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(4)金獅子亭の女将さんの話

 酒場の客たちは遅くまで酒を飲んで歌った。ハインリヒは自分の歌が人々を大いに楽しませたので、深い満足を感じながら眠りについた。そして翌日は窓から差し込んでいる朝の光に、気持ちよく目が覚めた。用を済ませて顔を洗うと、ハインリヒとアルベルトゥスは食堂へ下りていき、朝食をとった。


「昨日は楽しかったな。みんな陽気で楽しい人たちばかりだったし」

「そうですね。あの兄妹のこともちょっと気になりますが、まあ大丈夫でしょう」

「そういえば、後ろの隅のテーブルに身なりはいいけど孤独そうなじいさんがいたな。ずっと一人で酒をちびりちびりと飲んでて、早めに帰っていったけど」

「ああ、そういえばそんな老人がいましたね。この町の人でしょうかね」

「まあどこにでも人付き合いが嫌いで孤独を好む人はいるものさ」


 野菜スープと黒パン、ソーセージに卵を食べ終えると、二人は宿の女将さんに食事の礼を言ってから、ヴァルター師匠のことを尋ねた。


「ねえ女将さん、一月ほど前にヴァルターという吟遊詩人がこちらに来てませんでしたか?」

「ああ、吟遊詩人のヴァルターさんなら、たしかに一月前にこの金獅子亭に一週間ほどお泊まりになりましたよ。歌はもちろんですけど、鶏や犬や猫の鳴き真似もとてもお上手でしたわ」

「そのあとどこへ行くとか言ってませんでしたか?」

「さあねえ、それは聞いてないけど……ああ、そういえば、昼間はルドルフじいさんのところへよくお出かけになってましたから、あの人なら何かご存じかもしれませんね」

「ルドルフじいさん、ですか?」

「ええ、ルドルフ・キルシュナーさんといいましてね、この町の外れの一軒家に一人で暮らしてて、お金持ちだけど偏屈で気難しいおじいさんなんですよ。うちの酒場にもよくいらっしゃって、誰ともお話しせずに一人でだまってお酒を飲んで帰られるんですけどね」


 ハインリヒとアルベルトゥスは思わず顔を見合わせた。二人とも昨夜見かけた孤独そうな老人の姿を思い浮かべていた。ハインリヒは女将さんに質問を続けた。


「そのルドルフじいさんには、家族はいらっしゃらないんですか?」

「あたしが知るかぎりでは、あの人はずっと独身みたいですね。仕事熱心で、若い頃にキルシュナー商会という会社を作って、このあたりの兎の肉や毛皮を加工して売る商売で大成功したんですよ。今は商売を町の組合に譲って隠居されてますけどね」

「じゃあ、もう十分な財産をお持ちなんでしょうね」

「ええ、この町にもずいぶんたくさんのお金を寄付をしてくださったので、町の人たちからは尊敬されてます。ただ、人との親しいお付き合いは好まない方のようでしてね」


 ハインリヒは女将さんからルドルフじいさんの家の場所を教えてもらい、アルベルトゥスと一緒に出かけていった。金獅子亭のある中央広場から十五分ほど歩いた町の城壁近くに、その家はあった。とくに豪邸という感じではないが、老人の一人暮らしにとっては十分すぎる大きさで。まずまずの広さの庭もついている。玄関のドアを叩くと、なぜか中年の女の人が出てきた。格好からして家政婦さんらしい。


「こんにちは。僕は吟遊詩人のハインリヒ、こちらは医学生のアルベルトゥスといいます。実は吟遊詩人のヴァルターさんのことでお話をお伺いしたいのですが」

「ああ、ヴァルターさんなら先月ここに何度かおいでなさったよ。あたしゃ近所の鍛冶屋の妻でエディタっていうんだけど、この家には毎日、炊事洗濯と掃除をしに来ているんで、よくお見かけしたさ」

「ヴァルターさんはここに何をしにこられたんですか?」

「ルドルフの旦那の部屋で、話をしたり歌を歌ったりしてたようだけど、詳しいことはあたしにゃわからないね。でも、人間嫌いのルドルフ旦那が他の人とあんなに親しそうにしてるのは、あたしも初めて見たよ。まあ、立ち話も何だから、中へお入んなさい」


 ハインリヒとアルベルトゥスは案内されて、椅子とテーブルのある部屋に通された。家の中には装飾品のようなものもほとんどなく、金持ちの家という感じがまったくない。しかし掃除は行き届いていて、質素ながらもこぎれいだった。


「ルドルフ旦那は今日は隣の大きい町の医者へ行ってて、留守なんだよ」

「どこか悪いんですか?」

「心臓に持病があって、本人はもう長くはないと思ってるようだね。それに、この町には傷の手当てとか骨折の治療をやる床屋はいるけど、ちゃんとした医者がいないし。まあ隣町の医者だって、何の病気も治せないで高額の治療費ばかり取る藪医者だという噂だけどね」


 ハインリヒの隣で話を聞いていたアルベルトゥスが厳しい顔をした。医学生として、いろいろと思うところがあるのだろう。


「今日の夕方までには帰ってきて、また金獅子亭の酒場へ一杯飲みに行くだろうから、そこ行ったら会えると思うよ。ヴァルターさんのお弟子さんなら、きっと相手してくれるさ」

「わかりました。そうします。ありがとうございました」


 ハインリヒたちは家政婦のエディタさんに礼を言って、ルドルフじいさんの家を出た。まだ昼前で時間があったので、いったん中央広場まで戻ることにした。

※ 中世ヨーロッパでは貴族も農民も、朝昼晩と一日三食取るのが普通だったようです。

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