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OD作業服

作者: みくた

 当時、同期のAは部内の資格取得に向け勉強と教育に日々明け暮れていた。


 その日も消灯延長の手続きをし、時間いっぱいまで勉強をしたAは翌日の教育に備えベッドに潜り込んだ。

「・・・あ、ペンケース忘れた。」

 布団を被り、いざ就寝というところでAは先ほどまで勉強をしていた自習室にペンケースを置いてきたことに気づいた。


「あれ?」

 同室で既に寝息を立てている部屋長と同期を起こさぬよう音を立てずに、常夜灯がぼんやりと光る廊下に出たAは違和感を覚える。

 なんか怖い。

 確かに消灯後の誰もいない隊舎の廊下というのは不気味なものだが、それとは明らかに異なる雰囲気が漂っている。

 だが、朝は何かと忙しいため取りに行かないわけにもいかず、Aは思い足を踏み出した。


「あったあった。」

 廊下の突き当りにある自習室のドアを開けたAは、先ほどまで自分が使っていた机の上に置かれたペンケースを見つける。

「さっさと戻って寝よ。」

 ペンケースを回収し部屋を出ようとドアに向かう。

 ―ゴツ・・ゴツ・・ゴツ・・・

「ん・・・?」

 廊下から半長靴特有の堅くて重量感のある足音が聞こえ、Aはドアノブに掛けた手を止めた。

「・・・当直だな。」

 この時間帯に半長靴で歩き回るのは当直くらいであり、おそらく消灯延長していた自分が時間を守っているか様子を見に来たのだろうと推測したAはドアを開け、廊下に出た。

「え?・・・あ、お疲れ様です。」

 廊下の真ん中に立つ足音の主を見たAは困惑するが、襟についている二階級上の階級章を見て小声で挨拶をした。

 Aの困惑の理由はその人物の服装だ。その人物はOD作業帽を被り、上下OD作業服に身を包んでいた。しかし、Aの所属する部隊ではOD作業服は既に廃止されている。

「早く寝ろよ。」

 OD作業服の人物はすれ違いざまにそう言う。

 帽子で顔はよく見えなかったが、胸の名札には「志田」と刺繍されていた。

「は、はい。」

 Aは困惑状態から湧き上がろうとする恐怖を無理やり押さえつけながら足早に居室に戻り、頭から布団を被って固く目を閉じた。


「あの、W班長。」

 翌朝。Aは食堂の隣席に座る上官のWに声を掛けた。

「なんだ?」

「うちの中隊ってもうOD作業服はないですよね?」

「何?お前、欲しいの?」

 Aの質問にWは意外そうな顔で返す。

「ああ、いや、そういうわけじゃなくて・・・」


「あー、そういうことね。さて・・・」

 事の顛末を聞いたWは全てを理解したように頷くと、空になった食器の乗ったトレイを持って席を立つ。

「いやいやいや、ちょっと待ってください。そういうことってどういうことですか?」

 答えを出さないまま去ろうとする上官をAは慌てて引き止めた。

「ここで話すには地味に長いから課業外にな。」

 そう言ってWは背を向けた。

「はあ。」

 結局答えが出されず、気のない返事をする。

「・・・あ、お前、話聞くんなら当分、消灯延長は止めとけ。てか、出来なくなるぞ。」

 数歩歩を進めたWは立ち止まり、思い出したように言った。

「やっぱりそういう話ですか?」

 どういう話かある程度の予想をしていたAだったが、Wの忠告を聞き予想が確信に変わる。

「まあ、勉強なら俺が見てやるから心配すんな。」


「A士長、入ります。」

 その日の夜。Aは勉強道具を片手にWの部屋を訪れていた。

「おう、入れ。」

 入室の許可が下り、Aはドアを開け中に入る。

「失礼します。」

「適当に座ってくれ。」

 くわえ煙草のWに促され、Aはベッドの前に置かれたパイプ椅子に座った。

「煙草、吸ってもいいぞ?」

「あ、はい。」

 Aも煙草を吸い始め、二人して紫煙を部屋に充満させる。

「・・・五年前だったかな。俺がまだ陸士だった頃のことだ。」

 短くなった煙草を灰皿に押し付けたWが話し始める。

「うちの中隊で自殺があった。」

「その自殺した人って・・・」

「ああ、志田だ。人間関係を苦にして機材庫で首を吊ったらしい。それ以来、機材庫で志田を見ただの物が勝手に動いただの怪奇現象が相次いだ。」

 機材庫とは中隊が倉庫として使っている小屋のことだ。

「それって・・・柱に貼ってあるお札となにか関係が?」

 Aは機材庫内の柱の一本に貼られた不自然なお札を思い出した。

「ああ。それを貼った途端、機材庫の怪奇現象はピタリと止んだ。だが、今度は志田が住んでた居室で怪奇現象が起こるようになって・・・」

「また、お札を貼ったんですか?」

 営内居室の一室にお札が隠されているというのは、中隊では有名な話だ。

「そ。それで今に至る。」

 そう言ってWは廊下に繋がるドアに視線を移す。

「でも、なんでまた志田さんは嫌な思いをした場所に居続けるんでしょうか?」

「さあなぁ、余程ここが好きだったのか、あるいはここから出られないかだな。」

 それを聞いたAは哀れに思い、廊下に向かって手を合わせようとした。

「待て。」

 Wが制止し、Aの両手を下ろさせる。

「え?」

「下手にそういうことはするな。助けを求めてくるかもしんねぇぞ。」

「・・・。」

 それを聞いたAは背中に冷たい物が走る感覚を覚えた。

 静寂が二人を包み込む。

「・・・よし、話は終わりだ。テキスト開け。勉強を始めるぞ。」

「ああ、そうだった。」

 沈黙を破ったWの発言によって、この部屋に来たもう一つの目的を思い出したAは慌てて勉強道具を広げる。

 そして、その後AはWの熱烈指導により、別の恐怖を味わうのであった。

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