雷守
「ロイム~っ!」
ワーシュは両腕を大きく広げた。
ロイムは一直線に突っ込んできて急停止。
ワーシュの足にくっ付いた。
「おー、ほんと賢いな。ワーシュの魔力が切れてんのを知って、飛び込んでこなかったんだな」
コルクスはしゃがんでミニレムと遊ぶ。
「限界……だっ」
エルムスは荷物を下ろして座り込む。
「体力なし子さんのエルムスにしては頑張ったわねぇ」
ワーシュは膝を突いてロイムを抱き締めながら言う。
「……国を出てから、結構体を酷使しているが、……一向に体力がついた気がしない」
エルムスは地面に向かって話す。
「良かった! 皆さん、無事でしたか!」
職員は駆け寄って来て胸を撫で下ろす。
「俺は先に、雷守に報告をしてくる。それでは、まただ」
ナードは「雷爪の傷痕」に向かって歩いていく。
「んん? あたしたちも雷守のとこに行くんじゃないの?」
ワーシュはロイムを撫で回しながら皆を見る。
「さーてな。そこの空々娘は、ライルとエルムスの遣り取りをもー忘れたんか?」
コルクスはミニレムに隠れながら言う。
「ほ? そーいえば、コルクスを扱き使う、とか言ってたっけー?」
ワーシュは疲れてロイムと背中合わせで座る。
「はいはい。休むのは宿に帰ってからにしようね」
ホーエルはワーシュを立ち上がらせてから僕を見た。
皆は僕を見る。
僕は歩き出すが職員は制止しない。
「え~と? 何々、ライル、どこ行くの?」
ワーシュは顔に疑問符を浮かべる。
僕は答えず雷の看板に向かって歩いていく。
僕は換金所の扉を開けて中に入る。
皆は僕のあとを追って店内に入る。
「いらっしゃいませ~。あら、新顔ね? どんな素材を持ってきてくれたのかしら」
店員は皆を笑顔で迎える。
店内は雑多で様々な品が置いてある。
「あ~、換金所って言ってたっけ。あれれん? 野良の蜘蛛野郎さんから、いつの間にか素材でも回収したの?」
ワーシュは店内を見回しながら尋ねた。
「蜘蛛野郎って、雄に決定なのかよ。まぁ、気分的に雌をぶっ殺すよりは増しな気がすんが……って、ライル?」
コルクスは歩き出す僕を見て首を傾げる。
僕はカウンターの横から入る。
「お客さんっ、お客さんっ、駄目ですよ~。中に入ってきちゃ!」
店員は両手を腰に当てて怒る。
僕は店員に構わず歩く。
店員は僕を止めようとしつつ道を空けた。
「ちょっとちょっと! 皆さんお仲間さんですよねっ! この方を止めてください!」
店員は両手を振って皆に頼む。
皆は動かず僕を見ている。
僕は突き当たりで止まる。
「ワーシュ。炎竜と氷竜と風竜の中では、どの竜が良い?」
僕は三体の竜の人形を見ながら尋ねる。
僕は真ん中の炎竜に手を伸ばす。
「ほっ? そんなものっ、炎竜にぃーーって、答える前から持ってきてるし!?」
ワーシュは頭を抱えて体を振る。
「もーっ! お客さんっ、お客さんっ、泥棒は犯罪ですよっ! 竜の国から追放まっしぐらですよ! みー様もお昼寝でほやほやですよ!?」
店員は笑顔で僕を非難する。
僕はワーシュに炎竜人形を渡す。
「あ、あー、『突き当たりにあるものを回収してくること』って、そーいうことなのねぇ。真っ直ぐじゃなくて左の道の、石じゃなくて人形を回収してくると」
ワーシュは炎竜人形を矯めつ眇めつしながら納得する。
「まだ決まりではない。もし間違っていたら店員に土下寝で謝って、炎竜人形を買い取るーーお金がないから、ただ働きをする。それが駄目なら、家宝を売る」
僕は店員に頭を下げてから扉から出る。
店員は両手を振って皆を見送る。
「必ずしも人形である必要はない。条件に合致しさえすれば、他のものでも構わないはず。要は、硬直した考えに囚われるな、ということだろう」
エルムスは総括する。
六体のミニレムは両手を振る。
四体のミニレムは森に入っていった。
「皆さん、お帰りなさい。それでは人形をーー」
職員はワーシュが持っている人形に手を伸ばす。
ワーシュは咄嗟に一歩下がる。
「炎竜人形はっ、もーもーっ、あたしのものよ! みー様人形はあたしのものよねっ、ねっ!?」
ワーシュは職員の言葉を遮って皆に同意を求める。
ホーエルは問答無用でワーシュの両脇に腕を差し込む。
コルクスは素早く炎竜人形を掠め取る。
「確認。頼んます」
コルクスは職員に炎竜人形を渡す。
「はい。受け取りました。これで、課題達成です。このみー様人形は、課題達成の報酬です。換金所に持っていくと、金貨一枚と交換できます。因みに、小石を持って帰ってくると、報酬は銀貨一枚です」
職員は笑顔でワーシュに炎竜人形を渡す。
「先行投資、或いは冒険者の育成ということでの支援ということか。組合と竜の国だけでなく、ストーフグレフ国も絡んでいるのかもしれない」
エルムスは説明しながらワーシュに笑顔を向ける。
皆はワーシュに笑顔を向ける。
「ロイムっ! 姉弟で一緒に竜の果てまで逃げるわよ!!」
ワーシュは脱竜の勢いで炎竜人形を抱き締めたまま遁走した。
ロイムはワーシュを追っていった。
職員は悲し気な眼差しでロイムを見送った。
ミニレムは職員の足を叩いて慰めた。
「ミニレムたちが確認しに行ったので明日以降、換金所に寄ってください。『蜘蛛王』の素材となれば、金貨十枚は堅いでしょう。それ以外に、『主』を倒したので、かなりのポイントが付きます」
職員は皆に向き直って説明する。
「ポイントって、何かな?」
ホーエルは皆を代表して尋ねる。
「はは、順序が逆になってしまいました。本来は迷宮の一階層をクリアした際に説明するのですが、まさか迷宮に挑む前になるとは」
職員は説明を続けようとしたところで僕を見る。
「野良蜘蛛を倒したのは、ナードだ」
僕は職員の説明を止める。
「謙虚なのは良いことですが、心配せずとも。揉め事が起きないよう、貢献度によって配分が決まっています。ナードさんは止めを刺したので、皆さんの倍の報酬となります。ですが彼のことですから、折半を提案してくるでしょう」
職員は皆を見回す。
「冒険者の流儀って奴じゃねぇか? ナードの旦那が言ってきたら、気持ちよく半分貰っとこーぜ。てーか、見方を変えりゃ、最後に美味しーとこだけ持ってったよーなもんだし、俺が旦那でも、半分貰ってもらわねぇと竜を見上げることもできねぇし?」
コルクスは話しながら職員の顔色を窺う。
職員は軽く頷く。
「雷守は今、『雷爪の傷痕』の一階の奥、『雷鳴』に居る……はずですので、成る丈早く向かってください。ポイントについても雷守から説明がある……はずです」
職員は大きな溜め息を吐いた。
職員はホーエルの腕を見る。
職員はミニレムと一緒に換金所に向かって歩いていく。
「雷守って人は曲者みたいだね。リシェ君からも逃げてたみたいだし……痛たた……」
ホーエルは右手を押さえる。
「折れてはいないようだが明日、一番にワーシュに治癒させる。ポイントとやらを使い、『治癒』を受けられそうな感じだったが」
エルムスは職員の後ろ姿を見る。
「大丈夫だよ。痛いだけだし、動かさなければ一晩くらい問題ないよ。それよりも明日、どうするのかな?」
ホーエルは皆を促して歩き出す。
「あー、リシェさんが言ってたな。竜の都に繰り出してポンとシィリと親睦を深めろ、とか何とか」
コルクスは話しながらワーシュを捜す。
「リシェ殿は、明らかに何かを企んでいる節がある。だが、それらについては雷守に会ってからだ。面倒そうな手合いのようだし、予定はまだ決めないほうが良いだろう」
エルムスは所見を述べてから黙考する。
「どわっ!?」
ワーシュは宿の窓から出てきた男とぶつかりそうになる。
男はワーシュを躱そうとして足を滑らせる。
男は手を突こうとして手を滑らせる。
男は反対の手を突こうとして手を滑らせる。
男は顔面から地面に落ちる。
「えっ、え? 何っ、何なのっ? これってあたしの所為なの!?」
ワーシュは男の滑稽な姿に困惑する。
男は冒険者組合の制服を着ている。
「ワーシュの所為ではない。どちらかと言うと、お手柄、のほう」
僕は宿の二階を見る。
リャナは頭を下げてから窓から離れる。
「手加減は要らない。この男性が逃げようとしたら、怪我をさせてでも止める」
僕は男の正面に立って剣を抜いた。
皆は散開して男を囲む。
「ほ? 叩くの? 杖で叩いちゃっていいの?」
ワーシュは杖を振り上げた状態で迷っている。
「いやいや、降参です。さすがに杖でぶん殴られると、とても痛そうですので、振り下ろさないでください、お嬢さん」
男は立ち上がって両手を上げる。
「うーわっ……、リシェさんより胡散臭い笑顔……」
ワーシュは男の顔を見て後退る。
男は凹んだ。
「んで、シィリが追ってたみたいだけどよ、違反者か何かなんか?」
コルクスは気を抜かず皆を見る。
「違反者というのは間違いないだろうが、正確には仕事を放棄しようとした職務怠慢のほうだろう。これから私たちとの面会のはずであるのに、こうして逃げ出そうとした」
エルムスは男の正体を特定した。
「それって、この人が雷守ってこと? それにしては若過ぎないかな?」
ホーエルは男を見て頭を掻く。
「その人は、雷守のコル・ファタ様です。二十歳くらいに見えますが、三十歳を超えています」
リャナは容赦なく暴露する。
ファタは凹んだ。
リャナは僕を見て直ぐに視線を逸らす。
「ファタ様! 毎回毎回っ、どうしてサボろうとするんですか!」
リャナは両手を腰に当ててファタを叱った。
「別にサボっているわけではありません。仕事は終わっていますし、彼らへの説明も、資料を用意してあるので、あとはリャナさんだけで済みます。ーーそれに。あとは若い二人に任せて、年寄りは退散しようと思っただけですよ?」
ファタは言い訳のあとに意味深な言葉を発する。
リャナは顔を赤くして手を振ろうとする。
ファタは魔法を使う素振りを見せる。
「……もう良いです。侍従長から『おしおき』されたのに、どうしてまた逃げようとするのですか。その歪んだ根性を、半分の半分で良いので仕事に向けてください」
リャナは溜め息を吐きつつ手を振る。
ファタはリャナの攻撃を「結界」で防ぐ。
「ありゃりゃ。リャナちゃんの、その魔法って、弱点がわかり易いのね。でも、使い熟せてるみたいだから、相手によっては凄く効くわね」
ワーシュはリャナの魔力操作の技術に感心する。
「はい。全球結界や全身に魔力を纏っている相手には効果が薄いです。ですので、色々と考えてはいるのですが、わかり易い限界もあります」
リャナは寂し気な顔をする。
「う~ん、それにしてもリシェ君の『おしおき』って、想像するだに恐ろしいんだけど、何をされたのかな?」
ホーエルは場を和ませようとファタに尋ねる。
「いえいえ、大したことはされていませんよ。地面に埋められて、首だけ出た状態で、口内に折れない剣を突っ込まれただけです。上手く歯を使うのが骨ですね。そうしないと舌がちょん切られてしまうので」
ファタは詳細に説明した。
皆はドン引きした。
「とはいっても、初めて侍従長に『おしおき』されたときは、魂が凍えてしまいましたがーー」
ファタの顔から表情が消えた。
ファタの姿が掠れてぶれる。
光より明るい透明。
透明はファタから止め処なく溢れる。
呑まれる。
重なる。
触れる。
奏でる。
すべては透明に染まる。
竜は見ていなかった。
ファタは見ていなかった。
竜は気にしなかった。
ファタは気にした。
竜は泣かなかった。
ファタは泣かなかった。
竜は壊れなかった。
ファタは壊れた。
竜は忘れなかった。
ファタは忘れなかった。
竜は動き出さなかった。
ファタは動き出した。
地竜はーー。
ファタはーー。
透明は風が吹くように解けた。
「噂は聞いてるぜ。竜の国の資金を使い込んだんだってな。しかも侍従長のお陰で命拾いしたんだろ? 何でそんな不真面目でいられんだ?」
コルクスはファタを睨んで唾棄する。
潔白な少年の心がファタを許容できないのだろう。
「ファタは、竜の国を滅ぼそうとした」
僕はファタを正面から見る。
「おや、意外ですね。この中で迫る者がいるのなら、エイルハーンさんだと思いましたが、見誤りました。興味があるので、そのまま続けて、私について語っていただけますか?」
ファタは笑みを深める。
「ファタは、組合のお金を自分の為に使っていない。他人の為に使った。資金が無ければ竜の国は頓挫して、滅びるはずだった。そうすれば『氷焔』はファタを殺すはずだった。嫌いな『氷焔』を汚して、大嫌いな人間たちを汚して、最後に最も汚らわしい自身を滅ぼすつもりだった」
僕は言葉を伝えた。
ファタは表情を消して魔力を溢れさせた。
真実を掘り当てたらしい。
「その通りです。私の計画は水泡に帰してしまいました。ーー本当に、随分と予定が狂ってしまったものです。それで、あなたはーーライル・アーシュ・クラスニール様は、何処まで見えているのですか?」
ファタは殺意を籠めた眼差しで僕を見る。
皆は目に驚きと猜疑を宿す。
リャナは周囲を見て困惑する。
こういった場面には慣れていないようだ。
「ーー竜。ファタは、竜と共にあった。共にありながら、魂が交わることはなかった。……ずっと降っていた。降り積もって、ファタは、耐えられなくなった。意味を見出せなくなった」
僕は痛まない心臓に手を当てた。
「ーー二つが、三つになってしまいました。この世界に要らない、余計なもの。私と侍従長の、二つだったのに。アーシュさんも含めて、三つになってしまいました」
ファタは風に解けるような笑みを浮かべた。
「私の母は貴族でした。そして、政略結婚。母は幸せではなかったようです。竜の翼を羽搏かせました。妄想と幻想の中で生きるようになりました。ただ母は、奇跡を引き当てました。竜の巣穴に辿り着きました。そして、竜の魅力に囚われました。そのとき、母は私を身籠もっていました。物心が付いた頃には、母は居ませんでした。私は地竜の魔力に生かされました。十五になってから、巣穴を出ました。冒険者として実力を示してから、組合の幹部の直属となりました。三十になる前に私自身も、その席の一つを埋めることになりました。ーーこれが私の、詰まらない人生です」
ファタは陽気に笑ってから言葉を続けた。
「と、嘘をそれっぽく語ってみましたが、信じていただけたでしょうか?」
ファタは皆を小馬鹿にするように首を傾げる。
誤魔化す素振りを見せながら逃げる算段らしい。
僕は正面から真っ直ぐに手を伸ばす。
僕はファタの肩をすり抜けた手を横に払う。
指先に微かな感触。
姿を隠したファタに掠ったらしい。
「リャナ! ワーシュ! 逆だ!」
僕は「幻影」に魔法を放とうとするリャナとワーシュに向かって叫ぶ。
リャナとワーシュは即座に対応することが出来ない。
ファタは「幻影」を消す。
逃げ切れると確信したようだ。
足音と植物を掻き分ける音。
リャナは攻撃するが魔力で弾かれる。
「へー、ワーシュが魔法で騙されるなんて珍しいな」
コルクスは素直に驚く。
「今の、単純に見えたかもしれないけど、かなり巧妙よ。『幻影』の内側に魔力が込められてたし、逃げたほうにも偽装が施されてたわ。一番驚いたのは、あんな手段を、即座に実行できるように普段から用意しておいたってことね」
ワーシュは素直に敗北を受け容れる。
魔法を使う目的が異なると悟ったらしい。
「リャナ。リャナが謝る必要はない」
僕は頭を下げようとしていたリャナを止める。
「はい。アーシュさ……」
リャナは僕が手を上げたのを見て言葉を切った。
「ライルでいい」
僕はリャナを正面から見詰めた。
真意が伝わったようだ。
「は…はひっ、らららららららっライルっ…さん……」
リャナはどもりながら三度頷く。
「でっ、ではっ、資料は用意されているとかファタ様が言っていたので『雷鳴』まで急がずに行きましょう!」
リャナは自身の頬を押さえながら小走りで宿に向かう。
真面目で仕事熱心なのだろう。
「なーんかー、ライルもリャナちゃんも、二人とも勘違いしてるよーな気がそこはかとなくしてくるのはー、あたしの勘違いかなー?」
ワーシュは僕をジト目で見る。
「まぁ、いいんじゃないかな。勘違いでも何でも、今のところ悪い方向には行ってないようだからね」
ホーエルは両手を広げて皆を促す。
皆は見えなくなったリャナを追っていった。