2 冒険者の副業はパン屋? 目指すは上級回復職
-ハモネイ製粉店-
汎用持ち優遇。
小麦粉が足りないの。
いくらでも欲しいので、何人か募集します。
手当てはたくさん作ってくれればそれだけ多く渡します。
汎用が無くても臼はあるので、挽いてくれてもいいよ。
要相談。
これが塩漬け依頼って、この製粉店ヤバくないか?
確かに報酬をはっきり書いてないから請ける奴が出ないんだろうけど、要相談になっているんだし、現地で決めれば良いだけだと思うけど、もしかすると女の口調で書いてあるのが罠であり、現地に行けばこわもての男に囲まれて、奴隷のようにこき使われる可能性も無くはないな。
まあ、そん時はまとめて食っちまえば良いだけだし、請けてみるのも手かな。
最近、殺さない食い方を覚えた事だし、やってみるのも良いかも知れない。
製粉店に赴くとやはり怪しい雰囲気。
中に入ると入り口のところにおっさんが並んでとうせんぼ。
「依頼票見て来たんですけど」
「おお、それはありがたい。こっちに来てくれ」
やはり女の姿は無いな。
タコ部屋みたいなところに案内され、中を覗くと痩せた男女が数人でよろよろと臼を挽いている。
まともに食わせてもらってないのか、かなり作業効率は悪そうなのがどうにもな。
「この袋を一杯にしたらメシを食わせてやる」
「あの、給金は? 」
「ああん、メシさえあれば良いだろ」
「給金の相談に来たんです。そこで折り合えば働くって事で」
「そんなのある訳ないだろ。お前はもうここから逃げられないんだから、諦めて働く事だけ考えてろよ。いいな」
やれやれ、やはりこういう店か。
よく見れば最近、冒険者登録をした新人君も混ざっているようで、こういう店がこの街の品位を落としている原因なのだろう。
ギルドの新人に手が出せるうえに、ああやって依頼票まで出せるって事は、ギルドの連中には手が出せない大物がバックに居るって事でもある。
冒険者ギルドも決して無能ではないのに、それを凌駕する権力となるとかなり限られている。
特にこの街だともう、領主ぐらいしか思い付かないんだけど、まさか領主の裏の仕事とか無いよな。
確かに領主がやらせているのなら、小麦粉が大量に必要と言うのも分かるんだけど、それをこんな奴隷のような境遇でひたすら作らせるって言うのはさすがにやり過ぎだろう。
ひとまず夜になるまで他の連中に混ざって臼を挽いていく。
「君達、もう長いの? 」
「ああ、騙されたぜ。あんな罠みたいな依頼があるとはよ」
「メアリーさんに紹介されたんだよ。新人にはお得な依頼って。酷いよ」
「オレは別の受付だったが、やはり最初にやるなら安全にメシが食えるって。確かに今はそうだけどよ、普通は金をくれるって思うだろ」
まさかギルド主催なのか?
それならそれで分からなくもない。
能天気な新人に冷水を浴びせ、世間の厳しさを教える為の依頼だとすれば、こいつらはかなり先走った討伐依頼をやらかそうとしていた可能性もある。
このまま死なせるよりは後の戦力になるように、下積みな感じでついでに小麦粉と。
そりゃ連日、臼を挽けば力も付くだろうし、粗食に耐えられれば金を貯められるだろう。
となると、金は出ないと言いつつも、隠れて貯めてくれている可能性もある。
夜になると食事が出たんだけど、確かに粗食だけど栄養はかなりありそうだ。
皆はそれをガツガツと食い、オレの食事を物欲しそうに見る。
「あー、なんか食欲が無いので食べてくれても良いよ」
それはもう猟犬のように、無言でオレのメシの奪い合いだ。
確かに量が少ないから足りないんだろうけど、栄養は足りているから今まで死ななかったんだろうに、そういうのは気付いてないみたいだな。
痩せているのは余分な脂肪が落ちたんだろうし、その分が筋肉になるなら問題無いだろうに、そういうのにも気付かない彼らは不満を言いつつも働いている。
老人が居ないところをみると、そのうち解放になるんだろうけど、どれぐらいやったらそうなるんだろう。
そうして食ったらそのまま寝るらしく、思い思いの場所で横になるみたいだ。
こんな環境だと女も恥じらいが消えるみたいで、男に混ざって雑魚寝をしている。
確かに冒険者に恥じらいは不要と言うか、そんなの持ち込まれては迷惑だけど、新人のうちは妙に恥ずかしがったりして、パーティに余計な負担を掛ける奴も多い。
それが固定パーティならまだしも、野良のパーティでは反感を買うだけだ。
それぞれは仕事に来ているのに、そいつだけ優遇して欲しいと言っているにも等しいのに、それをあたかも常識のように訴えてくる。
そりゃ世間ではそうかも知れないけど、野良のパーティなんてのはそれぞれの技量を使っての共同作業なんだし、そんなのに男も女も関係無い。
以前あった話だけど、出先で水浴びをする事になり、男連中はさっさと浴びたんだけど、女連中は男が終わるまでガン見しながら待っていて、その癖覗いたら制裁とか言って追い出したんだ。
水浴びの時間は余分な時間だけど、さっさと全員が浴びれば夜までに間に合うって時に、後から入りますとか言われても困るだけだ。
結局、あの依頼では女連中を放置して男だけで達成になった挙句、当然のように分け前を要求されて揉めたんだ。
確かこんな会話だったな。
(暑いな、ちょいと水浴びしていこうぜ)
(時間無いんですよ)
(すぐだよ、すぐ。なあ、お前らも浴びたいだろ)
(まあ、全員で浴びれば間に合いますか)
(決まりだな)
それで思い思いに水を浴びて身体を冷やし、それぞれはさっさと服を着て、振り向いたらガン見の女連中は服を着たままで、これから浴びるから離れて待っていろって言うんだ。
ただでさえ時間が無いって時に、別行動を言われても困るだけなので、リーダーはこのまま行くぞと言ったんだけど、男だけ浴びてズルイと言い出して、それなら勝手に浴びていろと、女と離れて待っていると思わせて、オレ達だけで依頼をこなそうって話になったんだ。
(こういう時に女ってな不便だよな)
(あれは自己顕示欲旺盛って言うんでしょ。誰が見るかよ、てめぇなんかの裸)
(あいつら、顔を真っ赤にしながらオレらの下半身を見ていた癖に、自分らがされるのは嫌がるんだな)
(まあいいさ、あいつらはそういう奴らって分かった事だし、次から組まなければ良いだけだ)
(ええ、良い経験になりました)
そして現在、あいつらはあいつらを優遇してくれる下僕を見つけて、そいつにたかって生きている。
もちろん、まともな技量など無いので底辺だけど、あの時に見切った連中はもう、上のランクに昇ってこの街から出ている。
そりゃ襲われたら問題だけど、単に身体を洗うだけの事を妙に意識して、別行動を野良の連中に強要するのは間違っていると思う。
そういうのがやりたいのなら固定のパーティで好きなだけやれば良いのであって、野良ではやるべきじゃない。
まあこの連中ならそんな事にはならないと思うが。
◇
夜の間に調べた感じだと、やはり新人矯正な感じになっていた。
それにしても、冒険者歴3年のオレが請けると聞いても止めなかったな。
そんなに不真面目に生きていると思われたんだろうか。
確かにオレに生活の苦労は無いけど、それを表に見せないようにしていたつもりだけど、まだまだ甘かったようだな。
食事不要、睡眠不要、物理無効、魔法無効となると、徹夜で野山をうろつける。
魔物に対しては討伐証明部位と魔石を残して食えば良いだけなので、まともな戦いにはならないし、強敵はこの辺りにはいない。
となると、ひたすらの採取、討伐を可能とするから、自然と楽々依頼をこなしているように見えるのだろう。
なのに上のランクに上がらない。
そうかそれが疑惑の元なのだとしたら、次のランクに上がれば止まるという事でもある。
オレがDランクに上がらないのは、人を殺せるかの検査があるからに他ならない。
盗賊討伐という、人殺しの依頼をこなせなければ上のランクには上がれないらしく、それをしてしまうとまたぞろ昇華の儀式のやり直しになるから止めているんだ。
いくら口で殺せると言っても信じてはもらえないだろうから、目の前で殺して見せないといけないのは分かるけど、それをしてしまうと折角の神許が消えちまうんだよな。
挙句、依頼が終わってから神殿に潜り込み、最低1週間の待機状態となる。
上のランクに上がった途端の1週間の行方不明とか、ナニをしていたのかと疑われるのは良いけど、下手に好き者扱いされるのは好みじゃない。
こんな身体で性欲とか無いのに、女の誘いをひたすら断っていたら男が趣味かと疑われる羽目になるらしく、そうなったらまともなパーティには入れてくれなくなる。
とは言ってもさすがに固定パーティに入るには敷居が高いんだ。
大抵の固定パーティだと契約の儀式ってのがあるらしく、血盟とか言ってそれこそ血を1滴垂らしての拇印をするらしく、血の出ないオレには到底こなせる案件じゃない。
確かに他人の血を持っていて、その時に垂らして拇印を押せば誤魔化せるけど、うっかり攻撃を受けて無傷だったら怪しまれるし、怪我をして見せるにも血が必要だ。
そういうのが煩わしいからソロで地味に過ごしているのに、回復が欲しいと新人に誘われたら仕方なく請けているだけに過ぎない。
上のランクに上がったらそういう機会も多くなるだろうけど、毎回の調整が大変なんだよな。
そもそも、何時までも見習いと言ってはいるが、オレの余剰魔力を行使すれば本物の腕輪よりも効果が上がるので、重傷に対しても対処は可能なんだけど、それをしてしまうとバレるので、応急処置で命を繋いで街まで保たせている現状だ。
固定になったらそんな甘えは許されないだろうし、そうなったら便利な道具として扱われるのが落ちだ。
なんせ3種類の生活魔法魔導具の、全ての能力を保持した存在なのだから。
◇
早々に依頼から抜けた。
偽の腕輪を嵌めて、袋の中に手を突っ込んで纏めての製粉をしてやったのだ。
普通は手の平に載せた分しか出来ないんだけど、その範囲は使用者の手の周囲いくらかとなっているようで、袋の中で全体的に身体を伸ばしてやれば全ての小麦に対しての効果になる。
後は貯留魔力にものを言わせて、全ての小麦を挽くだけだ。
「お前、魔力持ちか」
「殺しの経験はあるんだが、信じてくれないから昇れないだけだ」
「確かに魔力があるなら、見てくれだけじゃ判断出来ないか」
「かつて、盗賊を8人、全員殺した経験がある」
「検査員の目の前ってのも手間なのは確かだが、それでもそれが決まりだからな」
「だからランクアップは諦めている」
「分かった、とりあえずは報告しておこう。それと、こいつが取り分だ」
世間では魔法が使えないのは魔力を持ってないからだと思っているようで、自らの体内の魔力臓器の存在には気付いてない人が多いと聞いたけど、こいつもやっぱりそう思い込んでいるみたいだな。
それはそうと、やはり無給と思わせてやはり貯めておいたらしく、今回の袋の分と合わせての報酬となった。
あいつらは腕も無いのにオークの集落を潰す高額の依頼を請けようとした連中らしく、まとめてここに送り込まれたらしく、もうしばらく滞在になるだろうって話だ。
他にも似たような罠依頼があるらしく、今回の報告でそれを止めてくれるようになるらしい。
昇格の儀式さえ無ければCランクぐらいになりたかったけど、こればっかりはどうにもな。
それにそんな欲を掻いて正体がバレたら元も子も無い。
今では人間のように暮らしてはいるが、その正体は魔法生物なのだから。
◇
かなり金が貯まったので家を借りてみた。
今までは睡眠の必要が無かったので野宿が主だったが、街で寝ない冒険者と言うのも珍しかったようで、ちゃんとした寝床を確保してからと言うもの、以前のような変な視線がいくらか弱まったような気がする。
まさかとは思うが、娼館で朝を迎えるような、好き者と思われていたのかよ。
それにオレは別にそんな疑惑解消の為に借りた訳じゃなく、ちょっとした商売をやるつもりで借りたんだ。
折角だから持っている技能を生かそうと思っただけであり、それには過去の記憶が有効に働くと思ったからだ。
卵白でメレンゲを作って蜂蜜を混ぜる。
小麦粉を溶いてパンを拵えてそれを塗る。
後は着火で焼けばメレンゲパンになる……のかな?
幸いにもパン屋が近くにあるので、忍び込んでの技術の習得はやれそうだし、酵母も存在しているようで、柔らかいパンの存在もある。
ただ、メレンゲの存在が見当たらないのは、やはり新鮮な卵の流通が無いせいだろう。
高級魔導具の恩恵で貴族の連中は特に困らないので、領地でのニワトリの飼育の指導などはしないし、商人連中も自前で使う分には魔導具で事足りるし、商売に使うには魔力が大量に必要になるから割りに合わないと。
そりゃ貴族向けの店なら置いてあるかも知れないけど、こんな下町で味わえるような価格じゃないのは確かだろう。
貯留魔力を使えば蜂蜜も卵白もいくらでも出て来るとなれば、原材料は限りなく少ないので下町料金にしても充分な儲けが見込めるんだ。
ただ、目立つ事にはなるだろうから本来は宜しくないんだけど、万年Eランクの副業とするなら最適と言えるかも知れない。
つまり、伝手があるからあくせくランクを上げなくても生きていけるのであり、怪しい仕事をして稼いでいる訳では無いとギルドに思わせれば良いだけだ。
確かにEランク如きに買える価格じゃない魔導具なのは分かるけど、それは単に伝手から買い求めていると思わせれば良いだけだ。
その伝手を紹介とかはしないのが当たり前なので、知りたいのなら自分で調べれば良いだけだ。
そうして偽の腕輪に辿り着き、その入手先まで疑うのはギルドの範疇を越えており、うっかりそれを当局に訴えた後、正規の入手と分かればギルドもただでは済まない。
つまり、確証が無いと動けないのだ。
オレとしては夜の運動会の疑惑よりはましなので、そちらのほうに移行させようと思っている。
高級魔導具の窃盗疑惑など確たる証拠が無ければ動けない、と言うのもそういうのは往々にしてバックの存在があるからだ。
例えば実家が金持ちであるとか、知人に所有者が居て貸してもらえているとか、疑うなら本人の背景を勝手に捜査しなくてはならず、盗難の被害でも無い限りはおいそれとは動けない組織において、勝手な捜査は組織からのペナルティがあるだけだ。
捜査員の思い込みでどっかの貴族の内情を洗ってしまい、それが発覚して組織自体に迷惑が掛かれば、捜査員だけではどうしようもない現状が待っているだけだ。
それこそ一族郎党全てが罪の対象になった挙句、財産全ての没収なんて事もあり得るのがこの異世界という存在。
ギルド長すら平民上がりな現状において、身分の差と言うのはそこまで厳しいものなのだ。
それだけに確実な証拠が無ければ動けない事になるんだけど、夜の運動会はそうじゃない。
娼館の連中も平民なので、調べようと思えばいくらでも調べられるうえに、金を掴ませれば偽証する連中もいくらでも出る状況となると、ギルドの都合の良いように事件が作られる可能性もある。
あの製粉店もそうだったけど、かつての世界なら犯罪行為と思われる店を拵えておいて、内実が冒険者の為だからと黙認されている現状だ。
そんな話がまかり通るなら、こんな風になるからレイプに気を付けろと言いながら、強姦しても許される事になりはしないか。
もうね、そんな世界なんだよ、ここは。
だからそれなりに世間の奴らに合わせて生きないと、変わった奴だと思われて疑惑を生む事になる。
そうして変わった奴が正道な事をほざいていれば、邪魔だからと事件を作られて葬られる事にもなりかねない。
罪人の世界に聖人を入れれば、早々に排除対象になるだろう。
オレは別に聖人君子と言う訳じゃないけど、かつての世界とは比べ物にならない低いモラルの世界となれば、それ相応に暮らさないと目立つだけになって排除の対象となるだろう。
そういうのは困るのであたかもバックがあるかのように振舞って、下町ではあり得ないような品を売る店をやろうと思ったのだ。
それはまさに悪魔の証明。
無いバックは見つけられないけど、それをもって無いとは確定出来ないとなると、隠されているという疑いが晴れない限りは、滅多な事はやれないって事になる。
なんせ材料が材料だ。
高級魔導具から出る材料を使った店となると、どうしても普通は貴族の関与が疑える。
そうなればもう、平民ではうっかりとも手の出せない相手となり、その解明は貴族に頼るしかないんだけど、下手に下級貴族に頼って相手が万が一にも上級貴族のバックがあった場合、下級貴族共々潰される事にもなりかねない。
そうなれば下級貴族からの報復は派手になり、一族郎党どころか集落ごと潰される羽目にもなるだろう。
つまり、平民の中で暮らすなら、上の関与が疑えるこの店は安全なのだ。
◇
平民の連中でも甘い物には目が無いようで、ハニーメレンゲパンの売れ行きは好調である。
最初は上に塗るだけだったけど、手がベタベタするのがネックと言われれば、クリーム状にしてサンドにするだけだ。
細長いパンに切り目を入れてクリームを流し込めば、ハニークリームバンとなる。
それなら出先でも食べられると人気となり、庶民価格なのもあいまって毎日の売り上げはかなりになっている。
朝だけしか店はやっておらず、前日に仕込んで早朝に焼いて、売るだけの簡単にお仕事。
んで昼間は冒険者の仕事をする訳だ。
店を閉めて採取依頼を請けてこなした後、市場に出かけて小麦を買ったり備品の補充をしたりしながら店に戻り、夜のお仕事をこなして眠ると見せかけて内職に勤しむと。
内職と言っても現在手持ちの壊れた魔導具の魔力吸収効果を利用した貯留魔力の補填に他ならず、連日の大量使用を放置しておけば、すぐさま貯留魔力が尽きるだろう。
製粉1回の平均魔力10だとしても、内在100なら知れた量しか採れないし、だからこそ個人使用に留まるしかない現状だけど、魔力のある貴族なら別だけど、それでも素材を出す為に魔力を使ったりはしない。
となると魔法の才能のある使用人を使う事になるんだけど、それでも枯渇させてしまえばそれで終わりになってしまう。
魔法才能持ちの使用人を複数抱えられる大富豪か、上級貴族で魔法の才能のある部下を多数抱えていない限り、今のオレの供給量には足りない事になる。
だから壊れた魔導具を安く買いあさり、その自然吸収を用いた貯留量の増加を常時やっているのだ。
偽装腕輪は確かに片腕に1個だけど、壊れた魔導具から余分な機構を外した物を見えない場所に埋め込んである。
だからうっかり服も脱げない訳で、今ではみんなで水浴びとかもパスしないとな。
どうにも今の身体って、銀河を走る機関車に出てくる存在のように、あちこちに機械っぽいのが埋まっているんだ。
今はまだ回復量も少ないからひたすら回復させても大容量の回復を連続とかのハードワークには耐えられそうにないだろうけど、更に足していけばかなりの回復量になるだろうし、そうなれば上達したと言って中級の回復職としてやっていけるようになるかも知れない。
さすがに上級になろうとしたら、身体の後ろにびっしりと壊れた魔導具を埋め込まないと回復量が足りないだろう、と言うのは上級の回復職ともなると所持魔力も多くて自己回復能力も高いので、似非な回復存在では追い付けないのだ。
検定クエストには、ひとつの街の診療所の全ての怪我人を治療せよ、なんてのもあるらしく、伝手が無いと最前線の街に送られて、毎日死ぬ思いで回復しまくった挙句、追試追試で何時まで経ってもクリア出来ずに、回復の奴隷みたいになるらしい。
そんな環境でも並外れた魔力量と回復量があれば、当局の想定外となって嫌でも合格させないといけなくなる。
貯留魔力自体はそこいらの魔術師とは比べ物にならないだけの量がある事だし、後は自然回復しない身体の改造をやれば良いだけなのだ。
そうして上級認定さえ受ければ、何処に行っても困る事は無い。
ギルド内で勝手に営業しても文句は言われないし、町中の診療所に押し掛けての治療の押し売りだって認められている。
確かに診療所の場合は現地の治癒師を上回らないといけないけど、上級になった回復職が巷の診療所で満足するはずもなく、大抵はお偉いさんのお抱えとなる。
なので金に困ってそこらの診療所に赴き、高度な治療をしてやると言って患者の横取りをしても問題無いのだ。
まあ稀に上級が気紛れで治癒師をやっていたりして、新米の上級が負けたりする場合もあるらしいけど、そんなのは滅多にある事じゃない。
似非な回復職が上級になれるか、と言うのが現在のオレの目標であったりする。
◇
回復の範囲効果について考えてみた。
通常、回復の魔法の効果は単体に留まり、かつて架空の物語で見たような範囲回復は存在していない。
つまり、施術者の手から回復の効果のある物質が出ているとして、それは雨のように患者に降り注がせるのが精々なのだ。
となればだよ。
かつて皮膜の修練で得た技能を利用すれば、患者上空に糸のように分離させて顕現させれば、同時に複数の回復がやれるんじゃないかと思ったんだ。
元々魔法生物なので魔力の伝道率はヒトの身体よりも高いので、目には見えないぐらいの細さにしても術式用の回復魔力は充分な量が送れるんじゃないかと思うんだ。
真夜中に回復させながら身体を細分化させる修練とか、ちょっと人には見せられないけど、路地裏でやる分には問題は無いだろう。
紐のように糸のように、更に細く細く細く……。
まるでクモの糸のようなのが上空に鎮座して、そこから回復の魔力が降り注ぐ。
ちょっと邪道だけどこれも範囲回復の手法な訳だし、これに慣れる必要があるだろう、と言うのもこれは攻撃にも使えるからだ。
このまま下ろして対象を糸で包めば、そのまま吸収する罠になる。
それが単なるクモの糸のような存在なら、誰にも気付かれない暗殺にもなりかねないが、それをするとまだそろ1週間のブランクが空くからやれないにしても、非常用の対策として修練しておく事は無駄にはならないはずだ。
上空のクモの糸から1本下ろして自由に動かす練習とか、仮想の対象を定めてそれを攻撃する練習とか、自然回復させながらの修練は毎晩となり、腕はますます磨かれていく。
疲れを知らない魔法生物は、その気になればフルタイムな練習を可能とする。
だからそれ相応の知識があれば、最強の存在も夢ではないのだろうが、そんな存在を作った遥かな過去の存在は消え去り、作られた存在も消えたというのがオレの仮説になる伝説がある。
消えた地下帝国の住人、という伝説だな。
かつては神と崇める存在が居て、それが何かの要因で暴走したらしく、逃げ延びた僅かな存在だけを残して、地下帝国の住人は消え去ったという。
それと言うのも逃げた時に地上への道を封鎖したらしく、絶対に開けるなという言い伝えが残っており、数百年後の冒険者によって開けられた入り口はかなり湿っていて、中には誰の骨すらも残ってなかったとか。
そうして散々探したけどどんな存在も居ないようで、住民の痕跡だけを残して何処に消えたのかも分かっていない。
でもさ、魔法生物が神と崇められていたのだとしたら、ある程度の辻褄が合うと思うんだよ。
オレだってその気になれば骨も含めて人を食えるし、衣服だって武器だって収納の技能があれば入れておけるんだし、似たような状況も作ろうと思えば作れるだろう。
そうなるとその存在が何処に消えたかって問題だけど、入り口が湿っていたのは入り口から流し込まれた聖水の名残じゃないかと思うんだ。
確かに数百年も聖水が蒸発しなかったと言うのも変だけど、言い伝えの中には聖水を流し込めという話があり、末裔が貧乏になって果たされなくなるまで続けられていたとすれば、可能な限りの聖水の流し込みは、入り口フロアを満たした池になっていただろう。
それの名残が湿り気なら、辻褄としては合いそうな話だ。
となるとだよ。
かつての存在が残した収納の異空間を探してみれば、入り口フロアの何処かで見つかるかも知れない。
神代の時代の産物など、今の世では遺跡から僅かに見つかるのが精々で、それも酷く風化が進んでおり、碌な代物じゃない。
しかるに我らが収納の中には時の概念などは無いので、入れた時のままの状態を保っているだろう事は予想の範疇内だ。
その為の練習でもあるのだよ。
◇
仕入れと称してパン屋を休む。
まあそうしないと連日の使用量は単体の供給量を遥かに凌駕しているので、ますます平民にはやれない事と思われるのは良いんだけど、それだけにバックの存在が気になる人には気になるだろうし、それが領主なら洒落にならない。
領主命令でわしにも寄越せと言われたら納品しなくてはいけなくなるし、そんな事をしていたらパン屋とかやる暇が無くなってしまう。
更には貴族相手の商売ともなると、商業ギルドを通さないといけない決まりになっており、商業ギルドに入会するには、血の盟約が必要なのもこれまた決まりなのだ。
そうなると代理人を立てないといけなくなるけど、代理人が着服しない確率は絶望的だ。
血の盟約さえクリアすれば良いんだけど、さすがに他人の血はすぐにバレるらしい。
それと言うのも商業ギルドカードの防犯対策として、重要な取引は血判になる場合が多いらしく、何かの取引のたびに針が使用され、その場で押さないと信用されないとか。
親指に血のタンクを拵えるぐらいじゃないと乗り切れないけど、血ってのは固まるんだよな。
だから必要量だけ収納から出す方式にしないといけないけど、そこまでしてギルドに入りたいとは思わない。
なので伝手からの買い求め、という理由付けの為に時々休まないといけないのだ。
そうして今回はそれを利用して例の地下帝国の入り口にやって来た訳だけど、確かに池になりそうな感じに入り口入ってすぐの部屋はくぼみになっている。
3方向に通路があるんだけど、それぞれ階段を登っての移動になるようなので、ここに聖水が溜まれば確かにオレぐらいでも充分に沈んでしまう池になるだろう。
その階段もまた後付けのようで、元々階段は無かったのだろう。
となるとこんなツルツルな底面や側面の移動となると、オレでも苦労しそうな状況だし、しかも聖水の池の中となると、そのまま消滅もあり得る話だ。
さて、それはともかく、収納空間の入り口調査だな。
部屋の上部の埋め尽くすクモの糸のような存在は、空間全てを調べるかのように動き、その痕跡を発見する。
やはりか。
そいつに干渉して自らの収納に移動する意識のままに、中にあるだろう物体の全てを獲得する。
ああ、死体がたくさんだな。
衣服もあるし武器もあるし、財宝らしき物体もあれば書物らしき物もある。
収納から収納への移動なので表に物質が直接は出ないので、今のオレは入り口の小部屋で座って休憩しているようにしか見えまい。
おいそれとは売れないが、相当の価値のある代物だろうし、何かの役に立てば良いかな。
◇
そうしてパン屋はオープンする。
さり気なく店の片隅に財宝の中でも小さなのを置いておく。
平民の連中は気付かないだろうけど、万が一貴族の目に留まればこの店が単なる平民の店とは思うまい。
なんせ神代の時代の遺物のようで、それはまだ新しいと思わせる存在だから本物とは思わないだろうけど、いかに贋作だからと言って現物を知らなければ作れない代物だ。
となるとそんな真品を持っている貴族から貰ったとしても付き合いがある証拠だし、買うにしても平民には手の届かない価格となれば、身内というのが一番考え易い話だろう。
まあそういうのも調べる方法だけはあるらしく、物質の看破の魔法は許可されているものの、対象が人間になると他人の情報という名の財物を盗む行為として禁忌とされていて、魔物と間違えたという言い訳が通用しないと、そのまま処刑になるぐらいの重罪なのだとか。
恐らく過去の存在によって制定された決まり事だろうけど、そんなに内情を知られたくない存在が王族にでも居たのかな。
特技にヤバいのがあって、知られたら破滅だから禁忌にしたとか、あり得る話だな。
今では特技は自己申告になっており、申告後には必ずテストが実施されるので、偽の申告者は大抵は発覚して罰せられており、今ではそんな愚かな行為をする者も稀になっていて、大抵は自己申告でやれているらしい。
冒険者ギルドも同様だな。
だけど商業ギルドだけは金が絡むので、今でも血判方式を採用しているからこそ、うっかり入れない組織になっているからパスするけど、治癒師ギルドなら申告の後の実技試験に受かれば良いだけなので問題は無いのだ。
さて、今夜も練習しますかね。
◇
もはや路地裏では狭くてやりきれない。
野原で練習していると大抵魔物がやって来るんだけど、そういうのは独立した糸によって屠られて収納行きなので問題は無くなっている。
さすがに魔法生物の身体だけあって、どんなに細い糸からでもスキルの使用は可能なようで、糸の1本1本を独立させての平行活動の練習も順調に進んでいるし、このままいけばまた新たな技能が授かるかも知れないという希望もある。
欲しいよな、並列意識。
そんなこんなで早朝までの訓練を終わらせ、野原でパンを焼いての収納の後、パン屋で陳列して売るだけの簡単なお仕事の始まりである。
もうね、機材とか要らないの。
魔法無効だから細い糸でも燃えないし、痛覚も無いから熱くもないのでパンを焼く網の代わりに使えるようになっているんだ。
時の概念の無い収納空間から出して焼いて収めるってのも、今では野山の修練の合間にやれているし、パンのタネの発酵すらも、体内に空洞を作れば問題は無い。
体内がキッチンのように作用して、横になったままでも作業がやれるという、とても人間離れした状況になっている。
収納から小麦を出す。
それを粉にして身体で拵えたボウルに入れて水を出す。
練って酵母を混ぜて寝かしておき、膨らんだら再度の作業をこなして後は焼いて再度の収納をするだけ。
魔導具の技能のコピーがあるので、小麦と酵母さえあればパンが作れるんだよ。
横になったままパンを作り、それを朝から売るだけだ。
本当に人間に見つかったら確実に、捕縛されて永久パン供給装置にされそうだな。
もしかすると、それで神代の仲間も暴走したのかな。
そんな事にされたらオレでも何時かは暴走するだろうし、いかに智恵が薄くても長期の生存は嫌でも智恵を付けるものだ。
そうして遂に知ったのだろう。
自分が奴隷にされている事を。
それでも何年かは従っていた可能性も高いけど、それが何十年何百年にもなればさすがに嫌になっただろうと思われる。
結局、あるべき所にモノがあったのだから、オレの想像もそこまでかけ離れてはいないと思う。
◇
ちょっかいを出してきた下級貴族の言い分が余りに可笑しかったので、そのままの流れに従って店を明け渡してやった。
すなわち、特別な機材を使っていると思われていて、その機材を店の権利ごと寄越せと言われたのだ。
確かに特別な機材と言えばそうだけど、それはオレの体内にあって店内には無い。
なのにそんな想定外の事は想像の外らしく、店内にある機材のせいで美味で安価なパンになっているんだろうと思ったらしい。
高級魔導具の使用に関しては、平民の手に負える価格じゃないので省いたようで、廉価版のような魔導具を拵えたんじゃないかと思ったらしい。
確かにそれもある意味合っているけど、廉価版なのはスキルだから渡せる道理も無い。
結局、平民には高いと思われる価格で店の権利と中の機材一切を売る契約書にサインしたんだけど、その前にあの置物を接収したのは言うまでもない。
今はよく似た偽物だ。
さて、身軽になった事だし、治癒師ギルドへの挑戦をしますかね。
万年Eランクが中級回復職に昇進したと言う噂はすぐに広まり、中堅のパーティからの臨時要員の参加要請が届くようになる。
「治癒はどれぐらい使える? 」
「そうだね、必要なだけ」
「ほお、そこまで言うなら使ってみるが、魔力が足りないとかになると賃金は無しだぞ」
「問題無いよ」
そのパーティは中堅どころのまとめ役みたいな位置取りとして、新しい中級回復職のテストも兼ねての登用だったらしく、大口を叩いた奴の本性を暴くとか、そんな気持ちである依頼への同行を言われたけど、それってひたすら回復していないといけない場所だから、普通は上級職か中級複数でこなす案件だよな。
かつての世界のゲームであったような、ダメージを受ける床を歩いていかないといけない依頼なので、どうしても回復職が必要になるんだけど、参加したパーティの専門回復職は中級であり、とても1人だけじゃ回復が足りないとしてその補填要員に抜擢されたのが今回の依頼。
「中級なら5人、上級で2人は必要と聞いたんですけど」
「なんだ、今更尻込みか。お前がやれると言うからこの人数でやるんだし、今更やれないとは言わせねぇぞ」
やれやれ、フル稼働させる気かよ、参ったな。
内職のパン製造は中止して、貯留魔力を温存する。
そうしないとこれからひたすらの回復になるだろうから、専属の回復職では到底間に合わない。
それと同等の能力でも足りないので、上級の平均を越える魔力の使用が理想的になるだろう。
仕方が無いから今回は見せるけど、派手に宣伝してくれるなよ。
まあそれでも実績を重ねたら上級への道も拓けるかも知れないので、ここは成り行きに任せるしかあるまいな。
◇
そうして始まる依頼。
「お前、何だこの回復は」
「我が家に伝わる秘術にして、門外不出の技能。これぐらいの人数なら把握出来るから、1人で全員の体力管理はやれますよ」
「お前、貴族だったのか」
「元は、ですけどね。今は違うけど教わった技能は活用しませんと」
「門外不出じゃなかったのか」
「瞑れた家の秘術とか、再興しない限りは問題無いですよ」
「成程な」
よし、納得したな。
かつてのマスターは貴族だったので全てが嘘って訳じゃないし、オレ自体が彼女の秘術とも言える訳で、関係が崩壊したから潰れたと言っても過言じゃないし、将来的に関係復活となったら再興みたいなものだから、例え話とするなら充分に本当の話にしても構わないぐらいじゃないかな。
まあ、屁理屈だろうけど。
上空の見えないクモの糸から個別に出る糸で、各人の回復を司る。
余りに細いので直接接続をしても気付かれずに、当人の体力の変化を読み取って減ったら回復するだけのお仕事。
僅か5人ぐらいなら余裕なので、専属の回復職の出番は無い。
それでも帰りは任せてと言われているので、可能な限りは任せてみるつもりだ。
この依頼は帰りの負担がかなり少ないので、行きさえクリアすれば終わったも同然と言われている。
そんな簡単な帰りの仕事でも、こなしたら同等だったと言い張るんだろうな。
それが人間の女って生き物だ、少なくともこの異世界では。
◇
案の定、私には及ばないけど、まあまあの術師という、何ともいい加減な評価を戴く。
さすがの評価に同じパーティの連中も呆れていたけど、女で回復職というのも滅多に居ない貴重な存在なので、その言い分に異議を申し立てる野郎は出ないだろう。
そんな訳で、女の階級である、中の2よりも下の1という、10段階中最下位の実力があるという、あんまりありがたくない評価を受けるに到る。
帰りの5倍の消費量であり、更には戦闘にも参加して魔法を使い、食事の時には水を出したりして奉仕している間、彼女は帰りまでは暇と勝手に判断して戦いにも不参加だったと言うのに、それが全て彼女の功績となったうえに、それに満たない実力しかないなどと、依頼を請けた意味が無かったな。
「ほれ、報酬だ」
「あの女、酷くないですか」
「それがな、あれをクリア出来るなら上級も夢じゃないと煽てられてな、恐らく最前線の街送りになるだろうって話だ」
「ああやっぱり」
「お前、それを想定しての依頼の承諾だったんだな」
「そうじゃなければあんなに使いませんよ」
「あいつは相当な見栄っ張りでな、今までは皆も我慢していたんだが、遂に愛想を尽かしたらしくてな、誰も諌めなかったらしくてな、明日にでも受けに行くとはしゃいでいたぞ」
「最前線の奴隷ですか」
「可哀想だが、自己の能力を偽った者は、自業自得と言われるだけだ」
「試金石ですか」
「悪いな。その代わり、皆からのカンパも足してあるから多めになってるぞ」
「ありがとうございます」
中堅を束ねる存在である以上、いくら雑魚でもおいそれと解雇する訳にはいかないけど、自分から辞める分には問題にはならないので、クリアしたら上級の推薦も受けられるあの依頼に誘導して、魔力が多いと言われているオレを試金石に使い、オレを上に置くようなら慰留するけど、そうじゃないなら最前線の奴隷になってもらえって話だったとはな。
あの女には残念だろうけど、これで中堅への繋ぎも出来た事だし、依頼のたびに勧誘してくれる可能性も高まったな。
「それでお前、しばらくの間で良いんだけどよ、臨時の回復職になってくれねーか」
どうやら中堅のパーティからはじき出された存在の面倒も見なくちゃならないようで、あの女もその類だったらしい。
だけども必要最小限しか動かない上に、他人の苦労は対岸の火事として、どれだけ苦労していても手助けなどは無かったらしい。
最初は矯正の意味もあって忠告していたらしいけど、希少価値って事だけは承知しているらしく、すっかり図に乗っており、今更この年では矯正も効かないかと諦められた存在になっており、今回の件は他のメンバーとも相談して決めたらしく、賭けが不成立になったぐらいだったとか。
つまりみんなああなると思ってたんだね。
◇
「こんなに楽な依頼は初めてだぞ」
「そりゃ回復もしてくれるし解毒もしてくれるし、邪霊が出たら浄化までしてくれるんだ。しかも食事時になれば手を洗う水まで出してくれて、飲み水にも苦労しないとなると、今までとは比べ物にならねーよ」
「よく魔力が保つもんだな」
「問題ありませんよ」
「それにしても弱ったな。こんな待遇に慣れちまうと、はみだし者の受け入れが嫌になるぞ」
「それこそ試金石になるんじゃねーか」
「それもそうか」
今の所は汎用の魔導具所持って事になっているので、回復は自前の技能って事でやりくりしているけど、そのうち高級魔導具の存在を出すかどうか迷っている。
確かに今でも飲み水に僅かに蜂蜜を入れており、それが活力の向上に繋がっているから依頼中の体力保持にはなっているだろうけど、明かしたら他の種類も欲しがるに違いない。
そうなるとパン屋として同行しているに等しくなりそうで、回復も出来るパン屋って扱いじゃ上のランクへの道が閉じそうで明かせないのだ。
上級は専門職でなければならず、副業は認められてないのだ。
確かに冒険者との掛け持ちにはなるけれど、冒険者というのはあくまでも身分であり、その職務に回復職が含まれている以上、掛け持ちではないとされており、副業になるのは全く異なる職種、つまりは生産職が該当する。
パン屋はもろに生産職なのでアウトであり、上級回復職になったら大っぴらにパンを売る事は出来なくなる。
それは上級職は権力者のお抱えになる場合が多く、他の陣営との掛け持ちになったりしたら、戦力の奪い合いにもなりかねない。
アルバイトならとも思うんだけど、上級にはそれに相応しい能力が求められるので、必要な時に魔力が足りないなどと言うのは許されないので、その時に備えて副業などはもっての他と不評らしい。
貴族が不評と言えばそれが決まりになる。
それがこの異世界クオリティだ。