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竜の国の異邦人  作者: 風結
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散策

「えっと、この経路(ルート)で良かったですか……?」

 リャナはおずおずと尋ねる。

「竜の都は初めてだから。この国の雰囲気を感じ取れるような経路を頼んだのは僕だし、それにーー」

 僕はリャナを見て吐露する。

「リャナと一緒なら、楽しい」

 僕は周囲を見て竜の国の独特な雰囲気を感じ取る。

 水路と人々の憩いの場。

 僕は歩き出そうとしてリャナが動き出さないので止まった。

 リャナは胸に手を当てて苦しそうにしていた。

 顔が真っ赤なので持病か何かを発症したのだろう。

「つつつつつつつつっ次に行きましょう!」

 リャナは僕の手を引っ張って先に進む。

 僕の誤解だったようだ。

 竜の頭脳にある『竜書庫』の水音を背後に林の小道を進んでいく。

「紫の、ーー花畑?」

 僕は竜の目の先に広がっていた紫の絨毯を眺める。

 紫の先には広大な手付かずの大地。

 花畑では家族連れや若い男女など十人ほどが寛いでいる。

「遊牧民の方々が、ルティアという白い花を忘れられなかったようで、近縁種である紫の花を植えたようです。ただ、ルティアと異なり、こちらの種は繁殖力が旺盛ですので、風竜の近くには植えられなかったそうです」

 リャナは説明しながら花畑に入っていく。

「進入禁止ではない?」

 僕は周囲を見ながら尋ねる。

「はい。故意に傷付けるような行為をしないのであれば、『存分に花を愛でて欲しい』と遊牧民の長老の御言葉が『探訪』に記載されています」

 リャナは真っ直ぐに進んでいる。

 目的地があるようだ。

 竜の都の岸辺から百歩ほど。

 紫の海の孤島。

 円い草地。

「ミャンが空から見つけました。こうした場所が幾つかあるそうです」

 リャナは目を閉じて心地好さげに風に吹かれる。

 リャナは歩いて温まった体温を下げる。

 僕は布を敷く。

「リャナ」

 僕はリャナが遠慮して断る前に誘導する。

「あ……、はい」

 リャナは僕が座ると少しだけ困ったような笑顔を浮かべた。

 僕は手を繋いだままリャナが落ち着くのを待つ。

「……ごめんなさい」

 リャナはか細い声で僕に謝った。

「リャナが謝ることではない。九割以上は、ファタの所為だ」

 僕は断言する。

 リャナは僕と視線を合わせず懺悔するように語る。

「ーー昨日、『雷爪の傷痕』の『雷鳴』で説明を終え、皆さんが帰ったあと、資料をもとの場所に戻そうとしました。……そこには、組合(ギルド)の機密書類のようなものが置いてありました。クラスニールという名を目にし、……読んでしまいました」

 リャナは包み隠さず打ち明ける。

 一割以下の責だろうとリャナは自身が許せないようだ。

「逃げたあと、態々部屋に戻って書類を置いたファタが悪い。と言っても、リャナは納得してくれないだろうから。一つ、僕の頼みを聞いて欲しい」

 僕は軽くリャナの手を握った。

「……はい」

 リャナは言葉と鼓動で伝えてくる。

「書類ではきっと、外側からのことしか記されていない。詰まらない話ではあっても、僕は、僕のことをリャナにきちんと知って欲しい。いや、リャナに知って貰いたい」

 僕は不思議と真意が伝わるような気がしてリャナを見ずに心のままに話す。

「っ……」

 リャナは俯いたまま三度頷いた。

 リャナは呼吸と鼓動を乱している。

 また持病か何かを発症したのだろう。

 僕は治癒魔法を掛けようとしたがリャナに止められる。

 リャナはしばらくすると落ち着いてきた。

 僕はリャナに問題ないことを確認したので話し始める。

「クラスニールは弱小国、貧しい国だった。統治に於いては少し、竜の国に似ている。王も貴族もいたが、それは役割だけで、役人、或いは奉仕者という位置付けだった。父王は、『無王』や『空王』などと呼ばれ、その二つ名を名誉なものとして受け取っていた。先祖がそうであったように父王も、クラスニールの民に尽くした」

 僕は一旦言葉を切って最後まで笑顔を絶やさなかった父親の姿を思い出す。

「ーー二周期前。辺境伯領から魔石の鉱床が発見された。国が豊かになると、皆が喜んだ。ーーここから色々あったけど、わかり易く言うなら、辺境伯領は独立した。クラスニールの内に、もう一つの国が生まれた。父王は辺境伯領の独立を認め、これまでと変わらずクラスニールの為に尽くした」

 僕は別れ際の父親の背中を思い出す。

「ーー一周期前。クラスニールの民は、税をクラスニールではなく辺境伯に納めた。辺境伯が強制したわけではなく、クラスニールの民が自身で決定したようだ。資金はあっても人はいない。父王は、辺境伯が受け容れない枢要以外の臣下(なかま)に、辺境伯領へ行くように最後の命令を下(たのみごとを)した。それから王城を引き払い、辺境伯が国を治めるにたる体制を整え終えたことを見届けてから、ーー父親と僕らはクラスニールを離れた」

 僕はあの日の空と似ているようで似ていない青空を見上げた。

「僕は幽閉されていた。実際には、僕の扱いに難渋した末の、名目上の措置だった。ーー半周期前。見張りが居眠りをしていたので、落ちていた鍵で牢を開けて外に出た。王都(ルーシェ)の中心にある噴水に座っていた。陽が昇ってから、陽が沈むまで。その間、誰も僕に気付かなかった。誰も僕を見なかった。夜になって戻ったら、見張りは食事でいなかったので、牢に戻った」

 僕は降り積もらない何かを言葉にする。

「ーー父王や皆のようになりたかった。その為に、努力を惜しまなかった。でも、わからなくなった。僕はいったい、誰の為に、何の為に、何をしたかったのかーー。噴水で、空を見上げながら、ずっと考えていた。気付かれず、必要とされず、それでも尚、クラスニールの為に、それこそが誉れなのだと、ーーでも、僕は、僕たちは、そこにあったすべてのものから否定されてしまった。そこに居られなくなってしまった」

 僕は未だ明確に答えに至っていないものを無理やり言葉にする。

 僕は痛まない胸が遣る瀬無く周囲を見渡した。

 リャナは僕を見たあと同じ景色を眺める。

「あれ? 誰もいない……、あたしたち…だけ……?」

 リャナは何かに驚いて繋いでいない手を胸に当てた。

 僕は繋いだ手を放してその手をリャナの頬に持っていく。

「え……?」

 リャナは空色の眼差しを一途に僕に向けてくる。

 僕はリャナを驚かせないようにゆっくりと頬に当てた手を動かす。

「っ……」

 リャナは何かを悟ったのか両眼を閉じた。

 リャナは微かに震えながら心持ち顎を上げた。

 僕はリャナが目を開けるまで待ったが目を開けないので言葉にすることにした。

「子供が居る」

 僕はもう一度リャナの顔を動かして子供の居る方向に誘導する。

「こぉ…子供っですか!? いっ、要りますか!? そそっ、それはまだ早いというか何というか……、……え?」

 リャナは目を開けて子供が居る方向を見る。

 何かを勘違いしていたようだ。

 子供は進路を変更して僕たちに向かって歩いてくる。

 子供は淡く輝くような白い服を着ている。

「あ、の……、子供…ですか?」

 リャナは僕と僕が視線を向ける先を交互に見て戸惑っていた。

 子供の姿が見えていないようだ。

 子供は紫海の孤島に入って止まる。

「わっちの姿が見えておるえ?」

 子供はリャナを見てから僕を見た。

 リャナは変わらず戸惑っている。

 姿だけでなく声も聞こえていないらしい。

「リャナにも見えるようにして欲しい」

 僕は超然とした趣の子供にお願いした。

 リャナは子供を知覚しようと魔力的に探る。

「姿を見えるようにするは、ちと面倒かの。そえ、最後え、声を届けるくらいはしてやるかえ」

 子供は目を閉じて温かいような何かを放った。

「其処な、めご。わっちの声が届いたえ?」

 子供は鉄面皮のような顔にわずかな感情を宿す。

「あっ、はい! 聞こえました!」

 リャナは驚いて子供が居る方向を凝視する。

 半信半疑だったものが確信に変わったようだ。

「僕はライル・アーシュ。東域のクラスニールの出身で、冒険者として竜の国に遣って来た」

 僕は自己紹介をしてからリャナを見た。

「っ! あたしは、ダニステイルの『銀嶺』の家系の、リャナ・シィリです!」

 リャナは僕の意図通りに自己紹介をしてくれる。

 目の前の存在の異常さを感じ取れたのだろう。

「さえ? あこ、わっちが見えておるえ。わっちの正体に至らんのかの?」

 子供は黄昏色の瞳を僕に向けてきた。

 僕はヴァレイスナに視線を向けられたときよりも冷たいものを感じた。

「十歳くらいの容姿だが、『人化』した竜でないことはわかる。明らかに何かが異なる。魔獣かと思ったが、それにしては気配が澄んでいる」

 僕は嘘偽りなく言葉にする。

 子供は空を見上げてから世界を見下ろした。

「良え。これも余興かの。ーーわっちはサクラニルえ」

 サクラニルは仄かに笑った。

「……は? ……え、と?」

 リャナは僕とサクラニルが居る場所を交互に見る。

「聞きたいことがある」

 僕は懐かしさと切なさが同居するようなサクラニルの黄昏眼を見詰める。

「なえ?」

 サクラニルは軽く首を傾げた。

 人間との遣り取りを楽しんでいるようだ。

「どうして、知識と想像力なのか、昔から不思議に思っていた」

 僕は子供の頃に抱いた疑問を率直にぶつける。

「知識と想像力の神ーーそれがわっち、サクラニルえ。わっちは答えそのものは与えぬえ。その為の手伝いをする(もの)え」

 サクラニルは自らの存在意義を語る。

「人にとって、本当の力となるものは何か。それを()っている者にこそ、助けとなる(もの)ということか」

 僕は子供の頃の疑問に答えを灯す。

「良え良え。まっこと良え。神々に隠れておこぼれを呉れてやっていた甲斐があるえ」

 サクラニルは口に手を当てて眦を緩める。

 サクラニルはもう一人の人間であるリャナに視線を移す。

 僕はサクラニルに倣って視線を向けるとリャナと眼差しが繋がった。

 リャナは名状し難い表情をしていた。

「……ライルさん。どうして神様……サクラニル…様と、そんなにも普通に会話できるのですか……」

 リャナは少しだけ怒っていた。

 一人でサクラニルと会話していたので咎めているようだ。

「めご、気にするなえ。其処な、あこを含め、わっちが見えるは大抵おかしな(もの)であったの」

 サクラニルは初めて魂を綻ばせた。

 サクラニルの姿が掠れてぶれる。

 光より明るい透明(ひかり)

 透明(しょうどう)はサクラニルから止め処なく溢れる。

 呑まれる。

 重なる。

 触れる。

 奏でる。

 すべては透明に染まる(まじりあう)



   わからなかった。

   わからなかったから、求めた。

   結局、わからなかった。

   それでも、忘れ難かった。

   消えても残っていた。

   残って、色彩を重ねていた。

   答えに至れないことを課した。

   初めて、自身を呪った。

   求めることの意味を求めた。

   わからなかった。

   わからなかったから、許した。

   答えに至れないことを。

   初めてーー。



 透明(せかい)は、風が吹くように解けた。


「はえ? わっちに()()()かえ? ほんにおかしな(もの)らかの」


 サクラニルは僕の存在を抹消しようと掌を向ける。


「決める前に、僕を消滅させ(けし)たら、サクラニルは後悔する」


 僕はサクラニルを脅す。

 僕はサクラニルが迷っている間に、気を逸らす。


「神も、竜と同じく『人化』した際は、子供の姿になるのか? サクラニルは少年神?」


 僕はサクラニルの意識を引けるように、サクラニルの頭から足元までじっくりと観察した。


「竜は、『人化』ではなく『神化』であるえ。竜のことは竜に聞かば良いの。わっちは、こう見え女え。ぎりぎりさり気なくわかる程度に、胸の膨らみもあるかの」


 サクラニルは服の上から自身の胸を触った。

 サクラニルは両手で「魔法王」より小さな胸を強調する。

 性別を間違えられたくはないらしい。


「神は、生じたままの姿で滅びるが定めえ。不変とは、それそのものが力の素因となるかの。ーーさえ、エルシュテルは苦労したものえ」


 サクラニルは空を見上げた。

 視線の先に「天の国」があるのだろう。


「エルシュテルは、わっちの親友え。神々の内で最も周期若いエルシュテルは、老婆の姿で生じおったえ。そえ、神々は地上に介在しておらぬえ。だえ、主神とされようエルシュテルを疎外しようの」


 サクラニルは視線を空から僕に移してから、リャナに向ける。


「めごには、(かた)い話であるかの?」


 サクラニルは僕を一瞥する。

 面倒見の良い神のようだ。


「リャナ。わかる範囲で、あとで説明する。一生懸命なリャナは好きだが、今は楽にしていていい」


 僕は炎竜になったリャナが三度頷くのを見てから、サクラニルに向き合う。

 サクラニルはリャナに、優しい眼差しを注ぐ。


「時間と、サクラニルの機嫌が許す限り、想像力を刺激するサクラニルの知識(むかしがたり)を開陳して欲しい」


 僕はサクラニルに祈りを捧げる。


「神の、弱点を突きよるの。そえ、わっちの残り事に添えるも良え」


 サクラニルは僕とリャナから視線を逸らして、独り言つ。


「ちと野暮用での、世界ミースガルタンシェアリを去る前に二つ、遣っていくえ。ーー七百周期前くらいかの。神々の目を盗みより地上を散策しておったえ。すえ突然、男に組み敷かれたの。魂すら残さず消滅させようとするも、不思議なことにの、わっちの力が効かぬえ。やえ、わっちは(はら)まされたえ」


 サクラニルは目を閉じて、お腹を摩った。

 表情から、嫌悪より好感のほうが勝っているようだ。


「はらま……?」


 リャナは話に付いていけず、聞き返した。

 周期からして、子供の作り方を知らないのだろう。


「むえ? めごはまだ知らぬえ? 孕むとは、胎内に子を宿すの意かの。人が神を孕ますなぞ、有り得ぬことえ。なえ、わっちは現実に孕まされての。……あのときは、無理やりで痛かったの。恐怖で初めて泣いてもうたえ。はえ、あの男ときたら夜になろうと、わっちを愛し続けたでの。エルシュテルが協力してくれたで、神々の目を誤魔化すが敵ったえ」


 サクラニルはゆっくりと、自身のお腹を撫で回した。

 孕まされたあと、色々とあったらしい。


「ストーフグレフ王の、祖先?」


 僕は消去法で答える。


「正解え。二百周期後、わっちは産み落としえ。あの男はわっちと交わったで、長生きしようの。ストーフグレフは、わっちが地上で過ごす場所を得ようと、あの男に造らせた国え。とえ、直系に力を発現する者が現れるえ」


 サクラニルは視線を東に向ける。

 ストーフグレフ国がある方角だろう。


「現ストーフグレフ王も、サクラニルの神聖力を発現している?」


 僕はサクラニルの機嫌が損なわれない内に、問いを続ける。


「あの男の力と、わっちの力を発現しておる(めずら)かな存在え」


 サクラニルは小さく息を付いて、呆れた表情になる。

 現ストーフグレフ王のような存在は過去に居なかったようだ。


「サクラニルの、二つの野暮用の内の一つは。ストーフグレフの血脈から、自身の力を回収するかどうか迷っている」


 僕はサクラニルが与えてくれた言葉(もの)から、答えを導く。


「そえ。ただの、神力とわからぬほどに、もう混じり合っておるえ。このあと向こうては、逢うてから決めるえ」


 サクラニルは一つの帰結を語る。


「となると、もう一つは。竜の国ーー『魔法王』?」


 僕はサクラニルがここに居ることから、二つ目の野望用を予見する。


「人に、係わってしまった(もの)の、後始末え。エルシュテルを一柱に出来ぬえ。かえ、わっちも世界から去るかの。さえ、()があるえ。()()をこさえるも含み事よの」


 サクラニルは答えず、一方的に知識を溢れさせた。

 終わりが近いようだ。


「わかり難い。もっと普通に話して欲しい」


 僕は最後の悪あがきをする。


「エルシュテル以外の神とは、正面から触れ合わぬえ。そえ、神々の有様であるで諦めるかの。あこはわっちに触れたえ。わっちは言うたえ。答えそのものは与えぬかの」


 サクラニルは翠緑宮に向かって歩いていく。

 余興は終わってしまったらしい。

 僕は一度だけ確認してから、リャナに触れる。


「少し、引き摺られそうになった。リャナに触れていると安心する」


 僕はリャナの手の甲を、優しく撫ぜる。

 リャナは俯いて震えている。

 持病が発症しないように、長引かせないほうがいいようだ。


「みーつーけーたーぞーっ!」


 ポンは杖に乗って飛びながら、聖語を描く。

 真っ直ぐ飛べていないので魔力操作に難があるようだ。


「ミャン! 静かに降りなさい!」


 リャナは普段よりも早く、律動的に手を振った。

 標的が動いているので、合わせた結果のようだ。


「ひょわっ!?」


 ポンはリャナに聖語を引き裂かれて、魔力操作を誤る。

 ポンは杖にぶら下がりながら紫海を迷走する。


「空を飛ぶときは、短いスカートは止めたほうがいい。ということを当然、リャナは言っただろうから、理由があるとするならーー『魔女』?」


 僕はポンが遣って来るまでに、もう少し時間が掛かりそうなのでリャナに話し掛ける。

 ポンは悲鳴を上げながら、魔力操作に汲々としている。


「……はい。ミャンは『魔女』に憧れていて、恰好、話し方、思想、その振る舞いまで真似ています。ただ、ミャンは、史実の『魔女』ではなく物語の『魔女』を理想としてしまっているのです」


 リャナは羨望と苛立ちを綯い交ぜにしたような視線を、回転しているポンに向けた。

 夢を見失わないポンに、複雑な思いがあるようだ。


「現実ではなく理想を追い掛けている。リャナは大変みたいだけど、ーーダニステイルからはそれなりに許容されている?」


 僕はポンの屈託のない表情とこれまでの話から、大凡の見当をつける。


「……言い訳をするのなら、それがダニステイルなのです。ーー魔を受け容れ、己に忠実であること。その心象が、ダニステイルをダニステイルたらしめていると。……ただ、最近思うのです。それって、好き勝手に生きることの、言い訳ではないかって」


 リャナは近付いてくるミャンを見て、魔法を使う構えを取る。

 理想と現実で彷徨った末の、痛みを伴った言葉のようだ。

 ポンは暴走しているのか、奇怪な動きを見せる。

 ポンは杖から振り落とされた。


「ぎょぽーーっっ!!」


 ポンは危機感のない叫び声を上げた。

 この程度であれば「治癒」で治せると、本能で理解しているのだろう。

 僕はミャンをリャナに任せて、五歩走ってから跳び上がった。

 僕は杖を掴み取ることに成功する。


「お、おっ? お~??」


 ポンは逆さの状態で、リャナの魔法で受け留められていた。

 僕はリャナが限界だったので、全力で走る。


「ミャンっ!」


 リャナは注意喚起した直後、魔力が途切れる。

 駆け寄る僕の姿が見えていないようだ。

 僕はポンの首の後ろに腕を当てて、体勢を整える。

 僕は人一人の重さを甘く見ず、慎重にポンを抱き留める。


「……ミャン。何故、あなたがこんなところに居るのですか? 皆さんと一緒に行動していたのではないのですか?」


 リャナは安堵の表情を浮かべたあと、旧に倍して怒りを露わにする。

 自分以外を巻き込んでいるので、抑え切れなくなっているらしい。


「だーかーらっ、見つけたのだ!! リャナっ、今すぐ行くのだ!!」


 ポンは興奮して、リャナの様子に気付いていない。

 リャナは魔法を使おうとして、動きを止める。

 魔力切れから、魔力操作を誤ったのだろう。


「ポン。先ずは、リャナに謝って」


 僕は抱っこしているポンに言う。


「ふぬ? 何故に?」


 ポンは僕を見上げて首を傾げる。

 悪意はまるでなく、本当に一直線の性格のようだ。


「ポンは、リャナに心配させた。本当に自分のことしか考えられないのなら、僕はポンの味方をしない」


 僕は驚いて真ん丸になった、ポンの両目を見ながら直言する。


「りゃ、リャナ……、すまなかったのだ」


 ポンは反射的に謝った。

 理解したわけではなく、空気を読んだらしい。


「え、っと、あの、……それはわかりました。ではなくっ、それよりもです! 迷宮に挑む為に、皆さんと交流しているというのに、どうしていつも通りに勝手に行動しているのですか!」


 リャナは面食らったものの、現状を思い出してポンを問い詰める。

 冷静な判断力を失っているようだ。

 ポンは反論しようとして、リャナの剣幕に言葉を呑み込んだ。

 リャナを大切に思っているからこその行動だろう。


「リャナ。正しいかどうかは措いて、ポンはポンの考えで行動している。曲げてはならぬと、それこそが『魔女』への階梯だと、信念を抱いている。たとえ傍迷惑だったとしても、ポンの意志を、リャナだけは否定しないで欲しい」


 僕はポンの優しさが隠れてしまう前に、リャナに差し出す。

 リャナは僕の言葉を正しく理解できず、戸惑いの表情を浮かべる。

 ポンは僕を凝視して、掴んでいた僕の服を強く握った。


「ポンは、自分の、ありのままの姿を受け容れて欲しいと思っている。だから、皆と行動していても、合わせるようなことをしない。望むままに、自分らしく振る舞う。ポンは妥協しない。それでは『魔女』に届かない。受け容れられなかったとしても、それで傷付いたとしても、ポンは諦めない」


 僕はリャナに、ポンの内側にある強い光について語る。


「りゃ、リャナ……、この男の名は何というのだ?」


 ポンは視線を、僕からリャナに移して尋ねる。

 リャナは予想外の問いに驚いて、素直に答える。


「え? ライルさんは……」


 リャナは僕がポンを地面に下ろしたのを見て、言葉を切る。

 ポンは僕に指を突き付けて宣言した。


「ふむん! そうかっ、ライルとやら! 今っ、我の篭絡対象として認定してやったぞ! これよりはっ、我のことをミャンと呼ぶことを許してやろう!!」


 ミャンは踏ん反り返ったあと、しばし悩む。

 ミャンは僕に近付くと、猫のように体を擦り付けてくる。

 根本的に何かを勘違いしているらしい。


「ふぉっふぉっふぉっ! どうだ! これで我の魅力にメロメロになったであろう!」


 ミャンは僕を見上げて、ドヤ顔になる。

 リャナは隠れ竜で、氷竜を見つけてしまった炎竜のような顔をしていた。


「無理。精進が足りない」


 僕は僕の言葉に反発して、リャナと同じくらいの大きさの柔らかいものを押し付けてきたポンを引き離す。

 僕はポンが足を絡めて抵抗するので、リャナに助力を乞う。


「リャナ! 問題ないぞ! 我はライルを篭絡するだけでっ、リャナから盗ったりはせぬぞ!!」


 ポンは真剣な表情で、リャナに理解を求める。

 自身の行動にまったく疑問を抱いていないらしい。


「な…ななななななななっ、ナニを言っているのっ、ミャン!?」


 リャナは動転して、ミャンの鳩尾(みぞおち)に拳を突き刺す。

 魔力切れなので、物理攻撃に変えたようだ。


「ひゅ……」


 ミャンは短く息を吐いてから、壊れたミニレムのように地面に倒れた。

 下着にはドヤ顔の氷竜が描かれている。

 ミャンは呻きながら聖語を描いていく。

 ミャンは「治癒」で全快してから、跳ね起きた。


「見つけた、と言っていたが、何を見つけたのか教えて欲しい」


 僕は先手を打って、リャナに話し掛けようとしていたポンに尋ねる。


「とあっ! そうだったのだ! こんなことしている場合ではないのだ! 行くぞっ、我が盟友リャナ! と理解者ライル!」


 ミャンはリャナの手を掴んでから、駆け寄って僕の手を掴む。

 ミャンは迷いなく、紫海を渡る爽やかな風のように目指す。


「ですから、ミャン! いつもいつもっ、行動の前に説明をしなさいと言っているでしょう!」


 リャナはミャンを叱りながら、しっかりと付いていっている。

 運動能力はミャンより優れているらしい。


「未知なる冒険に出発なのだーっ! 新たなる魔女伝説の開幕はっ、今っ、ここに始まれり!!」


 ミャンは前しか見ていない。

 僕とリャナは顔を見合わせてから、無駄な抵抗をしないことに決めた。

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