ロード
クレイとの顔合わせ後、昼間はクレイと紅が生者達を、夜はセレスとカレンが死者達を其々取り仕切り、準備を進めていった。
カレンは睡眠をあまり必要としないヒトなので、昼間も紅の付き添いで現場にはいたが基本的に作業を見ているだけだった。が、紅のやる気がすこぶる上がるので大体付いてきていた。
寧ろ最初に付き添いのなかった翌日には他の人間たちに出来る限り来てくれと拝み倒されたので何かあったのだろう。
クレイすらも口を開かないので何があったかは定かではないが、それ以降カレンは出来る限り紅に付き添い。出来なければ手作り弁当を持たせるなどして機嫌を取ってみたところ、効果はあったらしく次もお願いされた。
そんなこんなで一部の人間にトラウマを植えつつも概ね問題なく準備は進み、遂に再逝際当日を迎えたのだった。
「おはようカレン、結婚してくれ!」
「ふふ、おはよう紅、今日はいい天気よ」
「すんごい露骨に流された!まぁいいか、確かにいい天気だな」
「でしょ?今夜は朔月だから星がよく見えそうね」
いつもの挨拶を交わし空を見上げると、雲一つない快晴が目に入る。雨の心配はまずなさそうだ。会場自体は屋外なのだが会場には雨除けの結果が張られているので濡れる心配はない。気分の問題ではあるが快晴の方が良いだろう。
それなりに大きな会場全体に雨除けを均等に張るってのもなかなか重労働だったがな!
「今日はカレンも朝からだよな?」
「ええ、今日はお祭りのお料理を作るの」
カレンはニコリと楽しそうだ。以前はそうでもなかったが最近は料理が楽しくなってきたらしい。おかげで手料理が食べられるのでとても良い趣味だと思う。
「にしても、朔月か・・・来ると思うか?」
「多分ね。月のない日は死者の力が増すし、今日は死者の祭りよ?アレが来てもおかしくは無いわ・・・もし来たら逃げていい?」
「勿論、アレは俺が縊っておくから安心しろ」
「死者だからもう殺せないけど、任せたわ」
二人が話すアレとは例外的に生者に興味を持つ死者のことで、以前セレスが迷惑をかけていると言っていた彼女の同胞、生者に積極的にちょっかいを掛けてくる傍迷惑な存在だ。以前知り合って以来度々絡んではカレンにちょっかいを掛けて来る。カレンに手を出すのはご法度ですが何か?
「任された。大方、準備も手伝わず祭りに参加して暴れ回って会場を壊してとんずら、とかそんな感じだろ」
「ありえそうね。会場に再生の術でも掛けておこうかしら」
困ったようにため息をつく姿がなんとも色っぽい。ではなく再生術自体が高度なのだが、その中でも最も難易度の高い時間を巻き戻すタイプの術を土地に付与とか相当な離れ業を会場全体に、取りあえずで施すつもりらしい。大変出来る嫁である。てかそれよりも、
「死者って物食べれんの?」
「ん?」
そっちの方が気になるんだが・・・、食べた物ってどこ行くんだ?
「えっとね。実際に口から食べるんじゃなくて、手で持ってそこから味やら籠ってる力、思いなんかを吸収するの」
「吸収・・・された料理は?」
味を吸収するなら死者達も味わえるだろうけど吸収された後の料理って・・・?
カレンがニッコリと笑ったまま無言なのでそういう事なのだろう、食べてみたい気もするが駄目だろうか。
「食べても問題はないから別にいいけど、すっごい違和感よ?」
「あ、わかった?違和感って?」
「長い付き合いだもの分かるわ、見た目も匂いも普通なのに味が無いのよ」
「あー成程」
それはそれで面白そうだし一口位食べてみるか、幸い準備を手伝ったお礼ってことで祭りへの参加は認められてるしな、楽しみが一つ増えた。
「んじゃま、最後まで頑張りますか」
「はーい」
うむ、今日も嫁が可愛くて頑張れるな!
※ ※ ※
料理や会場準備も無事終わり、日が暮れれば祭りは始まる。
周囲が夕日に沈む頃、祭りの手伝いをした生者の中で希望者のみが祭りに参加し、他は皆帰路に就いた。
日本で言う祭りと言うよりも西洋の立食パーティの様な雰囲気なので、参加者たちは皆相応の服装に着替え、日が落ちるに従い会場に集まり始めた。
紅達も各々着替え会場で待ち合わせとなった。いつもと違った服装のカレンが見れることに紅は大変ご機嫌だ。
カレンが和服である事は分かっているので紅もカレンに合わせて着物を着ている。
黒地に銀と青銀で流れ紋様が入った着物に黒と銀を織り交ぜた帯を合わせ、着物と揃いに誂えた羽織を着ている。
シンプルな服装ではあるが精悍な顔つきの紅には大変よく似合う。事実先程から男女、生死問わず目線が集まっている。が、本人はまっっったく気にした様子がない。寧ろ誰も近寄れないように少しのプレッシャーを周囲に放ちつつカレンが来るのをソワソワしながら待っていた。
「お待たせ紅」
「!!」
そんな紅の元に着替えを済ませたカレンがやってくる。
いつもの白地とは違い黒地の振袖で、銀糸の刺繍と所々に縫い付けられたビーズが光を反射して輝く、星空をイメージしたデザインだ。銀の帯を締め深紅の揚げと締めを刺し色に入れ、群青の厚底下駄を履く。顔を覆うのは星空を思わせる銀糸の刺繍と黒レースに縁どられた黒のベールで後頭部には月を模った装飾が施されている。
もともとカレンは肌の色が白いので濃い色の着物を着ると大変色っぽい。しかも此方の着物も動きやすいように改造されている。背中が開き、袖は肩で切り落とし袖そのもは二の腕からグローブの様に嵌め、裾は前は短く後ろに行くほどに長くなるアシンメトリー調で、覗く太ももを覆うのは黒いレースの長足袋と露出が多めで目の保養だ。
まあつまり何が言いたいかというと、
「囲いたい(ボソ」
「え?」
紅の入ってはいけないスイッチを猛プッシュしかけていた。
「いや、カレン凄く似合ってる。綺麗だ」
「ありがとう、紅もカッコいいわよ」
すぐさま正気を取り戻しいつも通りの対応が出来るのは称賛に値する。思考が物騒なのは気にしてはいけない。
そうこうしている内に日が沈み切る。完全に日が沈むと会場に施された『光』の魔法により会場全体が淡く照らし出される。蝋燭よりは見やすく、電気よりも淡い絶妙な加減だ。苦労しただけあって大変良い雰囲気である。
「綺麗ね」
「そう言ってもらえると苦労も報われるな」
惚れた女性に自分の努力を認められるのは気分が良い。
そんな満足感に浸っていたその瞬間、
「「!」」
二人は同時に身構える。
空気が変わったのだ。今までの穏やかさと少しの賑わいに満ちていた会場が一瞬にして静まり返り、荘厳な雰囲気が漂い始める。そして、
「皆、ご苦労であった」
圧倒的な存在感を醸し出す存在が会場に設けられた演壇に立っていた。
ローブのフードを目深に被りそこから覗くは髑髏、光を反射しない黒い王冠をフードの上から被り、王冠と同じ素材で出来ていると思われる身の丈の錫を白骨した左手で持ったそれは、死の静寂そのものを体現したかのような佇まいだ。
「あれは何だ?」
「ロードだと思う」
反射的にとった構えを解きつつ、小さな囁くような声で問う紅にカレンも小声で返す。妙に自信のない答えになるのはカレン自身もその目で死者の王、通称ロードを確認したことがないからだろう。
しかし十中八九彼の者はロードと呼ばれる存在だ。なにせ死者特有の気配をその身に纏い、他の誰よりも強い。死者達の王は死者の中で最も力の強い者がなる。彼以上の強者が居るとは考えにくい。
ロードは演壇から一言労いの言葉を放った後、会場が落ち着くのを待ってから、祭りの開催の宣言と挨拶、問題を起こした者を祭りの間自分の居る天幕に隔離すると釘刺しをおこない。退出して行った。
ロードが退出してすぐ会場から静寂さは消え、元の穏やかな賑わいが戻ってくる。
「馬鹿の心配はいらなかったな」
「そうね。ロードが来るとは思はなかったけどおかげで平和そうだわ」
そう、懸念していた馬鹿共はロードのおかげで気にする必要がなくなったのだ。
王と天幕の中とか気まず過ぎる行為を好んで行う者はおらず、馬鹿達は大人しいままだ。それでいて本人は挨拶後は会場の雰囲気を壊すからと、会場の一角に作った天幕の中に籠ったままだ。大変出来た御仁である。
「それにしても、ロードを見るのは初めてだけど、何だか何処かで会った様な気がするのは気のせいかしら?」
「カレンも?実は俺もどっかで会った事あるような気がすんだよなぁ」
二人そろって首をかしげるのも無理はない。
死者との係わりは薄い。それは死者は基本的に生者に興味を抱かないからだ。
自分の未練に関係するならば兎も角、赤の他人には見向きもしないのが普通で、生者に興味を持つものを異端と呼ぶ位なのだからどれ程興味が無いのかが窺い知れる。
その異端の問題児とはいえ死者に知り合いが居る二人の人脈は相当なものと言えるだろう。そんな死者の王と知り合いである筈がない。無い筈なのだか・・・
「似てるんだよなぁ」
「うん、似てる」
知り合い、否パーティーメンバーの一人に大変酷似していた。
姿形であればローブのフードを目深に被りそこから覗く髑髏、光を反射しない黒い王冠をフードの上から被り、王冠と同じ素材で出来ていると思われる身の丈の錫を白骨した左手が持つといった完全に白骨化したと思われる見た目でだいぶ違うのだが、雰囲気や動作、挨拶時の声質などが大変似ていた。
声は挨拶を生者にも聞こえるように魔法を使った肉声ではあった為、事実その人物のかと言われると確証はないが、それ以外は良く知るパーティーメンバーのものだった。
そして実の所、二人はとても好奇心旺盛で厄介ごとに首を突っ込みたがる性質だったりする。何が言いたいかというとつまり、
「天幕に突撃するか?」
「それはそれで楽しそうね」
面白半分で死者の王、ロードの天幕に突撃をしようとしているのである。
・・・この性質であったが故に広い人脈を持つに至った為、一概に悪いとも言えないのが厄介な所だ。おかげで大変注意がし辛いとはバーティーメンバーの談だ。
そうと決まれば二人の行動は早く、料理を大皿ごと、飲み物を瓶ごといくつか拝借して天幕に突撃するために各々が行動を開始するのだった。