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4. 異世界から来ました

悪人面を目の前にして、冷や汗が流れた。


「いや、私は」

「女の仲間か。奇襲攻撃とはやってくれるじゃねぇか」

「え?」


奇襲攻撃?いやいや、私はただ木から落ちただけなのだけど―…はっ!?

慌てて自分の下を見る。そこには今まさに私の下敷きになっている悪漢Aの姿が。

なるほど、道理で衝撃が少なかったはずである。おかげさまで怪我はなかったのだから、感謝しなくては。

…いや、だがこの状況は、ひょっとしなくても、とてもまずいものではないだろうか。


「て、てめぇ…」


気がついたのか、尻の下で山賊Aが声を上げた。


「いや待って誤解―!?」


慌てて立ち上がろうとして、それが人の上ということに今更気づいてバランスを崩した。


「ぐえっ!!!!」


結果として、再度転んでしまったことに罪はない、と思う。

蛙が潰されたような声を出して再び沈黙したAについては、申し訳なく思わないでもないけども。


「き、貴様…!」

「ふざけた真似をっ」


だが、相手はそうは思わなかったようだ。…まぁ当たり前だとは思うが。あっという間に臨戦態勢となった相手に、頭の中で警笛(けいてき)が鳴り始める。なんとか言い訳をしようと考えてみるが、


誤解です。

Aを押し潰したのはわざとではありません。枝が折れて仕方なく。

あ、おかげで怪我をせずすみました、ありがとうございます。


(いや、これじゃ火に油を注ぐようなものでは…)


絶対絶命。大ピンチ。危険信号が伴う中、いきり立つ相手を前に冷や汗たらしながらどう逃げようかと考えていると。


「がっ!?」

「ぐはっ!?」

「えっ!?」

「あ」


木の上に置いてあったアイテムボックスからパールポルンの実が落ちた。それも、一つや二つではない。一斉に何十個の実が落ちてきて、山賊BCの頭に直撃した。突然の衝撃にもんどりうって倒れた山賊BCと、突如解放されて目を白黒させる少女。


…ああ、なるほど。ああして中身が減っていったわけだ、納得。

こぼれたパールポルンの実はかなりの数で、ああ勿体無いと思うが、今はそれどころじゃない。


「こっち!」

「あっ」


唯一何が起こったのか正確に把握した自分は、咄嗟に少女の手をとって駆け出した。

森の中、木の上から見た小さな池へと向かう。距離にしてほんの数十メートル。

背の高い草いきれの中、茂みをかきわけるようにして走った。


「うっぐ…待ちやがれ、コラァッ!」


ひい、追いかけてきた。まるでタチの悪いチンピラのようだ。

後方から聞こえてきたがなり声に身を震わせながら、必死で茂みを走り抜けると、池の近くにある岩陰へと少女を押し込み、自分も一緒に身を隠した。


「はぁっはぁっ―どこ行きやがった!?」

「そう遠くは行けないはずだ、探せっ!」


岩のすぐ向こう側にいるのだろう、近くで聞こえる声に思わず身が震える。


(どうか見つかりませんように…!)


この距離だと、ため息一つでも聞こえてしまいそうだ。走ってきたせいでバクバク弾む心臓の音さえも聞こえてしまいそうで、必死に胸を押さえる。祈るように息を潜めて山賊もどきがいなくなるのを待った。


「チッ、こっちにはいねぇ、そっちはどうだ!?」

「見当たらねぇ!ちきしょう、草や木のせいで遠くまで見渡せねぇ!」

「いてて…あんちくしょう…俺をこけにしやがって―おいっ、こっちに抜け道があるぞ!こっから逃げたんじゃねぇか!?」

「くそったれが…追うぞ!」

「「おうっ!!」」


声とともに乱暴な足音が少しずつ遠ざかっていく。じっと息を潜めたまま、その音が完全に聞こえるのを待った。やがて物音は完全にしなくなったが、念には念を入れてそのままの状態で待った。1分、5分―…体感的には10分くらいだろうか。戻ってくる気配がないことにようやく安心して肩の力を抜いた。


(出ても大丈夫…かな)


岩の向こうに人の気配は感じられないが、万が一ということもある。それでもいつまでもここにこうしているわけにもいかないので、少しだけ身体を出し、外を覗いてみた。とりあえず、見える範囲で人影も気配もない。思い切って身体を大きく出して外を見るが、見た感じ大丈夫そうだ。


「大丈夫みたい、とりあえずここを出よう?」

「は、はい」


岩陰から完全に身体を出してから振り返ると、どことなく窮屈そうにしていた少女が頷いた。おかしいな、私より低い背丈だし、()せているのになぜ、と思ったところでふと向いた視線の先に、思わず唸った。


「…これがほんとの格差社会…」

「はい?何か(おっしゃ)いましたか?」


自分にはない―いや、あるのだがわずかにしかない―大きな双山を胸に抱えた少女に思わず呟いた言葉を聞かれた。なんでもないですと返して、そこから視線を外す。にじり出るように外へ出ると、少女はほっとしたように息をついた。一部がだいぶ窮屈(きゅうくつ)そうだったから、さぞかし解放感に溢れているのだろう。

悔しくなんかない。


「こっちに行こう」


はぐれないように少女の手をとって引くようにしながら山賊が向かったであろう小道とは逆方向を目指す。草いきれのせいか遠くまではよく見えないが、先ほどから聞こえている水の音が少しずつ大きくなってきた。そのまましばらく歩き続けると、


「おお」

「まあ」


突然、視界がひらけて滝が現れた。規模は小さいが、とても綺麗な滝だ。滝のすぐ下は泉になっており、下まで澄んだ青く美しい水に思わず感嘆の声が漏れる。それは少女も同じようで、小さく声をあげて食い入るように目の前の光景を見つめていた。


「とりあえず、こっち」


周囲に人気はないようだが、先ほどの山賊が戻ってこないとも限らない。再び少女の手をとると、小さな滝の裏、洞穴(どうけつ)の中へ入った。洞穴はそう深くはないが、でこぼこしているのと、外側の滝の激しさもあり、表から中は見えない。山賊が戻ってきても、ここなら多少は時間が稼げるだろう。


「滝の裏に、こんな場所があるんですね」

「全ての滝にあるわけじゃないと思うけどね。ここなら多分すぐには見つからないと思うから」


感心したように自分を見つめる少女にそう返すと、手近な岩に腰掛けた。少女も近くの岩に座る。


「色々聞きたいことはあるけれど。もうすぐ日が暮れるから、とりあえずこれからどうしようか決めよっか」

「は、はい」

「私の名前は―」


言いかけて、一瞬ためらった。『この名前』は、前世の自分のもので今のものではない。しかし、それ以外に名前はない。そういえば、ステータス欄にも名前はのってこなかった。


「…早瀬凛(はやせりん)。貴女は?」


どうしようかと迷ったものの、結局前世での名前をそのまま使うことに決めた。

どうせなら格好いいものをと一瞬思ったが、正直面倒くさい。この名前には愛着はあるし、使い慣れているものの方がいいだろう。


「わ、わたしは―」


問い返された少女は、ためらうように瞳をさまよわせた。

…そういえば、彼女は追われている身だった。事情はわからないが、名乗ることに抵抗があるのかもしれない。


「ごめん、無理に名乗れとは言わないから」

「い、いえ!わ、わたしの名前は、アイリスです。アイリス=フォン=グレーデン。よろしくお願い致します」

「うん、よろしく」


慌てたように名乗った少女に軽く頷くと、あらためて今後のことを考える。日もだいぶ暮れてきたようだ。間もなくここも暗闇に包まれるだろう。そうなる前に色々準備しなくてはならない。


「じゃあアイリスさん?でいいのかな?」

「い、いえ!敬称はなしでいいです!」

「わかった、アイリス、ね?私も凛でいいから」

「リン…?あの、ハヤセがファーストネームではないのですか?」

「あ~…」


言われて気づいた。そうか、この世界の名前は下から名乗るのか。前世での欧米と同じだ。


「ごめん。凛がファーストネームだから。凛って呼んで」

「は、はい」


こくこくと頷くアイリスは、少し幼い外見も手伝ってとても可愛らしい。


「アイリス。間もなく日が暮れるし、色々準備しなきゃいけないと思うんだけど…」


そこまで言いかけて口を閉じた。準備といっても、何をどうすれば良いのか。自分はこの世界に来たばかりでこの服以外なにも持っていないし、少女も追われている身だったせいか何も持っていない。手ぶらでは水も()めないし、方法がわからないから火をつけることもできない。


(いや、アイテムボックスを使えば水くらいは汲めるかも…?)


しかし、水を汲んでも火をつけることはできないし、と長考に入りかけた時、少女がこちらを窺うようにして声をかけた。


「あの、リン?準備とは、野営の準備ということでよろしいですか?」

「ヤエイ…?あ、うん、そう」


聞きなれない言葉に首を傾げかけ、こくりと頷いた。すると少女は「わかりました」と頷くと、


「マジックボックス」


とささやく様に言った。なんだろう、と思ったのは一瞬。


「うわっ!?」


目の前に突然、壁のようなものが現れて驚愕する。


「な、なに?これ…布?」

「リン、こちらです」

「え、あ、はい」


目を白黒させている自分の手をひくアイリスについて、目の前の布をまくって中に入った。そこでようやく、その正体が判明した。


「テントだ」


突然目の前に現れたからわからなかったが、これはテントだ。

前世でよく見るタイプのポリエステル等のテントではない。

綿や麻を用いた、いわゆる帆布というものだ。実際見るのは初めてだが、ところどころに皮や金属が使われており、思った以上にどっしりと重厚な作りになっている。気温はわりと暖かいとはいえ、水場のすぐ近くだから夜はかなり冷え込むだろうが、これなら中は寒さは感じないだろう。


「リン、野営道具はこちらです」


感心していると、アイリスが呼んだ。振り返ると、出入り口の反対側の片隅に色々と物が置かれている。近寄って見ると、アルミの深鍋や陶器のカップ、またランプや毛布など、いわゆるキャンプで使用するような便利道具がそろっていた。それらのすぐ横には、火をくべるためだろうか、薪まで積まれている。


「…すごい」


これだけの備えがあれば、当分野営暮らしでも困らなさそうだ。いきなり目の前に現れたことには驚かされたが、きっと彼女の『言葉』に意味があったのだろう。後で詳しく聞かせてもらうとして、今一番必要なものは。


「…さすがにご飯はないよね」

「はい…申し訳ございません」

「いやいや、道具があるだけでありがたいことだよ」


思わず漏れてしまった言葉にしょぼんと返した少女に慌てて言うと、近くにあったバケツのような桶を手に取った。


「とりあえずそこで水を汲んでくるね」

「わたしも行きます」

「いいよ、すぐそこだし、ゆっくりしてて」


言い置いて外に出ると、テントの周囲をつたいながら水辺へと立った。辺りはもう薄暗い。水の中に落ちないように注意して水を汲むと、来た時と同じようにテントの周囲をつたいながら中へと戻った。


「あ、明るい」

「ランプを点けました」

「ありがとう」

「こちらこそ、水汲みして頂いてありがとうございます」


丁寧に礼を述べる彼女にどういたしましてと返して、どっこいせと汲んできた水を近くに置き部屋を見回す。しかし本当に明るいな、まるでLEDのようだ。


「…ってこれ何!?」

「?」


光り輝くランプを見て、思わず素っ頓狂な声が出た。

自分が着ている服やテントの古めかしい様子から、てっきり火を灯すタイプのランプを使用していると思っていた。しかし、ランプの中に火のゆらめきは見えず、代わりに白く輝く丸い物が設置されている。小さな豆電球に見えないこともないが、よく見るとそうではないことがわかった。


「ただの魔石ですが、どうかされましたか?」

「魔石!?」


思わず大きな声が出てしまった。この世界に来て早一日。

ステータス確認画面やアイテムボックスを除くと、不可思議な色の木くらいしか異世界らしさを感じるものはなかった。

アイリスに会うまではひとりぼっちだったこともあり、本当に異世界かと疑い始めたところだった。しかし、魔石という言葉があるということは。


「ひょっとして魔法が使えたりする!?」

「は、はい」


興奮して思わずつめよってしまった。少女は勢いに押されるように頷く。


「使えますが―あっ」

「え、なに?」

「怪我をしてます。肘のところ」

「あ~…」


指摘されて気付いた。そういえばさっきからヒリヒリするなと感じていた。


「お礼が遅くなりました。助けて頂いて、本当にありがとうございます」

「いやそんな」


実際はそんな格好いいものではない。というか何もしていない。助けたいと考えたのは確かだが、自分にできたことは木から落ちるということだけだ。お礼を言われることではない。


「傷を治しますね」

「へ?」

「ヒーリング!」

「おお!!」


淡く輝くような光とともに、じんわりと温かい感触が怪我をした部分を包む。それとともにひりついていた傷口が次第に癒されていった。


「おお…漫画みたい!どうもありがとう!」


にっこりと微笑む少女に、思わずときめいてしまった。

そういえば、今更ながら初めてじっくりと彼女を見る。


稲穂を思わせるような黄金のふわふわとウェーブがかった長い髪。

空と海の色を溶かし込んだ美しいビー玉のような大きな瞳。

色白とはかくはあらんとばかりに艶々と輝く肌。

顔の造形は美しいの一言だが、どこかあどけなさを感じさせる幼さに同性である自分も可愛いと素直に思える。そして一部をのぞいて華奢な、女らしい身体つき。


(その一部は私に欲しかった…)


若干遠い目になりながら、目の前にいる美しい少女を見つめる。正確には胸を、だが。

身長は自分よりも頭半分くらい低いせいだろうか、こちらを窺う瞳が若干上目遣いになっていて、可愛い女の子度がアップしている気がする。


よくよく見なくてもえらい美少女だった。

前世以前から女性力が皆無の自分にはただひたすら眩しく感じられる。

なんというか、やるせない。

この世界では生まれたばかりだというのに、既に勝負はついてしまったかのような厭世観(えんせいかん)が感じられた。


――クゥ。


「ん?」

「あ…」


心の中で世の中の無常を嘆いていると、可愛らしい音が鳴った。顔を上げると、少女が顔を真っ赤にして小さな手でお腹を押さえている。


(そんな仕草まで可愛らしいとか…!)


恥ずかしそうに(ちぢ)こまる少女に悶絶しそうになった。

前世ではいつも腹をすかせ、グーグーどころかまるで獣の鳴き声のような腹の音を鳴らせていた自分とは大違いである。毎日のように鳴き声を響かせていたせいか、いつの頃からか気がつくと学校の机の上にお供え物が置かれるようになった。人の温かみを知った、数少ない青春の輝きだったといえよう。


「はしたない音を聞かせてごめんなさい」

「謝らなくていいから。あんなことがあった後だし、ほっとしたんでしょ。お腹がへるのは当然」


こんな可愛い腹の音のどこがはしたないというのか。この程度をそんな風に言うのなら、前世の自分ははしたないどころかデンジャラスレベルである。そこはきちんと訂正しておきたい。


「それより、ご飯か…」


水を汲んできたものの、食べ物は何もとってきていない。

さてどうしようかと思ったところではたと気づいた。

そういえば自分はパールポルンの実を食べようとしたところに彼女を追ってきた山賊に追っかけられるはめになったっけ。木の上に出現させたアイテムボックスから、どういうわけかかなりの数の実がこぼれてしまったわけだが、あの実はまだ残っているだろうか。


「アイテムボックス」


とりあえず、アイテムボックスを出してみた。これで実が残っていなかったら今夜は食事なしだ。

自分は慣れているからまだいいが、こんな華奢で可愛い少女にひもじい思いはさせたくない。

祈るような想いでトランクを開ける。パールポルンの実は―あった!

数はだいぶ少なくなってはいるが、まだ10個以上はありそうだ。これなら少なくとも今日明日の食事には困らないだろう。


「これは、パールポルンの実ですか?」

「うん、そう。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


手渡された実を大切そうに受け取って、少女は小さく頭を下げる。


「まだあるから、足りなかったら言って」

「は、はい」

「うん、じゃあ食べようか。頂きます」

「頂きます」


お腹が空いていたせいか、あっという間に食べ終わった。満足して顔を上げると、彼女はまだ半分も口にしていない。実を頂く仕草も上品で、まるでどこかのお姫様のようだ。早食い競争でもないのに開始3分で食事を終えた自分が恥ずかしい。これが育ちの違いというものか。生まれからして裸で外に寝ていた自分とは大違いである。少々落ち込みそうになるが、気を取り直して少女に向き直った。


「アイリス。食べながらでいいから、話をしてもいいかな?」

「はい、もちろんです」

「ありがとう。じゃあ、教えて。―この世界は、いったいなんなのか」

「え?」


食事をする手をとめた少女に、思い切って口にした。


「私。――異世界から来たの」

運命の出会い(本物)

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