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11. ぼっちと災難

「お姉ちゃん、こっちだよ!」

「う、うん…」


少年に手を引かれるまま、町を歩く。呼ばれ慣れない名称に照れながら、ふと顔を上げると、まるで中世ヨーロッパのような美しい風景が目に入った。


「うわ…!」


特徴的な石造りの家に、土と石畳で作られた道。前世が日本人であった凛には馴染みのない華やかな町並みは、だが、そこで営む人々の表情で親しみやすい雰囲気もある。通りは店が立ち並び、商人たちが活発に呼び込みをしていた。いきのよい掛け声は、まるで場外市場のようだ。町を行く人々の表情も明るく、いきいきとしていて見ているだけで気持ちが明るくなる。


(まるで、写真みたい…!)


前世以前の記憶を持っていても、凛の中では『今の自分は前世と同じ』という気持ちが強い。前世では、海外へなど行ったことがない凛にとって、まるで風景写真を見ているかのようだ。現実なのに、まるで夢を見ているかのような。見るもの全てが珍しくて嬉しい。そして何よりこの大勢の人達。

昨日までほぼぼっち、そしてアイリスと二人きりだった凛には感動的だった。


「ぼっち脱出…!」

「なにぶつぶつ言ってるのお姉ちゃん、こっちだよ」

「はいはい」


きょろきょろしながら歩いていたせいか、思ったよりも時間はかかっていたようだ。急ぐ少年に手を引かれるまま、表通りから一本裏道に入る。華やぐ表通りとは違い、裏道は寂れた雰囲気で、人通りはほとんどない。たまにすれ違う人もどことなく厭世的な雰囲気だ。日本でいう路地裏のような感じか。アンダーグラウンド的な、どこか危険な香りが漂っている。


「う~ん…」

「こっちこっち」


躊躇(ちゅうちょ)する凛に対し、少年は周囲の雰囲気を気にした様子もなく慣れた様子で中に入っていく。子供である彼が簡単に足を踏み入れる様子に複雑な気分になった。


「ここだよ!」

「うん」


一軒の店の前で少年が立ち止まる。そこは酒場らしく、酒瓶のようなイラストが描かれた看板が出ていた。


「こんにちは!」

「こんにちは~…」

(う…!)


扉を開けると、昼間から薄暗い店の中で呑んだくれている数人の視線が一斉に二人に向いた。子供に向けられるような視線ではない。まるで値踏みするかのような視線だ。中には、どう見てもかたぎには見えない(やから)もちらほらしている。


「…少年、お客様はどちら?」

「ぼくの名前はアーロンだよ、お姉ちゃん」


そういえば名前は今初めて聞いた。だが今はそれよりもここを早く出たい。胡乱(うろん)げな視線を避けるようにして辺りを見回すが、それらしき人物の姿は見えない。


(ん…?)


呑んだくれのむさくるしい男共の中、カウンターに座っている客に視線が留まった。その客は、他の客が気だるげな雰囲気を(まと)う中で一人、凛とした落ち着いた様子でグラスを傾けている。


「おい、ガキがこんな所に何の用だ?」

「っ!」


背後から突然聞こえたガラガラ声に思わずびくっとした。おそるおそる振り返ると、そこにはいかにもなチンピラA…もとい、ヤンキー顔が。


「いえ、用は何も。弟、行くよ」

「用ならあるよ!ぼく、アダムスさんに用があるんだ!」

「Oh…」


思わず外国人になってしまった。少年の純粋なところは、すでに(にご)りきった凛からすれば眩しくはあるが、ピュアすぎるのも罪である。こういう輩に話は通じない。酒が入っているのなら特に。まずいと思ってアーロンの手を掴むが、遅かったようだ。


「アダムスに用だぁ?…はぁん、お前、よろず屋のガキか」


チンピラAはアーロンの持っている荷物を一瞥(いちべつ)すると、いやらしい顔で笑う。


「俺がアダムスに渡してやるよ。品物をよこしな」

「駄目!アダムスさんに直接渡すんだ!」

「アダムスは忙しいんだよ。お前みてぇなガキと会ってる時間はねぇんだ」

「駄目だよ!依頼主はアダムスさんだ!アダムスさんに直接渡すんだ!」

「うるせえガキだな…いいからさっさと品物をよこしな!」


いやな流れだ。凛は思わずアーロンの腕を掴むと、自分の背後へと隠した。


「…なんだてめぇ」

「お姉ちゃん!」

「…似てねぇ姉弟だな」


かたや黒髪、かたや金髪。思いっきりアジアンフェイスの凛と、どう見てもヨーロピアンなアーロン。どこからどう見ても姉弟には見えないだろう。


「アダムスさんがいらっしゃらないようなので、失礼します。―弟、とりあえず一回ここを出るよ」

「でも!」

「いいから」


不満そうに声を上げたアーロンを制して、チンピラAにお辞儀をすると、アーロンの腕をとった。手をとられたアーロンは、不承不承荷物を手に取った。アーロンには申し訳ないが、ここは安全第一。さっさとお暇させてもらって、出直そう。


「おいおい、何勝手に話をきりあげてんだよ」

(やっぱりダメかー!)


荷物抱えてすたこらさっさというわけにはいかないらしい。


「お姉ちゃんよぉ、さっさと品物を出せよ」


ガラガラ声が(くだ)を巻き始める。酒臭い息を吹きかけながら姉と呼ばないでほしい。アーロンと違って無駄に歳をくっているヤンキー面の弟などいらない。むしろ姉呼び代を支払え。


(でも―)


アーロンの品物を渡すわけにはいかない。だが、このチンピラAは品物を渡さない限り無事には帰らせてくれないだろう。周りの助けも期待できそうにない。むしろにやにや笑って見ているしまつだ。酔っ払いどもめ。見物料を払え。


(…はぁ。はてさて、どうすべきか)


「お姉ちゃん、行こう」

「あ」


ふいに後ろから手を引かれてバランスを崩した。倒れないようにふんばろうとしたが、運悪く床の上が濡れていて足が滑る。まずいと思ったときには盛大にすっころんでいた。


ドスンッドカッ!


「ほげぇっ!?」

「いたたた…」


後ろにいるアーロンを押しつぶさないように身体をよじったせいか、変な体勢で転んでしまった。思わず呻き声が出てしまう。気のせいか、何か柔らかなモノを蹴飛ばしたような…あと、蛙を押しつぶしたような声が聞こえた。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「あ、ありがとう、アーロン」

「ごめんね、ぼくが無理に引っ張ったから…!」


申し訳なさそうに手を貸してくれるアーロンに大丈夫と微笑むと、痛む身体をなでながら立ち上がる。心配そうに凛を見つめるアーロンの頭を軽くなでると、安心したように微笑んだ。アイリスとはまた違う可愛さに思わず顔がほころぶ。


「んぐぐぐ…て、てめぇら…!」

「ん?」


地を這うようなガラガラ声が聞こえた。なんとなく、先ほどの蛙の声に似ているような…。おそるおそる振り返って見る。


「―げ」


そこには、憤怒の表情をしたチンピラAが。なぜか、股間を両手で押さえ、生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えている。若干涙目に見えるが気のせいか。


「てめぇら…絶対ゆるさねぇぞコラ!!」

(ひぃっ!?)


いったい私がナニをしたというのか。…ごめんなさい、本当はなんとなくわかってます。さっき蹴り飛ばしたのはアナタだったのですね。いやでも、これはわざとでは。言い訳しようと口をパクパクさせるが、目の前のAの怒りオーラに言葉が出てこない。


「うぐぐぐ…!」

「…ぷ…」

「お、お姉ちゃん!」


やばい、思わず吹き出してしまった。いやだって、両手で股間を押さえたままぴょんぴょん飛び跳ねるなんてことするから…!さすがに見咎めたアーロンが慌てて凛を呼ぶけれど、時は遅く、Aの顔が茹で上げた蛙のようになっている。優しいアーロンは、目の前のチンピラAを差別することなく労わるように声をかけた。


「おじちゃん、大丈夫?」


どうやら、その一言が致命的だったようだ。


「俺はまだ21だ、このクソガキがっ!!」

「21!?」

「心底驚愕してんじゃねぇっ、この黒髪女がっ!!!!」

「っ!」


激昂して飛びかかってきたAに、凛はアーロンをかばって咄嗟に横へとよけた。そう広くない店内、無駄なスペースがあるわけもなく、机や椅子を弾き飛ばしながら倒れこむ。鋭い痛みに息がつまった。


「おらぁっ!!」


だが、呻いている暇もなく、倒れた二人に向かってAが再び襲い掛かってきた。


「―っ、うぐぅっ!」

「お姉ちゃん!」


今度はアーロンをかばって突き飛ばすのが精一杯だった。ヒキガエル…もとい、チンピラAの巨体に押し倒されるように床に押さえつけられて、重さと痛みにうめき声が漏れる。


「ガキが…あまり人をなめてんじゃねぇぞ」

「お姉ちゃんを離せっ!!」

「やかましいっクソガキっ!!!!」

「わあっ!?」

「ちょっ―アーロンに手を出さないで!!」


丸太のような腕で軽々と振り払われたアーロンの姿に、凛は声を荒げた。


「あ」


思わず身体を起こしかけ―足元が滑った。しまった、と思った時には遅かった。奇遇にも、その場所はさっき凛が滑って転んだ場所。そしてまた、覚えのあるヤワイ感触をつま先に感じる。


「!?#$%&=★」

「Oh…」


先ほどとは違い、もともと床に倒れていたせいか、凛の身体にそこまで衝撃はなかった。咄嗟のことで目の前の巨体につかまったおかげで、痛みもない。だが、目の前のカエルはそうはいかなかったようだ。


「…一度ならず二度までも…!」

「あの姉ちゃん、なかなかやるな」


成り行きを見ていた周囲の見物客が感嘆の声をあげる。

いえ、わざとではありません。というか、見てないで助けろ。

チンピラAは、痛みのあまりか凛を離して横に転がった。呻く巨体から解放された凛は、そっと身体を起こす。


「お、お姉ちゃん!」

「アーロン、行くよ!」


慌てて凛のそばに来たアーロンの手を引っ張って、凛はその場を抜け出そうとした。…が。


「ど~こに行くの、お嬢ちゃん」

「そんなに急いで帰らないで、俺らと一緒に飲もうや」

「ひっく、うい~」


酔っ払いに絡まれた。赤ら顔のむさい男三人組が酒瓶を持って凛の周囲を囲んでいる。


「いえ、未成年なので」

「はぁん?なぁに言ってんだ、とっくに10は超えてるだろ?」


この世界は10歳から飲酒可!?

驚愕していると、三人組はふらふらしながらもヘラヘラと凛に絡んでくる。


「ほらほら、ここに座って一緒に飲もうや」

「一暴れして喉渇いてるだろ?」

「ひっく、ひいぃぃっく、うぷ」

「いや私は―って、この人ちょっと危なくないですか!?」


顔色紫なんだけど。今にも死にそうな顔してるし。それでも酒瓶を離さないあたり、酔っ払いの鑑というべきか。


「…貴様ら…!」

「っ!?」


後ろから、まるで地を這うような呪い声が聞こえた。

びくりと後ろを振り返ると、先ほどと同じように股間を押さえたまま目を血走らせた悪漢の姿が。


「ちょ、通してください!」

「おいおい、俺らの酒が飲めないってのかぁ?」


酔っ払いを無視して通ろうとするが、酔っ払っている割には動きが素早い三人に止められ進むことができない。これは本格的にやばい。前には酔っ払い、後方にはチンピラ。まさしく万事休す。


「逃がさねぇぞこのやろう…特に黒髪女!」

「っ―アーロン、逃げて!」

「お姉ちゃん!?」

「いいから早く!」

「くそがっ!逃がすわきゃねぇだろが!」

「いたいっ!!」

「アーロンっ!?」


凛の後ろにいたアーロンは乱暴に腕を引っ張られ、悲鳴を上げた。


「アーロンを離して下さい!」

「ふざけんなっ!てめぇ、さっきから調子にのって、人の大事なところをばかすか蹴りやがって…ゆるされると思ってるのか!」

(根に持ってる~…)


まぁ当然ではある。元はといえば強引に手を出してきた相手が悪いのだが、それを今ここで言ったらまずいと凛でもわかる。さすがにアーロンを見捨てて逃げるわけにもいかないし、しかたない。ため息をつくと、凛は渋々と両手をあげた。


「―わかりました。私が代わりになりますから、アーロンは離してあげてください」

「ああ~?」

「お願いします」

「ふん…」


胡散臭い者を見るような目でじろじろと凛を上から下まで見て、チンピラAはふいっと視線をそらした。


「―貧乳には興味ねぇな!」

「なっ!?」

「「「「ぶふっ」」」」


あまりにも失礼な台詞に目を剥いた。ないことないわよ、わずかだけど!

周りも吹き出してんじゃない、酔っ払いの野次馬共め。


「ふんっ、謝罪代わりにこれで勘弁してやるよ!」

「あっ」


アーロンから商品の入った頭陀袋を取り上げて、チンピラAはアーロンを突き飛ばした。軽々ふっとんだアーロンはしかし、すぐに立ち上がってチンピラAに食って掛かる。


「何するんだよっ、返せよっ!」

「うるせぇクソガキッ!」


再び突き飛ばされたアーロンが宙を舞う。咄嗟に身体が動いたが、間に合わない。アーロンの小さな身体が床に叩きつけられる―思わず目を瞑りそうになったところで、人影が視界に入った。


「――その辺にしときなよ」


涼やかな声が響き渡った。

「貧乳ではありません。微乳です」by 凛

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