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竜の国の異邦人  作者: 風結
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雷爪の傷痕

 ワーシュは皆に合流する。

「ね~む~い~。暗竜もお寝坊中~。み~んな~、え~んりゅ~……ぼふぁ!?」

 ワーシュは吸い込んだ空気を盛大に吐き出した。

「二度目からは僕を感知し難くなります。魔力の多い方ほど、その傾向が強くなるのでメイムさんは気を付けてください」

 リシェは楽し気に笑う。

 初日の二つ音。

 雨の気配を孕まない曇り空。

 皆は宿である「雷爪の傷痕」の前でワーシュを待っていた。

「……リシェさん。朝から心臓が止まるかと思ったわ」

 ワーシュは胸に手を当てて呼吸を整える。

「今日は、一人なのかな?」

 ホーエルはリシェの周辺を手で探る。

「はい。皆に気付かれずに出てくるのに、苦労しました。勝負は公平でないといけませんからね。それでは先に用件を済ませてしまいましょうか」

 リシェは笑顔で不穏なことを言う。

「これが噂の、雷竜が付けたっていう傷痕なのね」

 ワーシュは現実逃避を決め込む。

 歩幅で十歩分。

 地面に大きな裂け目がある。

「スナとナトラ様の『結界』を破って届いた一爪ーー雷爪ですね。レッテは驚いていたようなので、うっかり力の入れ所を間違えてしまったのでしょう」

 リシェは聞いてもいないのに説明する。

「用件とやらを教えてもらいたい」

 エルムスは皆を代表して尋ねる。

「皆さんが昨日、逢った二人。ダニステイルのミャン・ポンとリャナ・シィリですが、名誉団員として同行を許可して欲しいのです」

 リシェは予想外のことを提案した。

「ほ? ん~? んん~?」

 ワーシュは寝起きで理解が覚束ない。

「今日は無理なので、明日からですね。いきなり加わるのも何ですから、先ずは竜の都にでも繰り出して親睦を深めるのもいいかもしれません」

 リシェは皆の反応に構わず話し続ける。

「一応、聞きたい。何故、私たちなのか、理由を教えてくれ」

 エルムスは言葉を滑り込ませた。

「え? 理由の説明、要りますか?」

 リシェは不思議そうにエルムスを見返す。

「……冒険者の団は大抵、戦士で構成されている。魔法使いの運用に熟れていない。ワーシュと団を組んでいる私たちなら、二人を迎えるのに最適、もとい適切であるーーと」

 エルムスは嫌々説明する。

「あれれん? でもさ~、昨日、リャナちゃんが言ってなかったっけ? 『迷宮に入るのは許されていない』って」

 ワーシュは話しながら人差し指を振る。

「メイムさんが言った、シィリさんの台詞の上には『まだ』という言葉が乗っかっていたのを覚えていますか? ですので昨日、ダニステイルの纏め役であるマホマールさんと折衝して、凄く……そう、もの凄く大変だったので、断るとかしないでください」

 リシェは顔を歪ませて皆を脅してくる。

「片方じゃ駄目なのか? シィリのほーは問題ねぇと思うけど、ポンはどーやったって持て余しそーなんだが」

 コルクスは皆の懸念を代弁した。

「そこはどうにか呑んで欲しいところです。纏め役からも、二人一緒でないといけません、と厳命されているので」

 リシェは困り顔で更に続ける。

「竜にも角にも一度、会ってみてください。本当に駄目だと思ったときは、断ってくれて構いませんので。そうなったときは諦めて、文句を三つくらいしか言いません」

 リシェは困り顔で脅してくる。

「皆、諦めよう。ちゃんと選択権はあるようだし、たぶんリシェ君のことだから、どうやっても会わないわけにはいかないようになってると思う」

 ホーエルはエルムスを見てから僕を見る。

「はは、嬉しいですね。僕のことを理解していただけて。それでは、『雷爪の傷痕』に戻ってきたあとに会見となるよう『雷守』を痛め付けて、ではなく、頼んでおいたので、あとは彼とお願いします」

 リシェは視線を巡らせる。

 周囲の冒険者たちはそそくさと立ち去っていく。

「リシェさん、今日は剣と盾を持ってるけど……、あたしたちに付いてくるーーとかとか?」

 ワーシュは複雑な表情になる。

「『勝負は公平』とか言ってたから、それはないと思うけど」

 ホーエルは困り顔でリシェを見る。

「はい。皆さんに同行したいのは山々に竜々なのですが、優先順位というものがあって今日を逃すわけにはいかないので」

 リシェは残念そうに溜め息を吐く。

「この片手剣は、折れない剣、と呼んでいます。分類的に、魔剣とか言われてますが。小盾のほうは、壊れない盾、です。それ以外に、この竜鱗鎧があります」

 リシェは服を捲り上げる。

「うっわ~、綺麗っ! って、あれ? 何か凄く軽そう?」

 ワーシュは無造作に手を伸ばす。

 深みのある氷色の鎧。

 リシェはワーシュから一歩離れる。

「以前は、性能を引き出すだけで限界のようでしたが、今回は。装飾にも手を加え、スナの鱗の美しさをそのまま活用することが出来ました。薄くて軽いのに、強度は抜群です。動きを妨げず、音も静かです。ただ、問題もあって、僕が使うことを想定して造ってあるので、他の方が触れるとーー、ヤバいことになり兼ねません」

 リシェは満面の笑みで鎧を見せびらかす。

 エルムスとホーエルは急いでワーシュを引き戻す。

「ああ、そうでした。スナ、というのは、僕の愛娘です。と、もう一つ、ありましたね。昨日、ラカは僕に付いてこられず、カレンと一緒に行きましたが、それはこの氷鱗鎧が原因です。ラカはぽやんぽやんですが、大陸のーーリグレッテシェルナの『最強の三竜』の一角で竜の中で最速、尚且つ最も鋭敏な感覚を有しています。因みに、東域に現れた『双巫女』を乗せた白竜は、もふもふな風竜は、誰あろう、ラカのことです」

 リシェは服を下ろしてから笛のようなものを取り出した。

「あと幾つか持っていて、これは竜笛です。これもスナから貰いました」

 リシェは円筒形の笛を皆に見せる。

 皆はリシェの話に付いていけず困惑する。

「竜笛ということは、竜にしか聞こえない音が鳴るのかな?」

 ホーエルは皆を代表して仕方なく尋ねる。

「はい。これから(こころ)みに、声を届けてみようと思っています。僕はこれから〝サイカ〟の里とフフスルラニード国に赴く予定です。今日中に戻ってこられるかどうかは、遣って来る竜次第ですね。ーーというわけで、皆さん。僕の後ろに退避することをお勧めします」

 リシェは宿から離れて開けた場所まで移動した。

 皆は顔を見合わせてからリシェの言う通りにする。

「今日一日、僕は出掛けます。そこで、僕を乗せて飛んでくれる竜を一竜、希望します。なので、僕と出掛けたい竜はーー、こ~のゆ~びとぉ~~まれっ!」

 リシェは笛に向かって呼び掛けてから人差し指を立てた。

「皆、危ないと思ったら後ろに隠れてね」

 ホーエルは大盾を構えて体を密着させる。

「早い。もう来た」

 僕は飛んでくるラカールラカを見る。

 皆は僕が見た方角に視線を向ける。

 僕はワーシュとコルクスを押して大盾の陰に移動させる。

「ぃ~え~っ!」

 ラカールラカは一直線で突っ込んできた。

「びゃっ!?」

 ラカールラカは空に向かって弾き飛ばされる。

 撒き散らされる濃厚な冷気。

 皆は怖々と盾から顔を覗かせる。

「え、え~とぉ? 何があったの?」

 ワーシュは答えを求めて皆を見回す。

「今のは、昨日と同じく氷鱗鎧の効果ですね。今、ラカが雲に突っ込みました」

 リシェは空を見上げながら答える。

「お、おぉ~? もしかして設置魔法?」

 ワーシュは呆れつつ尋ねる。

「どちらかと言えば、遠隔魔法のようですね。当然、準備と条件が必要なので、そこまで使い勝手のいい魔法ではないようです」

 リシェは視線を炎竜と氷竜に向けた。

「炎竜が先行している。氷竜のほうが速い。たぶん、同着」

 僕は他に竜が居ないか見回す。

「まだ距離があるってのに、ばっちり見えるな。距離感が、感覚がおかしくなっちまいそーだ」

 コルクスは迫りくる二竜に釘付けになる。

「どっちも竜の姿だね。『千竜賛歌』では遠過ぎて、豆粒くらいの大きさだったから、……何だかドキドキしてくるよ」

 ホーエルは目を輝かせている。

「皆、危機感がなさ過ぎだ。正直、好奇心より恐怖のほうが勝っている。あんな巨大な生き物が、こちらに真っ直ぐ向かって来ている。大丈夫だと思うが、危なくなったら皆も隠れるように」

 エルムスは盾を構えるホーエルを後ろから支える。

「皆さん、一応、心構えを。あと十、数えるくらいで遣って来ますが、直前で『人化』すると思うので……?」

 リシェは自身を取り巻いた風を見回す。

 ラカールラカは曲線を描きながら雲から出てくる。

 直前で「人化」した二竜は風の壁に突っ込む。

「ぅぎっ! 我のほうが半瞬、早かったというにっ、すっから風が!」

 炎竜は密着した氷竜を右手で押す。

「離れろですわっ、熾火! そもそも私がぶっ飛ばしていなければ、風っころが父様を独占していたところですわ!」

 氷竜は密着した炎竜を左手で押す。

 二竜は藻掻きながら風壁の内側に手を入れていく。

「ありゃ、水蒸気か? 古事通りに炎竜氷竜(あいしょうさいあく)なのに、離れないんだな」

 コルクスは不思議がる。

炎竜氷竜(しゅくてき)ということで、譲れないというか理屈じゃないというか色々あるのかもしれないね」

 ホーエルは好奇心を抑え切れず頑是ない二竜を見る。

「そもっ、毎夜! 主の(しとね)を汚しておる分際でっ、融け捲ってしまえ!!」

 炎竜は氷竜の耳を引っ張る。

「ひゃっこい! あの風っころが来てからというものっ、二回しか擦って貰えてないのですわ! 然も中途半端で邪魔した風っころの魔風で煽られて、燃え尽きろですわ!!」

 氷竜は炎竜の鼻を指で捻る。

「余裕がないようで、二竜とも言葉がおかしくなっている。このままだと氷竜が勝ちそうだが」

 エルムスは盾から目だけを覗かせて観察する。

 二竜の手はリシェの指まであと掌二つ分。

「そうねー、って、ライル、どこ見てるのよ?」

 ワーシュは僕が見ている空に視線を向ける。

 皆は落ちてくるラカールラカを視認する。

「ずっと真面に飛べていなかった。あれはたぶん、リシェに引き寄せられているだけなのかもしれない」

 僕は観察の結果を皆に伝えた。

 二竜は僕の言葉を聞いて空を見上げる。

 二竜の手は掌一つ分。

「り~え~」

 ラカールラカは二竜の腕の上に落ちる。

「ぴゅ?」

 ラカールラカは二竜を不思議そうに見る。

「ぴゃ?」

 ラカールラカはリシェを不思議そうに見る。

「ぴゅ~!」

 ラカールラカは二竜の腕の上で転がってリシェの指を(くわ)える。

 二竜は極悪な表情になる。

 ラカールラカは風壁を解いた。

「ぴゃ~?」

 ラカールラカはリシェに覆い(フード)を被せられる。

 ラカールラカは垂れ耳になる。

 二竜はリシェを捉えられなくなる。

「きゃは~っ! 垂れ耳風竜!!」

 ワーシュは遠ざかっていくリシェとラカールラカを見る。

「凄い逃げ足だったね。消えたかと思った」

 ホーエルは感心して頭を掻く。

 ラカールラカはリシェを乗せて飛び立つ。

 ラカールラカは純白の毛で覆われている。

「お~、さすが最速竜! 一瞬で豆粒竜!」

 ワーシュは空の果てを見る。

 無言だった二竜はお互い一歩ずつ離れる。

 皆は発散される二竜の魔力に驚いて視線を向ける。

 エルムスは先手を取ってホーエルを見る。

 皆はホーエルに期待の眼差しを向ける。

「あの、若草色のリボンなんかは、みー様の特徴と一致するんですが、炎竜様はみー様なのでしょうか?」

 ホーエルは頭を掻きながら丁寧に尋ねる。

「我のことは百竜と呼ぶが良い。みーに換わって遣りたいところではあるが、抜け出してきた故、早々に戻らねばならん」

 百竜は落ち着いた竜眼で皆を見る。

「用があって出掛けられないのなら、邪魔しに来るなですわ」

 氷竜は百竜の反対側に向かって文句を言う。

「氷とて、我と同じ状況であれば衝動に抗えぬであろうが。ーーただ去るも炎が廃る故、『祝福』を呉れてやろう。ぼはぁ」

 百竜はワーシュに向かって息吹(ブレス)を吐く。

「ほ? ぶぉはっ!?」

 ワーシュは全身を炎に包まれて仰天した。

「ワーシュ!?」

 コルクスは炎を消す為にワーシュの体に触れる。

「ぅひんっ!? って、どこ触ってんのよ!!」

 ワーシュは全力でコルクスを殴る。

「燃やしっ放しではなく、延焼の対策をしてから遣れですわ」

 氷竜はコルクスに「治癒」を施す。

「効果は氷柱から聞くが良い。主は其方らと係わるつもりのようだ。であれば、みーと触れ合う機会も巡ってこよう」

 百竜は氷竜に答えず飛び去っていく。

「熱くない、柔らかい炎だったね。ワーシュの体に吸い込まれていったみたいだけど、どんな効果があったのかな?」

 ホーエルは皆を見てから氷竜に視線を向ける。

 皆は体から冷気を漏らしている氷竜を見る。

「炎なりに属性について理解を深めた結果ですわ。ーーワーシュ。ちょっと炎を出してみるですわ」

 氷竜はワーシュに向き直る。

「……え? はっ、はい!」

 ワーシュは即座に右手から炎を生み出す。

「あ~れ? ん~、な~んて言うか~、すっご~く馴染んでるよ~な?」

 ワーシュは正しく伝えられず悩む。

「今日一日。一言で言うなら、炎の通りが良くなっていますわ。そこから何かを掴むかどうかはワーシュ次第ですわ」

 氷竜は冷気を引っ込めた。

 氷竜は機嫌を損ねている。

 皆は氷竜を扱い兼ねている。

「あー、の、そのー、ありがとうございます、……ヴァレイスナ様?」

 ワーシュは氷竜に近付こうとして断念する。

「この子供はヴァレイスナで間違いない。それから『人化』か魔法かはわからないけど、ヴァレイスナはレイでもある」

 僕はヴァレイスナを正面から見る。

 皆は僕の断定に驚く。

「正解ですわ。どうしてわかったのか答えるのですわ」

 ヴァレイスナはレイの姿になる。

「ヴァレイスナの魔法を見抜くことは、僕には出来ない。ヴァレイスナやレイの振る舞いも同様。魔力や細かい部分まで偽装していて、繋がりは見出せない」

 僕は底が知れない氷竜に説明する。

「エンやシャレンのような、ーー勘ですわ?」

 ヴァレイスナはレイから元の姿に戻った。

「勘、というのならそうかもしれない。ヴァレイスナからは何もわからなかった。僕が判断の拠り所としたのは、リシェだ」

 僕は(あで)やかな冷笑を浮かべたヴァレイスナを見る。

「父様の、何を知ったですわ?」

 ヴァレイスナは氷眼を妖しく輝かせる。

「ヴァレイスナとレイに、リシェは同じ眼差しを向けていた。あの瞳に映るものが、別のものであるとは思えない」

 僕は嘘偽りなく言葉にする。

「ーー父様の眼差しにあったものは、何ですわ?」

 ヴァレイスナは一拍空けてから尋ねる。

「わからない。リシェの眼差しにあったものは、僕の内にはない。だから、答えられない」

 僕は赤裸々に答える。

「ふふん? 悪くない答えですわ。ーーそうですわね。父様が迷惑を掛けることになるでしょうから、迷惑料を払ってやりますわ。望みがあるのなら言ってみるですわ」

 ヴァレイスナは悪戯好きな子供の顔をする。

「必要ない」

 僕は即座に言う。

「らっ、ライル!? そっ、率直なのはライルのいいところだけどっ、相手が誰なのかはもうちょっと考えようよ!」

 ホーエルは慌てふためいて僕の右腕を掴んでくる。

「相手は竜だから逆に問題ないような気もするのだがこれは別にライルを信頼していないわけではなく私の未熟さからくる判断の誤りかもしれないのだがちょっと待とう」

 エルナスは混乱しながら僕の左腕を掴んでくる。

「先程は、みっともない姿を晒したですわ。竜の沽券に係わるので口止め料として、私も『祝福』を呉れてやるですわ」

 ヴァレイスナは皆の姿を見ながら溜め息を吐く。

「わかった」

 僕はヴァレイスナの姿を見て妥協した。

 エルムスとホーエルは安堵して僕の腕から離れる。

「中々に面白い団のようですわね。要は三つ、一つは大盾のホーエル。相手が強ければ強いほど、ホーエルの役割は重要になっていくですわ。一つは魔法のワーシュ。団が最も機能するのは、ワーシュの魔力が切れるまでですわ。一つは知恵のエルムスーーと言いたいところですが、この団の中心はライルですわね」

 ヴァレイスナはすべてを見透かすような氷眼で僕を見る。

 皆は何も言わず僕を見る。

「ホーエル。大盾を出すのですわ」

 ヴァレイスナはホーエルの前まで歩いていって命令する。

「ひゃっ、ひゃい!」

 ホーエルは混乱しながら命令に従う。

 ヴァレイスナは指先に魔力の光を宿した。

 ヴァレイスナは大盾に光で描いていく。

「魔法……とも違うようだけど、……って、ぅえっ!? もしかしてっもしかしなくてもっ、もしもし氷竜っ、しもしもっ聖語なの!?」

 ワーシュは大混乱で尋ねる。

「これは魔法陣。今、私が描いているのは三百周期以上、人種が研鑽を重ねて到達する(たぐい)のものですわ。繊細な作業が必要な非定型魔法陣は、あの娘の苦手な分野ですわ」

 ヴァレイスナは二重の円に文様を描いていく。

「ホーエル。これが何かを理解する必要はないし、扱おうと試行錯誤もしなくて良いですわ。ーー罅割れた者の背徳(よわきもののつよさ)。人種でこれが使える者など、殆ど居ないのですわ。ただ、氷竜が気紛れを起こすくらいの確率で、ホーエルなら『祝福』を得られるかもしれないのですわ」

 ヴァレイスナは楽し気に説明する。

「あ、ありがとうございます?」

 ホーエルは判断に迷って竜にも角にも頭を下げる。

 ヴァレイスナは一瞬迷ってから皆を見る。

「ひゃふっ、今日の私の予定が空いてしまったのですわ」

 ヴァレイスナは無垢な少女のように笑う。

 皆はヴァレイスナに魅了される。

「要らない」

 僕は断固として言う。

「ふふりふふり、機会はあるでしょうから急がないのですわ。連峰の氷姫、ヴァレイスナに目を付けられたことを光栄に思うが良いですわ」

 ヴァレイスナは満面の笑みを浮かべたまま忽然と消える。

「……竜が居たってのに、珍しく暴走しなかったな」

 コルクスは大人しくしているワーシュに尋ねる。

「……コルクス、あんたわからなかったの? リシェさんはヤバかったけど、魔力には暖かさがあったわ。でも、あの氷竜はーー。あたしじゃ無理、怖い、踏み込みたくない、息をするのも辛くなってくるような、透徹した魔力……だったわ。風竜のときは我慢できたけど、氷竜は……駄目」

 ワーシュはヴァレイスナが居た場所に眼差しを注ぐ。

「あれ? そうは見えなかったけど、ラカールラカ様のときも我慢してたのかな?」

 ホーエルは凍った空気を解すように尋ねる。

「んー、結構ギリギリだったわよー。風竜の鼻血水準の可愛さにー、がちゃんって天秤が傾いてくれたから良かったけどー、無垢なよーでがらんどーな魔力に呑み込まれそーになったものー。コウちゃんも同じねー。世界そのものが現れたようーな超越した何かだったからー、理解不能でどーでも良くなっちゃったー」

 ワーシュは自身の魔力を探る。

 ワーシュは皆を見て朗らかに笑う。

「ワーシュに悪影響があるようなら竜の国から出ようと考えていた。同時に、『魔法王』が居るグリングロウ国は多くの選択肢を与えてくれる場所でもある。ワーシュだけでなく、皆にも」

 僕は皆を順繰りに見る。

「はは、まぁ、そこは追い追いに、だね。先ずは皆で一緒に、冒険者を楽しもう」

 ホーエルは荷物と盾を背負う。

「そーねぇ、風竜と氷竜で免疫付いたから、大丈夫~大丈夫~」

 ワーシュは軽い足取りで歩き出す。

 皆は森の入り口に向かって歩いていく。

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