9. サファイア教
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しばらくすると、例の建物が見えてきた。
「はぁっ、はっ、は―」
「ぜぇぜぇっあ、アイリス、そっそこっ、そこ入って!」
「は、はいっ―」
近くで見ると、思っていたよりもかなり大きな建物だった。
こちらの世界のことはわからないが、元の世界の基準であれば、明らかに家の大きさではない。
公共的な建物のようだ。ひと目見ただけでわかる繊細な模様があつらえられた、細長く聳え立つ建物。青い屋根と白い外壁のコントラストが色鮮やかだが、荘厳な趣が感じられる。
(ていうかここ―教会?)
考えながら、扉を叩き開けるようにして中に飛び込んだ。
並べられた作り付けらしい木の椅子の列の間を転げるようにして入ると、中には目を丸くしてこちらを見ている一人の男性がいた。がっしりとした体格の大柄な男性だ。
格好から見ると、この建物の関係者だろうか。
ゆったりとしているが、威厳のある服装をした穏やかそうな紳士だ。
後ろから追ってくる山賊もどきとは大違いである。
「あなたは―…」
「すみませんごめんなさい、怪しい者じゃないです。ちょっと悪者に追いかけられていて」
「リン!こちらです!」
手を引かれていたアイリスが凛の手を引っ張り、聖堂らしき中を走り抜け、裏口らしき扉を開く。
一瞬そこから外に出るのかと思いきや、すぐ横にある小さな扉を開き、中へもぐりこんでドアを閉めた。途端、外から大きな物音が近づいてきた。
『こっちだっ!この中に入ったぞ!』
『おいっ、あいつらどこ行った!?』
荒々しい足音と声が聞こえる。
扉を閉めているせいか少しくぐもっているが、あの声は間違いなくあの山賊もどきだろう。
走ってきたせいで荒くなる息を必死で押し殺す。
二人のいる場所は、小さな物置のような作りになっていて狭く薄暗い。わずかな隙間から入ってくる光のみが中を照らし、かろうじて周囲がわかる程度だ。すぐ隣りにいるアイリスも苦しそうな顔をしていた。
『おい、貴様!ここに女が来ただろう!どこに行った!?』
『どこだ!?答えろ!!』
(やば…!)
怒鳴り声に緊張が走った。狭い隙間からそっと外を見る。
予想通り山賊ABが紳士に迫っている。山賊Cがいないところをみると、途中で潰れたのだろうか。
『―ご覧のとおり、ここには私以外誰もいません』
『嘘をつくな!女が来ただろうが!』
『ここに入ったのを見たんだぞ!』
じんわりと嫌な汗が背中を伝う。
山賊もどきは今にもつかみ掛りそうな勢いだ。思わず身体が硬直する。
(―!)
凛の手がそっと握られる。隣を見ると、アイリスが手を握ったまま小さく微笑んだ。ほんわかとしたその笑顔と体温に身体の力が抜ける。
『確かに入ってはきましたが―…裏からすぐ出て行きました』
『なにっ!?』
『おいっ、あの扉、開いてるぞっ!?』
『ちっ…おいっ、追うぞっ!!』
先ほどより荒い足音が近づいてきて、すぐ去っていった。またすぐ戻ってくるんじゃないかとしばらく息を潜めていた。だが、どうやら戻ってこないようだとわかると、ようやくほっと息をついた。すると、ゆったりとした足音が近づいてきて、二人の潜む扉を叩いた。
「もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
差し出された手につかまると、力強く手を引いて起こしてくれる。ようやく整った息を大きく吐き出しながら、強張った身体をほぐすようにのびをした。
「大変でしたな。お怪我はありませんでしたか?」
「は、はい。私たちは大丈夫です。ありがとうございました」
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ。…お久しぶりですな、アイリス様」
「はい。お久しぶりです、ローレン司祭」
「あれ、お知り合い?」
親しげに会話をする二人に凛が声をかけると、アイリスが嬉しそうに頷いた。
「はい!サファイア教のローレン司祭です!」
「初めまして」
「は、はい、初めまして。はやせ…あ、リン=ハヤセです」
「ともかく、お二人とも無事でよかった。エルバートから、アイリス様が行方不明になったと聞いた時は、生きた心地がしませんでした」
「ご心配をおかけして、申し訳ありません…」
司祭の言葉に、アイリスが小さくなって謝る。
「しかし、よくここまでたどり着けましたな。目撃した人間によると、拉致されたようだと聞いたのですが」
「リンがわたしを助けてくれたのです!ここに来るまで何度も!」
「なるほど。それは、私も礼を言わなければいけませんね。リン様、アイリス様を助けて頂いて誠にありがとうございました」
「い、いえそんな!礼を言われるようなことは何もしていませんから」
結果から見れば助けたといえなくもないが、凛は何もしていない。ここまで色々教えてもらい、これからもあわよくば助けてもらおうとしている身であれば、礼を述べなければいけないのは、むしろこちらの方だ。
「奥ゆかしい方だ。リン様は、これからどうなさるのですかな?」
「私は―できれば、アイリスの旅に同行したいな~、と」
「はい!嬉しいです、リン!」
満面の笑みを浮かべるアイリスに、司祭は驚いたように問いかけた。
「なんと…一緒に旅に?失礼を承知で尋ねるが、いったい何故?」
少々困る質問だった。
正直に言えば『この世界に来たばかりで他に行く当てがないから』だが、何か期待しているような目でこちらを見ているアイリスをがっかりさせることはできない。
かといって、これといった良い理由も思い浮かばない。
「友達だからです、アイリスの」
少し迷った挙句、結局は無難な答えになった。
こんな台詞をぼっちの自分が言うこと自体おこがましい気がしたが、他に理由など思いつかないから仕方がない。二人の反応を見るに、悪くは受け取らなかったようだ。特にアイリスは喜んでくれたらしく、その場で小さく飛び上がっている。愛らしいことこの上ない。しかしすぐに姿勢を正すと、司祭に問いかけた。
「エルバート達に会わないと…ローレン司祭、彼らは今どこに?」
「ここの宿舎に泊まっていますが、今はここにはいません。皆、貴方を探して飛びまわっていますよ」
「ああ…」
しゅんとしてしまったアイリスに穏やかな微笑を浮かべて、司祭はそっとアイリスの肩に手を置いた。
「夜には戻るでしょう。それまでは、ここでゆっくりしていてください」
「でも…!」
自分を探して必死に飛びまわっている仲間を想うと、いてもたってもいられないのだろう。すぐにでも飛び出して行きそうなアイリスの様子に、凛は待ったをかけた。
「ここで待ったほうがいいと思う。下手に動いたら、さっきの山賊に見つかっちゃうかもしれないし」
「リン…」
すがるように見つめるアイリスに、よしよしと頭を撫でる。わー何、このさらさらつるつるの触り心地。ここに至るまでに既にぼさぼさで艶のなくなった自分とは大違いだ。同じ道程だったはずなのに、どういうことだ。軽くウェーブがかっているのにこの艶。ええい、なんか悔しいから三つ編みしちゃえ。
されるがまま大人しくなったアイリスに、なぜか司祭がほう、と感心したような声を上げる。
「リン様の仰るとおりです。アイリス様の気持ちはわかりますが、少なくとも今は外に出ない方がいい」
「…はい」
再びしゅんとしてしまったアイリスに苦笑すると、司祭は先ほど二人が隠れていた小部屋の横を指差した。
「そこから上に上がると、彼らが泊まっている部屋になりますので。ああ、これが鍵です」
「ありがとうございます」
アイリスの三つ編みが三つできたところで鍵を受け取った。残りは部屋で編むとしよう。
「私は所用で少し外に出ます。彼らが寄りそうな食事処ものぞいてみましょう」
「食事処?」
ぐうううう。口にした途端、腹が鳴った。なんて正直な凛の腹の音。
隣りで愛らしく首を傾げているアイリスとは大違いだ。
「ははは、お腹がおすきですかな。では帰りにこの辺のおすすめの食べ物をお持ちしましょう」
「なにからなにまですみません…」
「いやいや。では、留守を頼みます」
言い置いて司祭は入り口から出て行った。
やっと街にたどりついた。