挨拶は大事
世界創世からそう時を置かない時代に普通に生まれて当たり前に育ち、極々平凡に日常を生きる一人の男がいた。
名前は如月紅、運動神経抜群で背が高く、人よりも少しだけ顔立ちがよい。並の上程度の頭の良さを持つと自負している彼は今現在、
「結婚してください!!」
起き抜けの顔で毎朝の日課であるプロポーズをしていた。
「おはよう紅、結婚可能な年齢じゃないでしょ」
「チッ、今日もダメか、おはようカレン」
「出来ればそれを最初にして欲しいな」
プロポーズを流された事も何のその、寝ぼけまなこの顔を更にゆっるゆるに弛めた表情で彼は宙に浮きながら自分の顔を覗き込む女性を見上げ、改めて朝のあいさつを交わしたのだった。
紅のプロポーズを軽く流したのは、カレンと呼ばれる女性だ。白地に赤蓮が描かれた改造和服で動きやすい様に裾には深いスリットが入り、背中は大胆に空いたたいへん眼福、いや目のやり場に困る服に背中を覆い隠すベールの様な白い薄布を被っている。ベール奥の顔をうかがうことはできないが、覗く唇やこぼれる薄紅の艶やかな髪が美しい女性を思わせた。
彼女は紅の目が覚めたのを確認すると覗き込む体制をやめ、重力を無視して空中に足を組む形に座り直した。うむ、ご馳走様です。
当たり前だが彼女は人間ではない。ヒトと呼ばれる者だ。
世界創世後この世界には数多くの知性ある生命が数多存在した。人間、獣人、喋る獣、エルフ、オーク、妖怪、神、天使、悪魔、自立AI、一般の目に見えない幽霊や精霊なども確認されている。
それら意思疎通が可能で、物を考えられる知性ある者たちをヒトと呼ぶ事となった。
もっとも毎朝カレンへのプロポーズが定着している紅にとっては別種族である事などどうでも良い事だ。今日もカレンのスリットから覗くおみ足とチラリと覗く白い背中、ベールから零れる艶やかさが色っぽくて生きるのが楽しい。
「それにしても随分と早いお目覚めね」
「ん?そうか?」
「まだ真っ暗よ」
首を傾げる紅に苦笑しながらカレンがカーテンを開けると夜明け前の夜空が窓から覗いた。
いつもであればいまだ夢の中の時間帯だ。なぜこんな時間に目が覚めたのか、とかもう一回寝直したい、とか色々思う所ではあるがとりあえず、
「・・・骸骨の覗きとか初めて見たわ」
『カラン』
骸骨が窓に張り付いていると言う初の現象に突っ込みを入れた。
「そうね。死者は基本的に生者に興味を持たないものね」
そう、この世界の死者は生者に興味を持つ者は殆ど居ない。例外的には居るのだが基本的に死者は意思疎通可能な隣人、つまりヒトだ。
「あ、このヒト女性だわ」
「まじかよ。どう反応したらいいか分からんな」
「取りあえず開けても良い?」
と言いつつ窓のカギに手をかけ始めた世界で一可愛くて綺麗で愛しいヒトの手を取って止めることに、
カチャン、カラカラ
「って、もう開けてんじゃん!」
「え、ダメだった?」
止める前にあけられてしまった。しかもキョトンと可愛らしく小首をかしげながら、めっちゃ可愛い!!
え?さっきから顔が見えないのに何で分かるかって?そんなの雰囲気と言葉使いと言動だけで十分解んだろ?
『カラン?』
「紅?どうかしたの?」
おっと、女性を蔑ろにしてしまった。
二人そろってこちらを向き小首をかしげている。うん、わが嫁は大変可愛らしい。
すでに骸骨が部屋に入ってきているが、カレンが招き入れたなら害はないので普通に対応することにした。
「なんでもない。お客様を応接室に頼む、流石に起き抜けのままは無いからな」
「分かったわ、お客様こちらへどうぞ」
『カラン』
紅の言葉を受けてカレンは骸骨を連れ部屋から出て行った。それを見届けてから紅はすぐさま身支度を整えに動くのであった。