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10. ぼっちが町へ

目立たない扉を開けると、アンティークな感じの階段があった。

司祭に言われたとおりに上へと上がると、続く部屋へと入る扉がある。

与えられた鍵を開けると、かすかにキイときしむ音が鳴った。


「こちらです、リン」


慣れた様子で案内をするアイリスについていくと、リビングらしき大部屋を抜けた先の部屋へと入る。


「おお~」


部屋の中には二段ベッドが2つ。それぞれ下の段の片隅に個人の荷物らしきものが置いてある。家具と呼べるのはベッドくらいで、他には何もない。荷物が少ないこともあいまって、ひどく殺風景に感じられた。


「…何もないね」


ぽつりと漏れた言葉に、アイリスが笑う。


「ここは通常、各地の司祭が巡礼の際などに使用する部屋です。大体は寝泊りするだけになりますので、ベッド以外は置いてないんですよ」


椅子等もないので、この部屋ではくつろげない。アイリスの手荷物を置くと、リビングらしき大部屋へと戻った。確認してみたところ、大部屋を含め、部屋は全部で6つ。大部屋を抜けた先にある4部屋が宿舎と呼ばれる部屋で、一番奥が司祭の部屋らしい。それと、トイレとバスルームが1つずつ。トイレとバスルームは、一見したところ簡素なものではあるが、ホテルではないので、あるだけいいというものだろう。


(…和式でなくてよかった…)


ウォシュレットなどない単なる水洗トイレだが、水洗なだけだいぶましだ。

バスルームも、湯船こそないものの、シャワー設備がある。


「疲れているでしょう。シャワーを浴びますか?」

「いいの?ぜひ」


昨日から木に登ったり落ちたり山賊に追いかけられたりで、正直体はかなり汚れている。厚意にありがたく甘えることにして、アイリスから使い方を簡単に教えてもらい、バスルームへと入った。


シャワーがついている横に、翡翠色の魔石がボタンのようにはめ込まれている。それを指で軽く撫でると、温かいお湯が頭上から出てくる。止めるときも同様だ。ちなみにトイレも同様に魔石に指で触れるだけで水が流れるようになっている。とても便利だ。この世界での魔石の重要さがよくわかった気がした。


『リン、湯加減は大丈夫ですか?』

「うん、大丈夫」

『洋服、ここに置いておきますね』

「ありがとう」


リンの服はモブ服なるもの1着しかないため、アイリスが手持ちの服を貸してくれた。さっぱりした気分でバスルームから出ると、アイリスの貸してくれた服を着る。


「…うわ。私のとは大違い」


一目見ただけで上等だとわかるその服は、着心地も上等だった。作務衣タイプのシャツではなく、Tシャツのように着脱できるタイプのもので、生地はシルクのような肌触りだ。凛が着るには少し可憐すぎるひらひらの襟首やポイントの刺繍も、決して華美すぎず上品なもの。ボトムスは、前世でいう7分丈のサブリナパンツで、こちらも裾に可愛いリボンがついている。どう見ても、凛の服とはランクが違った。モブ服とは本当に大衆が着ているものなのだろうか。それともアイリスが着ている服が特別なのだろうか。いずれにせよ、今はありがたく借りておくことにする。


「アイリス、あがったよ」


大部屋にいるだろうアイリスに声をかけるが、返事がない。怪訝に思い部屋を覗き込むが、アイリスの姿は見えなかった。トイレにでも入っているのだろうかと再度声をかけようとしたところで、階下から物音が聞こえた。下へおりると、教会の中からアイリスらしき声と、誰かが話している声がする。


「アイリス?」

「リン」


声をかけると、アイリスが振り向いた。

アイリスの前には小さな男の子がいて、何かを話していたようだ。

教会に用があってきたのだろうか。説法を聞くには早い気がするが。

そして、アイリスの顔が少し困ったように見えるのは気のせいだろうか。


「どうしたの?」

「それが…」


聞くと、男の子はよろず屋の息子らしく、普段からお使いという名目で配達をしているのだそうだ。だが一月ほど前、店を営んでいる父が倒れ、これまで以上に仕事をしなければいけなくなったらしい。これまでは父が配達していた酒場等にも行かなければならなくなった。しかし、そうした場所は危険が伴うからとローレン司祭が申し出て、一緒に配達をしていたそうだ。今回、急な依頼があった為、急遽(きゅうきょ)司祭を頼ってきたが、運悪く司祭が出てしまっている為、やむをえず単独で行こうとしたところを、アイリスに止められたらしい。


「なるほど…。事情はわかったけれど、その仕事は明日じゃだめなの?」

「だめだよ!今日中に配達するってことで、もう御代はもらってるんだ。遅れたら、二度と取引してもらえなくなっちゃうよ!」

「でも、こども1人じゃ危ないよ。司祭が戻ってきてから一緒に行くようにしたらどう?」

「配達は1件じゃないんだ!この後もやまほどあるんだよ!」

「う~ん…」


ちらりと見ると、男の子のそばには大きな頭陀袋のようなものが置いてあった。

おそらくその中に商品が入っているのだろう。少年の声には焦りがあった。

このまま引き止めても、おそらく振り切って行ってしまうだろう。

そのくらい、せっぱつまった表情をしていた。


「…わかった、私が一緒に行くよ」

「え!?」

「リン!?」


驚いたように声を上げた二人に肩をすくめると、凛はよいしょと立ち上がった。


「私でも、いないよりはましでしょう?」

「そういう問題では…!リン、危険です!」

「うん。でもさ、こうでもしないとこの子、1人で行きそうだから」

「それは…でしたら、わたしが!」

「駄目。あいつらにまた見つかったらどうするの?狙われているのは、アイリスなんだよ?」

「それは―…」


痛いところを突かれたようにきゅっと唇を噛んだアイリスの頭を宥めるように撫でる。


「大丈夫。配達が終わったらすぐ帰るから」

「リン…」


すがるような瞳で見つめるアイリスの髪をもう一度撫でると、凛は少年に向き直った。


「じゃあ行こうか」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

「…おふ」


思わず変な声がでた。

純粋坊やのおねえちゃん呼び…!

兄弟などいなかったせいか、なんだかひどく照れてしまう。


「?」

「いや、なんでもないよ?じゃ、アイリス行って来ます」

「はい…リン、気をつけてくださいね」

「アイリスも、上に行っておとなしくしててね?」

「…はぁい」


拗ねたような表情がなんともいえないほど可愛い。ほんの少し唇をとがらせて返事をしたアイリスをなでなですると、少年と二人教会を出た。

いざ、町の中へ

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