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極道な少女達  作者: enforcer
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策略家

 

 来客が来たならば、接客をしなければ成らないのが店員の役目だろう。 

 無論、そんなモノは店の決まり事に過ぎないと無視する事も出来なくはない。


 が、沙織にはソレが出来ない理由が在った。


 青年が感じ取った通り、西沢沙織という女性は別に金に困っては居ない。

 寧ろ、他人と比べれば余っている類ではあった。

 

 但し、別に金が欲しくてこの場に居る訳ではない。 

 誰にせよ、何にせよ、理由というモノはある。


 とは言え、それは沙織の都合に過ぎず、他者がそれを汲み取ってくれるかは別の話である。

 ましてや、知らないので在れば考慮の余地は無い。


 一見する分には、少女が単純に店に来ただけである。

 休日のふとした時間に、偶々コンビニエンスストアへ買い物へ。

 そんな事で在れば、大したことではない。

 

 何せ店には沢山のお客が来るのだ。 が、来たのが青年の妹と成れば、話は違う。  


 真希が知っている様に、沙織もまた、有華の本性に何時しか気付いていた。


 来客頻度というモノが在るが、ソレが有華の場合は少々どころの話ではないのだ。


 沙織の知る限り、青年が勤務シフトの場合、確実に訪れている。

 週の内に数回ならば、或いは偶然で片付けられなくもない。

 だが、毎回と成ると話は違った。


 そして、沙織と視線を交わす有華も気付いていた。


 いつ頃からそうしているか迄はわからないのだが、何時しか兄が店に居る際には顔を見せる様に成っていた。


 最初の数回こそ、有華も【偶々だろう】という疑念程度で済ましては居た。

 しかしながら、やはり訪れる度に顔を合わせると成れば、話は違う。


 真希だけでも手を焼いている有華にしてみれば、ジーッと自分を見ている【西沢】という女は警戒の対象と成っていた。


 長々続くモノだと思われた睨み合いだったが、意外にも有華がフイと目を反らす。

  

 この瞬間、沙織は自分が買ったのかと唇の端を釣り上げ掛ける。 

 そんな彼女に見えたのは、トコトコと兄に近寄っていく有華の後ろ姿だった。


 仕事中の青年の背後に近付くなり、沙織に見せるが如くパッと手をやる。


「だーれだ?」

「お、ん?」


 まさか仕事中に目眩ましを喰らうとは思って居ない青年は、慌てて立ち上がる。

 

「て……有華、お前また来たのか?」

「やん、買い物ぐらいするでしょうが」

「しょうがないな、まったく」


 青年からすれば、妹とは言え接客せねば成らない。

 多少ぞんざいな態度ではあるが、それはそのまま、二人の距離感を示す。

 

 そして、そんな様を見せ付けられる沙織からすれば、面白くはなかった。

 未だによそよそしい自分に比べると、平然と青年と接する。


 ギシリと、沙織が奥歯を軋ませた所で、店内に来客を告げる音が響く。

 個人の事情がどうであれ、客が来たなら仕事はせねば成らない。


「……らっしゃい!!」


 思わず沙織が出した寿司屋が如く威勢の挨拶に、客は小さく「ヒィ」と声を漏らした。


   *


 従業員には、勤務時間というモノが在る。

 概ねソレは何時から何時までと定められては居た。

 当たり前だが、無限に働いていられる訳もない。


 対して、客は滞在時間が定められては居なかった。


 何分以内に買い物や用事を終え、退店せよという決まりなど無い。

 つまり、有華がどれだけ店内に居たところで、咎めるのは難しいのだ。


 とは言え、沙織に代わり青年が店内で粘る有華へと寄る。

 

「お前なぁ、買い物に来たんだろ?」


 青年の声に、沙織はグッと手を握り締める。

 胸の内では『いいぞ! そのまま追い出して!』とすら思っていた。

 そんな沙織の心の声が聞こえたかは定かではないが、有華は青年へ目を向ける。


「え~? 別に良いじゃん、ゆーったり買い物したってさ」


 言葉はともかくも、有華には帰るつもりが無いのは明白であった。

 こうなると、青年も困ってしまう。


「参ったな、お前には」


 負けましたという青年は仕事へと戻る。

 そんな姿に、沙織は歯噛みをするが、実のところでは有華も必死なのは同じであった。


 今のところ、有華には【青年の妹】という優位性(アドバンテージ)は在る。

 兄妹である以上、年がら年中同じ屋根の下。

 ではそれが圧倒的な有利に働くかと言えば、難しい。

 

 長所と短所は切っても切り離せるモノではない。


 確かに、有華は青年と身近な存在という立場を得てこそ居るものの、逆に言えば近いからこそ遠いのだ。


 男女ではなく、兄妹でしかない。 

 ならば、いっその事一線を踏み越えるべきだろう。


 だが、有華の果敢な挑戦は今のところ成功を見ていなかった。

 寧ろそのせいで青年からは【手の掛かる妹】扱いである。

 

 有華からすれば、真希よりも厄介なのは自分を監視する店員、西沢沙織の方が頭痛の種と言える。

 

 職場恋愛成るモノだが、意外にコレが侮れない。

 何せ職場を共にするという立場は、時には苦楽を共にする事でもある。

 

 悪い事も在れば、良いことも在る。 そしてそれを他人と分かち合う。


 つまり、有華に取っては多少の手間暇掛けてでも、沙織の動向について知る必要が在った。


   *


 一通りの作業を終えた青年は、店員として立つ。

 その彼に、同僚として沙織が少し寄った。


「可愛い妹さんですよね?」


 極自然な雑談のフリに、青年はウーンと唸る。


 特に当たり障り無い質問とも取れるが、意外な程に深い問答とも言えた。

 何故ならば、沙織の質問には幾つかの意味がある。


 青年は妹である有華をどう見ているか?

 妹との距離感はどうか?

 それらの彼の私的な見解は?


 それら全てが含まれた質問に、青年はスッと息を吸った。


「まぁ……そうかな」


 言葉だけを聴けば、肯定とも否定とも取れる。

 が、それ以上に、沙織は青年を見ていた。


 時に態度や所作というモノは、言葉以上に本人の内面を雄弁に語る。


 その意味で吟味すると、青年の有華への想いは沙織が杞憂するほどではないらしい。


 もし、青年の中に義妹への募りが在るならば、もっと分かり易い反応だっただろう。

 はにかんだり、苦笑したり、露骨に動揺を見せたりと。


 さらには言葉に詰まる、呂律に支障が出る。


 が、それらの【葛藤】といった反応は、青年からは匂わない。


 それを確認したからか、沙織の唇は自然と笑みへと変わって居た。

 もしかしたらと多少は勘ぐって居たが、どうやら青年にその気は窺えない。


 万が一、青年と有華が沙織が危惧する程深いなら、もっと違った反応だった筈である。


「そうですよ」


 別に誉めたい訳ではないが、敢えて沙織は有華という存在に肯定的な言葉を出す。

 コレは、青年に対して自分の株を上げるという含みが在った。


 下手に青年の妹を誹謗中傷などしようものならば、寧ろ青年の中では沙織の株は下がってしまいかねない。

 何せ一番身近な人物を露骨に馬鹿にされたなら、それに喜ぶ者は希有だろう。

 

「まだお兄さんに甘えたい年頃なんですよ」


 だからこそ、沙織は有華の妹としての立場を肯定して見せた。

 あくまでも同い歳の同僚として。


「……そっかぁ、そんなもんかぁ」


 何気ない反応に見えなくもないが、コレは沙織にとっては成功である。 

 時に、人は他人の意見に揺さぶられる事がある。


 余程筋金が入って居れば、或いはそれは歪みも揺れもしない。

 が、そうでないならば、話は違う。


「そうですよ、御兄妹なのですから、大事にしてあげてくださいね?」


 念を押す様な沙織の声に、青年は思わず首を縦に振っていた。


「……そう、だよな……うん」


 風に揺らめく旗や凧の如く、時には人は無意識に他人の意見という風に吹かれ、揺れる。

 曖昧故に、惑うこともまた人の性である。


 青年の自分を確かめる様な声に、沙織は思わず目を細めていた。


   *


「……むぅ!?」 


 青年が迷う中、同じ店舗内に居る有華は、何かを敏感に感じ取っていた。 


 科学的にはまだ説明されていないが、人はソレを第六感や勘と呼ぶ。

 視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚といった五感とは別の何か。

 

 具体的に何なのかは説明出来ないが、ソレは有華に何かを伝える。


 今すぐ、青年の側に駆けつけねば成らない。

 理由は定かではないが、虫の知らせの様なモノが有華に走っていた。 


 別に何かを買いに来た訳ではないが、それでは冷やかしに成ってしまう。

 仕方なしに適当な商品を幾つか見繕い、会計(レジ)へ急ぐ。


 本来ならば、兄の顔を見たい。 が、其処で待っていたのは沙織であった。


「あ、お決まりでしたらどうぞ~」


 客に向かって営業用の笑顔(スマイル)を送る沙織に、有華は違和感を禁じ得ない。


 自分が最初店に入って来た際は、今とは全く違う顔をしていた筈。

 その筈が、今では沙織は実に自然に店員を装っていた。


 訝しい事この上ない。 だとしても、逃げる有華ではない。

 

「……これ、お願いします」


 必要ならばと、敢えて対峙する。 


 商品の一つを手に取り、機械へ通す。

 本来ならば、この作業は手慣れた者ならば大した時間を要しない。

 だが、何故かこの時の沙織は、ゆったりとした優雅な動作であった。


 わざとやっているのは明白だからか、有華は沙織の目を見る。


「あの、うちの兄を知りません?」


 有華の尋ねに、沙織は一瞬手を止めた。


「……あぁ、お兄さん、今、お仕事中ですから」


 沙織のこの言葉に嘘は無かった。

 店舗内の仕事も勿論だが、裏方の仕事というモノも在る。


 つまり、沙織は青年に其方をお願いする事で、有華と顔を合わせる機会を作っていた。


「……そうですか」

「はい、全部で620円頂戴致します」 


 実に丁寧な沙織の声に、有華は代金を差し出す。

 如何に店員が気に入らないからといって、万引きを仕出かす程愚かではない。


 サッと差し出される紙幣。 出されたソレを、沙織はスッと受け取る。


 沙織が機械から吐き出された釣り銭を渡すべく、手を伸ばす。


「……はい、お釣りですよ」


 有華は思わず反射的に手を出していた。 その右手を、素早く沙織の左手が掴む。


 実際には差ほど力は込められては居ない。 

 それでも、有華が一瞬たじろいでしまったが、手を抑えられては逃げられなかった。


 訝しむ有華の手の平に、沙織は釣り銭をゆっくりと置いていく。

 丁寧と言えなくもないが、実際は時間を掛けているだけだ。


「色々大変だと想うけど……」


 そう言うと、沙織は上半身を前へと倒し顔を寄せた。


「……おにいさんの事、大事にしてあげてください、ね?」


 言葉こそ丁寧である。 だが、わざとらしく間延びした口調は違った。

 直接沙織と顔を合わせる有華にしてみれば、違った意味に聞こえる。


 ソレは、在る意味では彼女からの【宣戦布告】であった。

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