逃げ水
夏の高原は昼下がりは涼やかで。
散歩するにはちょうど良い。
「あれ、なぁに?」
白い服に、麦わら帽子。
昔の私の望みの衣装の。
可愛い、可愛い、娘達。
指差す先には夏の輝き。
「逃げ水よ」
それは夏の蜃気楼。
追っても届かない儚い幻。
駆けて行く、幼い姉妹の。
帽子の赤いリボンの後を。
ゆっくりとついて歩く私。
通り過ぎる先の。
散歩道沿いの花壇に。
潤いを撒くホースには。
ちいさな穴が密かに隠れて。
ほとばしる先端に大きな虹を。
穴からピューッっと吹き出でた。
霧は秘密の小さな虹を架けている。
ん?
「ママー!」
娘達がこちらに振る手が。
"何か"の引っ掛かりを外す。
暑い最中、働く旦那に。
南無南無、感謝の合掌。
静に娘に手を振り返す。
私は優雅な夏の貴婦人。
「きゃー!」
きゃー?
娘達が逃げ水に。
なぜか追い付いていた。
「ギャー!」
白いワンピースがー!
止めて、ヤメテ、止めて。
パシャ、バシャしないでー!
スカートが両足に絡まる!
飛んだ麦わら帽子が首に紐で。
三人お揃いの服を。
泥汚れから救うべく走る私の先を。
ざまぁ。
酔ってるんじゃ無いよ、と。
思い浮かべた幻の旦那。
その顔を映した本物が。
すいーっと滑らかに遠ざかって行った。