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竜の国の異邦人  作者: 風結
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冒険者の森

 北東の森の入り口。

 僕は距離を取る。

「ようこそ、冒険者の森へ!」

 職員は笑顔で皆を迎える。

 職員の右腕はなく袖が風に揺れている。

 二体のミニレムは職員の周りを走る。

 皆は黙って職員を見た。

「はい。そんな顔で人を見ないように。冒険者の森、と名付けたのは雷守で、私ではありません。因みに職員は、双雷の森、と呼んでいます」

 職員は苦笑を浮かべる。

「メイムの弟で六一六(ロイム)に決っ定~っ! ってことで、ロイムちゃんを連れていってもいいわよねっ! いいに決まってるわ!」

 ワーシュはロイムを抱え上げて可愛がる。

 ミニレムは抱えられたロイムを見上げる。

 コルクスは寂しげなミニレムと一緒に遊んだ。

「初日は慣例でミニレムが一体、同行します。ですがーーやはり無理そう?」

 職員は訳知り顔で僕を見る。

「帰ってきたら雷守と面会ということになってるんだけど、どんな人なのかな?」

 ホーエルは駆け回るコルクスとミニレムの輪に加わる。

 エルムスは悩んでから職員の話に集中することに決める。

「仕事は出来ます。ただ、癖のある人でもあります。シィリさんが来てくれてから、だいぶ風通しが良くなったのですが、彼女の任期が期間限定であるのが惜しいところです」

 職員は残念がる。

「およ? 期間限定ってどういうこと?」

 ワーシュはロイムを肩車する。

「シィリさんは暗黒竜のダニス……ダニス…何とかで、一番の成績だったようです。ありがたいことに、彼女はこの仕事を続けたいとも言ってくれているのですが、ーー周囲が放っておきません。恐らくはフィア様のお傍で、竜の国を支えていくような人材となってゆくのでしょう」

 職員は優しい笑みを浮かべる。

「おっと、そうでした。そろそろ説明に入りましょう。昨日、シィリさんから基本的な事項を語られたかと思いますが、冒険者の森、迷宮の階層、と先に進むにつれ、得られる情報が増えていきます」

 職員は言葉を切って皆を見回した。

「皆さん、落ち着いてるし、助言は要らないようです。では今回、伝えることは一つだけです。左右に、一定間隔で設置されている石に触れると、『結界』が発動します。危険と判断したときは、躊躇わずに使ってください。当然、使用するとその日の冒険はそこで終了となりますが、命を優先してください。一巡り、寝食は無料です。その期間で課題が達成できなかった場合は、面談となります」

 職員は説明を終えてエルムスを見る。

「面談というと、グリングロウ国での冒険者以外の働き口?」

 エルムスは職員の意図を看破する。

「さすが、『侍従長のお気に入り』と噂されるだけのことはあるようです」

 職員は真顔で頷く。

 皆は露骨に嫌そうな顔をする。

「侍従長に如何様な思惑があるのかは知れませんが、皆さんは悪目立ちしてしまいました。ーー罰則や『おしおき』のことは知っていますか?」

 職員は柔らかな表情に戻って尋ねる。

「渡された資料と、閲覧可能な範囲の、必要と思われる部分は昨日の内に目を通した。冒険者にはコルクスが当たった」

 エルムスはそつなく答える。

「そちらも問題ないと。それでは小言は控え、皆さまの無事を祈ってーー」

 職員はロイムを受け取ろうとして言葉を切る。

 ワーシュは半歩下がって言葉を滑り込ませる。

「あの派手なキンピカって何?」

 ワーシュは左に続いている道の先にある建物を指差す。

「はい。あのイカしてない雷の看板は、換金所です。建物の奥は、倉庫と職員の宿泊所になっているので、大き目の施設となっています」

 職員はワーシュの前に敢然と立ちはだかる。

 ホーエルは諦めの悪いワーシュからロイムを剥ぎ取る。

 ホーエルは職員にロイムを返す。

「酷いわっ、ホーエル! 姉弟の仲を引き裂くなんて! 地竜だって地割れを起こしちゃうわ!」

 ワーシュは喚きながらエルムスとホーエルに連行される。

 コルクスは職員から紙を受け取った。

 二体のミニレムは元気よく両手を振る。

 皆は一本道を歩きながら手を振る。

 道は南の竜道と同じくらいの横幅。

 コルクスは職員たちが見えなくなってから鈴を鳴らした。

「『突き当たりにあるものを回収してくること』ってーのが課題らしいけど、まぁ、何かありそーだな」

 コルクスは皆に紙を見せる。

「ありゃま。本当にそれしか書いてないのね。でもねぇ、初心者冒険者の課題なんだから、でっかい謎とかじゃなくて引っ掛けくらいじゃない?」

 ワーシュは皆の真ん中に移動する。

「それでも、油断は禁物だ。小鬼(ゴブリン)と、奥には犬鬼(コボルド)の領域。換金出来る素材は犬鬼から採れるらしいが、取り出す苦労に見合わない金銭にしかならないようだ。ーーワーシュは緩めの『探査』。前衛は私とライル。背後の守りをホーエル。敵と遭遇しない間、コルクスは周囲を調べてくれ」

 エルムスは方針を決定する。

 コルクスは紙を仕舞って鈴を鳴らした。

「う~、炎竜から『祝福』されたんだから攻撃魔法使いたい~。ーー鈴鳴らすのやめない?」

 ワーシュは皆の顔色を窺う。

「皆の安全が優先。課題に魔物との戦闘を行わなければならないとの記述はない。僕らも付き合うから、試すのは戻ってから」

 僕は中剣を持って歩く。

 エルムスは片手剣と盾。

 ホーエルは荷物を背負っている。

 コルクスは短剣と投擲武器。

 ワーシュは鈍器として使える杖。

「な~んに~もな~い、な~んに~もな~い、風~のな~い風~竜~、水~のな~い水~竜~、炎~と氷~はがっち~んこ~」

 ワーシュは早々に飽きて歌い出す。

「どーするよ? 気力がずごんと削られる『変竜歌』が始まっちまったぞ。鈴鳴らすのやめるか?」

 コルクスは警戒を緩めて皆に尋ねた。

「み~様っ、み~様っ、逢いたいな~、ミ~スガルタンっシェ~アリっも吃っ驚だ~」

 ワーシュは楽し気に歌い続ける。

「一本道で変化がないからね。魔法が掛けられていて、同じ場所をぐるぐる、なんてことはないと思うけど」

 ホーエルは左右の樹々と灌木を見てからコルクスを見る。

「可能性ということならある。初心者の安全を考慮し、『魔法王』の高度な魔法で森の入り口周辺を巡らされているのかもしれない。ただ、その場合は、見抜けるか見抜けないかで、目的が異なってくる」

 エルムスは判断材料を提供する。

「つまり、ワーシュとコルクスが気付けなければ、気にしなくていいってことだね」

 ホーエルは背後を確認しながら結論付けた。

「『結界』の石。周囲の樹々。他には雲の形とかか? ……今んとこ、それらしーのはねぇなぁ」

 コルクスは空を見上げながら鈴を鳴らす。

「地~竜~はっ地~味に~、ぅほ? ほっほっほ~!」

 ワーシュは音程を変えた。

 皆は気を引き締める。

「あっち~の方~角っ、小っ癪~な待ち伏せっ、二匹か三匹っ殺っち~まおう!」

 ワーシュは好戦的な表情で杖を構えた。

 コルクスは杖を取り上げる。

 ホーエルはワーシュの頭を押さえた。

 皆はエルムスが指示した方向に進む。

 三体の犬鬼は皆の正面から現れる。

「ギィアァ…ッァ……」

 犬鬼は喉を突かれて絶命する。

 僕は剣を引き抜いて左の犬鬼の首を刎ねる。

 エルムスは右の犬鬼に致命傷を与える。

「む~、やっぱりパリパリ~、あたしの出番がない~」

 ワーシュは恨めし気に上目遣いで見る。

「相変わらず、ライルの『初殺』は見事だね」

 ホーエルは手放しで僕を褒める。

「初撃に、正面から真っ直ぐ攻撃すると当たるーーとライルは言うが、真似をした私は以前、死に掛けた。本来なら止めさせたいが、有効な先制攻撃であることは認めないわけにはいかない」

 エルムスは犬鬼に剣を突き立てて素材のある場所を確認する。

 ホーエルは口を押さえて首を左右に振る。

「素材は牙とかじゃないのね」

 ワーシュは杖の先で犬鬼の口を押し開く。

「牙って、オイオイ、これを抉り取るのか? 俺は遣りたくねぇぞ」

 コルクスは犬鬼の不衛生な口を見て顔を顰めた。

「ホーエルの大盾で打っ叩けば、分解されるんじゃない?」

 ワーシュは期待の眼差しでホーエルを見る。

「やらないからねっ、やらないからねっ!」

 ホーエルは盾を抱いて首を振った。

「ほーれ、馬鹿はそんくれぇにして、もー見えてんぞ」

 コルクスは道の先を指差した。

 コルクスはホーエルが背負う荷物から紙を取り出す。

「おややん? 道の突き当たりに、でっかい石があるわね」

 ワーシュはコルクスから一枚受け取る。

「ま、もー襲撃はないだろーしね、綺麗~綺麗~」

 ワーシュは僕の剣の血を拭う。

 コルクスはエルムスの剣の血を拭う。

「ほ~んと、すっごい綺麗~になるから、結構これ好きなのよねぇ。魔法使いの発明なんだっけ?」

 ワーシュはコルクスから紙を受け取って魔法で燃やした。

「元は掃除用として考えていたらしい。然し、まったく売れなかった。冒険者や職人が別の用途として使い始め、大陸に広まっていった」

 エルムスは歩きながら説明する。

「掃除用としては割高だったけど、工具や道具の手入れには使い勝手が良かったんだよね。通常の紙と違って製法は流失してないから、一部では魔法紙とも呼ばれたりするみたいだね、ふぅ~」

 ホーエルは大石に到着してから荷物を下ろした。

 大人が三人隠れられそうな大きさの石。

 大石の上には小石が三つ置かれている。

「大石の後ろは、植物が繁茂しているから突き当たりであることは間違いない。竜にも角にも、ワーシュは魔法的に、コルクスは仕掛けがないか調べてくれ。私たちは周囲の警戒を行う」

 エルムスはテキパキと指示を出す。

「んー、やっぱりねー、どー見てもー探ってもー、ふつーの石ねー」

 ワーシュは早々に調べ終えて戻ってくる。

「初心者の課題なんだから、魔法の罠なんてねぇだろーな。んで、大石の後ろもその先の森も、怪しー物なんか欠片も見当たんねぇな」

 コルクスは大石を軽く叩く。

「『突き当たりにあるものを回収してくること』という条件。小石とは書いていないから、大石を持って帰っても良さそうだが、ホーエルの怪力でもワーシュの魔法力でも面倒臭そうだ」

 エルムスは期待の眼差しでワーシュとホーエルを見る。

 ワーシュとホーエルは即座に両手を振って拒絶する。

「そうなると、この小石を持って帰ることになるのだが。ーーライルはどう思う?」

 エルムスは思案顔で尋ねる。

「課題には、回収しなくても失格になるとは書かれていない。だから一旦、このまま何もせず戻るべきだと思う。あと、冒険者の技能に情報収集が挙げられるのなら、戻ってからコルクスに頑張ってもらう」

 僕はこれまで見聞きしたものから結論付ける。

「決まりだね。じゃあ、戻ろうか……?」

 ホーエルは荷物を持ち上げようとしたところで森に視線を向ける。

 コルクスは人差し指を口に当てて皆を黙らせる。

 コルクスは集中して耳を澄ませる。

「こりゃ……、でかい何かが近付いてきてるな。灌木なんかは薙ぎ倒してるみてぇだが、足音が……妙だな」

 コルクスは近付いてくる不吉な音に顔を歪ませる。

 僕は先ずホーエルを押した。

「荷物は置いていく。退路を塞がれるのは不味い。『結界』の石まで退くことを優先する。ホーエルの次にワーシュとコルクス、僕とエルムスは後ろに付く」

 僕はワーシュとコルクスを強引に押した。

 皆は走り出したホーエルを追っていく。

「ちっ、動きが読めねぇ、……くそがっ、間に合わねぇっ、来んぞ!」

 コルクスは「結界」の石まで十歩のところで警告を発する。

 不安と恐怖を助長する巨大な生物が移動する音。

「っぃ!?」

 ホーエルは咄嗟に悲鳴を呑み込んだ。

「ひぃ……ぅぎぁああああぁぁっっ!!」

 ワーシュは絶叫してからギザマルのように逃げた。

 巨大な蜘蛛は皆に向き直る。

 巨蜘蛛の左右の脚は道から食み出ている。

「コルクス!」

 僕はコルクスの腕を掴んで引っ張る。

「っ、了~解っ!」

 コルクスは僕の意図を了解してワーシュを追った。

 僕はワーシュが大岩の後ろに隠れたのを確認してからホーエルを鼓舞する。

「ホーエル! ホーエルが止められなければ僕たちは全滅だ! 頼む!」

 僕はエルムスとホーエルの肩を強く握る。

「うんっ、わかった!」

 ホーエルは歯を食い縛って大盾を構えた。

「……はっ、くっ、……吸盤状の毛束ということは徘徊性だ! 鋏角に毒腺……毒に気を付けるんだ!」

 エルムスは動転して的外れな助言を行う。

 巨蜘蛛は軋むような音を撒き散らしながら迫ってくる。

「ぃああぁぁ!!」

 ホーエルは魔力を纏って正面から巨蜘蛛の突進を阻む。

 巨蜘蛛は予想外の事態に動きを止める。

 僕はホーエルの盾の横に出る。

 八つある目。

 僕は大きい二つの目の左を突く。

 巨蜘蛛は怯む。

「っ! 硬い……、脚の先端でも少ししか傷を付けられない!」

 エルムスは深追いせずホーエルの後ろに戻る。

 僕は左の四本の脚の手前の一本を根元辺りから切断する。

「……は?」

 エルムスは間抜けな声を漏らす。

「巨蜘蛛はすでに何処かで戦っている! 傷を負っている箇所があれば、そこを狙え!」

 僕はエルムスに伝えてから前に出る。

「ライル!? いやっ、だが……、ワーシュ! 『結界』が無理なら火魔法でホーエルを援護してくれ!」

 エルムスは僕の行動を理解して合わせる。

 僕は巨蜘蛛の脚の内側を潜るように進む。

 僕は巨蜘蛛の背後に回る為の動きを見せる。

 巨蜘蛛は脚を複雑に動かしてきた。

 僕は内側に進路を変えて後体に迫る。

 僕は肛門らしきものの後ろの腹部後端の出糸管の辺りの突起に剣を突き刺す。

 僕は巨蜘蛛の背後に回らず進路を変更する。

 僕は剣を動かして出来る限りの損傷を与える。

 巨蜘蛛は混乱から回復する。

 巨蜘蛛は命の危機に暴れ回る。

「ホーエル! 直撃回避!」

 僕は巨蜘蛛の脚を剣で受け流しながら叫ぶ。

 巨蜘蛛は振り回すように脚でホーエルを攻撃する。

「っぎぃ!!」

 ホーエルは巨蜘蛛の攻撃を正面から受ける。

 ホーエルは弾かれて三歩後退する。

 エルムスはホーエルの横まで下がって確認する。

「ホーエル!? 腕が……。ーー大石まで退き、私とライルで……」

 エルムスは苦渋の表情で決断しようとして僕を見る。

「ホーエル! 今、傷付いているのは誰だ! これから傷付くのは誰だ! ホーエル・ザック! 今、決断しろ!」

 僕はホーエルに決断を迫ってから巨蜘蛛の脚に弾かれる。

「……許さない、俺が…俺を……」

 ホーエルは目を見開いて立ち上がる。

「傷付けるなら俺を!! 殺すのなら俺を先にやってみせろ!!」

 ホーエルは血を吐くような絶叫を放つ。

 巨蜘蛛は狂ったように攻撃を続ける。

 僕は転がって巨蜘蛛の背後に出る。

「こっ、氷の翼!? これは氷竜様の……?」

 エルムスは動転して適切な指示が出せない。

 僕は立ち上がって皆の許に戻ることにする。

「なっ、糸!? そんなっ、何処から!?」

 エルムスは混乱して適切な行動が取れない。

 僕は巨蜘蛛の脚の傷に体重を掛けて剣を叩き込む。

 巨蜘蛛は脚を切断されて体が斜めになる。

 僕は倒れ込む。

 巨蜘蛛は止まらずそのまま前に進む。

「ワーシュ! 『結界』だ! 私たちが行くまで耐えろ!!」

 エルムスは倒れたまま叫ぶ。

 ホーエルは巨蜘蛛の糸で身動きが取れない。

「ほびーっ!? 拒絶っ拒絶っ拒絶!! 一切の侵入を拒むっ、地竜も吃驚っ『結界壁』!!」

 ワーシュは涙ながらに叫ぶ。

 巨蜘蛛は構わず「結界壁」に激突。

 三枚の『結界壁』の二枚が粉砕される。

 巨蜘蛛以外の音の発生源が迫ってくる。

 僕は立ち上がろうとして声を届けることを優先した。

「コルクス・ラヴェンナ! 後ろに居るのは誰だ! 魂の一欠けらたりとも退くな!」

 僕は大石の上で怯んでいたコルクスを叱咤(しった)した。

「ぅ…ああぁっ!!」

 コルクスは短剣を構えて「結界壁」の外の巨蜘蛛を睨み付ける。

「ぜぇやああああぁぁっ!!」

 ナードは背後から跳び上がって巨蜘蛛の背甲の中窪に両手剣を突き立てた。

 ナードは魔力を放って巨蜘蛛の頭胸部に入り込む。

「んぎぎぎぃ……」

 ナードは這う這うの体で巨蜘蛛の体内から出てくる。

 ナードは倒れそうになりながら僕に向かって走ってくる。

「エルムス! ホーエルを運ぶ!」

 僕はエルムスに声を掛けてからホーエルに駆け寄る。

「っ! わかった!」

 エルムスは慌ててホーエルに駆け寄る。

 僕とエルムスはホーエルを引き摺って巨蜘蛛から離れる。

 ナードは勢いよく倒れ込む。

「そこの二人! 野良蜘蛛(ストレイスパイダー)の目は何色だ!」

 ナードは即座に問い掛ける。

「あ、赤からっ、くすんだ赤みてぇに色を失ったぞ!」

 コルクスは短剣を構えたまま答える。

「良し! 警戒しながら、こちらに来い!」

 ナードは指示を出してから脱力する。

 ワーシュとコルクスは顔を見合わせてから遣って来る。

「ナードのお陰で助かった。感謝する」

 僕はナードに誠心誠意頭を下げる。

「ああ、感謝は受け取ろう。だが、ライル……だったか? ライルの適切な行いがあったからこそ、不意を衝けて魔力もギリギリ持った。下手をすると、野良蜘蛛の体液でぐちょぐちょだった」

 ナードは仰向けになって僕を見る。

「ん~? どなことどなこと天竜地竜? 最後にライルって何かしたっけ?」

 ワーシュは僕を見ようとしてエルムスに視線を移す。

「野良蜘蛛は私たちを強敵と判断しただろう。つまり『結界壁』の内側に居るコルクスを、野良蜘蛛は警戒した。ライルの叱咤がなく、コルクスがたじろいだままだったなら、ナード殿の存在を気取られていたかもしれない。ーーということに、ライルが叫んでから気づいた。私の駄目なところだ。突発的な事態に、どうしても一手、遅れてしまう」

 エルムスは渋い顔をする。

「あの~、皆~、無視しないでよ~。糸を解いてくれると凄く嬉しいんだけど」

 ホーエルは情けない声で訴えながら体を揺する。

「俺が一番働いてねぇからな、粘っこそーだし、じっとしてろよ、ホーエル」

 コルクスは手際よく糸を切っていく。

 ホーエルは期待の眼差しでワーシュを見る。

「残念ね~ん。魔力空っぽで、『治癒』は売り切れよ~ん」

 ワーシュは僕とエルムスを見る。

「私もライルも無理だ。私もだが、ライルも無茶をし過ぎだ」

 エルムスは座り込んでから嘆息する。

 僕はエルムスに倣って座る。

「あ、それとライル、ありがとね。ライルの攻撃で野良蜘蛛が傾いたから、下敷きにならずに済んだよ」

 ホーエルは粘着(ねばつ)いた糸に辟易しながら笑う。

「それは逃げ遅れた私もだ。あのままなら良くて重傷だった」

 エルムスは思い出して身震いする。

「皆の体力が回復するまでに聞くんだけど、野良蜘蛛(あれ)って結局何なの? 何で初心者用の領域に出てきてんの? ってか、誰の所為なの? ねぇ、ナードのおっちゃん?」

 ワーシュは矢継ぎ早に尋ねる。

「おっちゃん、はよしてくれ。こう見えても、三十より二十五に近い周期なんだ」

 ナードは駄目元でワーシュに願う。

「了~の解か~い! カイの旦那!」

 ワーシュは呼び名を替えた。

 ナードは満更でもない顔付になる。

「竜にも角にも、わかる範囲で話そう。雷守が野良蜘蛛ーーストレイスパイダーなどと名付けたが、この巨蜘蛛は森に棲む四体の(ぬし)の内の一体だ。冒険者の中には、『蜘蛛王』と呼んでいる者も居た。四つの団が共闘して()()、討伐の予定だった」

 ナードは渋面で説明する。

「あちゃー。ってことは抜け駆けっちゃったってことー?」

 ワーシュは杖に寄り掛かりながら呆れる。

「明日は森を封鎖するなどの措置が取られたのだろう。私たちが直ぐに課題に挑めたのは運が良かった、或いは悪かったのかもしれない」

 エルムスは微妙な表情で納得する。

「それで、抜け駆けした奴らはどーなったんだ?」

 コルクスは不平を溜め込んだ顔で尋ねる。

「気付いた三つの団が駆け付け、命は取り留めた。幸い、フィア様が間に合い、再起不能は免れたようだ」

 ナードは動かない野良蜘蛛に視線を向ける。

 ワーシュは野良蜘蛛を見て直ぐに目を逸らす。

「ひ~っ、やっぱり無理~、生理的に無理~! 抜け駆け団の人たちは野良蜘蛛に食べられなくて良か……って、もしかして食事中だった…とか?」

 ワーシュは自身の体を両手で抱いて身震いする。

「いや、それは……」

 エルムスは話そうとして言葉を切る。

「何よ、エルムス。気になるじゃない。途中で止めないでよ」

 ワーシュは野良蜘蛛に背を向けて八つ当たりをする。

「蜘蛛は体外消化だ。消化液を獲物の体内に注入し、口からは液体のみ取り込まれる。吸われると、乾燥するのではなく、空っぽになるそうだ。あと、野良蜘蛛の性別が知りたいのなら、外性器を確認してくると良い」

 エルムスは気分を害して詳細に説明した。

 ワーシュは途中で耳を塞ぐ。

 ホーエルはワーシュの耳から手を外す。

「酷いっ、酷いわ! 美少女虐待よっ、ホーエル!」

 ワーシュは喚き散らす。

「『微妙少女』か『()少女』ではあるね。蜘蛛が苦手だったのはわかるけど、まったく援護してくれなかったからね、当然の権利だよ」

 ホーエルは怒った振りをする。

「腕は後でワーシュに治してもらうとして。体は大丈夫だからね、肩を貸そうか?」

 ホーエルはやせ我慢をしているナードに尋ねる。

「助かる。軽くだが減魔症の症状が出ていて、しばらくは真っ直ぐ歩けない」

 ナードはホーエルの手を借りて立ち上がる。

 僕はナードの腕を取って肩に回す。

「でさでさっ、カイの旦那は何で森に居たの?」

 ワーシュはコルクスと共に先頭を歩きながら尋ねる。

 エルムスは荷物を背負って殿(しんがり)を務める。

「迷宮に潜ると、しばらく出てこない。少し気になって、ーー数日、森で時間を潰す予定だった」

 ナードは僕を一瞥する。

「ん~? って、あっ! どーすんのよ! 魔力すっからカンカンよ! 風竜も逆さで樹にぶつかっちゃうわ!」

 ワーシュは突然騒ぎ出す。

「ま、しょーがねぇだろ。百竜様から『祝福』を授かったのに、炎竜に炎をぶつける、ってか、氷竜と仲良く、のほーがいーか? 折角の機会を無駄にしちまったんだからな、今度逢ったら素直に謝っとけ」

 コルクスはワーシュを揶揄いながら鈴を鳴らす。

「ふぎぎ~っ、ホーエルだけずっこいっずっこいっ、ずっこいこい! こ~なったら、技名はあたしが決めちゃうわ! う~んと、ねっ! 『氷翼』に決っ定~っ!」

 ワーシュはコルクスから鈴を奪って滅茶苦茶に鳴らす。

 皆は何も言わずワーシュに付いていった。

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