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極道な少女達  作者: enforcer
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青天の霹靂


 夜が明け、空の色が変わり始める。

 その僅かの変化を感じ取り、目を覚ます者が居た。


 野生動物並みの感覚でも備えてるのかは定かではない。

 だが、確実に少女の目がパチッと開く。


 彼女は元から特段の早起きという質でもない。

 その筈だったのだが、必要に迫られ身に着けたと言える。


 何故その必要が在るのかと言えば、目印(マーキング)を付ける為であった。


 自分から身を寄せ、兄の衣服を掴み、身体を擦り付ける。

 その様は、まるで子猫が飼い主に甘える様でも在るが、実態は僅かに違う。


 兄の匂いに、自分のソレが混じるのを鼻で確認する。


「うんうん、これで良し……」そう言うと、少女はニヤリと笑った。


 此処までして、満足したのか少女は目を閉じる。

 少し後に、何が起こるのかを楽しみに待ちながら。 


   *

   

 夜明けから少し経てば、明るさも増していく。

 そして、カーテンの隙間から差し込む光は、照らされる者を目覚めさせた。


「ん……うん!?」


 昨日の晩は何となく夢見心地だった故にいまいち記憶が乏しいが、兄は独りで寝ていた筈である。

 

 その筈が、なんと起きてみれば妹が腕の中に居た。


 寝間着故にか、薄手の衣服はより妹を扇情的に魅せる。

 

「あ、お、おい? 有華?」


 兄が困惑する理由わけだが、妹に在る。

 単に添い寝どころの話ではない。


 全身を巻き付けるが如く妹は兄に抱き付いて居たのだ。

 兄の困った様な呼び声に、少女は目を覚ます。


「……ん~……あ、おはよ」

「おはよって、お前……」

 

 寝ぼけ眼といった様子にて声を漏らす妹に、兄はアチャーと片手を額に当てた。


 暫く後、妹の腕から何とか抜け出し、着替えを始める兄。

 そんな青年を、何とも言えない視線で見つめるのは妹という立場の少女。


 流石に寝たままの姿という訳にも行かず、ジーンズを用意する。


 そんな兄を、妹はジッと舐める様に見ていた。


「えーと、な、有華……」


 言葉に詰まる兄に、妹は優雅に脚を組み替えながらウンと鼻を鳴らす。


「ん~? なぁに?」


 実にわざとらしい猫撫で声だが、兄の反応はと言えば鼻を唸らせるだけで妹の方を見ようとはしない。

 薄着という事も在るが、それだけではなく実に扇情的な座り方をしているのである。


「なんて云うかな、お前だって、その……いい歳なんだから、な」


 兄は動転ドキマギしているらしいが、妹は目を細めるのみ。


 朝起きたら年頃の妹が寝ぼけてベッドに入り込んでいた。

 そんな偶発的痴情(ラッキースケベ)を、妹は意図して行っている。


 適当に何かをしていたらそれが起こった訳ではない。 寧ろ、確信犯である。

 とは言え、妹の皮を被る少女も其処まで痴女という訳でもない。

 

「まぁまぁ、良いじゃん、ちょーっと間違えただけだし」


 手をヒラヒラさせながら、軽く笑う妹に、兄は釈然としないのか、少し眉を寄せる。


「たく、お前だって女の子なんだから、もっとこう、なんつーかな……」 


 兄からすれば、妹が【偶々】寝床を間違えた程度で怒るほど狭量でもない。

 とは言え、何度となくそれが起これば多少は悩みでもあった。

   

 如何に戸籍上は兄妹で在るとは言え、血の繋がりは無い。

 つまり、少し年下の少女が、男の寝床に入り込んでしまうのは困る。


 毎日顔を合わせる内に、兄の中にも多少の引っ掛かりが生まれていた。


 風呂上がりなど、時にはバスタオル一枚にて自宅内を闊歩する事も在る妹。

 アイスキャンディなどの何とも言えない独特な食べ方。


 青年からすれば、実に目のやり場に困る事が多々在った。


 対して、何とも難しい顔をしている兄を視界から外さない妹だが、悪意は無いのかと問われれば寧ろ全開であった。

 どうせならとっとと兄妹の一線を超越えようかと画策している程である。


 が、堅物なのか兄はなかなかに妹へと魔の手を伸ばす様な事はせず、寧ろ頼もしい兄として在ろうとする。

 それは、常々少女に取っては有り難くも在りながら、同時に不満の種でも在る。

  

 最も、今の妹はそれどころではない。

 敬愛する兄の着替えを、瞬きもせずにジーッと見るのが忙しいのだ。


 何せ、在る意味では妹にだけ許された時間なのだから。


『……フヒヒヒ…フヒ…今日も兄貴の身体を見放題やで!! この地球であたしだけがな!!』


 そんな妹の胸中は、兄の耳には聞こえては居なかった。

 喜色満面といった少女だが、突如としてその顔に不満が浮かんだ。


 堂々と兄の着替えを直視する事は出来る。

 が、同時にソレは、彼女が妹だという事だからこそであった。


 つまり、少女は兄からは妹としては見られては居ても、女としてはこれっぽっちも見られては居ない事の証明と成ってしまう。


 それでも、少女は兄から目を背けなかった。


   *


 起き出しの一悶着もとりあえず落ち着き、場は家の台所へと移る。


 其処では、朝食の準備を兄が行っていた。


 父は仕事で忙しい。

 早くに母を亡くした事から、それ故に青年はいつしか誰に云われずとも自ずとそれを身に付け、やるように成っていた。


「おーい、そろそろ父さん起こしてくれ」


 テキパキと食事の支度をする兄の声に、妹はスッと椅子から立ち上がると、敬礼をした見せた。

 なかなかにビシッとしたモノだが、如何せん服装のせいで威厳は無い。


「了解でありま~す!」


 サッと動く妹だが、その上半身を覆うのは、兄のシャツである。

 当人曰わく【大きいサイズで動きやすいから】とのことだが、持ち主からすれば、何とも言えない気分にさせられた。

 

 時折洗濯をする訳だが、妹が着た後には残り香が在る。

 それは、兄に対して妹ではなく女を感じさせてしまう。


 そして勿論、それは妹による策略であった。

 少しずつ、少しずつ、だが確実に兄の中に妹は妹でありながらも女を匂わせる。


 ふと、何かを想像しそうに成った青年は、慌てて首を横へと振って雑念を払った。

 有華が多少近いとは言え、妹は妹。 家族であり、兄妹である。


「……あー、参るな……」


 自分へと叱責しながら朝食の準備へと戻る兄。

 そんな悩める青年を、やはりと云うべきか少女はコッソリと監視していた。


 悶々と苦悩する青年の姿。

 ソレは、少女にとってみれば吉報と言える。

 

 子供扱いされていた自覚は在れど、今ほど兄が苦悩を覗かせた事はない。

 有華にしてみれば、青年の苦悩は自らの幸福の取っ掛かりと見えていた。


   *


 暫し後、朝の食卓に並ぶのは3人。

 片側には父が、そして対面側には兄と隣に妹。


 この構図は、実のところ有華が家に来てから変わっていない。


 食卓に用意されたのは炊き立ての銀シャリ(白飯)に、手製の浅漬け。

 香ばしく焼き上げた塩鮭に味噌汁。


 伝統的とも言えるモノが並ぶ。

 

「いっただきまぁーす!」


 そう挨拶を贈ると、早速とばかりに箸を取る有華。

 時折テレビやらネットで見る豪華な食事に興味が無くはないが、やはり其処はソレ、絵に描いた餅よりも実物が重要で在ろう。


 そして何よりも、彼女に取っては兄が拵えてくれたモノという事が重要であった。


 如何なる豪華な食事とて、目の前の平凡なモノには及ばない。

 至福とでも言わんばかりに兄の味を堪能する有華の対面では、父が顔をスッと上げた。


「あー、ちょっと言い忘れてけど……今日俺は法事で居ないんだが、二人で大丈夫だよな?」


 そんな養父の声に、有華の箸がピタリと止まる。

 突然固まる妹を余所に、兄はハハッと軽く笑った。


「え? あぁ、大丈夫だよ。 もうそんなに子供じゃあないんだから」

「まぁそりゃあそうか」


 父と兄の軽い会話。

 勿論、有華はそれを一言一句聞き逃しては居ない。


 多少は父の用事を失念していたとは言え、それ自体は大した問題でもない。

 重要なのは、其処とは別にある。

 

【この日は、父親は出掛けて不在であり、尚且つ兄妹しか家に居ない】


 ソレが、何よりも重要な事柄であった。


親父(おや)っさん! 急になんちゅー事を言い出すんや! なんちゅう事を……』 


 有華にしてみれば、実のところ準備が整って居なかった。

 この際、ソレが果たして何の準備なのかはさて置き、朗報である。


 休日に、兄妹が二人きり。 それが、有華に取っては全てであった。

 

   *


 暫く後、父親は革靴へと足を入れる。

 良く磨かれたソレは、普段の手入れが行き届いて居ることを示していた。


 靴を履き終え、振り返る父親。


「ほんじゃ、ちょっと行ってくるわ。 まぁ、下手すると遅く成るかも知らんから、昼と晩飯は俺のは良いぞ」


 この後の予定をざっとだが伝える父に、兄は肩を竦める。


「はいはい、それよりも、法事だからって飲み過ぎるなよ?」


 兄の声に、有華の目玉だけがグリッと動く。

 早く帰って来てしまっては時間が足りない。

 寧ろ、飲み過ぎて遅く帰って来てくれた彼女にとっては、好都合なのだ。


「まぁまぁ、偶には良いんじゃない? タクシーとか使えば安全でしょ?」


 兄とは反対の意見を呈する少女に、父親はむーんと鼻を唸らせる。


「いやぁ、有華は優しいなぁ」


 軽く笑う父の反応に、兄は少し眉を寄せる。


「あんまりけしかけんなよ?」

「いーじゃん、やっぱり必要だと想うよ? 息抜きとかも、さ」


 兄の苦言を受け流しつつ、有華は父に片目を瞑って見せる。


「ね?」 


 そんな有華の【如何にも適当な妹】という態度に、兄はうーんと唸りつつ頭を少しクシャクシャと掻く。


 父とその息子は気付いて居ないが、その場は有華が支配している。

 知略を用いた事にすら、気付かれて居なかった。


「後頼むぞ~」


 家を出て行く父を見送りつつ、同時に有華は頭を巡らせる。

 すべき事は沢山あるが、まだその時ではない。

 此処で化けの皮を剥がされる訳には行かなかった。


 二人きりに成ってさえしまえば、憂いは無い。

 後は、如何様に兄を籠絡すべきかを考えるだけである。


 父と兄は見ていないが、この時の少女は【全てに打ち勝った】とでも言わん限りの何とも言えない笑みが浮かぶ。


 が、その時である。


「あれ? 真希まきちゃん?」


 閉じた筈のドアの向こうから、そんな父の声がする。

 

「あ、おじさん、こんにちは! 今日は……法事でしたっけ?」

「あ、うん。 まぁ、二人も居るから、寄ってくならどうぞ」

「すみません、じゃあ、お邪魔していきますね~」


 聞こえる会話だけならば、特段に変なモノではない。

 が、ソレを聴いている有華の顔には、普段とは違うモノが浮かぶ。


 例えるならば、般若の面をそのままの様な顔であった。

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