13. ぼっちトラブルアゲイン
アーロンと別れて、凛は教会へと急ぐ。表通りは、相変わらず商魂たくましい商人が威勢の良い呼び込みをしている。
(それにしても…)
歩きながら、町並と人々を見つめる。来る時も思ったが、まるで中世ヨーロッパに紛れ込んだかのようだ。すれ違う人々の髪や肌の色は様々で、顔立ちは地球でいう西洋系がほとんどだが、たまにアラブ系のような少し濃い顔立ちの人もいる。異国からの商人が多いらしいから、そのせいだろうか。だが、凛のような東洋系の黄色人種はいないようだ。特に黒髪が珍しいのだろうか、視線を感じた。ただ、声をかけられることはなかった。道行く人にさかんに声かけをしている商人も、凛には声をかけてこない。警戒されているのだろうか。
道行く人々の服装も様々だが、凛が最初に着ていたような服を着ている人も多い。むしろ現地の人間に多いようだ。
(モブ服…普通でよかった)
どうやら、おかしな服ではなかったようで安心する。同時に気付いたことがあった。今着ている服はアイリスからの借り物だが、最初に凛が感じたとおり上等な服のようだった。決して豪華なわけではない。たとえてみるなら、普段着とちょっとお洒落な服との違いか。けれど、最初会った時からアイリスはこんな感じの服を着ていた。これが彼女の普段着なのだろうか。
考えながら歩いていると、噴水のある広場に出た。行きがけにアーロンから聞いたところによると、この広場は街の中心地らしい。広々とした広場の真ん中に大きな円形の噴水があり、周囲には木でできたベンチもある。広場を囲むように緑があり、人々は楽しそうに語らっていた。気のせいかカップルが多い。人目を憚らずいちゃいちゃしている恋人同士に半目になった。
(…なにもそんなところまで西洋的でなくても)
奥ゆかしい大和撫子である自分には馴染みのない光景だ。悔しくなんてない。
若干早歩きになりながら、広場を通り抜けていく。あと少しで広場を抜ける、そんな時だった。
「――また会ったな、黒髪女」
ヒキガエルが人を呪うかのような声が響いたのは。
*************
(な、なぜここに…!)
目の前には、さっき店にいたヤンキーAが。肩をいからせて凛を睨み付けている。
「さっきはよくも俺をコケにしてくれやがったなぁ、ああ!?」
(コケにしたつもりは…)
ないのだが、結果的にはそうとられても仕方がない気がする。
「あのアマはどこだ!?」
「え?」
「俺の財布を盗んだあのアマだよ!」
「…逃げられたんだ」
よかった。どうやらあの女性は無事逃げることができたらしい。ほっとして思わず心の声が漏れた。それが良くなかったようだ。
「まずはお前にさっきの礼をしないとなぁ!」
「げ」
矛先がこちらにきた。目の前のカエルがこめかみにぶっとい血管を浮き上がらせて近づいてくる。顔は笑っているが、ぴくぴく震える口元が怒りの大きさを伝えてくる。ボキボキと指を鳴らすカエルに後ずさりながら、凛は周囲を探った。
前はカエルがふさいでいる。後ろは今まで歩いてきた道だ。逃げるならそっちだが、一体どこへ行けばいいのか。さっきの店に戻ればアダムスがいる。彼なら助けてくれるだろう。だが、店までには既に大分距離がある。たどり着くまでに捕まるのは確実だった。
(かといって…)
誰かに助けを求めようにも、周囲はカップルだらけで、凛の方を見ている人はいない。というか、ここに凛がいることにすら気付いていないのではないだろうか。声をあげれば誰かは気付くだろうが、幸せオーラを振りまいているカップルを巻き込むのは、ぼっちの凛には気がひける。
(―石ころは全部使っちゃったしなぁ…)
山賊もどきに大盤振る舞いした、凛の唯一の武器を思い出す。あんなものでも、あれば役には立った。
凛が今持っているのは、アダムスから貰ったサンドイッチのみ。
(献上すればなんとかなる?)
人間はお腹が空けば怒りっぽくなるというし、満たされれば余裕も出よう。だが、憤怒の表情で鼻息荒く近づいてくるカエルに渡す勇気は沸いてこなかった。
(…それにカエルには勿体無いし)
せっかくのサンドイッチを、カエルにあげるだなんてとんでもない。作ってくれたアダムスにも失礼だと思う。
…え?意地汚いだけじゃないかって?
うるさいうるさい。この世界に来て初めてのご馳走だ。
潰れかけたヒキガエルなんぞに渡してたまるか。教会には待っている子もいるのだ。
「おらぁっ!」
「うわっ!?」
一人で問答していると、いきなりカエルが飛びかかってきた。ぶっとい腕をふりかざして襲い掛かる様子は、どう見てもレディに対するものではない。パンチを避けようと思いっきり身体を倒して滑らせることで、なんとか事なきを得る。
「いったぁ…!」
下は石畳。そこを無理な体勢で思いっきりスライディングしたせいで、あちこち擦りむいてしまった。特に石に直接擦れることになった下半身の痛みが酷い。端的に言うと、お尻がジンジンしている。
だが、ゆっくりしてはいられない。標的を捕らえられなかったヒキガエルが、ますます激昂してつっこんでくる。石畳の上を転げまわりながら、必死でこの場からの打開策を考えた。
「おらぁっ!」
「くっ―!」
だが、考えが纏まらないうちにヒキガエルが次々と技を繰り出してくる。あっという間に太い腕で捕らえられた。
「手間かけさせやがって…!」
「ぅぐっ―」
巨体が凛の身体にのしかかる。あまりの重さに一瞬息が詰まった。身体全体で押さえつけられて身動きもとれない。男の腕が、大きく振り上げられた。
「っ―!」
「――何をしている」
「あん?―ほんげぇっ!?」
凛の身体の上から重さがふっと消えた。圧迫感が消えたおかげで新鮮な空気が一気に気道に取り入れられる。むせ返りながら、凛は必死に身体を起こした。
「て、てめぇ…!」
「感心しないな」
「ああ!?」
「男が女に暴力を振るうなど、赦されることではない」
「やかましいっ!!」
涙で滲んだ視界の中、一人の女性がカエルと向き合っているのが見えた。
「邪魔すんなら、てめぇもただじゃおかねぇぞコラっ!」
「…ふう。話が通じそうもないな」
いきり立つカエルに、女性にしては大柄な彼女が肩をすくめる。体格差は歴然としているのに、その余裕気な態度が気に障ったのか、カエルが女性に掴みかかった。―しかし。
「せいっ!!」
「ほごぉっ!?」
次の瞬間、鋭い掛け声とともに、掴みかかったカエルの身体が文字通りふっとんだ。女性が、カエルを投げ飛ばしたのだ。
(っていうか…一本背負い!?)
前世のどこかで見たような綺麗な柔道技。それが目の前で繰り広げられ、凛は驚きに目を見開いた。この世界にも柔道があるのだろうか。前世の名残をこの世界に見つけ凛は思わず――半目になった。
凛の体型が技をかけやすいからと、散々技をかけられた挙句に最後は疲れて変な落ち方をしたせいで骨折したのは、前世での体育の授業のことだった。
(あの時は痛かった…!)
技をかけた体育教師は平謝りだったが、あの痛みは忘れない。当時の痛みまで思い出しかけて背筋が寒くなったが、今回技を掛けられたのはカエルだし、問題なかろう。落ちた時に、身に覚えのある嫌な音がカエル男の身体から聞こえた気がしたが、気にしない。
一発で伸びてしまった大カエルに心の中で手を合わせていると、女性が近寄ってきた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます」
いまだ転がったままいた凛に手を差しのべてくれる。先ほどの投げ技からも感じ取れたことだが、力強い。よろけることなく、凛の身体を片手で軽々助け起こしてくれた。
「怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
カエル男からの防御の際、落としてしまったランチの布袋を、彼女が拾って「はい」と渡してくれる。見下ろされるような視線に礼を述べて、あらためて彼女を見た。
遠目でも思ったけれど、背が高い。身長は170cmはあるだろうか。だが、決して男らしいというわけではなく、均整の取れた素晴らしい体型をしている。細く長い手足に、きゅっとあがったお尻。顔立ちも非常に整っていて、端的に言えば美しい。髪はアイリスと同じく金髪で、緩く一つ縛りにした長い髪を左肩から垂らしている。年齢は、20歳くらいだろうか。同じ美しさでも、アイリスが可愛い系なら、女性は綺麗系だ。カエル男と向き合っても一歩も引かない毅然としたその態度や雰囲気は、凛々しいともいえる。言うなれば、女性が憧れる格好いい女性というタイプだった。
「怪我がなくて良かったわ。この辺り、わりと治安はいい方なんだけど、変なのもいるのね」
「はは…本当に助かりました。ありがとうございました」
「いいのよ。それじゃ、気をつけてね」
「はい、本当にありがとうございました」
頭を下げた凛ににっこりと微笑むと、女性は去っていった。先ほどのアダムスの店の女性もそうだが、強い女性もいるものだ。それとも、この世界の女性は皆こんな風に強いのだろうか。ふと浮かんだ疑問は、だがアイリスを思い出すことですぐ消えた。
「アイリスといえば…今、何時!?」
腕時計を見て飛び上がった凛は、慌てて走り出した。後には、ぴくぴくと痙攣する大カエルのみが残った。
更新ペース少し落ちますが頑張ります~




