8. ぼっちの戦い方
昨日から探し回っていたのだろうか、充血して目の下に隈ができているその顔は、かろうじて“山賊もどき”だった身姿を完全に“山賊(下っ端)”に変えている。真に残念極まりない。
(ってそんなこと考えている場合じゃない)
とっさにアイリスを背後に隠して3人に向き合う。
戦うか?―否。凛に戦いの経験はないし、まして相手は複数の男だ。自分ひとりならまだしも、アイリスのこともある。もしものことを考えれば戦うことは避けたい。
逃げるか?―否。街まではまだ少し距離がある。自分達以外の人影はまだ見えないし、走って逃げてもおそらく彼らの方が速い。すぐに捕まってしまうだろう。
諦めるか?―否。投降したところで無事にいられる保障などない。なんせ凛は昨日、彼らをぼこぼこにしてるのだ。意図的なものではなかったにせよ、彼らの目的だったアイリスを奪って逃げた凛をただ笑って許すことはないだろう。
(あれ?ひょっとして詰んでる?)
凛の背中を冷たい汗が流れ落ちる。目の前には山賊。相手は屈強の男共で、殺気に満ち溢れている。対してこちらはか弱い女性二人。街まではまだ遠く、逃げられる場所もない。そして辺りに助けを求められそうな人もない。間違いなく詰んでいる。昨日以上に酷い状況に、目まいがしそうになった。
(いやでも、私達はか弱い女性だし、いくら見かけは山賊といえどもそんな酷いことは―)
「絶対に許さねぇぞ…どこ見てんだこら、てめぇだよ!」
「黒い髪のおめぇだよ、なにキョロキョロしてんだ!」
「ぜぇぜぇはぁはぁ」
ひいっ!やっぱり酷いことになりそうだ。しかし、山賊もどきは凛のみを見ているようだが気のせいか。というか3人目の山賊は顔が土色だけど大丈夫なのだろうか。
「―さぁ、覚悟しやがれ」
「待ちなさい!」
「え?」
山賊Aが丸太のように太い腕を凛に伸ばしかけた瞬間、凛とした美しい声が響いた。
いつの間にか、凛を守るようにアイリスが前に立っていた。
「あなた方の目的は、わたしなのでしょう?あなた方と一緒に行きます。だから彼女には手を出さないでください」
「アイリス!?なに言ってるの!?」
「はぁ!?ふざけんなよ、誰のせいでこんなことになったと思ってんだ!」
「えっ、あんた達のせいだよね?」
「んだとコラァっ!!」
「リン…」
「…ごめんなさい」
思わず返してしまった言葉は相手を激昂させてしまったらしい。
アイリスに窘められて口を貝にする。
「とにかく、彼女に手を出さないのであれば、あなた方に同行しましょう。ですが、彼女に手を出すのなら」
そこでいったん言葉を途切れさせ、アイリスはそっと目を閉じた。
「―この場で、死にます」
「な!?」
淡々と、しかしはっきりとそう言ったアイリスに、一同沈黙する。穏やかだが静かな声音が、返って彼女が本気であることを感じさせた。それは山賊にも伝わったのだろう、動揺したように互いの顔を見合わせている。剣呑な気配が収まったのを見て、アイリスはゆっくりと彼らの方へ歩を進めようとし―振り返った。
「…リン。一緒に街まで行けなくてごめんなさい。―お元気で」
「―!」
その瞬間、腹は決まった。声に出さずにアイテムボックスと念じて―それを手に取った。
「―ちょっと待って」
「リン?」
今まさに彼らの太い腕がアイリスを捕らえようとしたところで、彼女の腕を強引に引っ張る。そして、アイリスの腕をとった反対の手でそれを相手に投げつけた。
「ぐへえっ!?」
「はぶっ!?」
「ぜぇぜ―ぶふっ!?」
「えっ!?」
「こっち!!」
投球に自信はないが、これだけ近いと当たるものらしい。
それは、大きめの石ころだった。
凛の唯一といってもいい特殊能力、アイテムボックス。だが、穴あきのアイテムボックスに入れておけるものなど何もない。
仕方なく凛は、道中の休憩時、石ころを拾って入れておいたのだ。石ころなら、落としてしまっても問題はない。それに、こういうことがあった場合に役に立つ。そんなことばかりに気が回るのは前世以前からの悲しい習性からだったが、実際役に立った。
近い分威力もあったようで、山賊は命中した場所を押さえて転げまわっている。
それを見て凛は、突然のことに目を白黒させているアイリスの手をとり、街へと走った。
さて、どこまで行けるだろうか。街までは遠く、走り続けるには限界がある。
どこか隠れる場所でもあればいいのだが、この辺りではそうはいかない。
せめて、先ほどの攻撃が少しでも効いてくれているといいのだが…
(おお、思ったより効いてる?)
「り、リン、一体―」
「話は後!全力で走って!」
ちらりと後ろを向くと、膝を突いて呻いている山賊達。
その内の一人は完全に伸びているようだった。
おそらく、土気色したあの山賊だろう。南無阿弥陀仏。
(ってもう追ってきた!)
全力で走り続けて数分もしない内に、背後から怒声が聞こえ始めた。
どうやら復活したらしい。振り返ると、先ほどの山賊の内の二人が追いかけてくるのが見える。初めは小さかった人影が、みるみる内に大きくなってくるのを見て、冷や汗が出始めた。
「アイリス、もう少し早く行ける!?」
「はぁっはぁっはっ、は、いっ―…!」
頷きながらも苦しそうなアイリスに焦りがにじむ。
無理もない、凛も同じような状態だ。
このままでは再び捕まるのは時間の問題だろう。必死に走るも、疲れからかスピードが遅くなる。それを契機と見たのか、山賊が追い上げてきた。
「はっはっ―待ちやがれオラァッ!」
「っ―アイテム、ボックス…!」
「リン―?」
はっきりとした声が聞こえたことで、凛は再びアイテムボックスを空中に広げ、中にある石ころを取り出す。走りながらそれを背後に投げつけるが、油断していた先ほどとは違い、今度はうまく当たらなかった。
「そうそう何度もくらうかよっ!!」
「黒髪女てめぇっ、絶対ゆるさねぇからな!!!!」
(さすがに二回目は無理か―)
だが、それは予想していたことだ。凛はアイテムボックスを閉じてしまうと、そのアイテムボックスを、今度は山賊共の頭上に出現させた。いつの間にか開いていた“スーツケース”の中からは、大量の大粒の石がこぼれ落ちてくる。それらは、凛が投げる石だけに集中していた山賊共の頭の上にふりかかった。
「ぐはぁっ!?」
「ぶぶぶへぇっ!?」
「え!?」
(よっしゃ!)
まるで、昨日の再現のような状況に凛は心の中でガッツポーズをして前を向くと、アイリスの手をひいて一目散に走り続けた。
ぼっちファイト