7. 異世界で仲間作り(準備編)
今後の方針を話し合うと、凛とアイリスは、就寝することにした。
明朝、二人はアレクマイリスの街へと行くことになる。
最初は、『街まで案内してもらえたら』くらいの考えで自分も同行していいか尋ねた凛だったが、逆に「もし行くあてがないのであれば、街までとはいわず、是非、旅に同行してください!命の恩人を仲間に紹介したいのです」と熱心に誘われて頷いた。
この世界のことを知らず、なんの備えもない凛にとって、アイリスの話は、正直助かるし、とても心強い。何より、これまでの全ての人生で縁がなかった、『旅』と『仲間』の言葉が琴線にふれた。この世界に来て一日、既に色々とへっぽこな自分ではあるけれど、友達がほしいという前世以前からの大きな夢が叶うかもしれない。期待に胸を膨らませながら床に就く。寝袋の中から爛々と輝く瞳を瞬かせながら、凛はいつしか眠りに落ちていった。
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「今日の朝食は、パールポルンの実です」
「は、はい」
正確には今日も、だが。
昨日の朝食兼昼食を入れると既に三食同じ物を食べていることになる。
そろそろ別の物も食べたいとは思うが仕方ない。贅沢は敵だ。
同じ物どころか金欠で三日間水しか飲めなかった前世のことを思えば、美味しい食べ物があるだけご馳走だ、当時の自分が見たら泣いて羨ましがるだろう。マジックボックスから取り出した実を渡してくれたアイリスにありがとうと伝えて手を合わせた。
食事を終え、簡単な旅支度をすると、二人はテントの外に出た。
滝裏で日が当たらないにも関わらず、辺りはとても明るくなっている。
テント内とは違い、近くにある水場のせいか、多少肌寒いくらいだが、気持ちがいい。
開放感に大きく伸びをしていると、目の前にあったテントがぱっと消えた。現れた時と同じように消えたテントに目を白黒させていると、まるで何事もなかったかのような顔をしながらアイリスがやってきた。手には昨日は持っていなかった小さな鞄のようなものを持っている。
(…いいなぁ、マジックボックス)
穴あきのアイテムボックスしか持っていない凛にとっては、羨ましい限りだ。
実は昨夜から諦められずに何度かステータスを確認してみたものの、穴がなくなることはなかった。どうやら、あいてしまった穴が自動的にふさがることはないらしい。まことに残念極まりない。
「じゃあ行こうか」
「はい」
外に出ると、途端に眩しい明かりに思わず目を瞬かせた。
見ると、アイリスも眩しそうに目を眇めている。目を守るように手をかざしながらゆっくりと視界が戻るのを待つ。すぐに美しい光景が視界に入った。豊かな自然とたっぷりの澄み渡った綺麗な水。上を向けば雲ひとつない晴れ渡った青い空。昨日はゆっくりと見れなかったが、改めて見直してもため息が漏れてしまうほど素晴らしい光景だ。こんな素晴らしい場所を慌しく去るのは少し残念に思えるくらいだ。
「…またここに来たいなぁ」
「その時は、是非わたしもご一緒させてください」
独り言のように漏れた言葉に、柔らかな声が答えた。
にこっと微笑むアイリスになんとなく照れくさくて無言で頷く。
それは、おそらく社交辞令のようなものだろう。それくらい自分にもわかっている。
だが、前世以前からぼっちだった自分には、ささやかな言葉ですら嬉しく思えた。
名残惜しげにその場を離れて、凛はアイリスと一緒に街へ進む道を歩き始めた。
幸い、その道は先日の山賊もどきが行った方向とは別のもの。
少しだけほっとしながら舗装されていない道を行く。
街まではアイリスの足で約半日ほどかかるらしい。
アイリスのペースは凛が1人で歩いていた時よりゆっくりだ。
自分にとっては急ぐ旅でもない。ハイキング気分になりながら、話しかける。
「アイリスの仲間のこと、聞かせて」
「仲間のことですか?」
「うん。どんな人たちと、どんな風に旅をしてきたのか知りたい」
確定ではないが、ひょっとしたら自分の仲間になるのかもしれないのだ。
あらゆる意味で興味があるし、なにより人との関係は、最初が肝心だ。
少しでも気に入られたい。アイリスは嬉しそうに頷くと、仲間たちについて教えてくれた。
仲間は、アイリスを入れて全部で5人。
魔法使い、剣士、神官という称号を頂く者で構成されているパーティだ。
それぞれ年齢や性別は違うが、5人は幼馴染らしく、長じてからも親しくつきあい続け、現在は旅仲間というわけだ。幼馴染や親友どころか、ごく軽い付き合いのできる友人にすら縁がなかった凛からすれば、羨ましすぎる関係である。
見聞を広める為に旅立った5人は、各地を放浪し、人助けをしつつ路銀を稼ぎながらここまできた。旅を始めてからもうすぐ1年になるという。
「そんなに?すごいね…ホームシックになったりしないの?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。そんなに子供じゃありません」
「でも、ご家族は心配してない?」
それは、純粋な疑問だった。
可愛い子には旅をさせろというが、もののたとえであり、そのもののことではない。
ましてこの世界には魔物がいるのだ。ただでさえ危険な旅に、いくら同行者がいるとしても諸手を挙げて賛成とはいかないはず。だが、すぐに余計な質問だったと後悔した。アイリスの笑顔が曇ったのだ。ほんの一瞬だが、穏やかな瞳に陰が落ちる。
「…家族は、もう亡くなっているので」
「無神経なこと聞いてごめんなさい」
アイリス「いいえ」と穏やかな声で言った。
「そんな風に心配して頂けるのは嬉しいです。それに―彼らが、わたしの家族ですから」
誇らしげに、凛とした表情でそう言った少女は美しかった。
今、これ以上家族のことを尋ねるのは好ましくない。
話題をかえることにして、凛はふと思い当たり尋ねてみた。
「ところで、アイリスの称号はなんなの?」
「わたしは…その、せ―ひ、治療士です!」
「ヒーラー…」
別の言葉を言いかけたと思ったのは気のせいだっただろうか。
自分の称号を言うのは恥ずかしいらしく、しどろもどろにアイリスは答えた。
なるほど、治療士か。確かに、自分の怪我を治してくれた際の治療は完璧だった。
アイリスから仲間たちのことを聞きながら進むうちに、昨日見た『建物らしきもの』が視界に入るようになった。
「アイリス、あれって―」
「おいっいたぞ!こっちだ!!!!」
問いかけた凛の声を遮るような野太い声に、思わずとびあがりそうになった。
「な、なに、私達のこと―げっ!?」
「てめぇら…!よくもこんな所まで逃げやがって…!」
「覚悟はできてんだろうなァ、おい!」
「ぜぇぜぇはぁはぁ」
振り返ればそこには、どこかで見たような凶悪な悪人面×3の姿があった。
運命の再会