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極道な少女達  作者: enforcer
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願いは一つ


 コレは、何処にでも有り得るありふれた日常。


 二十一世紀も、程々に過ぎた頃。 まだ車が地面を飛ばない時代 


 とある週末、誰もが床に着く夜遅く、郊外の一軒家の家で、動きが在った。

   

 素足特有のヒタヒタという足音が、僅かに響く。

 その足音の主は、暗い廊下を歩いていた。


 既に何度となく予行演習は済ませており、その動きには僅かな淀みも無い。


 ソレを行うのは、一人の少女である。

 カッと開かれた目は、十分に暗さに慣らされ、さながら暗視ゴーグル要らずであった。


 目的の場所は、用意された自室ではない。 其処は、彼女の兄の部屋。

  

 ドアの前にて、スーッと長く息を吸い込み、鼻から抜く。

 ソレは、深呼吸にて己を落ち着ける為。


 次の瞬間、少女は顔を変えた。 如何にも【寝ぼけて居ます】とばかりに。

 何故その様な事をするかと云えば、故意ではなく、あくまでも偶然を装う為である。


「……ふぁ」


 実に自然な欠伸を漏らす訳だが、数千回に及ぶ練習の結果、実にソレは不自然なモノには映らない。

 そうしながら、少女はドアの取っ手に手を掛けた。


「……ん~」


 鼻なら漏れる音は、如何にも【私は寝ぼけて居ます】と言わんばかりに部屋の中に散る。

 最も、ソレは聴かせる為というよりも、ある種の確認の為であった。


 片手で目を軽く擦るフリをしつつも、少女の目は薄暗い筈の部屋の中を確実に視認する。


 そして、特段の反応が無い事を確認すると、スッと唇を綻ばせた。


「うんうん、お兄ちゃん寝てる」


 しめしめとばかりに、ベッドで静かに眠る愛しの人を見てか、足音立てずに近付いていった。

 ベッド脇にて先ずはとばかりに膝を着く。


 ジーッと寝顔を見るわけだが、別に彼女は兄と呼ぶ男を見守りに来た訳ではない。


 ムフフという含み笑いの音を出さぬ様、唇を強めに引き結ぶと、少女は兄の身体を覆うタオルケットへと手を掛けた。

 

「……ねむぃ」


 当然と言わんばかりに、兄のとこへと潜入を仕掛ける少女。

 ソレは、何の妨害も無く成功した。


 コッソリと、兄の腕を枕にすべく頭を預ける。

 

 さて、当然の如く如何に眠りが深かろうが、何かが在れば人間は反応するものだ。


 身体の異変に、寝ていた筈の兄の鼻が僅かに唸る。


「……んぁ? あん? あー、なんだよ、また寝ぼけたのか?」


 半覚醒状態ともなれば、半分頭は現実に在るとはいえ半分は夢の中である。


「たくもぅ、しょうがないなぁ……」


 如何にも仕方ないという兄だが、何故彼が驚かないのか、ソレには理由が在った。

 実のところ、この妹が自身の寝床に入り込むのは半ば常習犯なのである。


 初めの一回は百は驚いた。 ただ、二回目はソレが半分に。

 続け様に起こる内に、彼は在る意味諦めの境地に至っている。


 今は幼いからこそ、偶々なのだ、と。

 

 だからこそ、自分よりも幼い少女が、偶々寂しさを紛らわせようとしているのだと仕方なく想い、好きにさせていた。


 さて、実際に兄の横に居る少女が、その寂しさを紛らわせ様としているのか問われれば、その半分は間違いない。 

 

 が、実のところは単に寂しさがどうのこうのというよりも、兄の寝床にて、兄と密着状態に成るのが目的である。


 寝ぼけた兄が、のそりと動き軽く妹を抱く。

 グッと自分の比べて太い腕の中に抱かれた者の反応はと云えば。


「……ククク……」抑えた笑いを漏らしていた。

 

 そして、少女はとてもではないが家族には見せられないで在ろう顔をしている。

 

『フヘヘ、兄貴の腕の中は最高やで!』


 そんな言葉は、実際に吐かれたモノではない。

 が、確実に少女が頭の中で唱えたのである。


『普段は兄妹っつー事で、大っぴらにゃこんなこっちゃ出来ねぇが、夜遅く、然も兄貴が寝ぼけてるからこそ出来るってもんよ!』


 見た目こそ、華奢な少女である妹だが、実のところ、兄はその内実を知らない。

 当たり前だが、人間は自分の胸の内しか見ることは出来ない。

 

 ましてや他人の胸の内など、計りようもなかった。


 少女にとって、今のこの時間は至福と言える。

 普段ならば、兄妹として振る舞わねば成らないので、擬態は欠かせない。


 被る皮は【年下の大人しい妹】である。

 しかしながら、薄皮一枚剥いだ其処に居るのは、兄の知らない何かであった。


『この家に来てから、もう直ぐで、一年』


 過去を思い返す妹は、何とも言えない笑みを浮かべる。

 微笑みといった可愛いモノではなく、寧ろニヤリと何かを企む様でもあった。


『此処まで来るまでだいぶ時間を無駄にしちまったぜぇ……ま、それも今じゃオツリが来るってもんじゃい。 もっとも、ツリなんぞをやるわけもないがな』


 この少女の言葉通り、彼女と兄は兄妹という立場ながら血は繋がって居ない。

 諸々色々な問題はともかくも、少女は兄の腕の中で目を閉じる。


 すると、見えてくるのモノがあった。


  *


 妹に成る前の少女は、当たり前だが、別に木の股から産まれては居ない。

 当然、親は居た。


 居た。 そんな過去形で表すのは、意味が在る。


 不摂生をせず、健康的な生活を心掛け、品行方正に努めたとする。

 だが、得てしてそれが長命に繋がるかと言えば、難しい。


 時には、そんなマトモな生活を営んで居たところで、命を落とす者も居た。

 他人の殺意か、或いは偶然に因る事故か、原因は様々在るだろう。


 そして、少女の両親だが、偶々娘を置いて夫婦で出掛けた。

 何時も同じ様に帰ってくる筈。


 その筈の両親は、何時いつもとは違う形での帰宅となった。


 家族葬と言えば聞こえは良いが、実際にその場に居たのは少女のみ。

 多少の弔問客は居たものの、誰もが一応の顔見せでしかない。


 そんな中に在って、少女は世間の冷たさを文字通り体で感じていた。


 ジッと独りで、唇を強く引き結ぶ。

 無情などという言葉とは、今まで無縁で在った。


 慎ましくとも、これからも程よく普通に生きていけると信じていた未来があっさりと瓦解する。


 独りきりの少女は、ジッと両親の写真へ目を向けた。


【あぁ、自分はこのまま何処かへと連れ去られ、堕ちる所まで堕ちるのか】

  

 訳のわからない孤児院にでも突っ込まれ、どうなるのか。

 または、知りもしない赤の他人同然の親類に引き取られこき使われるのか。


 一度レールから外れたのなら、それがどうなるのか、誰も未来は見えては来ない。

 終いには場末に燻り、最後は誰にも看取られる事もなく消えるのかも知れない。


 そんな絶望が少女の心を覆い尽区さんとする時、静寂を掻き分ける足音。

 また誰か来たのかと、少女は慌てて零れそうな涙を手の甲にて拭う。

 

『どうせなら、来なくても良いのに』


 と、思った少女は、ふと自分に掛かる影に気付いた。

 何事かと俯かせていた顔を上げれば、其処には見知らぬ顔。 

 僅かに困った様にも見えるが、精悍な顔立ちである。


「大丈夫かい? あ、いや、大丈夫な訳がないよな」


 そんな青年の横に、良く似た顔の男性が立つ。


「有華ちゃん、だったよね? 憶えてないだろうけど……大きく成ったね」


 遠い親戚の顔など、憶えてない少女だが、今までとは違う友好的な声に、グッと喉が動く。


「……すみ……ません」


 僅かに嗚咽が混じる少女の詫びに、青年とその父親は苦く笑う。


「いや、別に謝らなくてもいんだ。 ソレよりも、ちょっと話せるかい?」

「……え?」


 今までの弔問客にも、多少は声を掛けられた。

 最も、それは単純な労いから慰めの言葉といったモノだけ。

 

 少女と話そうとする者は今まで居なかった、この親子が現れる迄は。 


 他の弔問客が居なければ、多少話した所で咎める者は居なかった。

 親子の父が、少女に一つ提案をする。


 それを聴いた少女だが、いまいちピンと来てないのか呆けた。


「えっと……ソレは、どういう……」


 云われた事が、理解出来ない訳ではない。 ただ、もう一回聴きたかった。


「だからね、もし、良ければウチに来ないかって……想ってね。 家内が病気で居ないから、男やもめなんだが」


 苦く笑う父に合わせる様に、その息子である青年も少女へと目を向ける。


「行くとこが無いんなら、家に来ないか?」


 そう言うと、青年は少女へと手を差し出す。

 少女にしても、どの道行くべき宛など無い。


 窮地に現れた親子が果たして善人か、はたまたその皮を被った何かなのか。

 

 それでも、溺れた者が藁を掴むように、少女も思わず、青年の手に自分の小さな手を預けていた。  


   *


 他人の家へ上がるのではなく、其処に住まう。

 初めこそ、やはり慣れない環境に戸惑いもした。

 

 だが、過ごす内に人は慣れていくモノである。

 

 一生懸命に父で在ろうとする義父と、見知らぬ少女の為に、兄に成ろうとする青年。

 そんな二人と過ごす内に、いつしか少女はその家の者と成っていった。


 最初こそおっかなびっくりとも言えたが、時が過ぎる内にそれは変わる。

 何時しか、同じ屋根の下で過ごす内に、少女には娘であり、妹としての自覚が生まれていた。

 

 だが、やはり其処はソレ、少女と青年には血の繋がりは無い。

 つまり、年頃の男女が生活を共にするという以上、別の繋がりが湧き上がる。

 

 その繋がりは、少女を妹でありながら別の何かへと変貌させた。


 静かに寝息を立てる兄の腕の中で、妹は会心の笑みを浮かべる。


『アニキィ! もっとや! もっと力いっぱい抱いてくれやぁ!!』


 その妹の胸の内の声は、音としては漏れては居ない。

 ただ、何かが伝わったのか眠る兄は強めに妹を抱き締めていた。


『フヘヘヘ!? たまらんでぇ!! もっと来いやぁ!!』 


 その日の夜も、少女の胸の内は騒がしかった。


 お読み頂きありがとう御座います。

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