかは別の問題である。


 何とか来客を追い返したい有華だが、この時、天は彼女のそっぽを向いていたらしい。

 家の奥から、スタスタという足音。


 その音に、有華はしまったという顔を覗かせ、反対に、来客は先ほどとは打って変わって柔らかな微笑みを顔に浮かべる。


「……お? 真希、来てたのか? なんだ、呼んでくれれば良かったのに」

「あ、ごめーん、ちょっと有華ちゃんと話してて」


 挨拶をしなかった事を詫びつつ、チラリと有華へと目をやる来客の真希。


「……ね?」


 勝ち誇る様な念押しに、有華は無理に笑う。

 この場にて逆上し、兄に裏の顔を見せる訳には行かない。

 つまり、大っぴらに【出ていけコノヤロウ!!】と叫ぶ事は言語道断である。


「……うん、そだね」


 かなり無理やりな棒読みにて、そう言う有華ではあるが、奥歯はギシリと軋んだ。

 本人の思惑はどうかは別にして、許可を取り付けた来客は敷居を跨ぎ、家の中へと。

 サッと脱いだ靴を揃える辺り、真希の教養を窺わせる。


「じゃあ、お邪魔しま~す」

「おう、いらっしゃい」


 青年の軽い声に勝ったとばかりに立ち上がる来客。

 が、ふと青年から漂うモノを敏感に感じ取ったのか、真希の鼻が僅かに蠢く。

 

 なんと、青年の身体からは真希にとっては嗅ぎたくない臭いが付いていた。


 バッと顔を向ける来客に、意趣返しとばかりは有華が口を三日月型に歪めて見せる。


「あれぇ? どしたの? 真希さぁん?」


 よくよく見れば、有華は青年のシャツを着ている。

 全く大きさ(サイズ)合っていないが、其処は重要ではない。


 有華という小憎らしい小娘が、青年の持ち物(シャツ)を身に着けている。

 その事に、今度は真希が奥歯を軋ませていた。


「……別に……何でもないよ」


 絞り出す様な真希の声に、青年はウンと首を傾げていた。

 

   *

 

 応接室とは言えないが、居間が在り、其処では低めのテーブルを挟んで有華と真希が対面の形で座っていた。


 この際、二人の間に上座も下座も無い。

 単純に互いが互いの隣など座りたくないという意志の現れである。


 瞬きもせずに互いを睨む有華と真希。

 その様は、まるで剣豪同士の対峙にも等しい。


 この日家に来た来客だが、有華にとってみれば目の上のタンコブである。 

 

 兄と幼なじみだが何だかは知らないが、特に断りも無く勝手に家にやってくる。

 更に言えば、ようやく兄と二人きりという貴重な時間が取れそうにも関わらず、そんな大事な一分一秒を目の前のお邪魔虫のせいで台無しにされた。


 とてもではないが、機嫌など宜しい筈もない。


 対して、来客である真希にしても、有華という小娘は忌々しい存在である。

 

 いつの間にか勝手に青年の家に住み着いたと思ったら、誰に断るでもなく兄妹という立場を武器に好き放題をしくさっている。


 あまつさえ、毎日青年の手作りの食事を頬張り、その衣服を纏うなど好き勝手をする。


 本来自分が居るべき場所を奪われ兼ねず、そんな事を許せる筈がない。


 今にも互いの喉笛に食い付きそうな二匹の獣。

 だが、僅かに聞こえる音に気付いたのか、あっという間に平静を装っていた。


 パタパタと足早に居間に顔を覗かせる青年。


「あー、悪いな真希、何も無いからさ、なんか買ってくるよ」


 来客に気遣いを見せる青年。

 コレだけを見れば、特に何かが在るわけではないだろう。

 

 せっかくの客に、何も無しでは無礼と成ってしまう。

 そんな青年の気遣いだが、場にいる有華と真希はそれぞれ違う反応を見せていた。


「えー? 悪いよ。 急に来たのは私なんだし」

「いやいや、せっかく来てくれたってのに、何もなしじゃあさ」


 来客である幼なじみへ向ける兄の悪びれた声に有華の目がカッと開く。


『どういう事なんじゃ兄貴!? そんな無粋な阿呆に手間なんぞ掛ける事ないんじゃい!!』


 勿論、そんな有華の心の声は外には出ていない。

 単純に、勝手に家に来る様な無礼者に気を使って欲しくはなかった。


「んー、じゃあ、お願いしちゃおっかなぁ」


 真希の声に有華の拳がギュッと握り締められた。

 なんと、大事な兄貴を小間使いが如く使おうなどと、少女にとっては許し難き蛮行である。


 そんな妹の胸の内など聞こえる筈もなく、兄は有華の方を向く。


「有華、なんか飲みたいモン在るか?」


 急に呼び掛けられたからか、少女の全身が一気に緩む。


「え? あ、うん。 じゃあ……ミルクティかな」

「よしきた」


 何気なしに自分の好みを云う有華。

 だが、チラリと目をやれば、真希の何とも言えない笑顔が見える。


 その顔は、微笑ましいモノを見るなどという柔らかい笑みではない。

 例えるならば、嘲りであった。


 勿論、有華に取ってみれば真希の嘲笑は気持ちの良いモノではない。

 では何故、対面がそんな顔を見せるのか。


 突如として、有華の背筋に稲妻にも似た衝撃がピリッと僅かに走る。


『ま……まさか!? そんな馬鹿な事があるかい!!』


 少し前の会話を思い出してみれば、兄は幼なじみに対して【何を飲む?】と問うては居なかった。

 それはつまり、兄という青年は真希という幼なじみの【飲み物の好み】を知っているという事になる。


 自分は誰よりも兄の側に居る。

 真希と兄の会話は、そんな有華の自負に僅かにだが、確実に傷付けるモノであった。


「んー? どうしたの……有華ちゃん?」


 肩を微かに揺らし、勝ち誇る様に笑う様に、有華の肩も自ずと揺れた。

 

「べ、つ、に、なんでもないです……」

 

 微妙に油が切れた様な喋り方ではあるが、急いで用意する青年は気付けない。


「……よしっと、じゃ、二人ともちょっと待っててな!」


 颯爽と玄関を目指す青年に「「いってらっしゃい!」」と同時に二つの声が掛かった。

 

 青年が居なく成った途端、部屋の空気に僅かに変化が起こる。


 和やかさは何処かへと消え失せ、硬さを増して温度まで下がる様な空気。

 

 部屋に残された二人が、自然とそんな空気を醸し出す。

 もしもこの場に無関係の第三者が居たならば、或いは見ただろう。

 周りの空気をねじ曲げんばかりの何かを。


 青年がこの場に居ないと成れば、二人も取り繕った仮面を被る必要は無い。


 先ずはとばかりに、来客が動いた。

 借りてきた猫の様に大人しかった筈が、ザッとソファの背もたれに身体を預けると、脚を大きく動かしガンと組む。

 

 少し首を傾げた来客は、僅かに斜に成った視線で有華を見た。


「さぁてと……兄やんも居なくなった事だしぃ、腹ぁ割って話そっか」

 

 今の真希には、先程までの大人しい小動物といった風情は無い。

 寧ろ、近寄るな者ならば食い殺し兼ねない気が満ちていた。


 大の男ですら、近寄り難い雰囲気を持つ真希だが、それに対して有華は動じた様子は無い。

 寧ろ、彼女もまた真希にも勝るとも劣らない態度である。


「はぁ? こっちにゃ、話す事なんてねーんすけど?」


 兄に向けるソレとは全く違う有華の反応に、真希の眉が僅かにピクッと動いた。

 真希にしてみれば、今すぐにでも生意気な小娘を折檻してやりたくも成る。


 一度徹底的に、ボコボコにした後、二度と逆らおうなどと思えない程に、完膚無きまでに叩き伏せてやりたくもあった。

 が、血縁云々は別にすれば、有華という小娘は青年の妹である。


 他の者ならば、サッサと始末するべき所なのだが、まかり間違っても縁者に手を出すという行為は憚られた。


 高が小娘の言葉に怒るのも大人気ないと、真希は自分を窘める。

 スッと息を吸い込み、長く吐いた。 


「ま、色々あったけんど、ソレはこの際置いとくとして、このまんまじゃあ埒が明かねぇ」


 真希にすれば、今日は喧嘩を売りに来た訳ではない。

 在る意味言えば、長く続く抗争を止めるべく、手打ち(和解)の譲歩の為に来たのだ。


「其処で、だ……のう有華よ……ワレ(お前)、うちの妹分に収れや」


 和解の申し出としては、些か言葉は荒い。

 その証拠に、来客の提案を聴いた有華の顔に不機嫌さが走った。


「……あ?」


 急に話を持ちかけられる。

 その内容は、有華に取ってみれば全く考慮に入れていない内容であった。

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