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竜の国の異邦人  作者: 風結
34/35

風盗作戦

「ぴゅ?」


 起きたようなので、皆は足を止めて様子を見る。

 もぞもぞと、頭陀袋(ずだぶくろ)が揺れるがーー無風。

 「光球」が三つ、闇を小さく押し退けている。


「ゅ~」


 再び、寝息が聞こえてきたので皆は歩き始めた。

 先頭は、頭陀袋を抱えたコルクス。

 僕、エルムス、ワーシュ、リャナ、ミャンと続いて、最後尾にホーエル。

 東の竜道は狭く、一列になって進んでいる。

 皆は荷物を背負っているので、擦れ違うことは出来ない。

 対向者が来た場合は、一定区間ごとに左右に掘られている交差所で擦れ違うことになる。

 東の竜道に入ったのは、深つ音を過ぎてから。

 魔法で監視しているのか、歩哨(ほしょう)は見当たらなかった。

 それから夜もすがら歩いて、一つ音になったかどうか。

 日が昇ったとしても、竜道に居る限り、それを感じ取ることは出来ないーーかと思ったが、獣と虫と毛玉の感覚は特別だった。


「ケモ~、ケモ」

「ギィ~」

「ケモとシロップとギル様が言うには、もうすぐ出口で、竜道を抜ける頃には明るくなっているそうだ」


 口数が少なくなっていた皆の口から、安堵の息が漏れる。

 景色の変わらない一本道。

 それは南も東も同じだが、東のほうが圧迫感が凄かった。

 どこまでも続く、狭い道。

 単調さに、感覚は鈍くなって、永遠に続いているのではないかと錯覚してしまいそうになる。


「……何だか、皆のペースが、途中から……、少し速くなったような気がしていたが……きっと、たぶん、……私の勘違いではないのだろう」

「早く竜道を抜け出したい、という気持ちが反映されたみたいだね。後ろから二番目になれば、押してあげられたんだけど」

「あたしはまだまだ余裕あるよん? 後ろから荷物オシオシするるん?」

「……いや、竜道を抜けたら休憩だろうし……、そこまでは、男の沽券を守って……おくことにしよう……」


 ケモの提案で、半ばを過ぎた辺りから、エルムスは僕の荷物を掴むというズルをしていたのだが、ここは黙っておくことにする。

 エルムスは竜の国に来てから嘘が上手くなったが、きっとリシェの所為だろう。

 それと、もう一つ。

 東域から竜の国へ、それから冒険者として活動していたが。

 エルムスに体力の向上は見られなかった。

 ここまでとなると、身体的な問題があるのかもしれない。

 今更気付いても獣の宴(ておくれ)だが、ヴァレイスナかユミファナトラに相談しておけば良かった。


「ケモ~、ケモ~」

「がん…ば……りゅー」


 ケモは上機嫌で、後ろを向いてエルムスを応援した。

 エルムスは、なけなしの気力を振り絞ってケモに応える。

 因みにケモは、僕が背負っている荷物の上に座っている。

 ケモは歩くと言っていたが、身長差があるので東の竜道では危ないーーということになって、前方警戒要員になった。

 始めは、すまなそうにしていたケモだが、荷物の乗り心地が良かったらしく、途中からは楽しんでくれていた。

 ケモと繋がっている僕の心も軽くなって、皆には悪いが、エルムスという重荷があって尚、僕の疲労は少なかった。


「を? 臭いってか、匂いか? もーすぐみてぇだな」

「ケモっ、ケモ~」

「ギィ~っ!」


 陽の匂い、或いは風の匂いだろうか、朝が弱いシロップもクルクル回転して喜びを分かち合う。


「~ぅ」


 まだ眠っている。

 もう竜道の出口なので、第二関門突破。

 第一関門は、「風盗作戦」の肝である「風盗」ーー風竜ラカールラカの誘拐。

 遣らかし、とやらでラカールラカはリシェの居室には居なかった。

 「双巫女」の部屋かと思って、ワーシュが魔法ーーではなく直接、居室を訪ねて確認するという奇策(あらわざ)(?)のお陰で、ラカールラカの翼取り(じょうほう)まで獲得(ゲット)

 失敗すれば、出発は明日に延期するところだったが。

 ワーシュが得た情報を元に、「飛翔」で上空から捜索していたミャンが、煙突に頭から突っ込んでいた風竜を発見。

 引き抜いてみたら、気持ち良さそうに眠っていたので、そのまま頭陀袋に入れて東の竜道に向かった。

 恐らく、煙突は風の通り道か、吹き溜まりになっていて、眠ったまま飛んでいると時々、嵌まってしまうのだろう。

 風竜除けに、煙突の先端に金網か何かを設置したほうがいいのかもしれない。


「着ーいーたーのーふぁぶっ!?」


 半分、眠りながら歩いていたので大人しかったミャンが、覚醒した途端にホーエルに口を塞がれる。


「出口から出たら、急な斜面だ! 気を付けろ!」


 ホーエルに合図したコルクスは、皆が竜道に出てくるまで警戒を行う。

 皆は焦らず慎重に荷物を置いて、すぐさま戦闘態勢にーー。


「ほ? ……弱ってた?」

「どうだろう? 巨体の、オークらしき魔物で、鉤爪となれば。あれが南の竜道の案内係が言っていた『巨鬼(オーグルーガー)』だろう」


 突如、オーグルーガーは生物とは思えないくらい硬直して(かたまって)、人形のように、ばたりと倒れた。

 皆は警戒を緩めず、ミャンは「聖語」を描いていたので、先ずはミャンの手を掴んで止める。


「ライル! 我の活躍を邪魔するななのだ!」

「邪魔をするつもりはないが、死体に魔法を打ち込んでも魔力の無駄」

「ふぬ?」

「ま、そーだな。魔物が擬死(しんだふり)ってのは、あんま聞かねぇし、石でも投げて反応見てみるか」


 コルクスが手頃な石を探している間に、ホーエルが皆を代表して尋ねてくる。


「ライルはオーグルーガーの死因に気付いてるようだけど、ライルが遣ったわけじゃないよね」

「ああ、僕が遣ったわけではない。ケモが『無音圧殺爪(ナグルファル)』で瞬殺した」

「ケモ~」


 ケモが両手を挙げると、にょきっと爪が出た。

 結構、鋭い。

 切れ味も良さそうだ。

 灌木の枝くらいなら、スパスパ切れるだろう。

 人前で爪を出す際は、僕の許可が必要、ということにしたほうが良さそうだ。


「ほ?」

「因みに、ギル様の『夢幻千棘(ボルソルン)』でも可」

「ギィ~っ!」


 ケモに対抗しているのか、ギル様の毛玉の上部が、しゃきんっと尖った。

 たぶん、黒毛を射出することが出来るのだろう。

 これまで披露したことがなかったということは、威力はそれほどでもないのかもしれない。


「んー? じゃーシロップは?」

「ネタ切れなので、ワーシュに任せる」

「ほわっ、そんな期待されてもても!?」


 クルクル楽し気に回って、ワーシュの「創作技名(ひっさつわざ)」を待ち侘びるシロップ。

 ミャンが次々に技名を叫ぶが、意外に厳しいシロップにすべて却下されてしまう。

 誰も見ていない中、石を投げたコルクスは、不貞腐れながら戻ってくる。


「ライルが冗談を言うとは。ーー何か、深刻な事態でも発生したのか?」

「そういうわけではない。ただ、僕も皆と旅をして、竜の国に来て、リャナやミャン、竜や多くの人と出逢って、成長した(かわった)ところを見せたかった」

「ケモ~、ケモ~」


 僕は変わった。

 ケモも変わった。

 それは、皆のお陰だ。

 ーー「魔触」。

 その切っ掛けとなった少女は。

 ーーまだ、ウジウジしていた。


「オーグルーガーを倒したのは、『針』だ」

「っ……」


 おかしい。

 リャナの瞳を見ればわかる。

 出逢った頃とは異なる、強さの証し。

 であるのに、どうして未だに、自身に自信が持てないのだろう。

 性格、ではあるのだろうが、他にも何か、要因があるようだ。


「審査員が『刹那の魔力』と言っていた。『針』を、更に細分して、対象に。対象に当たる寸前に、纏まって『針』となる。オーグルーガーは認識することすら敵わず、雄叫びを上げようと口を開いたところで、『針』によって絶命した」

「ちょっ、ちょっちょっ、ちょっと待って!? なにっ、その絶技っていうか、必殺技!?」


 魔法に造詣(ぞうけい)が深い分だけ、その高過ぎる難易度を実感したのか、ワーシュはリャナに詰め寄った。

 それとは逆に、拗ねたような口調でミャンは淡々と言った。


「前から言っているのだ。リャナは凄いのだ。今はまだーー、リャナのほうが『魔女』に近いのだ」

「そういえば。シィリさん以外は皆、シィリさんを褒めてたよね。『魔法王』やヴァレイスナ様にも目を掛けられてたみたいだし、自分のことが一番……」

「って、そーんなことよりもっ! どーやって『針』打っ刺した、とゆーか、刺しただけ、とゆーかーっ!?」


 暴れ竜(どっかん)になったワーシュを、エルムスとホーエルが止める。

 これ以上、引き延ばすと、ワーシュが暴れ獣(ぼっかん)になるかもしれないので、本人から説明してもらうことにする。


「オーグルーガーの体内に入ってからのことは、僕にはわからない。ケモも、はっきりとはわからなかった。ワーシュを正常に戻す為にも、説明して欲しい」

「……その、ライルさんは、どうして『針』に気付いたのですか?」

「僕は以前より深く、リャナを感じている。前は、リャナの魔力を見逃さない、言ったが、今の僕は。触れた魔力(リャナ)の感触を、心地を、生涯、忘れることはない」

「っ……」


 何故だろう。

 リャナが説明する番なのに、彼女は反対側を向いてしまった。


「ケモ、ケモ」

「持病も? え? 僕のほうの持病?」

「ラぁ~イルぅ~っ!! いたい娘をゆーわくしてないでっ、魔法使いはどんぶらこっ!?」

「オイオイ、け、が抜けてんぞ。『いたい』じゃなくて『いたいけ』だろ」

「突っ込むのなら、『どんぶらこ』のほうじゃないかな」

「『どんぶらこ』は、重みのある物などが水に浮き沈みしながら漂うさま、という意味だ。ワーシュの精神状態を表現したということなら、(あなが)ち間違いとも言えない」

「ギィ~~っっ!!」


 収拾が付かない。

 ミャンまで加わったら、終獣ーーと諦めようとしたところ。

 「針」を行使しようと奮闘する魔法娘は、竜の領域(あっちのせかい)

 そして。

 ここまで騒がしくすれば当然、ラカールラカは目を覚まーーさなかった。


「ケモ、ケモ」

「うん、一緒にやろう」

「~ゅ」


 紐を解いて、垂れ耳風竜を頭陀袋から引き出そうとしたら。

 竜に嫌われ体質の、僕の気配を察知したのか、僕から距離を取るラカールラカ。

 そんなことをすればどうなるかというと。

 頭陀袋が坂を転がり落ちていった。


「ぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ~~っ!?」


 頭陀袋の中に居るので、状況が理解出来ていないらしい。

 なので、新しい造語を作ることにした。


頭陀袋(ふくろ)に入れば、風竜も転がる」

「ケモ!」

「魔法で止めます!」

「たぶん、ラカールラカに魔法を使おうとしても、竜の魔力に遮られて効かないと思う。ラカールラカは竜だし、自力で何とかしてもらおう」

「ぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅ~~っ?!」


 無理そうだったので、コルクスに頼むことにする。


「コルクス。ラカールラカはまだ必要だから、拾って、宥めてきてくれ」

「了解。ってか、避けられてんのは知ってるが、もー少し風竜様にも、ケモの半分くらいでいーから優しさ分けてやれって」

「善処する」


 僕の答えには期待していなかったのか、返事を聞く前に、すでに行動に移っていた。

 靴の踵と側面を利用して、コルクスは滑るように斜面を下っていった。


「リャナ。ワーシュを炎竜から地竜にする為に、コルクスが戻ってくるまでに説明してあげて欲しい。対象に察知されないように、地面すれすれを移動させたところまではわかっている」

「ほ? それゆけそれゆけ天竜雷竜?」

「ケモ、ケモ」

「うん。魔力の緻密さから、ケモの魔力感知には引っ掛からなかったが。僕の目と、リャナへの僕の執着が、捉えることを可能にした」

「……っ」


 再び、反対側を向こうとしたリャナを、恨めし気な顔のミャンが止めた。

 予想出来たことだが、ミャンは「針」を使うことは敵わなかったようだ。


「出来ないのだ。コツを教えるのだ」

「……わかりました。実演してみせます」


 リャナが人差し指を曲げると、氷というより硝子のような透明な「針」が出現した。

 それを見て、エルムスが率直に尋ねる。


「これだけの透過率となると、高透過ガラスなのか?」

「硝子ではありませんが、属性は地です。あたしが使える属性であれば、同じような『針』を作ることが出来ます」

「……ほ? いやいやいやんいやんっ、複数の属性でこんなこと出来るって、……マジマジ?」

「その……、これは皆さんにわかるようにしましたが、行使する際は視感反射率をーー、こうします」


リャナがゆっくりと人差し指を曲げていくと、「針」は薄くなっていって、ーーそして、見えなくなる。

 指を元の位置まで戻すと、再び「針」が見えるようになる。

 他の四指を曲げると、「針」が細分化される。


「この状態で、ライルさんが言ったように地面近くを滑空させ、そこから『針』に戻した上で上昇。斜めに突き刺す、その半ばで、再び細分化させます。その後に、状態を変化させます」


 細分化された「針」の欠片は、リャナが手を握るのに合わせて、形を変えた。

 向きを変えたり、尖ったり膨らんだり、それに、属性の範囲内で性質も変えているように感じられる。

 これが、オーグルーガーの頭部で起こっていたこと。

 その事実に思い至った瞬間に、皆は何も言えなくなる。

 だが、リャナの「針」はこれだけではないはず。


「ホーエル。そこら辺の石を拾って、魔力を纏わせてくれ。出来れば、全力で」

「……あ、うん、わかったよ」


 皆と同様に、絶句していたホーエルだが、僕が頼むと素直に従ってくれる。

 ホーエルも興味があったのか、手頃な大きさの石に全力で魔力を注ぐ。

 僕がリャナを見ると、彼女は諦めたように頷いてから、「針」を生み出す。


「ケモ、ケモ、ケモ」


 ケモが言ったように、三本の「針」。

 それぞれに、異なった性質。

 一本目の「針」は砕けて、二本目が穴を開けて、三本目が石に吸い込まれると、破砕。

 一瞬の出来事。


「ケモっ、ケモ~」

「僕たちの中で、最も魔力操作が得意なホーエルでも防げない。でも、幾つか弱点はありそうだ」

「はい。恐らく、ミャンが魔力を纏えば、『三針』は跳ね返されます。また、『針』は脆いので、硬い皮膚の魔物や防具を貫通することは出来ません」

「そ、そうなのね……」

「でも、『針』は一つの手段にしか過ぎない。リャナには、他にもあると思う」

「……ほけ?」

「あ、はい。元々、色々と考えていました。ただ、私には使えないと思っていました。魔験の際に、思い切ってやってみたらーー、多くの『術』を使うことが出来ました。たぶん、『地竜の杖』のお陰です」


 リャナはそう言うが、「地竜の杖」を持った魔法使いが、彼女と同じことが出来るとは、とてもではないが思えない。

 「地竜の杖」の恩恵があったとしても、その大部分はリャナ自身の力だろう。


「え?」

「ケモ! ケモ!!」

「ぴゅー。問題なー」


 リャナが周囲を見渡して、ケモは鋭く警告を発した。

 そこにコルクスが戻ってきて、彼にくっ付いていたラカールラカが乾燥した風のような声を出した。


「周囲を……、千、いえ、万を超える『針』で、……取り囲まれています」

「僕には感じ取れないが、この『術』を成した存在の正体はわかる。というか、ヴァレイスナしか居ない」

「あら、どうしてわかったですわ?」


 ひょこっとホーエルの背中から、氷眼と氷髪が、笑顔と共に現れる。

 誰よりも先ず、ケモが仰天した。


「ケモノーーっっ?!」

「僕が答える前に、どうやってケモの鼻を(たばか)ったのか教えて欲しい」


 即座に僕の後ろに隠れたケモの手は、プルプル震えていた。

 ケモにとっては、それほどの、有り得ない事態だったらしい。


「そうですわね。単純に、ケモに経験が足りてないだけですわ。私は、私自身に気配を留め、それから、他のすべてが、私を通過するように偽装したのですわ。しばらくすれば、ケモなら『偽装』を見抜けるようになりますわ」

「……ケモ」

「ひゃふふのふ。当然、『偽装』が見抜かれたところで、他に手段は幾らでもありますわ。そんなことより、ケモは私にお礼くらい言えですわ」

「ケモ? ケモっ、ケモ~っ!」

「ケモは、ありがとう、と、ごめんなさい、を一緒に言っている。僕からも、ありがとう、と言わせてくれ。ヴァレイスナのナイフのお陰で、僕は今も、ケモと一緒に居られる。それから、ーーナイフをありがとう」

「ケモ?」


 ケモには上手く伝わらなかったようだ。

 僕の身代わりとなって、粉々に砕けたナイフ。

 そう、ナイフは粉々に砕けてしまったのだ。

 ナイフを作った本竜(ヴァレイスナ)は、どう思ったことだろう。

 恐らくヴァレイスナは、ナイフが壊れることを想定していなかったはず。


「一日使って、今度は一から造ったですわ。ケモは私に近付きたくないでしょうから、ホーエルから……」

「ケモっ!」


 僕が前屈みになると、ケモは僕の背中からホーエルの肩に。

 ヴァレイスナの気配に慄いて退きそうになるが、ケモはーー。


「ケモ、ケモっ!」


 しゃがみ込んで、氷竜から直接ナイフを受け取ってから。


「ケモ~」

「一日分の代金に、相応のものを貰ったですわ」


 そう言って、ヴァレイスナはホーエルの背中の後ろに消えていった。

 どうやら、ケモで楽しんでしまって(まんぞくして)、僕の答えは要らないようだ。

 ケモのナイフ。

 前ケモナイフと似ていたが、一つ、異なっている箇所があった。

 持ち手の下の部分が空洞になっていた。

 ケモはまったく気にしていないようで、僕の許に戻ってくる。

 僕にナイフを渡そうとしてきたので、逆に、ケモの背負い袋を差し出した。


「ケモ、ケモ!」

「うん。今度は、ケモがきちんと管理しないとね」


 受け取った背負い袋に、ケモがナイフを仕舞おうとしたところでーー。


「ケモ? ケモっケモっ!」

「ーー来たようだ。ただ、ケモが言うには、見知らぬ気配が二つ、同行している」

「おややん? ってことは、『風盗作戦』は成功ってことん?」

「ぴゅ~?」

「半分は成功。あと、『氷盗作戦』のことは皆、黙っていてあげて。僕の予想だと、リシェを謀るのは無理」

「そんなことないですわ。やってみせますわ」

「ヴァレイスナ。リシェの執着を甘く見ないほうがいい。恐らくリシェは、ヴァレイスナが世界中のどこに居たとしても、必ず見つけ出す」

「ひゃふ……」

「……ケモ」


 ヴァレイスナの気配が完全に絶たれた。

 こんな近くに居るというのに、ケモでもわからないようだ。


「凄いわねぇ。見えないし、感じられないし、触ろーとすると認識を阻害されるし、それに気付くことも出来ないっぽい?」


 ホーエルの後ろに回ったワーシュが様々に試すと当然、大人しくしている魔法娘たちではない。

 コルクスがミャンを止めたので、僕はリャナを止める。


「あー、ほれほれ。そろそろあっちからでも見えるだろーし、()()しとけって」


 コルクスの言葉で、準備を始めるミャン。

 「聖語」を描いて、先制攻撃を行うようだ。

 リャナも、心の準備はしておいたほうがいいと思うのだが、彼女はこの先の展開が読めていないようだ。

 二つの竜影が山脈から現れたところで、天壌(てんじょう)から溢れるようなミャンの「聖語」が(ほとばし)る。



   星の光を導くは魔力の茅生(ちせい)

   穂に蓄えし揺るぐ地上の天環

    果てを識れ

   めぐる機会に星霜を語らしめよ

   源輪よ 窺知(きち)するに足る火群(ほむら)

   夢凪よ (よみ)する者の(うべな)う先に

    おもてを揚げよ

   写しの波間に輝くは魔力の砂州(さす)

   礫が紡ぎて拾い上げし地鳴

    魔は廻る

   舞われ 舞われ 舞われ

    魔は(まさ)

   舞われ 舞われ 舞われ

   明日に踏む 先にこそ()らせ

   天児(あまがつ)として捧ぐ仮初めの母地へ



「『天雅』」


 ミャンが描いた「聖語」に応えて舞い踊る、天を焦がす圧倒的な光群。

 大炎のように揺らめくそれは、天壌(てんじょう)を繋ぐ夢の架け橋。

 空から舞い降りる竜をも呑み込む、光の波濤がーー。


「『竜巻』」

「『光臨』」


 竜に挑んだ魔法使いの如く、吐息のような儚さで消滅してしまうのだった。


「うーわー。これは酷いわー」

「草の海の竜巻よりも凶悪な、風の暴虐。天の柱、とでも表現したくなる、光柱の顕現。恐らく、これでも全力ではないのだろう」

「ふがーっ! 遣り直しを要求するのだ!!」

「ギィ~~っっ!!」

「ケモ、ケモ?」

「コルクス。ラカールラカが寝ているから起こして」

「を? ……マジだ、気持ち良さそーに寝てんぞ」


 二竜の魔法の前に、皆はお手上げ状態。

 わかっていたことだが、グダグダになる。

 二つの魔法で、広範囲の地面が穿たれ焼かれて、酷いことになっている。


「せ~のっ」


 コルクスは心を竜にしてーー気持ち良さげに眠る風竜を起こせなかったので。

 心を獣にしてラカールラカに頭突きをした。

 良心の呵責を緩める為の代償行為のようだ。


「ひゅー?」

「我は『千竜王』が右角! 天竜エイリアルファルステなり!」


 風と光が治まると、空中に浮かんでいる、ぼんやりとした髪の青年が名乗りを上げた。

 頭の天辺から立派な角を生やしている天竜。

 風髪の青年は、じろりとエイリアルファルステを見遣るが、気を取り直して名乗りを上げた。


「我は『千竜王』の左角! 風竜ランドリーズである!」


 ランドリーズはリシェの右側に居る。

 恐らく、ランドリーズは「右角」のほうが良かったのだろう。

 どちらも東域の竜のようだが、風竜よりも天竜のほうが厄介そうに見える。

 だが、ランドリーズはラカールラカと同じ風竜。

 となれば、こちらも油断は出来ない。

 ランドリーズは、ラカールラカと同じ位置から角を生やしているが、こちらは渦を巻いていない。


「両角の主たる『千竜王』が問う。如何なる理由によって風竜を(かどわ)かしたか」


 魔力を宿した言葉と共に、風が舞う。

 風の隙間から現れるように、四本の巨大な「氷柱」が出現。

 見下ろす少年の(おもて)には、一切の慈悲はなく。

 正にこの世の悪のすべてを集めて顕現する、邪の極み。

 「千竜王」ーーランル・リシェ。

 当然、「魔女」を越えることを目標と定めるミャンが黙っているはずがない。


「ついに現れたのだっ、『邪魔王』! 我の目が黄金の輝きを宿す間はっ、悪が蔓延(はびこ)る余地など与えないのだ!!」


 最前に出るミャン。

 僕はコルクスを促してから、ケモと一緒にミャンの横に並んだ。


「ケモ~っ! ケモ~っっ!!」

「獣の眼は真実を見極める! 悪の栄えた試しなし! 『邪魔王』に降る鉄槌! 今こそまさに断罪の時!」


 ケモの言葉を拡大解釈してリシェに叩き付ける。

 あと、ミャンの「邪魔王」発言に、リシェは眉をぴくりと動かしていたので、僕も「千竜王」ではなく「邪魔」の部分を強調することにした。

 そして、ミャンの斜め後ろで、ラカールラカをくっ付けたコルクスが叫ぶ。


「世界の敵っ、『邪魔王』! 世の平安を乱そうとはっ、不届き千万! 風竜様の風下にも置けるものか!!」

「ひゅー?」


 自身には関係ないと思ったのか、また寝入ろうとするラカールラカ。

 だが、それでは困る。

 目を覚ましたばかりで、状況を理解していないラカールラカを唆すことにする。


「ラカールラカ。『邪魔王』を倒せば、リシェは『不滅の寝台(エターナルバース)』になってくれるかもしれない」

「ぴゅ~?」

「え、あの……」


 ラカールラカに言ってから、最後にならないようにと目線で伝えたが、リャナには了解してもらえなかった。

 だが、リャナもダニステイル。

 昔はリャナもそうだったらしいから、たぶん大丈夫だろう。


「びゅ~っ! りえはもう少し、わえに優しくするのあ! ちょっと遣らかしたくらいで、寝床禁止なのは良くなー!」

「あれ、ラカ? 僕の耳がおかしくなったのかな? 今、『ちょっと』、とか言いませんでしたか?」

「びゃっ!? ……風竜は聞いたのあ! りえを倒せば『不滅(えいきゅう)の寝台(しゅうしょく)』なのあ!」

「……は?」


 獣にも竜にも、勢いで押し切って、戦う気満々のラカールラカ。

 藪獣のような気がしないでもないが、竜の本能なのか、戦って勝ち取ることを選択したようだ。

 リシェの本心はわからないが、ラカールラカが勝てば、それなりの譲歩はするはず。

 そもそも、他竜本願なので、ラカールラカに戦ってもらえないと、炎竜氷竜(どっちらけ)になってしまう。

 ラカールラカがいい勝負をしてくれれば、ヴァレイスナも角を貸してくれるかもしれない。


「天下御免っ、竜は御免! 獣の一行っ、獣は天下の回りもの! 天罰覿面っ、『邪魔王』は御免!!」

「きっと晴れるさっ、明日も天晴れ! 雨が降ってもっ、やっぱり竜日和! 獣日和にっ、『邪魔王』の居場所なし!!」


 獣にも尻尾にも、発意のままに叫ぶ、エルムスとホーエル。

 ワーシュは、ちらりとリャナに視線を向けた。

 最後が良かったらしいが、その役はリャナに譲るようだ。


「魔力の(くびき)を解き放て! 限界はいつでも夢の向こう! 望みがあるなら掴み取れ! 邪魔ジャマしい『邪魔王』に『おしおき』よ!!」


 エルムスとホーエルが後衛に並んだので、仕方がなくワーシュもコルクスの横に並んだ。

 というわけで、一番前が空いている。

 前衛、後衛ーーどちらに入っても、隊形(フォーメーション)均衡(バランス)均衡が崩れてしまう。


「ギィ~~っっ!!」


 当然、ギル様は大喜び。

 リャナの潰れ三角帽子の上で跳び回っている。


「え、あの……っ!」


 ようやく気付いたリャナ。

 見ている。

 皆だけでなく、獣も四竜も見ている。

 ーー真打ち(トリ)

 最後に、思いっ切り打っ叩くことを期待されている。

 待ち切れないギル様は、帽子を引っ張って、主役(リャナ)を強制移動。


「えっ!? えっ?!」

「ギィ~っ! ギィ~~っっ!! ギギィィ~~~!!!」


 大絶叫。

 耳を塞がなかったのは、リャナとリシェだけだった。

 ミャンが前に出ようとしたので、後ろのコルクスが止める。

 暴れ始めたので、ホーエルが加勢。


「ケモっ、ケモ~っ!」

「ギィ~、ギィ~っ!」


 ケモもギル様も、大応援。

 たぶん、リャナの頭の中は今、真っ白だろう。

 それでも、真面目なリャナは、大混乱でリシェに指を突き付けた。


「『邪魔王』さん!!」

「……はい。何でしょうか?」


 「邪魔」という言葉が本当に嫌なのか、無理やり感情を殺してリャナに尋ねるリシェ。

 ここでリャナは、予想外のことを口にした。


「『邪魔王』さん! 謝ってください!!」

「え? あ、……はい。ーーごめんなさい」


 素直に、頭を下げる「邪魔王」。

 どうやら、これで一件落着のようだ。

 正義(リャナ)は勝った。

 (リシェ)は滅びた。


「いいえっ、そうではありません! あたしが言いたいのはっ、少しは自重してくださいってことです! ファタ様やマホマール様もっ、『邪魔王』さんがほったらかしにするからっ、遣りたい放題です!」

「いえ、それは確実に僕の所為じゃないと思いますけ……」

「黙りなさい!!」

「……はい」

「あとっ、フィア様が可哀想です! 何をしているのかは知りませんがっ、破廉恥なことをし過ぎです! それにっ、浮気性も駄目です! わからないんですか! 後ろの二竜! 確実に『邪魔王』さんを狙っています!」


 公開説教。

 苦笑いで見ていたエイリアルファルステとランドリーズだが、自身に飛び火してきたので、リシェと同じく神妙な顔付になる。

 まだまだ言い足りない様子のリャナだったが、しょんぼりしている「邪魔王」を見て我に返ったのか、破れかぶれで最後にラカールラカを嗾けた。


「ラカールラカ様! 『不滅の寝台(ゆめ)』は叶います! 『邪魔王』さんを『王邪魔』さんに変えてください!!」

「えー」

「びゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃーーっっ!!」


 大邪魔(おじゃま)、の響きのほうが、王様より嫌だったようで、本気で嫌がるリシェ。

 しかし、そんな「大邪魔」の声は、風竜の激風(ラーとつ)の前に掻き消される。

 速過ぎて、僕たちの視界から消えるラカールラカ。

 三竜の魔力で大気が渦巻いて、炎竜の息吹(たたかい)空を焦がした(はじまった)

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