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(6)ルドルフじいさん

 アルベルトゥスがルドルフじいさんの名前を出したとき、エリカとステファンはまったく驚かなかった。


「あたしたちもここに来て、町の人たちからルドルフじいさんのことは聞いたわ。たぶんその人がルイーゼおばあさんにウサギのペンダントをあげた人だと思う」

「おふくろが亡くなってから、おれたちは大道芸をしながら旅をして、いなくなった親父のヨーゼフを探していたんだ。おふくろやおれたちを捨てていったやつだけど、いちおう父親だからな。ルドルフなんて男はどうでもよかった。ばあさんもおふくろも会いに行こうとはしなかったしな」

「だけどたまたまこのハーゼンドルフの町の近くを通ることになって、ルドルフさんを探してみたくなったの。もしまだ生きていたら、ルイーゼおばあさんのことをどう思っていたのか、どうしても訊いておきたくなったのよ」


 エリカは野菜のスープをすすった。シュテファンは黒パンをかじっている。ハインリヒたちはもう食事を終えていた。ハインリヒが口を開いた。


「実はぼくたちもある人を探していて、ルドルフじいさんに会いたいと思っているんだ。さっき自宅を訪ねていったら家政婦さんが出てきて、じいさんは今晩も金獅子亭の酒場に来るらしい。よかったらいっしょに会ってみるかい?」

「えっ、それは助かるわ。あたしたち、まだルドルフじいさんの顔も知らないの」

「じゃあ、今日の夕方、金獅子亭で会おう。それまでまだ時間があるから、ぼくたちは町の人たちから情報を集めることにするよ」

「それじゃあおれはもうちょっと、大道芸で金を稼ぐとするか」


 シュテファンとエリカは町の別の広場の方へ向かっていき、ハインリヒとアルベルトゥスは中央広場にいる人たちに話を聞くことにした。するとパン屋の店先にいた老婆から、ルイーゼおばあさんに関する話も聞くことができた。


「ルイーゼさんのことなら、よく覚えてるよ。羊毛を扱う大店の娘さんで、きれいな人だったねえ。あのルドルフじいさんは若い頃に、そこの見習い店員をやってたのさ」

「えっ、そうだったんですか!」

「二人はわりと親しくしてたようだけど、何しろ身分が違うしねえ。それにルイーゼさんには親が決めた許婚もいたんだよ。よその町の取引先の息子さんで、たいそうなお金持ちだという噂だったねえ。名前はたしかミヒャエル、じゃなかった、ガブリエル……そうそう、ガブリエルだったよ」


 やはりエリカたちのおばあさんのルイーゼにウサギのペンダントを贈ったのは、ルドルフじいさんだったのだ。ハインリヒはさらに尋ねた。


「それから二人はどうなりました?」

「そりゃルイーゼさんは許婚のガブリエルと結婚したさ。ルドルフさんはそのあと店を辞めて、しばらくどっかよそへ行ってたみたいだけど、五年ぐらいして帰ってきて、事業を始めて大成功したんだよ」

「ウサギの肉や毛皮を扱う仕事ですよね」

「そうさ、このあたりは昔から野ウサギが多くて、作物を食い荒らす厄介者だったんだけど、ルドルフさんが肉の臭みを消したり毛皮を鞣したりする新しい技術を取り入れてから、ウサギで商売できるようになったんだよ。今じゃこの町の名物だし、近くではウサギをたくさん飼育してるくらいさ」


 老婆の話によると、町に戻ってきてからのルドルフは仕事一筋で、結婚もしなかったし女性との関係もなかったという。それどころか町の人々とも仕事以外ではほとんど付き合いはなかったらしい。それでも町の広場や道路の整備、城壁の修理や施療院の運営などに多額の寄付をしていたという。


 パン屋の老婆に礼を言い、ハインリヒたちはルドルフじいさんがやっていた商会へ行ってみることにした。そこはハーゼンフェルト組合商会という名前に変わっていた。中に入って話を聞くと、ルドルフじいさんは五十歳になったときに引退し、わずかな年金と引き換えに事業をすべて町に譲渡したのだという。町は組合を作って商会を引き継ぎ、いまでもかなりの収益を上げている。なお、ルドルフじいさんとの約束で、その収益の一部は町の寡婦年金と孤児院の運営に充てられているらしい。


 ハインリヒは町の人たちから話を聞けば聞くほど、ルドルフじいさんが不思議な人物に思えてきた。そうして日も沈みかけてきたので、金獅子亭の酒場へ入っていった。しばらくするとエリカとシュテファンもやってきた。


「町の人たちの話からすると、ルドルフじいさんがルイーゼさんにウサギのペンダントをあげた人に間違いないよ」

「やっぱり……今夜ルドルフさんはこの酒場に来るかしら」

「たぶんね」


 町の人たちから聞いた若い頃のルドルフとルイーゼに関する話をエリカたちに話しているうちに、一人の身なりのよい老人が酒場に入ってきて、隅っこの席に座った。ハインリヒたちは老人の方へ向かって歩いて行った。


「失礼ですが、ルドルフさんでしょうか」

「ああ、たしかにわしはルドルフじゃが……あんたは、昨日の吟遊詩人だね」

「はい、ハインリヒといいます。ヴァルター先生の弟子です」

「やはりそうか。歌い方や雰囲気が似ておると思った」

「ヴァルター先生のお母さんが亡くなられまして、先生の行方を探しているのです。何かご存じありませんか」

「まあ、そこへかけなされ」


 老人に促され、ハインリヒたちは同じテーブルの席に座った。


「そちらは昨夜ジャグリングをしていた方ですな?」

「はい、大道芸人のシュテファンとその妹のエリカです。この二人はルイーゼさんの孫です」

「ルイーゼさんとは、どなたのことですかな?」


 エリカがウサギのペンダントを取り出して、ルドルフじいさんの前に差し出した。


「これは……何ということだ……」


 老人は絶句した。

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