4 上級の実態を知って幻滅、そして自らを見つめ直す
打ち切りなんだけど、とりあえず書いてある分だけ投稿しときます。
ありがとうございました。
剥いだうろこがハゲになったと叱られたので、治るまで彼の体内で保護する事にした。
《器用なものじゃな》
うろこそっくりの表皮を構築したので、生え変わるまでは問題無いだろうと言えばそんな言葉。
彼の体内にはかなりの隙間があったので、オレの身体全てを収めても問題無いぐらいだった。
魔力臓器もばかでかいのが存在しており、内職の蜂蜜作りもひたすらやっても問題無いな。
特にやりたい事も起きないので、内職はひたすら継続になっていて、それを聞いた彼が欲しがったんだけど甘党だったのか?
《かつてはの》
それじゃまたぞろ蜂蜜システムといきますか。
筋肉の隙間を通して細い糸が口内まで進行し、到達したら蜂蜜をひたすら出していく。
《うおおお、なんたる甘さよ。これは良いのぅ》
さすがにドラゴンの口内に溢れる程の蜂蜜となると、内職の成果が無駄になりそうなので、たまに気が向いたらって事にしてもらった。
なんせバスタブに5杯ぐらいは一気に減るんだし、そうじゃないとこちらが堪らないよ。
確かに空の容器だけは道々ひたすら入れてあるので、蜂蜜作りに困る事は無いんだけど、そのうちに商売に使おうと思って溜めているってのに、嗜好品としてガブガブと食われた日にはそんな苦労が水の泡だ。
どのみちドラゴンだから金も持ってないだろうに、そうそうタダでやれるものかよ。
《うろこがあるであろう》
まだ剥いで良いのかな。
《この前の分じゃ》
いくらうろこが高いからとは言うものの、僅か数枚のうろこでバスタブ5杯の蜂蜜となると、どっちが高いか分からないぞ。
魔導具のせいで養蜂も流行らないようで、そういうのをやっているのを見た事もない。
となると天然の蜂から得るのが精々だろうけど、ひとつの巣からどれだけ採れるものか。
しかも野山には魔物も出るとなると、蜂蜜の採取はかなりの危険が伴う事になる。
そうなるともう、高級魔導具に頼るしかなくなり、ますます採取する者は居なくなると。
◇
体内キッチンにも慣れたので、今度は体内蒸留に挑戦してみようと思い付く。
あたかも飲んでいると思わせて酒を投入して自家製ポットスチルを加熱して、出てきたアルコールの受け皿にと陶器の容器を埋め込んであり、それにポチポチと溜まっているのを確認しながら酒を追加していく。
体内で着火を使うのはキッチンで慣れているんだけど、パンが焼ける匂いならまだしも、酒の匂いは昼間っから酔っ払っているのかと言われそうだな。
そもそも、飲んでいるように見えているんだし。
排煙対策の帽子でも匂いは遮断してくれないようで、昨日まで焼けたパンの匂いがしていた帽子はかなり酒臭くなっている。
今日はギルドでアルバイトの予定なので、備え付けの椅子に座って杖に包帯を巻いた回復職の看板のようなのを横に立て掛けてある。
客が来ないと暇なので蒸留をやっているんだけど、これはこれで用途があるから補充に近いかも知れない。
普通はいきなり回復魔法で終わりにする人が多いんだけど、それをすると砂やら土が付いていた場合、それを巻き込んでしまうので傷口が汚くなってしまうのだ。
ちょっとした手間で綺麗な傷口になるってのに、治れば良いとばかりに適当な治療で終わらせる人でも、他にいなければ仕方がないと諦めてしまう患者も多い。
オレの場合は綺麗な傷口を優先するので床にたらいを置いてある。
軽く治癒を使って血を止めながら、水で患部を洗った後に消毒用アルコール……蒸留した代物な……で消毒して本格的に治癒魔法を行使する。
ばい菌込みで治癒魔法を使った場合、確かに消毒効果はあるんだけど、ばい菌の根絶に魔力を食われるので下級回復職とかだと人数をこなせない場合が多い。
確かに大量の怪我人を急いで治療する場合は、オレもそのまま治癒魔法を使うんだけど、こんな風に客を待っての処置の時は理想的な治療がしたいんだ。
「おおーい、今日は居るぞー。早く来ーい」
怪我人かな?
ドタドタと駆け込んで来る冒険者の片腕がちょっと酷い事になっている。
適当な布でぐるぐる巻きにしてあるようだけど、汚い布を使ったのか全体的に薄汚れている。
「魔猪に引っ掛けられてよ、跳ね飛んだ先に折れた枝があってよ、そいつにグッサリと刺さっちまったんだ」
布を剥ぐと確かに穴が開いており、血は全然止まってない様子。
軽く治癒を使いながら患部を清水で洗い流し、消毒用アルコールを綺麗な布に浸して穴の中をゴシゴシと……。
「うぉぉぉ、荒いな、痛ぇぇぇ」
けどさ、あんな汚れた布で巻いてあったせいか、中まで汚れていたんだよ。
それにしてもこれは欠損扱いになるだろうな、普通の治癒師なら。
骨が見えるぐらいの傷の場合、完治しても酷い傷跡になってしまうのが普通なんだけど、オレの場合は浸透をこっそり使って周囲の肉を寄せながら回復させていくので、あたかも形成外科のような仕上がりになる。
だけど患者に傷口をまじまじと見られていたらやれないので、ちょいと荒く消毒した訳だ。
現在、目を瞑って痛みに耐えており、肉の移動とかを見る余裕は無い状態なので、この隙にとっととやってしまおうか。
空いた穴に指を突っ込んで、奥の損傷から治療するんだけど、浸透を活用して周囲の肉を寄せながら治していく。
これを外科手術でやろうと思ったら、寄せて接着剤で止めながらの施術になりそうだけど、この世界には魔法があるのでそういう手間が要らないのがありがたいところだ。
表面まで肉が繋がったとしても皮膚だけはどうにもならないので、ここは蜂蜜の出番だ。
口内炎に蜂蜜が効果があるとか聞いた事があったので、傷口に塗ってから回復魔法を使ったら良い仕上がりになったんだ。
なので今回もこいつで仕上がり向上を目指す。
「へい、お待ち」
「メシ屋かよ。それにしても相変わらず不思議な仕上がりだな」
「普通に回復させると穴がそのまま残るけど、そういうのは嫌だろ」
「普通は無理だけどな」
「丁寧な治療でもお値段据え置き」
「て事は、小銀貨1枚で良いのか?」
「もちもち」
「ありがてぇ。そこいらのに頼んだら、こうはいかねーからよ」
回復職のアルバイトは大体の相場ってもんがあって、浅い切り傷なら大銅貨1枚~3枚ぐらいの費用となり、ザックリと切れている場合は倍から3倍ぐらいの魔力を必要とするので、大体小銀貨1枚ぐらいが相場になっている。
今回のような刺し傷の場合、筋肉の損傷もあり得るので、指を突っ込んでの局所治療をしないと、完治してもリハビリが必要になったりして仕事に差し支える場合が多い。
それでも普通はそんな手間な事はしないので、治癒するまで回復魔法を行使して終わりになるんだけど、その場合でも相場は中銀貨は最低必要になる。
10万円相当……。
確かに保険無しの外科手術ならそれぐらい掛かりそうなものだけど、怪我の治療でそんなに支払っていたら、修理やら消耗品やらの補充もまともにやれなくなってしまううえに、リハビリともなると軽い仕事しか請けられないので、金欠になって食事が貧相になったり宿を安い所に変えたりしないといけなくなる。
一度そうなってから元の状態に戻すのは大変なので、地道にやらないといけない。
だけども無理をしてそのまま帰って来なかったりする場合もたまにあるので、馴染みの客を失わないように財布に優しい治療費にしてあるのだ。
「おいおい、慣らし要らねーのか? 」
「一晩寝たら問題無し」
「あんな大怪我なのに慣らし無しとか、赤字になってねーか? 」
「技量を磨くついでさ」
「そう言ってもらえると助かるぜ」
「よし、明日には包帯外して良いからな」
包帯は仕上がりを見せない為の代物であり、明日になれば破れた服じゃなくなるだろうから患部が見える事もない。
そこいらの治癒師じゃやれない治療行為なので、あんまり見られたくないのだ。
なんせ神殿で金をふんだんに使えばあれに近い治療行為にはなるだろうけど、その場合は桁がひとつかふたつは違ってしまう。
富豪や貴族の子息子女の身体の傷に対するような仕上がりなのに、あんな価格とか相場壊しと言われるだけだ。
まあ、金に困ってないから良いんだけど。
◇
「おい、この傷、治らないんだけど」
ああ、これは完全に治せずに中途半端で終わりにされて、そこに雑菌が入ったんだな。
「痛いから目を瞑って耐えてろよ」
「あんまり痛いなら止めとくか」
「そうして肉が腐ると」
「うげ、マジか。仕方ねぇ。なるべく痛くないように頼む」
よしよし、目を瞑っているな。
患部を一度吸収して化膿部分を無しにして、アルコールに濡らした布でポンポンと。
「うっ、ぐっ、くっ」
あれでとか、かなりの痛がりだな。
後は蜂蜜作戦で一気にいけるかな。
そーれ、回復~
「へい、お待ち」
「おおお、あっさり治すんだな」
「魔力に余裕が無い人に頼んだの? 」
「そうなのかな。治ったと言われたんだけどよ」
「手抜きだな」
「くそう、もうあいつには頼まん」
「大銅貨3枚な」
「あいつと同じ値段でこうも違うとはな。次からお前にやってもらいたいものだ」
「時々になるけど、なるべくここに居るからさ」
「ありがとよ」
洗った水はあたかも蒸発したかのように消え失せているけど、こっそり吸収したのは極秘事項なのだ。
さて、酒を飲む振りをしてポットスチルに補充してと。
「そんなに飲んで治療とか出来るのかよ」
酔わないんだから問題無いんだけど、多分にからかいの気配を感じるぞ。
五体満足な冒険者には用も無いはずなのに、ちょっかいを出すのはどういう意味合いかな。
「おら、黙ってないで何とか言ってみろ」
ここで何とかと言うと高確率で激高するだろうけど、ここは大人の対応で行きましょう。
「酔わない体質なので」
「ほおお、絶対に酔わないんだな」
「酔いませんね」
「よし、ならよ、キツイのを樽で奢ってやるからよ、酔っ払ったら自分で払えよ」
おやおや、消毒用アルコールの原料をくれるらしい。
親切な人だな。
「いくらでも問題無いですよ」
「へっ、見てろ。かなりキツイのかあんだよ」
すっかりオレを酔い潰れさせて、大枚払わせようと企んでいるようだけど、それならそれで原料用に収納から樽を出して入るようにしちまうか。
さあ、10リットルでも100リットルでもいくらでも来い。
「ゴクゴクゴクゴクゴク……」
(お前、新顔だな。あいつに酒は飲ますだけ無駄なんだぞ。早々に謝って終わりにしないと、あいつはタダ酒なら朝まで平気で飲むぞ)
(なんだそれ、化け物かよ。くそ、そんな事だったとは。はぁぁ、仕方ねぇか。止めだ止め)
樽2杯で終わりと言われ、かなりしょげていたけど自業自得と諦めて欲しいものだな。
しかしあの野郎、余計な事を言いやがってからに、原材料がタダのチャンスだったのに。
それにしてもまさかキツイ酒とは蒸留酒だったとは、この世界にもあったんだな。
そいつは1回蒸留でいけそうだな。
◇
身体から漂っているアルコールの匂いは、飲んだからそうなのだと思わせてポットスチルは順調にアルコールを精製してくれている。
それにしてもやってみればやれるとか、不思議な生き物だよな、魔法生物って。
こんな不思議な生き物とか、アバターと思わないと正直、訳が分からなくなる。
薄くすればラップの如く、浸透させれば体内にも潜り込めて、元々の大きさであるリンゴぐらいの大きさがあれば自我が保てて、収納に余分な身体を入れておけるしさ。
細い糸状にしても燃える事もなく、痛覚が無いのでどんなハードな扱いでも問題がない。
体内構造は意のままに構築出来、その様子が克明に分かる。
マスターは魔素が主成分とは言っていたけど、それだけじゃ無いと思うんだけど、どうやって造るんだろうな。
そればっかりは教えてくれなかったけど、ヤバい素材でも使っているのかな。
まあそういうのは生きるのに飽きてから調べるのも悪くない。
ぼんやりと客待ちしながらの内職は、酒臭いと苦情が出るまで続けられた。
「若い内から大酒飲みは感心しないわよ」
「はあ、気を付けます」
受付のお姐さんには不評だったようだ。
◇
蒸留システムを片付けて、蜂蜜製造に取り掛かる。
客が来ないからひたすら製造になっていたので、かなりの量が確保されたので当分は作らなくても良さそうだ。
酒の匂いを蜂蜜で誤魔化そうって訳じゃないけど、受付のお姐さんがキョロキョロと挙動不審になっている。
(変ねぇ、何処から匂っているのかしら)
大酒飲みと思われて印象が悪くなったので、蜂蜜ケーキの差し入れをして是正しよう。
製粉、擬似ボウルに入れて清水チョロチョロで、コネコネとして卵黄を足して更にコネコネと。
発酵タネを混ぜてコネコネした後、腹内仮棚でしばらく放置。
余分な材料は吸収して擬似ボウルを綺麗にした後、卵白と蜂蜜で甘いメレンゲもどきを作る。
蜂蜜の量が多いので、カスタードっぽいクリームになるので、焼いたパンケーキに塗り塗りするだけでそれっぽい仕上がりになる。
さて、後は冷風で冷ましてやれば……。
(うわぁ、良い匂いがして堪らないわ。誰よ、食べているのは)
収納の中の木の皿に、蜂蜜を薄く塗ってハニーケーキを載せたら出来上がり。
さて、おもむろに……。
「お姐さん、これ食べる? 」
「え、これって、さっきから匂っていた」
「要らない? 」
「いえ、欲しいですけど、そういうのはあんまり」
「試作品なんだ。食べて感想を聞かせて欲しいな」
「えっ、君が作ったの? 」
「以前、クリームパンを売っていたんだけど、上級回復職になったから副業がやれなくなっちゃって、だから試作品として無料進呈なら副業じゃないから問題無いよね」
「それはそうだけど、いくら何でもタダと言うのはさすがに」
「ああっ、美味しそうなケーキ。先輩、貢物ですか? いいなぁ」
後輩のほうが話が早そうなので、試作品だから食後の感想を聞かせてくれるなら代金が要らない話をしてみる。
先輩のお姉さんは原材料の価格が気になるようだけど、後輩は早く食べたいとばかりに先輩の説得に取り掛かる。
「じゃあお願いします」
「うん、もしどうしてもって言うならアタシだけで食べちゃうから」
「あーもー、分かったわ、分かりましたわ。本当に後から何か言われても知りませんかにね」
「感想だけでいいよ」
「はいはい、分かりました」
意外と堅いんだね。
確かにギルド員と冒険者の癒着とか言われたら藩論出来ないようでもあるけど、実質的に副業が出来ない職なんだから商売になるはずがないのだ。
今回のハニーケーキは初挑戦になるんだし、味の感想が欲しいのは本当なんだ。
オレに味など分からないのだから。
◇
ギルドにオレンジ色の日が差し始めたとなれば、そろそろ冒険者連中が戻ってくる頃合。
毎回、2~3人ぐらいは軽傷で終われば良いぐらいで、悪ければ本当に欠損な患者がやって来る。
さすがに欠損の治療は不可能だけど、抉れた肉の補填ならある程度は可能だから、そういう患者が来ても問題無い。
相変わらず蜂蜜を樽に出す作業をやりながら、外からは見えない背中の回復用の壊れた魔導具の欠片がガンガン回復してくれている。
冬場はやれないギルド内回復。
と言うのも冬場は窓とか閉めてしまうので、室内のマナ濃度が下がり過ぎてしまうのだ。
そうなるとギルドで使っている魔導具が自然回復しなくなり、皆の回復量も低下して他の回復職の邪魔になってしまうのだ。
魔導具の欠片での回復は、外部に特定の部分が露出していれば回復するので、冬場は体内に格納しておくんだ。
まあ、寒暖など感じないので、外で回復させればそれだけの話なんだけど。
お、傷持ち発見。
「おーい、そこの姉さん、綺麗な顔の傷、消さないかい? 」
「嘘、これが消せるの? 」
「多分ね」
「うちのヒーラーが無理だと言うから諦めていたのに」
「消えなかったらお代は不要」
「あらあら、凄い自信ね。じゃあお願いしようかしら」
「あー無理だろ。お前な、回復の押し売りは良いけどよ、資格はあるんだろうな」
上の1だけどまだ下がってないのよね。
「崖っぷちの上1だよ」
「なんだ、殆ど中級かよ」
「あれは地位だけの代物だから、実力の判定は出来ないんだよ」
「あんだぁ、偉そうに。そこまで言うのならこいつの顔の傷、綺麗に消してみやがれよ」
どうやら検定には受からなかったようで、中級だけど上級の実力云々と言っているけどさ、あれは地位だけの代物だから、それで実力は計れないのは本当なのに。
まあいいや、姐さんもその気になっているし、ヒーラーさんも納得したみたいだし、後はやれるだけの事をやれば良いだけだ。
ただな、そいつは困るな。
「業務上の機密を探らないでくれますか」
「あんだよ、ケチぃ事言うなよな」
「独自の方法なので、見ても参考にはならないですよ」
「んな事ぁねぇさ。で、見せてくれるんだろうな。ええ、上級さんよ」
やれやれ、こいつも処分対象にしちまうか。
オレの秘密を探ろうとする者は、いきなり魔法が使えなくなるという呪いが掛かる。
という名目で魔力臓器を食っちまうんだけど、ヒーラーがいきなり使えなくなったら冒険者としてはやっていけなくなるだろうに、どうして危うきに近付こうとするんだろう。
アルコールで消毒をして、指でなぞると共に余分なかさぶたを吸収する。
「なんだ……どうやってかさぶたを剥いだんだ」
煩いな、こいつは。
秘密を探るだけじゃなく、質問まで寄越すのか。
だけどそんなのに答える筋合いは無いので、さっさと作業をやらないと。
傷口に手を当てて局部を浸透させて周囲の肉を寄せながらの治療行為。
こういう敏感な場所は浸透の技量が問われるところだけど、そういうのも結構熟練したからかなり自在にやれている。
さて、手で隠しながら蜂蜜を塗布して治癒発動。
「はい、こんな感じ」
「な、なんだと、あり得ねぇ。傷が、何処にもねぇ」
「いや、あるでしょ、ここに」
「そんな細い線みたいなのって、どうやったんだよ。教えろよ」
「聞いたら後悔すると思うけど、それでも知りたいの? 」
「あんだぁ、何をもったいぶってんだ。ああ、後悔しないから教えるんだな」
「あんた、いい加減にしなさいよ。それで、いくら払えば良いのかしら。目立たなくなって
いるんだし、少しは多目でも良いわよ」
「では……」
「おいおい、押し売りで金取るのかよ」
「煩いわね。あんたは治せないと言ったけど、こうしてちゃんと治ったわよ。なのにそれをした人になんて言い草よ。年下の子にそんな態度、恥ずかしいと思わないの? 」
「煩ぇな。こいつは回復職同士の話なんだ。今はてめぇは関係ねぇんだよ」
おや、姉さん、ため息をついたら幸せが逃げるぞ。
「解雇よ、解雇。あんたみたいなヒーラー、要らないわ」
「あんだと、てめぇ。いつも回復してやってんのに、その言い草はねーだろうが」
「偉そうに。あんたはすぐに魔力が無くなると言って必要最小限しか使わないでしょうに」
「お前らがすぐに怪我して治せ治せと煩いからだろうが」
ああもう、好きにして。
オレを放置して仲間内でも言い合いになって、治療費の話はどっかにすっ飛んでしまったな。
もういいや、帰ろう。
技量の修練になったと思えば、金とかどうでも良いしな。
◇
深夜にコツを教えると言って誘導し、頚動脈でオトして魔力臓器を獲得した。
ヒーラーにそれはきついのは分かるが、ああいう煩い存在は消えてもらいたいのだ。
だけど他のギルドに行けとか言っても納得しないだろうから、能力的に不可能にしてやっただけだ。
本当は後腐れなく食っても良いんだけど、神許が消えるのは忍びないからやらないだけなのだ。
「うっ、疲れてんのかな」
「説明途中で寝るとか、教わる気無いんだね」
「悪かったって。で、どうやったんだ」
「かさぶたは空間魔法で別空間に送り出し、傷の回復は時空魔法で時の操作を行うんだ」
「んな、そんな、嘘だろ。そんなのやれるかよ」
はい、嘘です。
わざとレアスキルを2つ並べてみただけだ。
そもそも、それらの魔法は神代の時代にはあったとされてはいるものの、現在は誰も発現しないと言われていて、何が必要なのかも分かっていないとされている。
ただ、迷宮からはそれらを使っていると思しきアイテムが出るので、解明は出来ないものの、それらしき魔法としての存在が認められている。
だからそれ専用の魔導具だと言えばそれで済む。
「けどよ、魔導具とか使ってなかったろ」
おもむろに右腕を切り離す。
「うおお、おい、腕が」
「これが魔導具です」
「それでかよ」
よしよし、納得したな。
オレの身体は切ろうと思えばこうやって簡単に切れるうえに、すぐにくっ付くから問題無い。
右腕がそっくり魔導具になっていて、それで不思議な治療になっていると納得したのは良いんだけど、誰に造ってもらったのかとか、いくらしたのかとか、質問攻めは止まらない。
いい加減にしないと、昇華の儀式のやり直しがしたくなるぞ。
◇
あのヒーラーさん、何とか元のパーティに慰留になったものの、魔力容量がいきなりゼロになったものだから緊急時に回復が使えないと大騒ぎとなったらしく、血止めをして依頼を中止して急いで戻ってきたらしい。
「もうダメよ、あいつ。仲間が怪我しているってのに、使えない使えないと」
「でも、何とか助かりましたし」
「えっ、もう治ったの? 」
麻酔効果のある液体を患部に浸透を利用して直接塗布すると、少しの間痺れて痛みを感じなくなるので、その隙にとっとと治療すれば話している間に終わるって寸法だ。
まさか異世界に麻酔は無いかと思ったけど、錬金術で歯の痛み止めに使う黄金色の液体が作れるらしい。
愛媛県の北部にある市と同じ漢字を使うそれは、こちらでは違う名称で呼ばれている。
いずこも歯痛には難儀するようで、その対策は何処でもあるもんだね。
もしかしたら過去に転移者か召喚者かが現物を持って来て、こちらの人が試行錯誤で真似して拵えたのかと思うぐらいにそっくりだった。
ただ、あそこまで強烈な匂いは無いらしいので、そっくりな効果のある別物の可能性が高いが、店で臭いと聞いただけで本当はどんな匂いなのかは分からないんだけどね。
だからオレも錬金術は使えるはずなんだけど、作れそうにないのかもな。
オレの錬金術はどうやら料理のほうに生かされているようで、味の補正やら作業の荒さが補正されているような気がするんだ。
そうでないと料理の素人がいきなりケーキとか作れるはずもなし。
かつての記憶の中では、外食専門だったような……。
ともあれ、ザックリと動脈を切った冒険者は、今は傷も小さくなっている。
動脈は皮膜の技能を活用して、切れた部分をオレの身体で補填して、切れた部分を寄せてくっ付けた状態で治癒魔法で終わるので、後は切れた肉を寄せてくっ付けるだけだ。
そういうのを見せる訳にはいかないので患部を手の平でフタをする方式が調子良い。
手で隠したら見えないと思われるだろうけど、体内の様子も分かるのでその応用でやれている。
だから苦労する事は無いものの、下手に教える訳にはいかないのでそれがちょっと心苦しいな。
◇
とりあえず目標にしていた上級回復職の実態を知ってその気も無くなったので、中級降下申請を出してパン屋を再開する事にした。
結局、上級とは貴族達が住まう場所であり、実力とは無縁の権力の構図があって、そんなところに平民がうっかり行ったりしたら、碌な事にはならないって事だな。
そうか、オレは人外だから証が欲しかったんだな。
ちゃんとした足場が欲しかったんだな。
そこまで人族に依存しているつもりはなかったが、もう違うと言うのに何時まで人族を引きずっているつもりだろう。
人族の中で暮らしているうちに、人族のつもりになっていたのか。
しばらく人里離れて暮らしてみるか。
どのみち魔力さえあれば生きていけるのだから。
拙い作品でごめんなさい。