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1. スキルは貧乏!そしてぼっち!?

走馬灯は一瞬だった。

一瞬だったけど、長かった。

それも当然だ、今生を振り返るのだから。

でも、自分にとってはそうではなかった。


(知らなかった。走馬灯って前前前世以前まで(さかのぼ)るんだ)


考えてみれば、走馬灯は死ぬ直前に見るものだというから、知らなくても当然だ。

しかし、(ろく)でもない人生だった。今生のことだけを言っているのではない。

振り返った全ての人生が禄でもなかった。


太古の昔は投石で殺され、ある時はいかなる理由か砂漠のようなところで彷徨(さまよ)って衰弱した上に獣に襲われて死亡し、またある時は、周囲の人間に(うと)まれ、騙された上で極刑となった。自分という魂を宿した人生がどれだけあったのかは不明だが、そろいもそろって禄でもない人生を終えているということだけは確かなようだ。


そう考えると、今生は比較的穏やかな人生だったといえるのかもしれない。

日本の女子高生という世間的に最強に華やかな称号をもちながら一人盆栽を愛で、お腹がすいたとなけなしのお金でたまには豪勢に菓子パンでも買おうかと握った500円玉を落として路肩に這いつくばって必死に探しているところを、つっこんできたトラックにはねとばされて死亡。


即死だったし、痛みも辛さもなかった、いい人生だったと思う。

まだ若く、恋人どころか友人の一人もつくることができずに死んだことは残念だけれど、願わくば来世ではせめて、友人の一人だけでもできますように。

心から祈って短い一生に別れを告げた。


(―…?)


違和感を感じたのは、すぐだった。

THE END。そんな言葉が頭にくっきり刻みつけられるほど確かな終わりだったはず、なのだが。

なぜか、思考が途切れない、ばかりか次第にはっきりしてくるではないか。

一体全体どういうことか。あの事故と壮大な走馬灯の後で、よもや生き残ったとは思えないのだが。


そっと目を開けてみた。途端、それまで認識できなかった身体を知覚した。

眩しい光に、広がる視界、そして肌に感じる柔らかな空気と匂い。

間違いなく、自分は生きている。


喜びよりも驚きから身体を起こした。

どうやら自分は、倒れていたらしい。

どのくらいこうしていたのか、若干動かしづらい手足を無理やり動かす―と、ふと目に入った手足に釘付けとなった。


「え―…?」


華奢(きゃしゃ)な―というと女性らしく思えるが、実際には貧相なだけの手足。

間違いなく、自分の身体だ。驚いたことに、怪我の一つもしていないらしい。

それはいいのだが。


「な、なぜ裸」


服を着ていない。下着すらつけていない。なぜだ。

事故の治療の為に脱がされたとでもいうのか。

しかし、一見したところ怪我はないし、そもそもここは一体どこなのか―そこでようやく我に返り、周囲を見回した。すると、視界に入った光景に、大きく目が見開かれた。


ここは、病室ではない。

いや、病室どころか、屋内ですらなかった。

自分は、道の端っこの土の上、大きな木のようなものの根元に座っている。

辺りには誰もいないらしい。

すっぽんぽんの自分を見られないことは、不幸中の幸いとよべるかもしれないが、それよりも気になったのは。


「ここ…どこ」


地球ではない、そう直感した。

人が聞けば何を馬鹿なと一笑に付されてしまうかもしれない。

だが、それは確信だった。


「これって…植物?」


すぐそばにある、木のようなものを見上げる。

見たこともない、植物らしきもの。

地球ではありえない―ありえない、としかいえないなんとも不思議な色をした奇妙な物体だった。

輝くような桃色をした丸い幹らしき上部に、真珠色の美しい実らしきものが連なっている。

その上には、黒い色をした葉らしきものが実を守るようにして重なっていた。


一見植物には見えないそれをなぜ植物と考えたかというと、丸い幹が地面に突き刺さり、根を張っていたからだ。

地球広しとはいえ、このような不思議な植物は図鑑やネットですら見たことはない。

無論、前世ではたかだか17年の短い人生だった女子高生には、知らないものなどあって当然だが、こと植物に関しての知識のみ、ある種の自信があった。


あらためて周囲を見渡すと、驚くことにこの植物だけではなく、多くの奇妙な植物が植わっている。

それらは全て、前世では見たことのないものばかりだった。

突然変異ということも考えられなくはないが、見渡す一面がそのようなものばかりということはまず考えられないだろう。


はあ、と一つ息をついて立ち上がる。

アスファルトではない柔らかな土を踏みしめて、汚れた身体を軽く払った。


ここは、一体どこなのだ。今自分がいるのは、森の中らしき場所。

地球ではないというのは直感でしかないが、少なくとも、前世の自分が知っている日本ではなさそうだ。そう考えることすら、普通の感覚でいえばおかしいだろう。

しかし、不思議と今の自分は落ち着いていた。なぜかはわからない、だが妙に確信があったのだ。


「転生―…」


ぽつりと呟いた言葉が、妙にしっくりきた。


転生。昨今人気の物語では、よくある設定。

前世では、盆栽と読書が唯一の趣味だった。

自宅の近くにそれなりの大きな図書館があったことから、よく一人で通ったものだ。

ちなみに、なぜ一人でかは聞かないで欲しい。

休日ごとにデートだ買い物だと青春を楽しんでいる級友達を羨望のまなざしで見つめながらも一人通った図書館は、自分にとってささやかな癒しの場所だったのだ。


それはともかくとして、図書館の常連だった自分には、その時代に流行していた本も大体把握していた。

ファンタジーものはどの時代でもそれなりの人気を博するものだが、前世ではその中でも特に転生物が人気を博していた。


転生の物語といっても様々なものがあるのだが、当時人気があったのは、気に入りのゲームや小説の中の登場人物に生まれ変わるという設定のものだった。

前世では、恋人どころか友人の一人すらいなかった自分には、このような物語が人気だった理由がよくわかる。


もしも生まれ変わったら、そしてそれが理想以上の状態だったら。

そんな想像―というよりも妄想を()き立てられるような転生物語は、他の小説と一線を画するものだ。前世では自分も夢中になって読み漁ったものだ。


まさか、とは思う。

馬鹿な、とも思う。

普通に考えれば、そんなことはありえない。

事故後、自分は意識不明の中夢を見ている、そう考える方がよほど自然だ。

だが、不思議とそうは思わなかった。


「夢、じゃない…」


目の前にある不思議な植物の幹にそっと触れる。

輝く桃色のそれは、見かけとは裏腹にひんやりとしていて、つるつるの表面が心地よく肌をすべる。

まるで大理石に触れているかのようだが、どことなく弾力があるそれは、やはり知己(ちき)のない感触で。その感覚が、ここが現実世界だと確信させた。


「夢じゃないんだ…」


噛み締めるように呟いた声は、心なし明るく響いた。

それもそのはずだ、だって自分は今、高鳴る鼓動に確かに喜びを感じている。

悲惨だった人生が終わり、新たなる人生が始まる。

それも、まったく知らない世界で。

それが不安でないはずはないが、それよりも期待が大きかった。


ここは一体どういう世界なのだろう。

まさか物語のように魔法やらスキルやら使用できるとは流石(さすが)に思わないけれど、全く未知の世界だということが気分を高揚させる。


「とりあえず」


まずは服だ。いつまでも裸のままではいられない。

怪我はないようだが、どうなっているのか。

自分は、以前の自分なのか。

鏡がないから顔を見ることができないが、今の自分の状態を把握したい。


「うわ!?」


突然、目の前に文字が現れた。

厳密に言うと、頭の中にまるで写真のような、テレビ画面を見ているような、そんな風景が浮かんだのだ。

それは不思議な感覚だった。頭の中に思い浮かべるのとは違う、くっきりとした鮮やかな文字の羅列(られつ)。まるで実際見ている光景を頭の中に直接書き込んだような、そんな感覚だった。


「な、なにこれ」


突然のことに混乱しながらも、目の前に展開されている文字の羅列に視線を向ける。


「『ステータス』…?」


一番上にステータス、の文字がでかでかと書いてあった。

ステータス。確か意味は、地位や身分、状態のことだったはずだ。


(状態…)


はたと思い返す。

先ほど自分は、自分の状態を確認しようとした。

そのことがきっかけとなり、頭の中に文字が展開されたのだろうか。

普通では考えられないが、今の自分の状況は既に現実からかけ離れている。

見知らぬ世界とこの状況。となれば、まるで。


―そう、まるで。まるで、物語の世界のようではないか。


図書館で読み漁った物語の世界。

学生時代に級友達が夢中になっていたゲームの世界。

もし――ありえないとしても、もし――そうだったとしたら。

どきどきと胸が高鳴る。

お気に入りだった物語のように、旅をしたり、魔法やスキルを使って魔物を倒したり、宝箱を見つけたりするのだろうか。


格好良いヒーローでなくていい。

可憐なヒロインでなくていい。

前世もそれ以前も禄でもない人生だったし、普通でいい。というか普通がいい。

物語の勇者のような輝かしい人生など望まないから、ささやかに恋をしたり友情を育んだりしたい。

そんな、前世以前では叶わなかった夢が、今生こそ叶うかもしれない。


わくわくしながら『ステータス』の欄を確認してみる。


「………」


ごしごしと目をこすってもう一度。


「……『貧乏』?」


ステータスのスキル欄に記載されている貧乏の二文字に唖然となる。


「……『ぼっち』…」


続いて記載されているぼっちの文字に愕然とした。


…知らなかった。貧乏とぼっちってスキルだったんだ。

え、本当に?じゃあ私って前前前世以前からスキル持ちってこと?

だって私、前世もそれ以前もずっと貧乏だったし、ぼっちだったし。

それってスキル持ちだったから?え、私ってすごいの?


…いや。

いやいやいや、おかしい。…おかしい、よね?


思いもよらない事態に、軽く頭が混乱する。

前世での自分の小学生時代、クラスメートが夢中になっていたゲーム。

RPGといっただろうか。ぼっちだった自分には一緒にゲームをやる友達もおらず、貧乏だったが故にゲーム自体したこともなかったけれど、それでも話だけは耳に入ってきた。

その中では、魔法とか特殊技とか子供心をくすぐるような言葉がとびかっていた。


氷属性のモンスターには、火属性の魔法を使って倒す。

怪我をしたら魔法や技、または薬を用いて全快する。

本当にあったのなら、どれだけ便利だろうと思えるそんなスキルを楽しそうに話していた。


(…なのに)


貧乏とぼっち。これらがスキルというのは、一体全体どういうことか。

というか一体何ができるというのか。

呆然としながら、つらつらと並ぶステータスを確認していく。



ステータス


種族:人間(モブ)

性別:女

年齢:17

常時スキル:貧乏 ぼっち

特別スキル:盆栽

アイテムボックス:モブ服



突っ込みどころ満載というか突っ込むところしかなかった。

種族:人間はわかる。だが、括弧内(かっこない)に書かれている言葉が理解できない。

英語の意味なら、大衆や群集という意味だったか。大衆の一人という意味だろうか。

なぜわざわざ括弧書きにされているかは不明だが、一応納得する。

性別が女性というのもそのとおりだ。年齢は前世の自分と同じもの。

ここまではいい、だが。


「特別スキルが『盆栽』…?」


盆栽ってあの盆栽か。私が前世で好きだったアレか。

それしか思い当たるものはない。ないがしかし。


「どういうことなの…」


あまりの衝撃にがくりとうなだれる。おかしい、なんなのだ、これは。

自分が想像したものと違う、というよりもかけ離れている。

物語にあったような華やかで仰々しい魔法や特殊技のような気配の欠片もない。

級友達の話にあったゲームのような楽しさも便利さも感じられない。

第一、どのように使えばいいのかもわからない。いったいどうしろというのか。


「―うん、それより」


いつまでも考えていても事態は好転しそうにない。

軽く頭をふってとりあえず気持ちを切り替えた。


アイテムボックス:モブ服


ここにもモブの文字が。言葉通りの意味なら、大衆服といったところか。

とにかく、今の自分には最も必要なものだ。問題は、頭の中にあるそれを、どのように出すのかだ。

そう考えたら突然、視界が白くなった。次の瞬間、


「わ!?」


気がつくと、白い服に身を包まれている自分がいた。


「うわ…便利!」


瞬き一つしない間にすっぽんぽんから着衣したことに思わず声を上げる。

緩く2枚を組み合わせ作務衣のように着るタイプの綿のシャツと、同じく緩く作られた7分丈のパンツという組み合わせだ。

上下ともボタンはなく、紐を結んで締めるようになっていた。

あまり親しみのない服だが、これがこの世界の大衆服なのだろうか。

ありがたいことに、素足だった足もいつの間にか革靴を履いており、この分なら歩くことにも支障はなさそうだ。


本当の意味で身一つという心もとない状況から一歩踏み出し、少し気持ちが落ち着いた。

先ほどのステータスの確認と、今の着衣。この二つの共通点といえば、『考えた』ということ。

思念に反応し、具現化した―そんな感じだった。だとしたら。


スキルも、考えることによって使用可能になるのではないだろうか。


ちょっとした実験のつもりだった。

使用したところでどうなるのか不明のスキルではあったが、スキルである以上、なんらかの利点はあるのだろう。

確認くらいはしておきたい。右手を空に掲げて、『考えた』


「-『貧乏!』」


…うん、掛け声は、やっぱりなしの方向で。

ファイヤー!とかなら格好がつくが、このスキルは言葉にしても悲しくなるだけだ。


「…?」


何も起こらなかった。しばらく時間をおいてみたが、自分にも周囲にも特に何も変化はない。

元々あまり期待はしていなかったが、少しがっかりした。

同じようにして「ぼっち!」と叫んでみたが、こちらは周囲に動くものが皆無とあいまって、更に虚しい気持ちになっただけだった。


「う~ん…じゃあ『アイテムボックス』?」


頭の中でカチリと音がした気がした。

すると、目の前に大きな箱らしきものが現れた。

皮のトランクのようなものだ。人一人余裕で入ってしまいそうな大きさのそれに、おそるおそる触れてみるが、感触はなかった。素晴らしく精巧な幻のようだ。


これがアイテムボックスなのだろうか。試しに何か入れてみようとしてふと顔をあげる。

視線の先にあるのは、不可思議な植物に実っている、真珠色の実。

食べられるかどうかはわからないが、美しいものだし、ひょっとしたら価値のあるものかもしれない。

…見渡す限りに広がる同様の木の存在はとりあえず見なかったことにした。

実は木の上部にあったが、高さがあまりないことが幸いして、難なく取ることができた。

掌サイズのころんとした美しい実をとりあえず10個ほど抱えると、トランクの中にそっと入れてみた。すると、パタンと扉がしまるようにトランクがしまり、目の前からふっと消えた。

トランクに入れた実も一緒に消える。


「『ステータス』」


呟いてステータスの欄を確認してみる。


ステータス


種族:人間(モブ)

性別:女

年齢:17

装備:モブ服

常時スキル:貧乏 ぼっち

特別スキル:盆栽

アイテムボックス:パールポルンの実×10


若干の変化があった。まず、装備の欄が追加されている。

そのかわりにアイテムボックスの欄からモブ服が消えており、アイテムボックスに『パールポルンの実×10』が追加されている。

おそらくそれが、この木の実の名前なのだろう。


再度念じると、目の前にトランクが現れ、ぱかりと開く。

その中には、先ほど入れた実が10個入っていた。

1個を手に取り、もう一度念じると先ほど同様パタンとトランクがしまって消える。

ステータスを確認すると、『パールポルンの実×9』となっていた。


「なるほど、こう使うのね」


頷くと再度トランクを出現させ、手に持ったパールポルンの実を入れて立ち上がる。

まだまだわからないことだらけだが、ここで一人頭を捻っていてもわからないままだろう。

とりあえずアイテムボックスの使い方はわかった。服も着たし、そろそろ場所を移動したい。

何よりもまず、人だ。誰でもいい、人に会って話を聞かなければ。

よし、と気合を入れると一人、続く道をいずこともなく歩き出した。


――常時スキルの『ぼっち』

  その意味を知るのは、すぐであった。

始まりました!よろしくお願い致します!

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