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極道な少女達  作者: enforcer
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第三の勢力


 日が変わり、太陽が朝を告げる。


 前日、どういう訳だが妹と幼なじみがベッドに勝手に潜り込むという珍事は在ったが、その日の朝は一応は平静と言えた。


「……参ったなぁ……」朝食を用意しながら、そう独り言を呟く。


 妹の行動だけでも青年にしてみれば困りものである。

 

 無論の事、青年も年頃の男でもあった。

 当たり前の事だが、彼にもそれなりの欲求というモノは無くもない。

 

 ただ、妹の事を思えばこそ、鋼を通り越し超合金が如き精神力にて、暴れそうになる自分を制していた。

 

 然も、幼なじみまで加われば益々青年の中の何かを抑え難くも在る。

 但し真希は幼なじみでもありながら、歳の近い妹というのが、青年の素直な認識であった。


 実のところ、有華と真希は青年の方から僅かでも押されたなら、寧ろ自分から引き込み兼ねないだろう。

 その為にこそ、二人は難儀しながらも青年に近付こうとするのだ。


 とは言え、実情を知らなければ、おいソレとは行くものではなかった。


 手慣れた様で味噌汁を用意しながらも、同時にベーコンエッグの支度も始める。

 香ばしくベーコンが、焼けた所へ生卵を落とし、僅かに水をさして蓋をする。


 実に手練の手際であった。


 そんな中へ、漂う匂い。嗅ぎ付けたのか、ヌッと姿を現す父親。

 欠伸をしながらも、首を鳴らす。


「んぁー、参った参った……法事だからって羽目外しちゃいかんわなぁ…」


 昨晩の酔っていた自分を恥じる父に、青年は目を細めた。


「全くだぜ、良いから、二人を起こしてくれないか? 全然起きなかったからな」

「ん? 二人ともまだ寝てるのか? 珍しいな」


 なかなか起きて来ない有華と真希にも、朝食は取らせたい。

 

 何故二人が起きないかを、昏倒していた青年は知らないのも無理はないだろう。

 

 有華と真希だが、一応の休戦協定を結んではいる。 

 だが、休戦とはあくまでも一休みに過ぎない。


 青年が寝ているのを良いことに、二人は彼のベッドへと潜り込んだ迄は良いが、其処からが別の戦いが勃発していた。 


 意中の人の側へ添い寝したまでは上々だが、其処から先に行けない。

 有華と真希は、互いが互いに手を出させまいとした結果、眠気が限界を越えるまで互いを監視していた。


 互いの監視が続いた二人が深夜、それも朝焼けが始まるギリギリの所で眠りに落ちた事など知る由もない。


  *


 少し後、父に起こされた二人が顔を覗かせるが、普段とは違い動きが鈍い。 

 加えて、顔には如何にも【眠いです】という色が隠せていなかった。


 昨日のキビキビとした動作に比べると、どうしてもノタノタという印象が拭えない。


「おはよ」「おはよう」


 一応の朝の挨拶をする二人だが、その声には生彩が欠けていた。

 そんな二人に苦笑いをしながらも、青年は手で座れと示す。


「ああ、おはよう。 飯はもう直ぐ出来るから、座ってな」 


 青年の声に二人は座る訳だが、何とも情けない姿である。

 だからこそ、青年からすれば二人は可愛げの在る妹分というのが正直な感想であった。


 多少元気が無かったが、それでも燃料が補給されれば少しは生気が戻ってくる。


 青年もまた、自分の分を食べるのだが、時折時計を気にしていた。


「俺、今日はバイトだからさ」


 その声に、反応は様々。


 父親は、フゥンと鼻を鳴らし「おー、そうか」と云うだけで特段の反応を見せない。


 対して、有華と真希は違った。

 汁椀を抱えたまま固まる有華に、真希は箸を咥えたまま固まる。


「悪いな真希、見送りはちょっと勘弁な」


 出来れば幼なじみに礼儀は払いたいが、ソレでは仕事に遅れてしまう。

 手早く食べ終え、サッと片付ける。


「じゃあ父さん、後、任せるぞ」

「あいあい、気をつけてなー」


 慣れた様子で息子を見送る父は、味噌汁を少し啜り、息を吐いた。


「……彼奴も忙しい奴だなぁ」

 

 父親に頼りきりという事も憚られたからか、何時しか青年はアルバイトに精を出していた。

 お陰で、家計が楽になった事に対しては父親も内心感謝をしている。

 

 しみじみと感慨に耽る父は、チラリと有華と真希に目をやった。


「ま、二人はゆっくりしてて大丈夫だからな」


 やはりと云うべきか、父親は息子に良く似ている。

 実際には息子の方が父に似たというべきだろうが、有華と真希にとってはそれは問題ではなかった。


 二人の目が、互いの目を見る。


『おい、やべぇぞ』

『わかってる、そんな事はわかってる』


 如何なる原理にて、二人が言葉を用いずに意志を疎通させているかは定かではない。

 それでも、有華も真希も、互いの云いたいことは伝わって居た。


   *


 妹と幼なじみを父に預け、青年が向かうのは、自転車で行ける距離のとある店舗。

 其処は、所謂コンビニエンスストアであった。


 自分よりも先に来ていたらしい姿に、青年専用の場所へ自転車を留める。


「おはようございまーす」


 仕事用の挨拶ではあるが、それが聞こえたからか、店舗先の掃除をしていた人物が顔を上げる。


「あ、おはようございます」


 挨拶を返したのは、青年と同じ年頃の女性であった。

 長めの髪を後ろで結うのだが、その髪色は国では珍しい。


「すみません、遅れたみたいで」


 自分よりも先に業務を始めている同僚に、青年が声を掛ける。

 すると、名札に【西沢】と記された同僚は軽く手を振った。


「大丈夫ですよ、私の方が早かっただけですから……」


 店先でそう長く立ち話をしている訳にも行かず、青年も着替えるべく店の中へと急ぐ。

 そんな彼を、同僚はジーッと見送った。

 

「やっぱり、嫌な匂い……それも一つじゃない」


 時間にして一分程も無かったが、同僚はどうやら青年から漂う匂いを感じ取ったらしい。

 誰も見ていないからか、彼女の眉間にはシワがギュッと寄った。


   *


「「いらっしゃいませー」」 


 店内に、そんな声が響く。

 青年と共に、接客に当たるのは掃除をしていた同僚。


 そんな二人だが、客が引ければ多少の余裕も生まれる。

 無論の事、商品の補充やスナックの準備等の業務も在るが、何も毎秒単位で仕事が在るという訳でもない。

 

 時折訪れる合間に、二人は言葉を交わす。


「でもなぁ……」

 

 思わせ振りな青年の声に、同僚が顔を向けた。


「どうかされまして?」


 妹とも幼なじみとも違う言葉使いは、何処か品を感じさせる。

 所作にせよ、西沢という女性は青年に場違いという印象を与えて居た。


「いや、なんて云うか……沙織さんってお嬢様っぽいって言うか、あ、ごめん」


 思わず気になった事を口走った青年だが、それを詫びる。

 他人の事情に口を突っ込むのは、本来は作法マナーに反する事だった。


 何の気なしの雑談でも、一応の気遣いは必要だろう。

 ただ、同僚は別に怒るでもなく、フフと軽く笑うのみ。


「んー、まぁ、別に良いではないですか。 なんと云うか、お小遣い稼ぎと言いますか」


 何処かはぐらかす様な同僚に、青年はウーンと唸った。

 当たり前の話だが、仕事着のまま日常生活を送る者は多くはない。

 

 誰であれ、私生活に置いてはそれぞれが私服を持っている。

  

 そして勿論、同僚の私服姿を青年も見たことも在り、知っては居た。


 そんな私服だが、どうにも違和感が在る。

 普段から、有華や真希を見ている青年は在る意味女性の服装(ファション)というモノに自然と詳しく成っていた。


 だが、そんな彼が違和感を覚える程に、違いというモノは見えてくる。


 同じモノでも、作る場所や人が違えば違ってくるのだが、品質にしても違いは自ずと見えた。

 目が肥えたという程でもないが、やはり違いが青年にも感じ取れる。


 加えて、西沢という女性は微細な所作までが違った。

 同じ家に暮らす妹をがさつとまでは云わないが、どことなく大ざっぱが拭えない。

 男所帯に暮らす内に、そうなってしまったのかと心配する程である。


 対して、同僚から感じられるのは内側の上品さ。

 言葉にすれば【如何にもお嬢様】といった風情。


 とは言え、本人から話されない限り、青年も他人の事情に首を突っ込もうとは思わない。


「おっと、俺棚の補充入るから」

「はい、此処はお任せを……」


 やはり、有華や真希とは言葉からして違う。

 同僚に成ってたから暫く経つが、青年は未だにソレに慣れては居なかった。


 さて、青年が仕事をする際、何かを感じる時は在る。

 ソレがなんなのかを察する事はない。


 単純に青年が無意識に感じ取って居るのは、実のところ視線だった。


 西沢沙織という同僚は、他人の目さえ無ければジーッと青年の方を見るのを止めない。

 その姿は、さながら人間監視カメラだらう。


 彼女が何故青年を見るのか。 別に同僚が不正をしないかを見張っては居ない。

 

 極単純に、青年を見たいから見ているだけである。

 何故其処までするのかと言えば、一応は店内にもカメラが設置されているからだった。


 下手に何かをすれば、それはそのまま記録されてしまう。


 それは沙織に取っては宜しくはない。

 別に仕事自体はクビに成ろうが彼女に取ってはどうという事もないのだが、問題が出る。

 

 わざわざ手間暇掛けて同僚という立場を得たのに、無駄に成ってしまう。


 青年の身体を見ている内に、沙織の視線には別のモノが見えてくる。

 ソレは、衣服に隠された青年の肉体であった。


 如何にしてソレを見たのかと言えば、単純に青年が着替えるのを見ていたからだ。 

 

 文明の発達は、便利では在る。

 だが、往々にして人は正しい使い方とは違う使い方をする者だろう。


 その気になれば、個人でも小さなカメラを買うことは難しくはない。

 ましてや、そんな事をされるなど青年が知る由も無かった。


 青年を見ながら、沙織は思わず自分の身体を自分の腕で抱く。


 普段ならば取り澄ましたお嬢様面をしているが、この時ばかりは時間が許す限り惚けた面を隠さない。


『あぁ、どうしたら私の想いに気付いて頂けますでしょう』


 頭の中でモヤモヤと色々な想像をしながらも、沙織は器用に身体をくねらせる。

 とてもではないが、店員のする顔ではない。


 が、そんな彼女の妄想も、来客の合図に現実へと引き戻された。


「……い、いらっしゃいま、せ」


 慌てて店員としての顔を取り繕った沙織だったが、その顔が凍りついた。


 店が営業していれば、お客が来るのは当然だろう。

 でなければ営業など成り立つ筈がない。


 但し、店員と店舗は一心同体という訳でもない。

 店員には店員の人格が在る。


「んー、こんにちはー」


 来客は別にしなくとも良い挨拶を、敢えて贈る。

 そしつ、それをしたのは青年の妹である有華だ。


 この時、沙織の顔は鬼ですら逃げ出す様な面相であった。

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